2024年のアメリカ大統領頭領選挙日程が進んでいる。3月末時点で、民主党はバイデン大統領、共和党はトランプ前大統領が候補者としてほぼ確定した。4年ごとに行われるアメリカ大統領選挙だが、その仕組みはわかりにくい。日本の首相選定プロセスとは大きく異なるので、その違いと、違いが統治に及ぼしうる影響について論じたい。
日本の首相は国会によって選ばれ(内閣総理大臣指名選挙)、国会議員は国民(有権者)によって選ばれる。衆参の国会議員選挙の選挙運動は公示日から投票日までのおおよそ2週間にわたり行われる。日本は議院内閣制を採用しており首相は有権者から見ると間接的に選出されている。そして、選挙期間は法律によって決められている。
対してアメリカでは大統領が有権者によって直接選ばれる(と通常言われる)。アメリカの有権者は議会と大統領をそれぞれ直接に選んでおり、制度としては二元代表制あるいは大統領制だというのが普通の(かつ正しい)説明である。しかし、思い起こしてみれば、11月の大統領選挙の開票速報では州ごとの「大統領選挙人」の数が逐一報道され、過半数の270人に達するかどうかが問題だと言う。有権者はどこに行ったのか。
さらに、11月の選挙前にも、「予備選挙」なるものが実施されており、そこでは「代議員」が選ばれているという。いったい、いつから大統領選挙は始まっているのか。日本の選挙からすると、アメリカの大統領選挙はわかりにくい。
大統領選挙人制度とはどういう仕組みか
アメリカ合衆国大統領は、大統領選挙人によって選ばれる。大統領選挙人とはその名の通り、大統領を選ぶ役割を担い、大統領選挙人による投票が次の大統領を決める(合衆国憲法2条1節3項、修正12条)。大統領選挙人は、各州がその州の上院議員と下院議員の合計数と同数を選出する。なお、その選出方法と大統領選挙人が投票に際して自由に投票先を選べるかについては、州が決めることができる。建国期には州議会が大統領選挙人を選び、選ばれた大統領選挙人が自由に投票先を選んでいた(大統領選挙人はエリートであることが想定されていた)が、時代が下るにつれ、州議会ではなく州民が大統領選挙人を選出し、なおかつ、大統領選挙人の投票先の選択権を制限するようになった。
この変化によって、今日のアメリカの有権者には選挙人を選んでいるという認識はなくなり、投票用紙上でも、大統領候補者を選択している。大統領選挙人が投票すべき候補者は先んじて決められており、大統領選挙人は州の有権者の決定に従うことを誓約する。憲法制定者たちは、一般有権者ではなくエリートが大統領を選ぶべきだと考え、間接投票という仕組みを導入したのだが、今日では憲法条文はそのままに、運用の変化によって有権者による直接投票となっている。これが、アメリカの大統領は有権者によって選ばれている、ということの意味である。
注意しなければならないのは、選挙人制度は形式としては残存しているために、大統領は有権者からの投票数(一般投票数、popular voteと言われる)の多寡によって決まるわけではなく、あくまでも選挙人の人数によって決まる。現在ではほぼ全ての州で、州全域をひとつの選挙区として、州に割り振られた大統領選挙人の全てを、勝利した候補者に与えるという勝者総取り方式を採用している。州は選挙人を、候補者の得票数に応じて配分することもできる(メイン州とネブラスカ州)が、大統領選挙における州の影響力を最大化するために、勝者総取り方式が主流となったi。
この勝者総取り方式が、一般投票数と獲得選挙人数の齟齬を生み出すこともあることを、2016年のトランプ当選の時に皆が知ることになったii。大統領選挙人は、各州の上院議員と下院議員の合計数と同数であった。上院議員は各州に2名、下院議員は各州の人口比例によって配分されるという憲法上の規定がある。上院議員の数は人口が最大のカリフォルニア州と、人口最小のアラスカ州、どちらも2名である。つまり、上院議員の数に基づいて配分される大統領選挙人には、人口の少ない州が過大に代表される傾向があると言える。1票の価値は投じられた州によって変わり、それゆえに、一般投票数は多くとも、獲得選挙人数では少ないという現象が生じうるのである。もっとも、一般投票数と、獲得大統領選挙人数が食い違った選挙は歴史上5回のみである。
大統領選挙人制度は「一票の格差」を生み出しているが、長年にわたりそのままである。その理由は合衆国憲法の修正手続きにある。修正には、連邦議会両院の3分の2以上による発議の後に、4分の3以上の州による承認が必要となるためiii、現行の選挙人制度から利益を受ける小州がまとまると修正を阻止できるのである。
大統領選挙人という仕組みを少々念入りに論じてきたので、もう少しだけ手続き的なことを述べておきたい。現在、大統領選挙年の11月に実施される選挙(いわゆる本選挙)は、手続きの上では、各州で大統領選挙人を選出しているに過ぎない。12月に大統領選挙人による投票が各州の州都で行われ、この結果が首都ワシントンに送付され、翌年1月に連邦議会にて集計され、大統領が最終的に決まる。
この迂遠な仕組みは2021年1月6日までは、およそ説明する必要のない事柄であった。トランプ大統領による扇動のもと、ワシントンの連邦議会議事堂が襲撃されたこの日、まさに各州からの大統領選挙人投票の集計がなされていた。この集計作業は副大統領が議長を担うことになっており、現政権の副大統領が、新政権の大統領決定を宣言する。政権交代が起きる際には、相手政党の新大統領を、敗北した政党の副大統領が祝福することが伝統であった。トランプ大統領はこの伝統に挑戦したが、ペンス副大統領と議会は最後の一線で維持したのであった。(さらに付け足すと、2000年大統領選挙はジョージ・W・ブッシュ共和党候補と、アル・ゴア民主党候補の争いで、その結果はフロリダ州での票の再集計に委ねられ、連邦最高裁の決定によりブッシュの勝利が確定した。この選挙結果の集計を、副大統領ゴアは淡々と担った。2021年を経験した後では偉業に見える。)
大統領候補者選定プロセスの民主化とその帰結
ここまで大統領選挙人について仕組みを論じてきた。この仕組みは、11月の本選挙で作動するものであり、その前段階では民主党と共和党それぞれの大統領候補者選定プロセスがある。各党の大統領候補はそれぞれの党大会において、「代議員」の投票によって決まる(冒頭で「ほぼ確定した」と書いたのは、現行執筆の3月現在では党大会が行われていないからである)。各党はそれぞれの州に代議員を配分しており、各州では予備選挙もしくは党員集会という方式ivが用いられ、大統領候補者は代議員獲得を目指す。
代議員に投票の自由を認めるか否かは、それぞれの州が決めているが、現在では「投票先を宣誓した代議員」が大半を占める。すなわち、各州の予備選挙において、有権者は大統領候補者に投票し、党大会で州の投票結果に従って投票すると宣誓する代議員が、各州から送られる。つまり、各州の予備選挙が進む中で、それぞれの政党が設定する代議員の過半数を獲得する候補者が現れた段階で、実質的な候補者選びは終結する(2024年の場合は、民主党ではバイデン大統領が、共和党ではトランプ前大統領が3月末の時点で過半数を獲得した)。
党大会で大統領候補を決めるという仕組みは、日本から見ると異様である。なぜ、党指導部は公認候補決定権を、各州の予備選挙・党員集会に参加する一般有権者に委ねるのだろうか。公認権は党指導部の力の源泉でもあるのに。
実は1960年代までは、アメリカでも大統領候補は政党指導部によって選ばれていた。既に予備選挙も行われていたが、党大会で最終的に候補者を決定するのは政党指導部であり、予備選挙で積み上げられた代議員の数は、指導部が考慮する1つの要素にすぎなかった。
変化のきっかけは1968年の民主党大会であった。リンドン・ジョンソン大統領が再選を断念したことを受けて、民主党指導部はヒューバート・ハンフリーを公認候補に選ぶも、予備選挙でリードしていたのはユージーン・マッカーシーであり、党大会の行われたシカゴでは党指導部の決定に対する激烈な反対運動が繰り広げられた。学生運動団体もこの運動には加わっており、民主党大会は大混乱に陥った。
民主党は改革のための委員会を設置し、1972年以降、各州の予備選挙・党員集会で積み上げられた代議員の数を重視するよう規則を変更した。共和党側でも同様の方式が採用され、各党の大統領候補の選定に、それぞれの政党支持者が直接影響力を行使できる現在の仕組みへと変わっていったv。
大統領候補者選定プロセスに生じた民主化が、大統領候補者の質を変えることになった。従来は、政党指導部に認められる必要があり、候補者は政党指導部の顔色をうかがわなければならなかったが、現在の方式では指導部の意向に沿う必要はなく、候補者は政党支持者の票こそ重視するようになった。さらには、政党指導部に対立することさえ、候補者の選択肢になった。
1974年の改革以降の大統領を思い浮かべてみると、ワシントン政治へのアウトサイダーというスタンスを取って選挙を戦った候補者が多いことに気づく。カーター、レーガン、クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマ、トランプはいずれもワシントンを刷新するというレトリックを好んだ。新しい大統領候補者選定プロセスは、新しい候補者を政党に呼び込むことになった。トランプが共和党候補になれたのも、この仕組みのおかげであったvi。
しかし、民主的な方法で選ばれた大統領が、民主的手続きを尊重するとは限らないということをトランプ前大統領は示した。トランプは2024年においても、1月6日の連邦議会議事堂襲撃により服役している者を「愛国者」だと賛美しているvii。大統領選挙という民主的手続きが、2024年に問題なく作動するのか、またその結果がきちんと尊重されるのか、注視する必要があるviii。
i 梅川健「大統領権限の変遷:建国期から革新主義の時代にかけて」久保文明・阿川尚之・梅川健編『アメリカ大統領の権限:トランプ大統領はどこまでできるか』(日本評論社、2018年)、34頁。
ii 歴史上、一般投票で負けたものの獲得選挙人数で勝利した大統領は5名いる。近年だと2000年のジョージ・W・ブッシュ大統領と2016年のトランプ大統領。他3名はいずれも19世紀の大統領。
iii 他に、全州議会の3分の2以上の州の要請による憲法会議による発議、4分の3以上の州の憲法会議による承認、という手続きもあるが、こちらでも小州は拒否権者となれる。
iv 党員集会の様子については久保文明・金成隆一『アメリカ大統領選』(岩波新書、2000年)第2章が詳しい。
v 梅川健「協調的大統領制からユニラテラルな大統領制ヘ」久保文明・阿川尚之・梅川健編『アメリカ大統領の権限:トランプ大統領はどこまでできるか』(日本評論社、2018年)、49頁。
vi 新しい仕組みで選ばれた大統領たちは、従前の方式で選ばれた大統領と比べると党指導部との関係は希薄であり、関係性の構築はワシントンに入ってからであった。現在まで続く議会と大統領との関係の難しさの一因は、大統領候補者選定方式の変化にある。
vii 「大統領選勝利しなければ米民主主義は終わり」ロイター通信、2024年3月18日 < https://jp.reuters.com/world/us/ZURGDUFASROQBESMJRKSWYKC2E-2024-03-17/#:~:text=%5Bワシントン%2016日%20ロイター%5D%20%2D,だろう」と語った%E3%80%82>
viii 平和裏な政権移行が、実は得がたいものだということについて、久保文明・金成隆一『アメリカ大統領選』(岩波新書、2000年)第1章を参照。