研究レポート

国際公共財の安全保障:宇宙と気候変動

2023-09-26
長島純(日本宇宙安全保障研究所理事)
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「新領域リスク」研究会 FY2023-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

地球温暖化による気温上昇は、干ばつ、森林火災、豪雨に伴う甚大な被害を生み出すばかりでなく、海面の上昇、極地の氷の融解、台風やハリケーンの多発、生物多様性の喪失など、深刻な事態を引き起こしている。国際社会として、これ以上の温暖化を防ぎ、更に異常気象の激化を抑えるのは、人類の存続にとって喫緊の課題であることは間違いない。この地球上に生きる人々は、現在の気候変化を異常気象として右往左往するのではなく、その影響を正確に評価し、その「緩和」を急ぎ、円滑に「適合」することが求められている。

気候変動の影響緩和

世界は、気候変動枠組条約の最高意思決定機関である「締約国会議(Conference of the Parties: COP)」を通じて、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガス(GHG)の排出削減に係る政策を大胆かつ積極的に進めようとしている。しかし、20世紀後半以降、軍隊による世界的な化石燃料の消費量は大幅に増加しつつある。特に、戦闘機、大型輸送機を運用する空軍、そして、大型艦艇を有する海軍は、他の軍種に比して、大量のガソリン、ディーゼル、ジェット燃料を消費することが知られているi。これまで、軍隊のGHG排出に関しては、国際的な説明責任、報告義務等に関する合意が無く、軍の排出量の監視と削減の優先順位も低かったため、その状況を把握することは困難であったii。その流れを変えたのが、2015年にフランス・パリで開催されたCOP21であり、そこで、気候変動に関する2020年以降の新たな国際枠組みである「パリ協定(Paris Agreement)」が採択され、軍事的な免除が撤廃されたのであるiii。それは、主要なエネルギー消費主体としての軍事組織においてもiv、その影響への緩和に関する具体的な対処の取り組みの始まりの契機になった。既に、米海軍では、大型輸送機や空中給油機が作戦機の中で最大の温室効果ガス排出源であることを考慮して、低炭素な給油ドローンを利用した空中給油についての検証を進めているv。これは、現状の装備体系を維持しつつ、空中での燃料補給に係るエネルギー効率を高めることを通じて、GHG排出の削減を図る取り組みの一つである。

気候変動の影響への適合

軍隊は、その任務の特殊性から非代替性の強い実力組織であり、気候変動によって劣悪化する作戦環境下においても付与された任務を中断し、放棄することは許されない。その一方で、気候変動による影響は、極度の高温や豪雨、砂嵐などの異常気象という形で、部隊や個々の兵士に襲いかかり、海面上昇による基地の水没、滑走路や基地施設の損壊など、戦力発揮基盤を喪失せしめているvi。そのため、軍隊としては、常時、気候変動の負の影響を極小化して、正常の作戦運用態勢を維持し、任務を全うすることが求められている。それは、任務遂行のために、気候変動に対する軍隊のレジリエンスを高めることに優先的に取り組むべきことに他ならないvii

その一方で、小型、軽量、そしてエネルギー効率にも優れるドローン技術などを積極的に導入し、装備品の無人化を推し進めると共に、AI搭載の自律化された装備品により従来の化石燃料依存型の装備品を置き換える試みが始まっているviii。これらの先進技術は、実用性や費用対効果の面で装備化に時間がかかると見られるが、軍隊として、先行する民間技術を積極的に導入し、気候変動の影響への適合の流れを止めないことが緊要である。また、時代の急速な変化に適合し続けるべき軍隊が、気候変動に対する積極的な対応を通じて、兵士の意識改革、軍内のイノベーション、また合理的かつ先進的な装備体系への円滑な移行を図ることも期待されている。

宇宙を通じた気候変動の影響への対応

従来、気候変動の影響に対する緩和と適合は、異なるものと考えられてきた。それは、緩和が、温室効果ガスとしての二酸化炭素の排出を削減することを主体とした、気候変動の原因への取り組みである一方、適合は、不可逆的な気候変動の結果に対して、人間の生活をどのように合わせてゆくのかという異なるアプローチを取るためである。近年、軍隊において、温室効果ガス排出量の削減と気候レジリエンスの強化を同時に達成すべく、宇宙システムを活用した、効率的かつ効果的な対応が始まっている。

・宇宙からの状況監視

気候変動の影響を評価するために、地球上の多くの地点でGHGの濃度が計測されている。これまでは、その観測を高精度化するために、採取した大気の直接測定が行われてきたが、全地球レベルでの状況を掌握することは容易ではなかった。しかし、離れたところから物体の形状や性質などを観測する「リモートセンシング」技術の進化によって、直接測定に迫る精度が実現し、全地球規模の正確なGEG観測が実現するに至っている。更に、人工衛星による地球大気の「見える化」が進むと共に、他の衛星画像、地上観測等のデータ・ソース(提供元)と組み合わされることによって、気候変動の影響をより正確に掌握し得るようになった。また、これらの収集されたデータがデジタル化され、集積されることによって、監視対象全域のデータベース化も急速に進むと見られる。最終的に、これらをデータベース化することを通じて、仮想空間上に現実をコピーする、すなわち気候変動が影響を及ぼす領域のデジタル・ツイン(双子)化に結びつくであろうix。それは、デジタル・ツイン化された仮想空間における重要課題のモデリング・シミュレーションxを通じて、気候変動への影響の緩和や適合について様々な試行や検証を行い得る環境の整備でもある。

現在、軍隊は、宇宙システムを活用して、安全保障・軍事面での警戒監視能力の向上を図りつつあるが、宇宙から監視、収集される情報データを通じて、気候変動の影響を受ける地球環境の客観的状況を掌握し、地域社会の脆弱性評価に資することが期待されるxi。例えば、米軍は、1987年以来、40回以上の山火事に伴う災害派遣活動を行い、空軍輸送機(C-130)を消火活動に参加させるなど、組織的な対応を続ける一方で、軍事衛星を大規模な山火事の警戒監視に使用することの検討を開始しているxii。今後、激甚化する気候変動の影響への適合や緩和のために軍隊の関与が不可欠となる中で、軍隊としては、宇宙アセットにより収集、集約され、デジタル化された観測データを用いて、気候変動の影響への対処と宇宙からの警戒監視という両用任務を効率的かつ効果的に遂行する方向に向かうであろう。

・宇宙代替機能によるエネルギー効率化

気候変動の影響に対する、緩和と適合を同時に図る軍隊にとって、GHG排出の大きな原因となる軍隊機能のエネルギー転換を図り、AIの導入に伴う無人化・省力化、小型軽量化による経済性の向上や燃料転換による気候レジリエンスの強化は急務である。その際に、軍隊のGHG排出量が多い分野、特に、空中や海上における飛行や移動を伴う作戦行動を、軍用機や作戦艦艇などの既存のアセットから、宇宙システムの衛星等アセットへと代替することも有力な選択肢の一つとなるであろう。それは、全地球的な情報収集、警戒監視システムを宇宙空間に構築し、大型機を用いる空中指揮統制システムを廃止し、宇宙システムに転換させることに他ならない。それらの代替措置は、軍隊としての必要機能を保持したまま、GHG排出元となるアセットを排除することにより、効率性と安全性を確保しながら、気候変動の影響への緩和と適合を推進させる一助となろう。

おわりに

現在の気候変動や異常気象が、人間由来であると考えるのであれば、人類は、その存続を地球上で続ける限りにおいて、当面の間、気候変動の負の影響から逃れることは出来ないはずである。実際に、スペースXの創業者であるイーロン・マスク氏は、人類の火星移住計画の実現を目指しているとされ、その計画実現へ向けての努力を続けている。現時点で、宇宙空間への大規模な人類の移住は現実的ではないが、米国を中心とするアルテミス計画、中国の嫦娥計画においては、月面の資源探査と長期的な滞在計画が目標として掲げられ、宇宙への人類の移住は夢ではなくなりつつある。その一方で、人類が安心して宇宙での移住を実現するためには、宇宙領域における危機管理や紛争処理の観点から、安全保障上の取り組みも同時並行して行われることが不可欠であり、戦闘領域化する宇宙空間から人為的な脅威を排除する流れの中で、人類の宇宙移住に伴う安全確保に関して、軍隊にその責任が与えられることになろう。そのことは、宇宙空間における民生レジリエンスの強化が、軍隊の新たな任務の一つとして付与され、その対応を具現化する努力を軍隊として始めるべき時期が近づいていることを示唆している。

2023年9月24日脱稿




i Marju Kõrts, "Climate change mitigation in the Armed Forces-greenhouse gas emission reduction challenges and opportunities for Green Defense-," NATO Energy Security Center of Excellence, April 2023, https://www.enseccoe.org/data/public/uploads/2023/04/climate-change-mitigation-in-the-armed-forces.pdf.

ii Stuart Parkinson / Linsey Cottrell, "Under the radar: The Carbon Footprint of Europe's military sectors," Conflict and Environment Observatory, February 2021, https://ceobs.org/wp-content/uploads/2021/02/Under-the-radar_the-carbon-footprint-of-the-EUs-military-sectors.pdf.

iii 全署名国の炭素排出量を制限するパリ協定(2015年)では、条約の運用規則の下で、軍隊の炭素排出量は除外される可能性はあるもの、決定は個々の署名国に委ねられている(Arthur Neslen, "Pentagon to lose emissions exemption under Paris climate deal," The Guardian, Dec. 15 2015, https://www.theguardian.com/environment/2015/dec/14/pentagon-to-lose-emissions-exemption-under-paris-climate-deal. )。

iv 米国防総省は「米国で最大の単一のエネルギー消費組織」と指摘されている(Office of the Assistant Secretary of Defense for Energy, Installations, and Environment, "Department of Defense Annual Energy Management and Resilience Report (AEMRR) Fiscal Year 2017," July 2018, https://www.acq.osd.mil/eie/Downloads/IE/FY%202017%20AEMR.pdf. )

vi John Conger, "Climate Security: A Tale of Two Defense Hearings by Francesco Femia and Caitlin Werrell," Council on Strategic Risks, June 3, 2021, https://councilonstrategicrisks.org/2021/06/03/climate-security-a-tale-of-two-defense-hearings/.

ix 現実の世界から収集した様々なデータを、まるで双子であるかのように、コンピュータ上で再現する技術を指す。

x ここでは、デジタル化された様々な問題をモデル化し、検証及び理解することを通じて、複雑なシステムをより良く理解し貴重な解決策案を導き出す手法を指す。

xi Morgan R. Edwards et al." Satellite Data Applications for Sustainable Energy Transitions," Frontier in Sustainability, October 3, 2022, https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frsus.2022.910924/full.

xii William J. Broad, "The Secret War Over Pentagon Aid in Fighting Wildfires," The New York Times, August 23, 2022, https://www.nytimes.com/2021/09/27/science/wildfires-military-satellites.html.