発言内容の信憑性が高いか否かの判断は、概ね発言者の態度や行動と照らし合わせてみないとわからない。口で言うのは安上がりで容易く、ゲーム理論の言葉を借りれば「トークはチープ」だからだ。それでは相手に自分が本気であることを伝え、発言内容に信憑性を持たせるためにはどうすればいいか。シグナリングの効果的な方法はいくつかあるが、まず言葉の内容を裏付けるための行動をとること、特に、金銭、ヒト、あるいは時間といった資源を投入し、実際に身を削るようなコストを支払う姿を相手に見せることで、コミットメントの強さを示すことができる。
2022年12月に発表された「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」(以下、防衛3文書)を通して、日本政府は「国民の命と平和な暮らしを守り抜くため」に防衛力を抜本的に増強する決意を示した。中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と明確に位置付け、今後5年間で長射程の反撃能力の導入、継戦能力の向上、サイバー能力などの大幅な増強を行い、防衛関係費をGDP2%にまで増加させてこれらを財政的に賄うことも発表した。
こうした投資が予定通り実行されれば、日本の防衛力は高まり、地域のパワーバランスは少なからず調整される。中国が図る軍事行動はより複雑なものにならざるを得ず、結果的に軍事行動を思いとどまる可能性が高くなる。つまり抑止力が高まる。また、高齢化社会で増大する社会保障費と経済成長に伸び悩む日本が、このように多額の財政的なコストを支払ってでも「防衛力の抜本的強化」を行う姿勢を見せること自体が、中国を含む世界の国々に日本の本気度を伝えるシグナルとなる。
今回の防衛力の増強は、今後国際社会において日本の外交力を高める助けになるだろう。2012年から2020年まで続いた安倍政権では、首相が80の国と地域を176回にわたって訪問し「地球儀を俯瞰する戦略的な外交」を進めた。「自由で開かれたインド太平洋」構想を打ち出し、国際社会に定着させた。一方国内では集団的自衛権の限定的行使容認や特定秘密保護法の制定など、法的整備という形で政治的コストを払ったが、財政面、特に防衛費では中国との差は広がっていくばかりであった。安倍首相が政治シーンから姿を消した今、これから日本は「自由で開かれた国際秩序」の維持・発展のためにどの程度本気で取り組んでいくのか。今回の防衛力増強は、そうした疑念の払拭に役立ち、今後外交の場で日本の指導者や外交官たちが発する言葉により強い信憑性を与えることになるだろう。
こうした防衛力と外交力の相互補完性は、防衛3文書でも明確に打ち出されている。特に防衛力に着目した「国家防衛戦略」において、「力による一方的な現状変更を許さない取組において重要なのは、我が国自身の防衛体制の強化に裏付けられた外交努力である。」と、外交の重要性が語られている意味合いは大きい。2023年1月に訪米した際、岸田首相自ら「外交には裏付けとなる防衛力が必要であり、防衛力の強化は外交における説得力にもつながる」と語った。
力は外交に信憑性を与え、外交は力を意味付けするツールとなる。外交によって適切に相手に防衛力の意図を伝え、誤解を防ぎ、大国間競争を管理し、危機を回避する。力に裏付けられた外交を以って初めて平和の維持は可能となる。防衛力の強化と外交は二律背反の関係にはない。
よって今回岸田政権下で打ち出された防衛3文書は、安倍政権時代から日本が精力的に進めてきた外交とセットでみるべきである。防衛力増強によって日本が発する言葉への信憑性が高まった今、岸田政権はさらに外交でのリーダーシップを強めていくべきだ。