研究レポート

侵攻から一年:ロシアを和平交渉に誘導する中国

2023-02-28
熊倉潤(法政大学准教授)
  • twitter
  • Facebook

「大国間競争時代のロシア研究会」FY2022-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

中国のジレンマ

2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻によって、中国は難しい立場に立たされた。中国はロシアとの友好関係を維持する必要がある一方、各国の主権と領土的一体性はこれまで中国が主張してきた原則であった。当然ながらウクライナの主権と領土もそこに含まれる。

侵攻開始翌日の2月25日、プーチンと電話会談を行った習近平は、ロシアがウクライナと交渉を通じて問題を解決することを支持するとしたうえで、各国の主権、領土的一体性を尊重し、国連憲章を遵守する中国の基本的立場は一貫していると述べた1。中国はロシアとの関係をとるか、主権及び領土的一体性の尊重の原則をとるかのジレンマに直面した。

それでは中国は、結局どちらを選んだのか。実際の行動をみれば、中国はロシアを非難する側に立たなかった。ひとつの可能性としては、主権及び領土的一体性の尊重をとり、暴走するロシアに見切りをつけ、対米接近をすることも考えられた。中国は赤十字を通じてウクライナに人道支援を行うなどしていたが、それでも中国はロシアを非難する側に立つことはできなかった。

2月26日、国連安保理でのロシア非難決議で中国は棄権した。その後も中国はロシアのウクライナ侵攻を「侵攻」と呼ばず、ロシアに倣って「特別軍事行動」と呼称し続けた。習近平政権は、結局はロシアによる力の行使を是認したのであった。

高原明生によれば、中国は、自国にとって最も重要なのは米国との戦略的競争に勝利することであり、そのためにはロシアとのパートナーシップが不可欠だと判断したという。中国はそれにより、主権及び領土的一体性の尊重を言いながら、実際にはそれをウクライナに適用しないという言行不一致を白日のもとにさらけ出すこととなった2。それだけの代償を払ってでも、中国はロシアとの関係を変えなかったし、変えられなかったのである。

和平交渉への誘導

中国の事実上の支持は、その後も2022年を通じて続くこととなる。もちろん中国は暴走するプーチンに対し、もろ手を挙げて支持していたのではない。プーチンに対し「疑問や懸念」も持っていた。2022年9月15日に上海協力機構首脳会議に出席するためサマルカンドを訪れた習近平、プーチンが会見した際、プーチンは、ウクライナ危機に関して、中国の「バランスの取れた姿勢」を高く評価しているとした上で、「この件に関する中国側の疑問や懸念を理解している」と発言した3。この発言は各国で報じられ、中国側がロシアのウクライナ侵攻に対し「疑問や懸念」を伝えたことが知られるようになった。

しかし中国では、習近平がプーチンに「疑問や懸念」を伝えたことは公式に触れられなかった。翌日の「新聞聯播」は、両国首脳の会見のニュースをたった2分30秒ほど報じたに過ぎず、その内容も当たり障りのないものであった。これは露中首脳の会見としては異例の短い扱いであり、同日の習近平とルカシェンコ・ベラルーシ大統領との会見のニュース(3分弱)の方が長いほどであった4。中国国内では、ロシアから離れて西側に接近することを説くような言説が、公の言論空間から排除されてきた経緯もあり、ロシアに対する「疑問や懸念」を公式に取り上げることはできないのである。

ロシアに対する中国の事実上の支持は、その後も続き、継続的に確認された。12月30日に開かれたオンライン首脳会談においても、「互いの核心的利益に関わる問題では強力に支持し合う」ことを習近平は指摘している。同時にこのとき習近平はプーチンを和平交渉に誘導したようである。中国外交部の発表によれば、このときのウクライナ危機についての意見交換で、ロシア側が外交交渉による衝突の解決を「拒否していない」(従未拒絶以外交談判方式解決衝突)と述べたことを中国側が「称賛」したという5。ロシア大統領府の発表には、この部分は記載されていないが6、ウクライナと違ってロシアは外交交渉を拒否したことがないという論調はロシア側の主張に繰り返し見られる。

ロシアを支持し、和平交渉に誘導するという方向性は、ロシアとの関係と主権及び領土の尊重の原則との板挟みのなかで、中国が見つけ出した現実的な路線であった。2023年2月22日にプーチンと会見した王毅も、この路線に沿って動いている。中国外交部の発表によれば、このとき王毅は、ロシア側が対話と交渉による問題解決への「意欲」(愿通過対話談判解決問題)を再度示したことを「称賛」したという7。12月の首脳会談ではロシアは外交交渉による問題解決を「拒否していない」にとどまっていたが、ここでは「意欲」に発展している。もっとも、ここでもロシア大統領府の発表にはこの部分が記載されていないため、ロシア側がそもそもどの程度の「意欲」を持っていると述べたのかは不明である8。とはいえその後の展開をみると、王毅はプーチンの理解をとりつけたと見られる。

王毅とプーチンの会見から2日後の2月24日、中国外交部は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した、12項目からなる文書を発表した9。第1項目で、各国の主権の尊重を掲げ、従来の原則を堅持する一方、第3項目で停戦を、第4項目で和平交渉を進める意向を表明した。一方、第10項目で一方的な制裁の停止を打ち出し、安保理の承認を経ずに制裁を行う西側を批判している。ロシアに対する譴責はせず、ロシアの顔を立てつつ、和平交渉に促すという中国の考えが、文書のかたちとなって表れた。したがってこの文書は和平案と言われることも多いが、より正確には中国の立場表明と考えたほうがよい。ロシア側も中国のこの立場表明にすかさず同調した。ロシア外務省報道官が中国の立場を評価するとともに、西側及びゼレンスキー政権への批判を繰り返している10

おわりに

ロシアの侵攻開始後、中国は「中露友好」と主権及び領土的一体性の原則の尊重をどう両立させるのかというジレンマに直面した。それから1年が経ち、中国はロシアを支持しつつ、ロシアを和平交渉に向かわせるというパフォーマンスを取り始めた。もっとも、その通りにいくという保証は全くない。この点について、カーネギー国際平和財団モスクワセンターのアレクサンドル・ガブエフは、和平交渉がまとまる可能性はないことを中国政府上層部も十分承知していると指摘している11

和平交渉がまとまる可能性は全くないとは言えないが、たしかに可能性は低いだろう。何より最大のリスクはプーチンの動きが読めないことである。プーチンが中国のお膳立て通りに動くとは限らない。せっかく中国が用意しても、プーチンが台無しにする可能性がある。しかしそれでも中国が和平の仲介者のように振る舞うのは、たとえ交渉がうまくいかなくても、主権及び領土的一体性の原則を標榜し、和平を提唱した正しい国であるという印象を世界に対して振りまくことができる。これは大きな財産であり、単なるロシア支持とは違う。万一プーチンが倒れた場合の備えともなろう。




1 中国外交部「習近平同俄羅斯総統普京通電話」2022年2月25日。< https://www.mfa.gov.cn/web/wjdt_674879/gjldrhd_674881/202202/t20220225_10645684.shtml> (本レポートにおいて引用した文献のURLは全て2023年2月27日最終閲覧)

2 高原明生「国問研戦略コメント(2022-03) 中国が立たされた十字路----ロシアのウクライナ侵攻と中国外交」日本国際問題研究所ホームページ、2022年3月11日。< https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2022-03.html>

3 ИТАР-ТАСС, "Путин: РФ понимает озабоченности и высоко ценит сбалансированную позицию КНР по Украине," 15.09.2022. <https://tass.ru/politika/15761641>

4 CCTV中国中央電視台「習近平会見俄羅斯総統」Youtube, 2022年9月17日。< https://www.youtube.com/watch?v=NJV0xcFO65I>

5 中国外交部「習近平同俄羅斯総統普京挙行視頻会晤」2022年12月30日。<https://www.mfa.gov.cn/web/wjdt_674879/gjldrhd_674881/202212/t20221230_10999032.shtml>

6 Президент России, "Российско-китайские переговоры," 30.12.2022. <http://kremlin.ru/events/president/news/70303>

7 中国外交部「俄羅斯総統普京会見王毅」2023年2月22日。<https://www.mfa.gov.cn/web/wjdt_674879/gjldrhd_674881/202302/t20230222_11029753.shtml>

8 Президент России, "Встреча с членом политбюро ЦК Компартии Китая Ван И," 22.02.2023. <http://kremlin.ru/events/president/news/70573>

9 中国外交部「関于政治解決烏克蘭危機的中国立場」2023年2月24日。<https://www.mfa.gov.cn/zyxw/202302/t20230224_11030707.shtml>

10 МИД России, "Комментарий официального представителя МИД России М.В.Захаровой в связи с публикацией МИД КНР «Позиции Китая по политическому урегулированию украинского кризиса»," 24.02.2023. <https://mid.ru/en/foreign_policy/news/1855483/?lang=ru>

11 Александр Габуев, "Не прошло и года. Зачем Китаю мирный план по Украине," Carnegie Endowment for International Peace, 24.02.2023. <https://carnegieendowment.org/politika/89133>