軍事侵攻への世論の反応
ウクライナへの軍事侵攻によって、ロシアは国際社会の非難にさらされることになったが、この侵攻はロシア国内ではどのように受け止められているのだろうか。この問題は、戦争の長期化がプーチン政権にどのような影響を及ぼすかを考える上でも重要である。開戦当初は、ロシア国内でも反戦運動が行われる様子が報じられていたが、徐々にそのような運動は下火になった。ロシアでは政権への抗議運動に対する取り締まりは近年厳格化する傾向にあったが、軍事侵攻開始以降その傾向にさらに拍車がかかったためである。特に、2022年3月初めに刑法が改正され、ロシア軍の「信頼を低下させる」活動やロシア軍に対する「虚偽情報」の拡散が処罰の対象とされると、抗議デモを行うことへのリスクが著しく高まった1。また、独立系メディアの多くもその活動拠点を海外に移さざるを得なくなった。そのような状況で、ロシア国民がこの戦争に対してどのような考えを持っているのかは、外から理解するのは困難になっている。
以下では、最近の研究成果を踏まえつつ、世論調査機関による調査結果を中心に、ロシア国民が「特別軍事作戦」をどのように受け止めているのかを考察する。
「特別軍事作戦」への支持
ロシア国内の世論調査では、開戦以来、国民の大半が「特別軍事作戦」を支持しているという状況が続いている。独立系世論調査機関レヴァダ・センターによれば、プーチン大統領に対する支持率は、2021年10月にロシア軍がウクライナ国境付近に展開した頃から上昇し、開戦を機に80%を超えた2。これはクリミア併合後と同水準の高さである。また、「ウクライナにおけるロシア軍の行動を支持するか」という質問に対しても、70%以上の人がこれを支持する状況が続いている。3月から4月にかけてこの数値は若干低下したが、その後はほぼ横ばいである(図1)。政府系世論調査機関の全ロシア世論調査センターの調査結果でも、開戦以来70%以上の人が特別軍事作戦を支持し続けている。このように、開始から半年が経過しても、軍事侵攻に対する支持はそれほど低下していない。
図1 軍事侵攻に対する世代別支持率の変化
注:数値は「明確に支持」と「どちらかと言えば支持」を合計したものである。
出典:レヴァダ・センター (https://www.levada.ru/2022/08/01/konflikt-s-ukrainoj-iyul-2022-goda/; https://www.levada.ru/2022/06/30/konflikt-s-ukrainoj-3/; https://www.levada.ru/2022/06/02/konflikt-s-ukrainoj-2/; https://www.levada.ru/2022/04/28/konflikt-s-ukrainoj-i-otvetstvennost-za-gibel-mirnyh-zhitelej/; https://www.levada.ru/2022/03/31/konflikt-s-ukrainoj/) のデータをもとに筆者作成。
ただし、世代間で戦争に対する姿勢は大きく異なっている。上記のレヴァダ・センターの調査では、年齢が低いほど「特別軍事作戦」に対する関心や支持率も低いという明確な傾向が見てとれる。若い世代においてプーチンの支持率が低いという傾向は軍事侵攻開始前からあったが、「特別軍事作戦」への支持においても、世代間の差が大きいことがわかる。また、若者の間で「特別軍事作戦」への支持が低下していることもデータから読み取れる。18歳から24歳では「明確に支持」と「どちらかと言えば支持」の合計は3月から5月までは約70%であったが、6月以降50%代に大きく低下した。55歳以上の年齢層ではその数値が80%台半ばで持続しているため、両者の違いは実に30ポイント近くに拡大したことになる。
世論調査は世論を反映しているか?
このような世論調査に対してしばしば指摘されるのが、これらの結果はどの程度信用に足るのかということである。一般に、言論の自由が制約されている権威主義体制下では、回答者が政権を批判する回答や社会的規範にそぐわない回答をすることへの心理的プレッシャーが強いと考えられる。そのため、プーチンの長期にわたる高い支持率もロシア国民の本当の声を反映していないのではないかということが指摘されてきた。つまり、「プーチンを支持しない」とか「特別軍事作戦を支持しない」と回答することを社会的に望ましくないと考えて、本心を偽って「支持する」と回答する人がいるかもしれないということである。これは「社会的望ましさバイアス」と呼ばれ、権威主義体制に限らず一般に生じるバイアスとして知られている。
このようなバイアスを回避するための方法として知られるのが、リスト実験である。リスト実験とは、被験者をランダムに複数のグループ(統制群と処置群)に分けた上で、それぞれのグループに選択肢のリストを提示し、その中から該当する選択肢の数を被験者に答えさせる方法である。統制群にはターゲットとなる選択肢を含まないリストを提示し、処置群には統制群のリストにターゲットとなる選択肢を加えたリストを提示する(表1参照)。そして、両グループの回答の平均値の差を見ることで、ターゲットとなる選択肢をどのくらいの人が選択したかを推定する。この方法の利点は、被験者が自身の選好を偽る可能性を相当程度排除できる点にあり、被験者が答えづらいと考える質問を直接しなくても、その質問に対する被験者の選好を知ることができる。被験者が答えるのは、自分が該当する選択肢の数のみであり、「プーチンを支持しない」などと直接回答する必要はないからである。
このリスト実験という手法を使って、ティモシー・フライらは、クリミア併合後のプーチンの支持率が約80%と実際に高いものであったことを示した。彼らの研究では、ロシアの有名な政治家の名前をリストにして、そのうちの何人を支持するかを答えさせている。そして、一方のグループのみに「プーチン」の名前を加えることで、プーチンの支持率を推定している3。このようにして、クリミア併合後の高い支持率は、世論調査機関の調査結果とあまり変わらないという結論が得られている。
表1 フライによるリスト実験の選択肢
統制群 | 処置群 |
スターリン | スターリン |
ブレジネフ | ブレジネフ |
エリツィン | エリツィン |
プーチン |
出典:Frye et.al., op.cit., p.6
ただし、戦争開始後の言論統制の強化や社会の同調圧力によって、そのような状況は変化しているかもしれない。実際、この点はロシアの社会学者の間にも見解の相違がある。アレクセイ・ティトコフは、戦争に反対する傾向のある若い人や教育水準の高い人ほど世論調査への回答を回避する度合いが強まったと指摘している。また、自分の回答が「虚偽情報」や「信頼低下」といった処罰の対象となることを恐れて、回答者が自分の本心とは異なる「社会的に望ましい」回答をする割合も増加していると述べている4。一方、レヴァダ・センターのレフ・グトコフは、世論調査への回答拒否は増えていないと述べている。ロシア政府による長年のプロパガンダと戦時下の厳しい言論統制により、国民の大半は政府が言っていることを信じざるを得ない状況にあり、それが「特別軍事作戦」に対する高い支持につながっているという5。
ウクライナへの軍事侵攻後にリスト実験を行った研究グループは、約1割のロシア国民が自身の選好を偽って「特別軍事作戦を支持する」と回答することを示している6。フィリップ・チャプコフスキとマックス・シャウプが行ったオンライン調査によれば、「ロシア軍のウクライナにおける行動」に対する支持・不支持を直接聞いた際には71%の人がそれを支持すると回答したのに対し、リスト実験の結果では支持する人の割合は61%であった。つまり、直接戦争への支持を問われた場合には10%ほどの人が自身の選好を偽って回答したことになる。
また、そのような傾向はテレビが主要な情報源である人に特に高い。テレビを見る習慣がある人たちのうち、直接の質問で「ロシア軍のウクライナにおける行動」を支持すると答えた人は87%にのぼるのに対し、リスト実験ではその数値は71%にまで下がった。これらの数値はいずれもテレビが主要な情報源でない層よりも高いが、直接質問した場合よりもリスト実験の方がその差は小さくなる(それぞれ22ポイントと8ポイント)。このことは、ロシアではテレビを視聴する人々は政府によるプロパガンダを信じているというよりも、それが「社会的に望ましい」見方であるためにそれに同調した方が良いと考える傾向にあることを示唆している。国営テレビのプロパガンダをロシア国民が信じ込んでいるわけではないという指摘は興味深い。
ただし、著者自身が認めているように、この調査がオンラインで実施されたこともあり、それに参加した人は若年層、高学歴、大都市居住者というロシア社会の中では比較的「リベラル」な層に偏っている。そのため、ここで示される傾向が、国民全体でも見られるかは明らかでない。また、そのような「リベラル」な層でも6割以上の人が戦争を支持しているということにも注目すべきである。現在のような状況では、レヴァダ・センターなどの世論調査機関の調査結果は、ある程度割り引いて考える必要があるものの、それが実態と大きく乖離しているとまでは言えない。
NATOと米国への脅威認識、戦争長期化への懸念
そこで、レヴァダ・センターの調査結果に戻って、軍事侵攻に対するロシア国民の考えをもう少し詳しく見てみよう。2022年3月の時点で、ロシアが「特別軍事作戦」を始めた理由としては、ドネツク・ルハンシクの「人民共和国」に住むロシア系住民の保護を挙げる人が最も多く(43%)、続いてロシアに対する攻撃の抑止が挙げられている(25%)。一方、NATO拡大の阻止を上げた人は14%にとどまる7。これは、当初ロシア政府がNATOの脅威を強調してウクライナ国境付近にロシア軍を展開したのに対し、開戦の理由としては「ロシア系住民の保護」を挙げた経緯と呼応する。
ただし、戦争を契機にロシア国民の中のNATOに対する脅威認識が強まっていることも事実である。「ロシアにはNATOに加盟する西側諸国を恐れる理由がある」と考える人は、クリミア併合が行われた2014年ごろをピークに減少傾向にあり、2021年11月にその割合は48%であったが、軍事侵攻開始後の2022年5月には60%にまで上昇した8。また、半数以上(57%)が、ウクライナにおける死者や破壊の責任は米国やNATOにあると考えている9。NATOに対して否定的な感情を持つ人も増加傾向にあり、2022年5月には82%にまで達した。このように、ロシアに根強い反米感情やNATOを敵視する感情が強化されていることは、国民の多くがウクライナへの軍事侵攻を支持している大きな要因になっていると考えられる。
一方、戦争の長期化を懸念する声もわずかながらではあるが世論調査の結果に表れている。2022年4月下旬に行われた調査では、回答者の68%が「特別軍事作戦」は「とてもうまくいっている」または「どちらかと言えばうまくいっている」と答えており、その理由として「計画通りに進んでいる」ことや「バンデラ主義者10から人民共和国などを解放している」ことのほか、「ロシア軍が強い」ことなども挙げられている。一方、「特別軍事作戦」がうまくいっていないと答える人は多くないが、その理由としては48%が「短期間で終わると言われていたが、長い時間がかかっている」ことを挙げ、31%が「民間人、子ども、ロシア兵が死んでいる」ことなどを挙げている。4月の時点で戦争の長期化がすでに懸念されていたことは注目に値する11。実際、「特別軍事作戦がどのくらい続くか」という質問に対して、2022年5月の段階では6ヶ月以内と答える人が37%だったのに対し、7月には27%と10ポイント減少した。他方で、1年以上続くと考える人は21%から28%まで上昇した12。ロシアでも戦争が長期化していくと考える人が増えていることが分かる。実際に戦争が長期化するにつれ、戦争を支持する世論にも変化が生じる可能性はあるが、短期的にはそれは起こりそうにない。
終わりに
本稿では、「特別軍事作戦」として行われているウクライナへの軍事侵攻が、ロシア国内でどのように受け止められているかを考察してきた。言論統制や抑圧の強化により、ロシア国内で反戦の声をあげることが極めて困難であるのは事実であるし、特に若年層では戦争への反対や無関心が増大する傾向にある。しかし、依然として国民の過半数は「特別軍事作戦」を支持しており、その支持率も開戦後5ヶ月の段階では低下していない。軍事侵攻開始以来、西側諸国の協調のもとで大規模な経済制裁が行われてきたが、それが国民の戦争に対する意識を変化させるには至っていない。むしろ、米国やNATOに対する敵対意識は強化されており、それが国民の戦争に対する支持の姿勢を支えている。日本国内では、反戦運動の拡大がプーチン政権の行動を変えたり、プーチン政権を打倒したりすることを期待する声もあるが、現時点ではそのような傾向は見られていない。