大国間競争は国際的相互依存関係を外交・安全保障の観点から見直す動きを加速化させている。2019年から米商務省は新興技術に関する輸出管理を導入してきたが、その本質は、外交・安全保障上の論理による国際的相互依存関係の管理にある。以上の問題意識を念頭に、本稿は米国政府による新興技術の輸出管理とそのインプリケーションを検討する。
開かれた世界と技術の管理
国際的相互依存の拡大と深化は、国際的な経済規模の拡大に寄与しただけでなく、国境を越えた科学技術のエコシステムを可能にし、科学技術の発展にも貢献した。とりわけ情報のデジタル化はその流れを後押しし、膨大な量のデータの国境を超えた移転・処理・蓄積、オンライン上での多様な専門知識の交換、科学技術の専門家と一般市民の間の垣根の低下などがもたらされた。政府が独占できる先端技術分野は限定的になり、研究開発(R&D)等での私企業や個人の存在感が相対的に高まった。その一方で、開かれた技術革新のエコシステムを由来とする安全保障上の課題にも関心が集まっている。脱国家的でオープンなイノベーションのエコシステムが安全保障上機微な技術等の流出元になるとの懸念がある。国家が製品や技術のバリューチェーンを完全に把握し、コントロールすることが不可能になったことの帰結でもある。
その結果、オープンイノベーションを維持して技術力の向上を図りつつ、技術流出を防ぐという困難な課題に各国政府は直面している。例えば2016年に当時のクリストファー・フォード(Christopher A. Ford)米国務次官補(国際安全保障・不拡散担当)は、米中間の相互依存関係を温存しつつ安全保障上の脅威に対応することが課題であると論じていた1。開かれた技術エコシステムと技術保護との間の適切なバランスが模索されている。
新興技術の特定と輸出管理
米国では新興技術を輸出管理の対象にする取り組みが続けられている。2018年8月13日に成立した2019会計年度国防権限法(National Defense Authorization Act:NDAA)は、米商務省産業安全保障局(Bureau of Industry and Security: BIS)の権限に法的基盤を与える2018年輸出管理改革法(Export Control Reform Act of 2018: ECRA)を含んでおり、その1758条が新興技術の輸出管理の法的基盤となった2。ECRA下では、大統領は商務省が主導し国務省、国防総省、エネルギー省等が参画する省庁横断的なプロセス(interagency process)を立ち上げて米国の安全保障にとって不可欠な新興技術を特定し、商務長官が特定された新興技術を輸出管理の対象にするとされた。特定された新興技術については、商務長官は関連する国際輸出管理レジームに規制リストへの掲載を提案するともされた。
もっとも、ECRAは新興技術の定義や特定方法についての詳細を明らかにしていなかったため、BISは2018年11月に新興技術の定義や特定する際の基準、輸出管理の効果や影響等についてパブリックコメントを募集する規制改正案事前告示(advance notice of proposed rulemaking: ANPRM)を発出した。このANPRMでは、バイオテクノロジー、人工知能(AI)、量子コンピューティングを含む14の新興技術の代表的カテゴリー(representative categories)のリストが提示されていた3。このANPRMに対しては、247件のコメントが提出された。
そしてこのANPRMの公表から約半年後の2019年5月23日、新興技術の輸出管理が初めて公表された。離散型マイクロ波トランジスタ、ポスト量子暗号、空中発射プラットフォームを含む5つの新興技術が、輸出管理規則(Export Administration Regulation: EAR)の規制品目リスト(Commerce Control List: CCL)に掲載された。BISはこれらの技術を「最近開発されたまたは開発されつつある技術」で「米国の国家安全保障にとって不可欠な」技術とした4。また、その約半年後の2020年1月6日には、新興技術輸出管理の第2弾が発表され、地理空間画像を自動分析するために専用設計されたAIソフトウエアが米国の単独措置としての輸出管理の対象になった5。もっとも、この二つの新興技術の輸出管理は、ECRAに則って行われたものではなく、既存のEARの枠組を通して実施された措置だった。前者は2018年のワッセナー・アレンジメント(Wassenaar Arrangement: WA)総会での合意を受けてCCL掲載をしたものであり、後者は特定のAIソフトウエアを輸出管理分類番号(ECCN: Export Control Classification Number)の0Y521シリーズに追加するという方式がとられたものである。そのうえ、2018年11月のANPRMから1年以上が経過しても、公表された新興技術輸出管理の関連規則は2件にとどまっていた。それは当初予測されたよりも遅いペースだった。
しかし2020年5月19日に新興技術の特定等について商務省に助言を行う新興技術テクニカル諮問委員会(Emerging Technology Technical Advisory Committee: ETTAC)の初会合が開催されて以降、新興技術の輸出管理はECRAに則った形で導入されていった。第1回ETTAC会合開催の翌月6月17日に、BISは新興技術輸出管理の第3弾として、24の化学兵器のプリカーサーと培養チェンバーをCCLに追加掲載し、輸出管理の対象とした6。また、同年10月5日にBISは新興技術輸出管理の第4弾を打ち出し、ハイブリッド積層造形(Additive Manufacturing: AM)、5ナノメートルのウエハーを製造するための技術、デジタルフォレンジック装置、サブオービタルの飛行体を含む6新興技術を輸出管理の対象とした7。
第3弾および第4弾の新興技術輸出管理で規制対象となった技術等は、ECRAで規定された省庁横断プロセスによって、米国の国家安全保障にとって不可欠な新興技術として認定されたものである。認定されたこれらの新興技術は、関連する輸出管理レジームに提案された後、それらの輸出管理レジームでの合意を経て各レジームの輸出管理リストに掲載された。第3弾および第4弾の措置は、これら輸出管理レジームの国内実行としての側面も持つ。前者は2020年2月のオーストラリア・グループ(Australia Group: AG)会合の決定を、後者は2019年12月のWA総会の決定の一部を、それぞれ反映したものであった。
米国による国際的相互依存の管理
米国政府による新興技術の輸出管理は、技術の国境を超えた周流を外交・安全保障上の論理で管理しようとするものである。そこには、次のような特徴が見られた。第一に米国政府は、規制を迅速に導入することよりも国際合意を重視した。特に第3弾と第4弾の措置は、BISが輸出管理レジームと協議を行い、国際的な規制に合致するために作業していることを示していた。これに加えて、米国政府は既存の輸出管理レジームにとらわれない国際合意を模索しているようにも見える。2020年11月9日の第2回ETTAC会合で商務省のマシュー・ボーマン(Matthew Borman)次官補代理(輸出管理担当)は技術力と輸出管理のレベルが同じ程度の同志国が連携することによって規制がより効果的になる旨を述べていた。こうした米国のアプローチは輸出管理の平準化を狙ったものでもある。米国政府の姿勢からは、単独規制により国際場裏で米国の企業や研究機関が不公平な立場に置かれることを回避したいという思惑もうかがえる。
第二に米国政府は、安全保障上重要なアイテムのみを新興技術輸出管理の対象にするよう努めている。例えば第2弾で暫定的な単独規制の対象となったのは、専用設計されたAIソフトウエアだった。このことは、地理空間画像を自動分析するために使用可能なあらゆるAIソフトウエアが規制対象になったということを意味しない。規制対象とされたのは、専ら地理空間画像を自動分析することを目的として設計されたAIソフトウエアである。また、BISでWAの民生部門を担当するシーン・ガナーディアン(Sean Ghannadian)は、2019年11月20日の素材・装置TAC(Materials and Equipment TAC: METC)の会合で、AM技術の規制を検討していることを明かしつつ、その検討対象は航空機等に使われる金属やセラミック用遮熱コーティング技術であると述べていた。こうした米国政府のアプローチは、1990年代初頭の「higher fences around fewer goods」アプローチでも見られた。
第三に、上記にも関わらず、ある新興技術が有する安全保障上の含意を強く認識した場合には、米政府は単独規制をも辞さずという姿勢をとる。この点を鮮明に表すのが第2弾の新興技術輸出管理である。0Y521規制を活用したことが意味することは、BISが米国の国家安全保障または外交政策上の利益に差し迫った脅威となると見なすときには単独規制を課すことができるし、するであろうということである。この第2弾規制のほかにも、BISは安全保障上の懸念が大きなアイテムについては、単独規制の対象とすることも辞さずとの姿勢を明らかにしている。2020年11月5日にBISは生物兵器の開発に利用可能なソフトウエアに対する輸出管理を検討しているとして、その際に当該ソフトウエアはAGで規制されておらず、したがってBISの規制は単独規制となるとの見解を表明していた8。ココムの時代を振り返るまでもなく、米国の単独規制は、これまでも同盟国や友好国を悩ませてきた。
おわりに
輸出管理の要諦は、外交・安全保障の観点から国境を超えた物資や技術等の周流を管理することにある。BISの2020会計年度年次報告書によれば、これまでBISは37の新興技術に関する輸出管理を導入してきた9。上述したように、国際的な相互依存が拡大・深化した今日、開かれた技術革新エコシステムを維持しつつ技術を保護するためのバランスが模索されている。これに対する米国の新興技術輸出管理のアプローチは、国際合意を重視し、安全保障上重要な少数のアイテムのみに網をかけ、しかし安全保障上の脅威が大きいと見なす技術等には単独規制を課すことも辞さず、というものだった。こうした米国のアプローチはオープンな世界のなかで技術保護を確保するためのバランスを追求した結果であるが、これまでの米国の輸出管理のアプローチとそれ程かけ離れたものではない。しかし今後の国際情勢において大国間競争が激化するなどパワーポリティクス的要素が支配的になれば、国際的相互依存をより安全保障上の論理に即して管理しようという動機が強まる可能性がある。その際には米国の新興技術輸出管理に新たな局面が訪れるかもしれない。
(了)
※本稿脱稿後の2021年3月29日にBISは第5弾となる新興技術輸出管理を発表した。同措置は、2020年10月の新興技術輸出管理第4弾でカバーしなかった2019年WA総会決定の残り部分を国内実行するものであった10。