研究レポート

「新冷戦」に移行した米中対立

2021-03-30
秋田浩之(日本経済新聞コメンテーター)
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「日米同盟」研究会 第6号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

米国と中国は対立が深まっても「冷戦にはならない」という分析が以前からあった。冷戦で対峙した米ソと異なり経済で深く結びついており、敵対関係には一定の歯止めがかかるという仮説だ。

しかし、本稿を書いている2021年3月末時点で、米中はただの大国対立から「新冷戦」の領域に入ったと考えられる。その理由を以下に示すとともに、日本への影響を考えてみたい。

新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲う前、米中の対立は主に2つの領域をめぐる争いだった。その舞台とは海洋、ハイテク分野である。確執があらわになったのはトランプ前政権下だが、兆しはすでにオバマ元政権の2期目から濃くなっていた。

このうち海洋覇権については、オバマ2期目に中国が南シナ海を埋め立て、人工島を建設したころから対立が深まった。中国は東シナ海や南シナ海で、米軍が近づけないようにする「接近阻止・領域拒否」(A2AD)の能力を強めた。さらに「一帯一路」構想を猛烈な勢いで進め、インド太平洋から中東、欧州に至る地域で、影響圏を広げている。

こうした動きが米国の国家本能を刺激し、海洋覇権をめぐる対立に火をつけた。トランプ前政権に続き、バイデン政権も日本が掲げた「インド太平洋戦略(構想)」を採用し、インド太平洋に米軍をシフトする構えだ。日米豪印の協力も強めている。

ハイテク覇権をめぐる争いでも、バイデン政権はトランプ前政権と同様、中国による米国へのハイテク投資や、米国からの対中イテク移転の規制を強めていく方針であり、同盟国にも連携を求める構えだ。

これら2つの対立は深刻だが、しょせん国家権益をめぐる争いである。人間関係でいえば、組織の縄張り争いやビジネス競争のようなもので、いざとなれば難交渉の末に妥協を図ることも無理ではない。

しかし、現在の米中対立は、もはやその次元を超えつつある。3つ目の要素である「体制間対立」が両大国の争いに加わってしまったからだ。大きなきっかけは、新型コロナのパンデミックが米国を襲い、50万人超の死者が出ていることだ。ワシントンでは次第に次のような言説が広がっている。

米国にこれほどの死者が出てしまった責任の一端は、中国の共産党政権にある。2019年秋以降、湖北省武漢でコロナ感染が発生したとき、現場がその事実を隠ぺいし、中国の初期対応が遅れた。そもそも、言論や報道の自由を共産党が認めていれば、このような事態にはならなかった......。

つまり、問題の元凶は中国の独裁体制にあるというわけだ。コロナ禍下、中国が戦狼外交やアジア海洋での強硬な振る舞いを続けたことで、中国共産党への米側の不信感はさらに深まっている。この思考が高じ、ワシントンでは中国問題の元凶は共産党政権そのものにあるという見方がじわりと広がりつつある。

例えば、3月11日の米誌「フォーリン・ポリシー」は、共産党の中国と米国が協調的に共存していくことは難しく、米中対立が長期にわたって続くという論文を掲載した。これに先立ち、米アトランティック評議会も1月28日に発表した匿名の対中戦略論文「Longer Telegram」で、習近平政権との協力は望み薄であるという悲観論をかかげた。

近年、米外交誌が中国に厳しい論考を発表するのは珍しくはないが、米中対立の原因を中国共産党ないしは習近平体制に置いていることが両論文の特徴である。先の人間関係にたとえれば、もはや相手の言動が気に入らないというのではなく、人格や性質が信頼できないと断じているに等しい。

このような厳しい対中観はバイデン政権にも共有されている。バイデン大統領は3月25日の記者会見で、米中対立は「民主主義の有用性と専制主義との闘いである」として、イデオロギー闘争であると定義した。さらに習近平国家主席は「民主主義のかけらもない」と批判した。事実上、「体制間対立」が始まっていることを意識した発言だろう。

海洋、ハイテクの覇権争いにこうしたイデオロギー闘争が加われば、米中が折り合うのは難しく、新冷戦といってよい状態に入ったといえる。ウイグル族弾圧や香港の自治侵害といった共産党の統治問題をめぐっても、バイデン政権は対中制裁を発動している。新冷戦が強まるにつれ、米国はこうした共産党を標的にした圧力をさらに強めるだろう。

米中が「体制間対立」に突き進んでいることは、日本にとって深刻だ。海洋やハイテク覇権争いでは、日本は米国と連携し、中国に対抗していくことに国益がある。だが、日米がそろって共産党体制への圧力を強めれば、中国が猛反発し、外交だけでなく軍事的な緊張が高まりかねない。

対中戦略の重点が海洋やハイテクからこのままイデオロギー闘争にエスカレートしないよう、日本は米側と対中戦略を密にすり合わせ、米中対立を「制御」する努力も尽くす局面にきている。