研究レポート

「自由で開かれたインド太平洋」に貢献する海上自衛隊

2021-03-16
池田徳宏(富士通システム統合研究所 安全保障研究所長/元海上自衛隊呉地方総監/海将)
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「インド太平洋」研究会 第2号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

「自由で開かれたインド太平洋」(以下FOIPという)は2016年のケニアで開催された第6回アフリカ開発会議(TICADⅥ)の基調講演で安倍総理(当時)が表明して以来、米国をはじめとする各国がこの考え方とも整合したインド太平洋地域におけるイニシアチブを発表するなど世界中にこのビジョンが広がっている。

日本が提唱するFOIPは「安全保障」の側面もあるが、「戦略」という表現を避け「経済的繁栄の追求」を主体とした「構想(Vision)」という表現に変えたことによって、海上自衛隊が前面に出るようには見えない構造となっている。しかし、その実現のための三本柱の第1である「法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着1」において海上自衛隊に期待されている役割は実に大きい。

海上自衛隊は2001年米国同時多発テロ後のテロ対策特別措置法等に基づくインド洋での補給支援活動に、また2009年からはソマリア沖アデン湾での海賊対処行動に艦艇及び航空機を派遣してきた。更に2020年から中東地域における日本関係船舶の安全確保に必要な情報収集活動のため護衛艦をオマーン湾、アラビア海北部等にも派遣している。

補給支援、海賊対処や情報収集という任務自体が30大綱において「防衛の目標」の第1に示された「我が国にとって望ましい安全保障環境を創出する2」ことに大きく貢献するものであるが、海上自衛隊はこの任務の往路や復路にも重要な意義があることを認識し様々な工夫をしてきた。すなわち戦略的な寄港地の選定や二国間、多国間訓練の効果的な実施(実施相手国の選定や実施海域の選定)などだ。

また、教育訓練においても同様の配慮をしてきた。遠洋練習航海は2020年で64回を重ね、毎年幹部に任官した海上自衛官を乗せて世界を回っている。世界一周するコース、北米を中心に回るコース、南米を中心に回るコース、オセアニア地域を中心に回るコースやペルシャ湾岸諸国を中心に回るコースが設定される。寄港地の選定は外務省とも連携して決定するが、外交関係の重要な節目を迎える国など効果的な寄港地の選定に努めている。南シナ海など海洋安全保障上の重要な海域では寄港地の選定のみならず、どこを航行しどの海域で何をするかも戦略的に検討されている。

また、海上自衛隊は西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)の加盟国であり、インド洋海軍シンポジウム(IONS)のオブザーバー国となっており、それぞれ2年に1回開催され海上幕僚長等が参加している。このような活動を通じて海上自衛隊はインド太平洋の国々と普遍的価値観の共有や国際秩序の維持に貢献している。

特に、日本政府がFOIPを提唱して以降はその活動に画期的な変化が表れている。ここでは2つの事例を紹介する。第1は「いずも」型護衛艦を中核とする護衛艦数隻によりインド太平洋方面において長期間の展開行動が実施されるようになったことだ。2017年に初めて「いずも」が長期間インド太平洋方面に派遣されたが、これはこれまで海上自衛隊がインド太平洋周辺諸国と調整してきた二国間訓練や多国間訓練などをつなぎ合わせることにより結果的に長期展開させたものだった。それが2018年には「かが」「いなづま」「すずつき」が「インド太平洋方面派遣訓練」と銘打ち、「地域の平和と安定への寄与」、「各国との相互理解の増進及び信頼関係の強化」を明確な目標に掲げてこの活動を行った3。フィリピンのスービック、インドネシアのジャカルタ、スリランカのコロンボ、インドのヴィシャカパトナムそしてシンガポールのチャンギに寄港した。その間東シナ海での日米共同訓練や南シナ海での対潜戦訓練を実施し、インド洋では日英共同訓練や日印共同訓練を実施するとともに、スリランカでは捜索救難の能力構築支援や乗艦協力を実施した。これらの活動は統合幕僚監部及び国家安全保障局と綿密な連携の元で実施され、まさに日本政府が提唱するFOIPを具現する行動となった。またこの行動ではメディアへの公開が実施され、精査されたメッセージを誰にどのように伝えるかという政府の戦略的コミュニケーションの一部となっており、海上自衛隊の活動が国家意思を具現しているものとなってきたと言える。以後この派遣は毎年実施されている。

第2は「中東地域における日本関係船舶の安全確保のための情報収集4」だ。2020年2月護衛艦「たかなみ」が中東地域に派遣された。(1月には海賊対処行動に従事中のP-3C哨戒機が並行して情報収集任務を開始)この派遣は「中東地域における日本関係船舶の安全確保に必要な情報収集活動」で、不測の事態発生時も海上における警備行動という法執行活動までを前提としているので海上保安庁の任務であるとも考えられたが、この派遣が海上保安庁にではなく海上自衛隊に命ぜられた理由は①我が国から中東地域までの距離②この地域における活動実績③情報収集に際して行う各国部隊・機関との連携の重要性(各国が海軍を派遣している)ということである。海上自衛隊は有事における「我が国の領域及び周辺海域の防衛」と「海上交通の安全確保」を主要な任務ととらえて日々訓練を実施し、そして防衛省設置法の「所掌事務の遂行に必要な調査研究」として有事における任務遂行に資するため、従前から我が国周辺海域における警戒監視活動を常続的に実施してきた。この際、通常の場合の監視対象目標は我が国周辺で活動する外国海軍の軍艦等を想定している。一方、今回の派遣も防衛省設置法の調査研究を根拠としての派遣だが、その際実施される情報収集活動は「政府の航行安全対策の一環として日本関係船舶の安全確保に必要な情報を収集する。また不測の事態の発生などの状況が変化する場合への対応として海上における警備行動が発令されることから、その要否に係る判断や発令時の円滑な実施のための情報を収集する」とされている。この新たな任務を海上自衛隊が実施することで生まれる期待効果は国内的にも対外的にも大きなものがある。本派遣の目的は情報収集態勢の強化だが、護衛艦1隻およびP-3C2機で行うだけでは大きく強化されるものではない。各ビークルの行動範囲は与えられた活動地域に比べて限定的だからだ。しかしながら、この派遣により得られるその他の情報はそれ以上に大きなものがある。国内的には関係省庁がさらに防衛省海上自衛隊と連携することになり、例えば国土交通省が保有する民間船舶関連情報は海上自衛隊と日々共有されるようになっているだろう。また国外的には米国提唱の「海洋安全保障イニシアチブ」に参加せずともバーレーンに司令部をおく米中央海軍から得られる情報や、同様の活動を行っている他国海軍との情報共有により多くの有効な情報に接することができるようになる。すなわち兵力を派遣することにより得られる効果(その他の情報)は少ない兵力によってのみ得られる効果に比してかなり大きいものがある。この中東地域への派遣では不測の事態の対応として海上警備行動の発令を想定してはいるももの、あくまでも平時の活動としての派遣だ。この派遣は海上自衛隊に対して、今後日本関係船舶に危険が予想される海上交通路において平時から「海上交通の安全確保」を行うという新たな任務が付与されたことを意味し、FOIPに向けた日本の考え方である「国際社会の基本原則の普及・定着、連結性を通じた経済的繁栄、平和と安定のための取組を包括的に推進し、法の支配に基づく国際秩序を構築」することを海上自衛隊が担ったことを意味している。

他方、東シナ海や南シナ海に目を向けると、現場の隊員は平素から常に中国海軍の軍艦と対峙し極度の緊張をしいられている。平時でも有事でもないグレーゾーンともいえる。FOIPは開かれた包摂的な構想でありいかなる国も排除せずビジョンを共有するパートナーと広く協力することとされている。しかしながら、多くの識者が中国との関係がその中心的な関心事項と指摘しており、FOIPは中国との関係において本来的な二面性を内包するものである5。しかるに中国との関係では平素からの東シナ海や南シナ海での海上自衛隊の活動を「法の支配」に基づく「中国を海洋利用の常識に基づいて行動させる活動」であるものと定義すべきだ。すなわち海上自衛隊は中国海軍に対して海洋利用の常識の「顕示」と「伝承」を行っているということの徹底である。海上自衛隊の東シナ海や南シナ海での活動では常に中国海軍の軍艦と対峙していることから、現場の指揮官の判断がより大きな問題に発展してしまう可能性がある。平素の活動方針がより明確に示されていれば、現場の指揮官は様々な情勢変化の中で確固たる信念をもって最適解を導出して意思決定することが更に容易にできるだろう。最後に、東シナ海と南シナ海で活動する海上自衛隊にとって中国と台湾との関係は避けて通れない。中国が台湾に対し、現状変更するような事態が発生すれば日本の海上交通の安全確保に大きな影響が出る。FOIPを提唱する日本にとって、現場で活動する海上自衛隊に対してこの問題の取り扱いについても明確な指針が必要であろう。




・[1] 外務省HP「自由で開かれたインド太平洋」「基本的な考え方」

・[2]「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」別紙(平成30年12月18日国家安全保障会議決定 閣議決定)

・[3] 海上自衛隊HP「平成30年度インド太平洋方面派遣訓練部隊(ISEAD18)」

・[4]「中東地域における日本関係船舶の安全確保に関する政府の取組について」(令和元年12月27日 閣議決定)

・[5] 神谷万丈「『競争戦略』のための『協力戦略』――日本の『自由で開かれたインド太平洋』戦略(構想)の複合的構造――」