日米の地域におけるプレゼンスやコミットメントの低下は、中台統一に向けた中国の圧力増加を招く。外交切り崩しにより、台湾が国際的孤立を深める中、台湾有事における米国のコミットメントに対する信頼性低下により、平和的統一の可能性が増加する。その一方で、中台中間線の台湾側への軍用機侵入増加、台湾海峡および周辺海域における中国の海上法執行活動増加、台湾周辺での軍事演習増加などにより、偶発的な軍事衝突から武力統一への可能性も増加する。
中国が偶発的衝突を契機とした武力行使を含む台湾の強制的な統一に踏み切るには、それがあくまでも中国の内政問題であるという主張を国際社会が容認するという判断、あるいは国際社会の反発や制裁が許容範囲内にとどまるであろうという判断、および米国の軍事介入が無いという判断を中国共産党指導部が行うことが前提となる。米国の地域におけるコミットメント低下は、党指導部がそうした判断をする誘因となる。
ただし、金門島や馬祖列島は、1958年の第2次台湾海峡危機の際に、毛沢東が「蒋介石の手中にとどめる」と決定した島である。中国共産党の無謬性や、金門・馬祖の「解放」は逆に台湾人の反発を招く悪手として認識されていること、いまや中台間の経済交流の象徴となっていることなどに鑑みると、習近平がその決定を覆し、台湾統一の足がかりとしてこれらの島に軍事侵攻する可能性は、想定されているよりも低いと見るべきかもしれない。
翻って、日本では、1995年および1996年の第3次台湾海峡危機を踏まえて、1997年の日米防衛協力のための指針(97年ガイドライン)で初めて「周辺事態」の概念が盛り込まれ、1999年の「周辺事態に際して我が国の平和および安全を確保するための措置に関する法律」(周辺事態法)が成立した。しかし、日米安全保障条約が適用される「周辺事態」に台湾有事が含まれるか否かについては、当時からほとんど議論されてこなかった。
平和安全保障法制の整備に伴う法改正により、「日本周辺の地域における日本の平和および安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)は、地理的制約が取り払われ、「重要影響事態に際して我が国の平和および安全を確保するための措置に関する法律」(重要影響事態安全確保法)第1条に定義される「重要影響事態」へと改められたが、同法をめぐる国会での質疑やメディアの報道でも台湾海峡有事を想定した議論はほとんど見られなかった。
しかし、中国は、米国の同地域へのプレゼンス拡大や、日米同盟の対象となる「重要影響事態」に台湾海峡有事が含まれることを警戒している。2021年1月20日に行われた中国外交部の定例記者会見で、華春瑩副報道局長が、自衛隊が中台間の軍事衝突を想定した図上演習を行うとの報道に関して、「台湾問題は中国の内政で、中国の『核心的利益』に及ぶ」、「日本側には言行を慎むよう求める」と述べるなど敏感に反応したことからもそれが窺えよう。
しかし、台湾は日本のシーレーンの重要な場所に位置する「生命線」である。「武力による統一」か「平和的統一」かに関わらず、中台統一はシーレーンが中国の影響下に置かれることを意味する。また、中台の統一は、中国による「防空識別区」の設定、領海への侵入増加、東シナ海での軍事演習増加、周辺海域での海上法執行活動や沖縄への各種工作活動増加をはじめ、尖閣諸島を含む南西諸島、沖縄本島に不可避の影響をもたらす。
また、台湾への力による一方的な現状変更は、法の支配と既存の国際秩序の維持を損なう。特に、台湾有事は想定し得る日本の周辺地域で平和と安全に重要な影響を与える事態の1つであり、日本国民の生命や財産に直結する。台湾に進出している日系企業数は1,179社(2017年・外務省統計)、在留邦人数は18,810人(2020年9月現在・中華民国内政部移民署統計)であり、台湾との貿易・投資を含め、有事の際の影響は甚大である。
中国による台湾の「武力統一」は、単に中華民族の統一という「内政上」の問題にとどまらない。台湾問題を内政上の問題とする中国による様々な反発や威嚇などが予想されるが、日米同盟の下、日系企業の利益や邦人の保護のため、すなわち国民の生命や財産を守るために、中国の急速な軍拡に対応した防衛能力を整備するとともに、軍事衝突リスクが高まりつつある台湾有事への備えを強固なものとすることが日本の喫緊の課題であろう。
(了)