ASEANのインド太平洋方針
2019年6月、日本やアメリカなどが推進するインド太平洋構想に対して、ASEANの方針(ASEAN Outlook on the Indo-Pacific:AOIP)が示された。インドネシアの主導で作られたこの方針には、以下の特徴がある1。
第1に、新たな枠組みを作るのではなく、既存の、しかもASEAN主導の枠組みでインド太平洋協力を推進することである。代表的な枠組みとして東アジアサミット(EAS)が想定されている。つまり、日本、中国、アメリカをすべてメンバーとして想定したインド太平洋協力を目指すとした。主導したインドネシアは、2019年3月、「インド太平洋に関するハイレベル対話」を主宰し、EAS諸国を招待し、その構想を提示した。
第2に、協力の原則を強調した。内政不干渉やASEAN中心性をはじめとするASEANの諸原則とともに、開放性、包括性、国際法の尊重などの原則が盛り込まれた。一方、日本やアメリカが想定するような民主主義や人権保障などには触れられていない。中国をメンバーに加える方針であることから、これは自然な流れではある。中国を排除することを主張するASEAN加盟国はない一方で、AOIPの策定を主導したインドネシアは、中国を重要なメンバーとして想定していた2。
第3に、競争(rivalry)ではなく、対話を重視し、開発と繁栄について協力する地域にするとの方針も示された。つまり、日本・アメリカによるインド太平洋構想と中国の一帯一路構想が対立する地域にはしないとの立場を確認したといえる。周知のように、インド太平洋構想においてアメリカは対中排除を明確にしている。AOIPが発表される直前、アメリカはインド太平洋戦略報告書を発表し、同盟国・友好国を列挙し、これらの国とのネットワークを強化することを打ち出した。中国はこうした国々のリストから外され、中国を排除した形のインド太平洋構想が改めて提示された。
第4に、重点協力分野として、海洋協力、連結性の強化、持続可能な開発目標(SDGs)、経済協力を提示した。つまり、インド太平洋地域という枠組みでは、政治安全保障協力ではなく、経済協力を推進する方向性が示されたといえる。主導したインドネシアは、連結性の強化に重点を置いていたようである。ASEAN連結性とは,道路や鉄道,電力網などの物理的なつながり,国境手続きの円滑化などを通じた制度的つながり,人の往来を強化する人的つながりをASEAN域内で強化するために立ち上げられたプロジェクトで、2010年に第1の、2016年に第2のマスタープランが発表され、2025年までの行動計画を定めている。インドネシアのジョコウィ政権はインフラ開発に特に熱心であり、そうしたインドネシアの国内目標を地域の構想に直結させたいという思惑が反映された。2019年11月のASEAN首脳会議でインドネシアは、2020年にASEANインド太平洋インフラ・連結性フォーラム(ASEAN Indo-Pacific Infrastructure and Connectivity Forum)を主宰することを提案した。
AOIPは多分に提案者で策定を担ったインドネシアの利害が反映されている。そのため、他のASEAN加盟国はAOIPで示された内容に、どの程度、積極的に取り組む姿勢があるのかわからない。どの国にとってもインフラ開発は重要だが、これがインド太平洋構想の要であるのかについてコンセンサスがあるかどうかは、今後の動きで判断するしかない。
日中の対応
中国は、AOIPにすばやく反応した。2019年11月のASEAN・中国首脳会議では,ASEAN連結性第2マスタープランと一帯一路構想との相乗効果を高めることが確認され、声明が発表された。声明の骨子は、ASEAN地域と中国との、とくにインフラによる連結性を高めること、および、ASEAN地域のインフラ開発への中国の支援を強化することである3。この点において、声明では、AOIPで、同地域の協力で重視すべき分野のひとつに連結性の強化が挙げられていることに触れ、インフラ開発で協力することの重要性を唱えている4。
すでに述べたように、ASEAN連結性は,インフラ開発などを進める取り組みのため,一帯一路構想との親和性が高い。中国は、AOIPにおいて協力の重点分野として連結性の強化、とくにインフラ開発を掲げたASEAN側(あるいはインドネシア側)の意図を適切に読み取り、自らの一帯一路構想との結びつきを明確にした。ASEAN側、とくにインドネシア側からは、AOIPを中国が支持したと受け止められた。同首脳会議終了後、インドネシア外相は、「AOIP に賛同した国がインド太平洋協力に資金を投入することになるだろう」と語っている5。
一方、日本は2019年12月に自国の自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)において、ASEAN各国に対し、2020年から三年間に総額30億ドル規模の投融資を実施する方針を示したが6、AOIPとの明確な関連づけはみられなかった。インド太平洋構想に関する日本とASEANとの協議は、2020年になってなされた。2020年11月のASEAN・日首脳会議で、AOIPに関する協力について共同声明が発表された7。この声明では、自由で開かれたルールに基づくインド太平洋の推進で一致、AOIPとFOIPは平和と協力を推進する基本的な原則を共有することが確認された。具体的な協力目標としては、ASEAN共同体の構築を支持すること、既存のASEAN・日協力の枠組みで協力を強化すること、ASEANの中心性を強化し、透明性、ルールに基づく枠組み、グッドガバナンス、主権尊重、内政不干渉原則などのASEANの諸原則を支持すること、AOIPの4分野(海洋協力、連結性、SDG、経済協力)とのシナジーを強化することなどが掲げられた。
このように、中国と比べ、日本のアプローチは、協力の基本的原則の確認に重きを置いたものといえよう。また、AOIPに関する共同声明を発表したことで、中国よりもAOIP支持を明確な形で打ち出したといえる。しかし一方で、中国のように、インフラ開発というキーワードで具体的な協力を明示するということはなされなかった。インド太平洋の協力は経済協力を中心に行うというAOIPに対し、日本側は既存の協力枠組みで協力を強化すると応えたにとどまった。
アメリカのインド太平洋戦略の影響もあり、ASEAN側にとって、日本のFOIPは政治安全保障上の意味合いが色濃い。2020年10月、日本の菅首相がインドネシアとベトナム(2020年のASEAN議長国)を訪問し、FOIPへの支持を訴える一方、第2回日米豪印外相会議(いわゆる、日米豪印戦略対話あるいは四カ国戦略対話)が開催された。こうした動きに対し、ASEAN側には、日本のFOIPが四カ国戦略対話と紐づけられており、ASEAN(もしくは、ASEAN主導の枠組み)を軽視しているのではないか、あるいは、中国を挑発してしまうのではないかといった懸念がある8。また、AOIPと一帯一路をインフラ開発で結びつけた中国に比べ、AOIPとFOIPがどう連動するのかが見えにくいといった報道もなされている9。
ひとまず出された方針は、中国はインフラ開発支援、日本は原則の一致というものだ。AOIP に対するASEAN加盟各国の思惑が曖昧ななか、域外国としてはASEANに対して、インド太平洋地域の協力の方向性を打ち出すのは困難かもしれない。今後、具体的な取り組みがなされるかどうか、注視する必要がある。
1 ASEAN Outlook on the Indo-Pacific, June 2019.
https://asean.org/storage/2019/06/ASEAN-Outlook-on-the-Indo-Pacific_FINAL_22062019.pdf;拙稿「インド太平洋構想の発表」『アジア動向年報2020』アジア経済研究所、2020年、180-181頁。
2 The Jakarta Post, January 14, 2019.
3 拙稿「インド太平洋構想の発表」『アジア動向年報2020』アジア経済研究所、2020年、187-188頁。
4 ASEAN-China Joint Statement on Synergising the Master Plan on ASEAN Connectivity (MPAC) 2025 and the Belt and Road Initiative, 3 November 2019. https://asean.org/storage/2019/11/Final-ASEAN-China-Joint-Statement-Synergising-the-MPAC-2025-and-the-BRI.pdf
5 The Jakarta Post, November 14, 2019.
6 共同通信2019年12月2日。
7 Joint Statement of the 23rd ASEAN-Japan Summit on Cooperation on ASEAN Outlook on the Indo-Pacific, 12 November 2020. https://asean.org/storage/2020/11/17-Joint-Statement-of-the-23rd-ASEAN-Japan-Summit-on-Cooperation-on-ASEAN-O....pdf
8 The Straits Times, October 22, 2020.
9 The Jakarta Post, October 19, 2020.