研究レポート

新興技術と日米同盟:イノベーションの重要性

2021-03-05
高橋杉雄(防衛省防衛研究所防衛政策研究室長)
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「安全保障と新興技術」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

米国は、技術的な先進性を国力の重要な比較優位として冷戦を戦い、また「唯一の超大国」として冷戦後の世界に君臨してきた。しかし近年では、爆発的な経済成長を背景に中国が技術面でも追い上げてきており、特に新興技術と呼ばれる新たな技術分野では、米国の優位が揺らぎつつあると考えられている。本レポートでは、技術と戦略の関係を中心に、技術競争が進展する世界における日米同盟の課題について考察する。なお、ここでいう新興技術とは、輸出管理改革法(ECRA)が列挙した14の技術分野(バイオテクノロジー、人工知能・機械学習、測位技術、マイクロプロセッサー技術、先端コンピューティング技術、データ分析技術、量子情報・量子センシング技術、輸送技術、付加製造技術、ロボット工学、脳コンピュータインターフェース、極超音速、先端材料、先進監視技術)を指す。

戦略と技術

戦略とは、国際政治において広く使われる概念であるが、それを具体的に定義するのは実際には難しい。大まかに合意できる形の定義をここで挙げておくとすれば、「戦略とは、『目的(ends)』『方法(ways)』『手段(means)』の組み合わせを示すもの」ということになろう。「目的」とは、最終的に実現を目指す状態を指す。「手段」は、目的を達成するための具体的な行動そのものや行動に必要なツールを意味し、「方法」は、それらの具体的な行動やツールをどのように組み合わせて実行していくかを表す。戦略によって、「目的」「方法」「手段」が組み合わされ、何を実現したいのか、そしてどのようにそれを実現させるかが論理的・体系的に示される。

明文化された文書が策定されているかどうかは別として、どのような国家でも、安全保障政策の背景にはその国家の戦略がある。そして、「目的」、「方法」、「手段」は鎖のように連なり、戦略は多層的に形成される。下位の戦略は上位の戦略の「手段」となりつつ、独自の「目的」「方法」「手段」を持つ。

安全保障政策においては、まず上位に、国家が達成しようとする目標と大まかな手段を示す大戦略があり、その下位戦略として、大戦略を達成するための軍事レベルの戦略としての軍事戦略がある。外交戦略や通商戦略もこれと同じレベルに位置づけられる。そして最近では、軍事戦略の下位に、「セオリー・オブ・ビクトリー」という、抑止が破れて実際に戦争になってしまった場合に、どのように戦うかについての考え方を示すことが必要であると考えられるようになっている。

なお、こうした戦略の階層構造についてはいろいろな整理の仕方がある、例えば米国のエドワード・ルトワックは、技術を組み込んだ形で、技術レベル、戦術レベル、作戦レベル、戦域戦略、大戦略の5つのレベルで戦略の階層性を整理している。この整理の仕方の特徴は、技術レベルを独立させていることである。

他の4つのレベルは、大戦略-戦域戦略-作戦レベル-戦術レベルというかたちで下位に流れていくが、技術レベルは戦術レベルの下位にあるわけではない。他の4つのレベルでは、それぞれに「目的」「方法」「手段」が設定されるのに対し、技術レベルにおいてはそれ自体で「目的」「方法」「手段」が設定されるわけではないという意味で、技術レベルは他の4つのレベルとは異質である。技術は、他のレベルで使用可能な「手段」を変化させる可能性があり、それに伴って実現可能な「目的」の幅も変化させうる。技術は、このような形で他のレベルの戦略の組み立て方に影響を与える。

しかしながら、技術そのものが大戦略上の目的を規定することはない。大戦略レベルでの目的は、国際政治上のパワーバランスや国際規範の状況によって決まってくる。技術の作用は、基本的には、使用可能な「手段」の能力を形作るものである。つまり、技術は経済力や地理的環境などと同様に、戦略における「目的」「方法」「手段」の幅を定める要素の1つであって、技術が独立変数として戦略を規定することはない。一般的には、技術は「ゲーム」をプレイする中で使われるツールに影響することはあっても、ゲームそのものを変えることはないのである。

技術による「ゲームチェンジ」

ただし、技術の進歩によって「手段」の能力が大きく変えられたとき、「目的」にも影響が及ぶ可能性がある。その場合は「ゲーム」が変わった、すなわち「ゲームチェンジ」と言い得るような大きな変化を国際政治に及ぼしたと言えるよう。しかしながら、そうした例は多くはない。

その数少ない例として挙げられるのが、蒸気船や鉄道であろう。蒸気船は、海洋を使った大量・高速輸送を可能にした。また、蒸気推進軍艦は当時のヨーロッパ列強に巨大な軍事的優位を与えた。蒸気船の出現がなければ、19世紀の帝国主義時代は大きく異なる様相を呈したであろう。鉄道も、地上における大量・高速輸送を実現した。その結果、海洋に依存しない移動・輸送ネットワークが可能となり、マッキンダーの「ハートランド」論が出現するなど、大戦略レベルでの大きなゲームチェンジをもたらした。

また、核兵器の出現もやはり技術がもたらした大戦略上の変化といえる。「核革命」と呼ばれるような形で、核抑止力が大国同士の戦争を抑止するようになったのである。「核戦略」という独自の戦略体系が生まれるという形で、核兵器の出現はゲームチェンジとなった。

こうした、技術によるゲームチェンジには共通項がある。それは、鉄道や蒸気船のように、人間や物資の移動のパターンに影響を及ぼして地理的条件の意味を変化させ、国際政治というゲームの基盤といえる「地図」を異なる「かたち」にしてしまった場合か、核革命のように、同じく国際政治というゲームの重要な手段である(あった)戦争の性格を変えた場合である。そうなると当然安全保障にも大きな影響が及ぶことになる。

逆に、情報革命は、人間の社会生活を大きく変えたが、これによって国際政治のゲームそのものが変化するには至っていない。情報革命が展開した1990年代以降は、ちょうど冷戦が終結し、グローバリゼーションが進展した時代であるため、情報革命そのものが国際政治にもたらした要素は識別しにくくなってしまっている。しかし、米ソの冷戦が1980年代末に終結しなかったら、あるいは米中の「大国間の競争」が1990年代半ば、例えば台湾海峡危機の直後に始まっていたら、情報革命が世界に与える影響は大きく異なっていたであろう。その意味で、情報革命は、冷戦の終結という戦略環境の「枠」の中で展開したのであり、安全保障における「枠」そのものを変えるような「ゲームチェンジャー」には至らなかったと考えるべきであろう。

軍事における情報革命の展開と帰結

なお、情報革命が安全保障上の「ゲームチェンジャー」となるだろうという議論は、1990年代後半から2000年代前半にかけて積極的に行われた。「Revolution in Military Affairs(RMA)」や、「トランスフォーメーション」といった概念が生まれ、米軍は、「ジョイントビジョン2010」や「ジョイントビジョン2020」を発表して将来戦の構想を示した。

例えば、2000年に日本で防衛省がまとめた「情報RMAについて」という公表資料は、当時行われていた議論をまとめ、情報革命によって①戦場認識能力の向上、② システム化による戦力発揮、③精密誘導兵器の活用による精密攻撃、④広域分散化した小規模部隊からの連携した攻撃、⑤作戦域の拡大と作戦スピードの加速、⑥電子的空間の利用、⑦無人化・省人化、⑧長期消耗戦から短期集中的な打撃戦への変化、⑨効率的な兵站管理といった変化が発生するとの見通しを示している。また、これらの議論の口火を切った一人である米国の統合参謀本部副議長であったビル・オーウェンスは、退役後に『Lifting the Fog of War』という著書を出版した。この著書のタイトルが象徴的に表しているように、情報革命の進展により、クラウゼヴィッツが19世紀に指摘した「戦場の霧」が取り払われ、戦争の形態が根本的に変革するという考え方が当時広がっていたのである。

それに対して英国のローレンス・フリードマンは、戦略を無視した技術先行の議論は無意味であるとして強く批判した。彼は、米国に挑戦しようとする国が通常戦力で対抗してくる可能性は極めて低く、テロや大量破壊兵器のような非対称な紛争に備える必要があることを指摘した。そして現実は、フリードマンの指摘したとおりに展開したのである。イラク戦争、アフガニスタン戦争においては、米国は情報技術やハイテク兵器の威力で相手の首都を瞬く間に制圧したが、戦争はそれでは終わらなかった。反米勢力がまさにテロ的な非対称な手段で米国に対抗し、米国は圧倒的に技術力で勝るにもかかわらずそれを制圧することができなかったのである。また、北朝鮮のように、核兵器によって米国のハイテク通常戦力に対抗しようとする動きも顕在化した。情報技術によって取り払われると考えられていた「戦場の霧」も、イラクやアフガニスタンでは反米勢力が一般社会の中に溶け込んで破壊活動を行ったため、吹き払われることはなかった。正規戦においても、ステルス技術や小型ドローンの拡散、あるいはサイバー戦や電磁波領域における欺瞞により、今でも「戦場の霧」は残っている。

一方が通常戦力において圧倒的な優位を獲得すれば、相手は通常戦力ではなく別の手段で対抗しようとするのは必然である。これはルトワックが指摘する「戦略の逆説的論理」そのものであるが、RMAやトランスフォーメーションの信奉者が見落としていたのは、「相手には相手の戦略があり、状況に適応して戦略を修正してくる」ということであった。確かに情報革命は、戦略の1つのツールとして、戦略における「手段」を変えた。イランやアフガニスタンでも、高度な情報ネットワークや精密誘導兵器、無人機の利用など、情報革命は活用された。しかしそれは、戦略によって内乱鎮圧作戦を行うという「枠」を与えられた中でのことであり、「枠」そのものを変えることはできなかったのである。

そう考えると、「新興技術は安全保障上のゲームチェンジャー」となるかについての冒頭の問いに対する答えは明らかであろう。新興技術としてあげられているものの中に、国際政治というゲームの基盤といえる「地図」を変化させうるものや、核革命のように、同じく国際政治というゲームの重要な手段である(あった)戦争の性格を変えうると現段階で考えられるものは含まれていない。つまり、新興技術自体は、戦略におけるツールにとどまり、戦略そのものを変えていく「ゲームチェンジャー」とはなりそうにない、ということである。

新興技術がもたらす日米同盟の課題

では新興技術が東アジアの安全保障や日米同盟に及ぼす影響は無視できる程度のものだろうか。結論から言うと否である。新興技術がもたらしうる変化は、戦略的な枠組みそのものを大きく変えるようなものではないだろうが、既に悪化している「ゲーム」の中で、新興技術は大きな影響を及ぼすことになろう。

まずは、日米同盟における戦略を改めて整理しておきたい。大戦略レベルでは、現在の「自由で開かれた」国際秩序を維持し、中国との「大国間の競争」において優位に立つことが目的として設定されるであろう。それを踏まえた軍事戦略(防衛戦略)レベルでは、日米とも現状を維持しようとする側であるから、防勢的な軍事戦略(防衛戦略)が選択されることとなる。その上で、沖縄列島線や台湾を念頭に置いた「セオリー・オブ・ビクトリー」を構築していかなければならない。

新興技術は、その上で、2つの深刻な問題を突きつける。

第1は、特に新興技術の分野において、日米が過去数十年間にわたって享受してきた技術的優位が揺らいでいることである。

たとえば民生技術においては、5G通信インフラにおいて、現在のところ中国はマーケットでの優位を獲得している。プライバシーを含む自由主義的な価値を重視した通信インフラを広げていくことが、現在の「大国間の競争」においては重要になっているが、現実には、中国企業が展開しようとしている「権威主義のインフラ」となりえる通信インフラにマーケットにおいて劣勢に立たされているのである。

軍事面においても、中国は、INF条約のために米国が整備することができなかった、精密誘導可能な戦域弾道ミサイルを大量に配備している。これに宇宙技術やハイパーソニック技術、その他新興技術を活用したセンサーを組み合わせることで、今後その能力はより高まっていくであろう。そのため、前線に展開している部隊や基地に対して先制的な精密攻撃が行われ、その作戦能力が大きな打撃を受けるリスクが高まっており、冷戦期以来東アジアの安全保障の重要な構成要素であった米国の前方展開戦力の有効性が低下しつつある。

次に、新興技術を含め、現在の技術発展は、防勢的な軍事戦略を取る側ではなく、攻勢的な軍事戦略の方にアドバンテージをもたらす可能性が高いことである。例えば、宇宙、サイバー、電磁波、ハイパーソニック技術はすべて攻撃側に優位をもたらす技術である。このことは、現状維持陣営である日米にとっては大きな問題をもたらす可能性がある。

イノベーションの重要性

そう考えると、現在の戦略環境において、日米同盟の置かれている状況は決して楽観できるものではないといえる。冷戦期において、ソ連に対して量的に劣勢であった米国は、技術的優位によってそれを「オフセット」した。しかしながら、現在の中国との「大国間競争」においては、これまで享受していたような技術的優位は所与のものと考えることはできない。新興技術においては、一部の分野で中国側が優位に立つことも想定する必要があるし、またこれらの技術は、仮に同等の水準であっても、現状を維持する側である日米よりも、現状に挑戦する側である中国にアドバンテージをもたらす可能性が高い。こうした状況において、日米同盟の側に簡単に万能薬たり得る対応策は存在しないが、まずは新興技術を巡る競争に負けないことそれ自体が重要になろう。

そうなると、新興技術についてのイノベーションを促進することが重要となる。ただし、この点で注意しておかなければならないことは、「必要な技術」を「先読み」したうえで、その技術に資源を集中的に投下していくようなやり方でイノベーションが成功することはほとんどないことである。経営戦略の分野からイノベーションを研究しているクレイトン・クリステンセンは、彼自身が「破壊的イノベーション」と名付けた、市場環境を一変させるような大規模なイノベーションは、「市場」そのものを新たに創出することによって起こるものだが、それは事前の計画によって起こすことは難しく、日々変化する状況に適応し続けることによってのみ実現可能であると論じた。戦間期の軍事的イノベーションについて研究したウィリアムソン・マーレー、アラン・ミレットも、専門の部署を設けて計画的にイノベーションを進めようとしても成功することはなく、演習による実験を反復し、トライアンドエラーを繰り返すことによってイノベーションが実現することを強調している。これらの先行研究は、政府主導で重点技術分野を決めるのではなく、幅広い技術に対して、そのトライアンドエラーを促すような規制緩和や資金供給スキームを設定していくことの方が、イノベーションを促す上で有効であることを示唆している。

また、特に新興技術との関係では、防衛装備品の研究開発のプロセスを大きく見直す必要があるように思われる。伝統的に、防衛装備品は、技術動向を分析し、ハードウエアの運用構想や仕様を組み立て、そのうえで開発を進めていく。そうなると、最終的に装備品が完成するまで軽く10年、場合によっては20年ほどの月日を要してしまい、完成した段階ではすでに陳腐化してしまうことがしばしばある。こうした伝統的な研究開発プロセスは変化の速い新興技術においては必ずしも適切なものとはいいがたい。そもそも新興技術のどの分野が安全保障上重要かを特定するだけで相当の年月を要するだろう。今後は、新興技術の社会実装の動向を注視しつつ、マーケットに出現したハードウエアを、早い段階で既存の部隊行動に組み込みながら運用し、トライアンドエラーを繰り返しながら防衛分野に取り込んでいくといった、これまでとは違う形の研究開発プロセスも進めていく必要があろう。

終わりに

高度な技術力は、日米同盟が地域において有していた比較優位の源泉であった。しかしながら、中国の猛烈な追い上げによって、その比較優位は失われつつある。新興技術自体が安全保障上の「ゲームチェンジャー」となる公算は低いが、すでに悪化している戦略環境を、さらに厳しいものにしていく可能性は無視できない。それを克服していくためには、日米どもに新興技術におけるイノベーションを進めていかなければならない。

これらは、「日米同盟」というよりも「日本」と「米国」がそれぞれに進めていかなければならないことではある。しかしながら、これまでの半導体における日米の技術優位は、日米の企業が相互に協力したり競争しながら築き上げてきたものであった。日米同盟の抑止力を今後維持・強化していく上では、新興技術においても日米でそうした協力・競争関係を築いていくことが重要であり、狭い意味での安全保障にとどまらない施策が必要とされる。

また、重要なことは、技術だけではイノベーションは起こらないことである。民間ではビジネスモデルの革新、軍事分野では作戦ドクトリンや組織の革新がなければ、イノベーションと呼べるほどの大きな変化は起こらない。こうした意味で、技術に偏重するだけでなく、技術を使っていく人間の「知恵」も重要なのであり、そうした「知恵」を刺激するという点で、自由と民主主義を重視する社会には大きな比較優位があることを信じたい。




参考文献

Clayton M. Christensen, The Innovator's Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail (Harvard Business School Publishing Corporation, 1997).

Clayton M. Christensen and Michael E. Raynor, The Innovator's Solution: Creating and Sustaining Successful Growth (Harvard Business School Publishing Corporation, 2003)

Edward Luttwak, Strategy: The Logic of War and Peace (The Belknap Press of Harvard University Press, 2001).

Lawrence Freedman, Strategy: A History (Oxford University Press, 2013).

Bill Owens with Ed Offley, Lifting the Fog of War (Farrar, Straus and Giroux, 2000)