はじめに
近年、先端科学とその応用である新興技術分野をめぐって、新たな米中の対立が始まっている。とりわけ中国は、将来的に安全保障に影響を及ぼし得る新興技術として、人工知能(AI)やブロックチェーン、量子情報科学、脳神経科学の応用分野などを重要視している。以下、本稿ではブロックチェーン技術を例として取り上げ、同技術を重視する中国が、如何にして軍民両用(デュアルユース)での「技術覇権」を目指しているかを論じてみたい。
ブロックチェーン技術を重視する中国
2018年5月28日、中国科学院第19回院士大会、中国工程院第14回院士大会において、習近平中国共産党中央委員会総書記・国家主席・中央軍事委員会主席は、AI、量子情報、次世代移動通信、モノのインターネット(IoT)と並列して、ブロックチェーンを次世代情報技術の代表として言及した。ブロックチェーンは、中国のIT大手企業であるアリババグループ(阿里巴巴集団)が関連特許申請件数で世界最多企業となるなど、中国がここ数年力を入れて研究開発を行っている次世代情報技術の1つである。
2019年10月25日には、中国共産党中央政治局第18回集団学習会においてブロックチェーン技術の現状と趨勢について学習が行われた1。特定の技術が中国共産党中央政治局の集団学習会で取り上げられるのは、2018年10月のAI以来であり、中国共産党の指導層がブロックチェーンを学習したことは、同技術をインターネットやAIに次ぐ重要な技術として党が重視しているということの証左でもある。
この学習会の席上、習近平は、「ブロックチェーン技術の統合アプリケーションが新しい技術革新と産業変革において重要な役割を果たす」、「ブロックチェーンをコア技術の独立したイノベーションの重要なブレークスルーと見なし、主な方向性を明確にし、投資を増やし、いくつかの主なコア技術に焦点を合わせ、ブロックチェーン技術と産業イノベーションの開発を加速する必要がある」といった認識を示した。
その上で、習は「中国がブロックチェーンという新しい領域で理論の最前線に立ち、イノベーションの頂点を占め、産業の新しい優位性を獲得できるように努めなければならない」、「ブロックチェーンの標準化のための研究を強化させ、国際社会における話語権(発言権)とルールの制定権を高めていかなければならない」等と強調した。このことは、中国がブロックチェーンにおける「技術覇権」を目指すものとして広く受け止められている。
ブロックチェーン技術の幅広い応用シーン
ブロックチェーン技術はビットコインなどデジタル通貨への応用が有名である。しかし、その応用シーンは、習が指摘したようにデジタル金融やIoT、スマート製造、サプライチェーンの管理、デジタル資産取引をはじめとして、非常に幅広い。ブロックチェーン技術に関連した投資を増やし、産業イノベーションの開発を加速する必要があると習が指摘したことで、同技術を社会の幅広い分野に応用すべく、官民の取り組みが加速している2。
ブロックチェーン技術は、機密データの暗号化および改竄防止によって情報の透明性を保つことができる。そのため、劉洋・中国ブロックチェーン・産業金融研究院院長は、「中国のブロックチェーン技術の応用シーンは、デジタル情報のみならず商取引の管理や保護強化を主目的としつつ、そのエコシステムが中国のあらゆる経済社会面に及ぶ」と指摘している3。
実際、2018年以降、中国人民銀行がデジタル通貨研究所を設立し、ブロックチェーン技術に基づくデジタル通貨の積極的な研究を進めている。また、資産管理や医療、政務サービス、物流、工業など幅広い分野への技術応用やプラットフォーム創設が相次いでいる4。いずれも、デジタル情報や商取引の監督管理を強化するという文脈で行われていることからも、中国は、こうした情報の透明性を国家の安全保障に利用しようとしている。
その意味では、中国のブロックチェーンを応用したエコシステムの構想は、国内のデジタル情報および商取引の管理・保護の強化が主な目的であると言えよう。他方で、中国がブロックチェーン技術を重視する理由は、民生分野に幅広い応用の空間が広がっているからというだけではなく、政治体制の維持のために党が同技術を管理する必要があると認識しているからでもあるだろう。
分散型のブロックチェーン技術を重視する中央集権国家
繰り返すが、ブロックチェーン技術は、ビットコインをはじめとしたデジタル通貨に応用されているように、データのセキュリティや耐改竄性、透明性、情報の分散などに強みがある技術である。中国共産党は、ブロックチェーンの安全リスクに関して積極的に研究分析を行っており、ブロックチェーン技術を「ネットワーク安全法」や「インターネット情報管理規則」の下で、管理しようと制度化を進めている。
2019年1月10日には、中国国家インターネット情報弁公室が、「ブロックチェーン情報サービス管理規定」(全23条)を公表し、2月15日から施行した5。この規定では、「新製品、新アプリケーション、および新機能を開発および発売するブロックチェーン情報のサービスの提供者は、関連する規制に従ってセキュリティ評価を行うために、省、市、自治区、および自治体のインターネット情報弁公室に報告すること」(第9条)が定められている。
また、「ブロックチェーン情報サービスの提供者および利用者は、ブロックチェーン情報サービスを利用して、国家安全の阻害、社会秩序の混乱、他者の正当な権利および利益の侵害等、法令により禁止されている活動を行ってはならず、ブロックチェーン情報サービスを利用して、法令および行政規則で禁止されている情報コンテンツを作成、複製、公開、および拡散してはならない」(第10条)と規定されている。
こうした制度化を進める背景には、党が技術の「オープンイノベーション」を掲げる一方で、国家安全のために技術の管理を集中させるという「市民の介入を排除するテクノクラシーを正当化する閉じた技術観」(アンドリュー・フィーンバーグ)を有していると指摘できよう6。つまり、党は、データの対改竄性・システムの非中央集権性という特徴を持つブロックチェーン技術が中国の政治体制を揺るがす可能性を懸念していると見られる。
ブロックチェーン技術の軍事利用を模索する中国
他方、中国では、ブロックチェーン技術を軍事面にも利用することが模索されている。中国の動きに先立ち、米国では、国防高等研究計画局(DARPA)をはじめ、海軍や米連邦政府機関など、政府のさまざまな部門が既存のプロセスを最適化するテクノロジーに注目しており、国防領域におけるブロックチェーン技術の応用研究が進められている7。中国は、こうした米国の動向をいち早く捉え、「技術覇権」を目指していることが伺える。
そのため、中国人民解放軍の機関紙『解放軍報』では、「近年、軍事分野におけるブロックチェーン技術の応用の潜在力に基づき、外国の軍隊は次々とブロックチェーン技術の軍事応用を模索し、新たな軍事革命のブームに先手を打つことを期している」、「我々は科学技術が戦闘力の核心であるという思想を強化し、ブロックチェーンの軍事応用を加速的に推進し、その応用の幅と深さを絶えず広げていかなければならない」と指摘されている8。
実際に、ブロックチェーンがどのように情報システムや自律型スウォーム兵器などに応用できるのかが分析されている9。たとえば、ブロックチェーン情報を利用し、効果的に情報攻撃やノード破壊を防ぎ、戦場における情報の信頼性を向上させることや、自律型スウォームの作戦管理に応用し、予め設定した共通認識メカニズムとスマート・コントラクトによって任務を分配し、協同で感知し、協同で意思決定し、攻撃を実施することが想定される。
また、別の記事では、「ブロックチェーンは武器装備のあらゆる寿命の追跡、軍の人的資源管理、軍用物資の調達、軍用物流等の軍事分野においても広い応用シーンを有している」等と考察されている10。こうしたブロックチェーン技術の軍事利用は、中国が国家戦略として掲げる軍民融合や軍事のインテリジェント化を推進する中で、技術開発と社会実装、および軍事への応用(転用)が不可避的に進められることになるだろう。
デュアルユース技術としてのブロックチェーン技術への対応
ハッカーやテロリスト、あるいは敵対国からデジタル情報を保護するという名目で、ブロックチェーン技術は今後広く応用されるだろう。それが、国家の主権を強める可能性もある。こうしたブロックチェーン技術の応用はまだ緒に就いたばかりであり、実際の応用シーンにおける導入や運用上の問題や課題、またデュアルユース技術としてのブロックチェーンとその軍事・安全保障面のリスクを正確に把握するためには、技術評価が重要である。
一方、技術の研究開発速度と比較して、技術管理のための取り組み、とりわけ国際的な制度形成には多くの時間を要する。少なくとも、リアクティブな対処ではなく、プロアクティブな抑止の観点から、技術管理や輸出規制、エンドユーザー・エンドユース規制が喫緊の課題である。さらには、こうした中国の動きを踏まえ、防衛技術の観点から、ブロックチェーン技術の研究開発、導入や対ブロックチェーン技術の検討も必要であろう。
(了)