2000年代半ば以降、安全保障上の懸念を理由とした新たな対内直接投資規制を導入する動きが、先進国を中心にみられる。その背景にあるのは、新興国、特に中国からの投資の増大である。本稿では、対内直接投資と安全保障の関係と最近の展開を整理したうえで、日米における新たな規制導入の事例を通じて、今後の課題について考察したい。
1.対内直接投資規制の展開
世界における対内直接投資の金額は、資本自由化や通信技術の発達を受けて1990年代以降著しく増大し、世界経済に占める比重も大きくなった。世界の国内総生産(GDP)に占める海外直接投資(FDI)の割合は、1990年には7%であったが、2018年には40%を超えている。投資対象となる分野は、鉱業・製造業にとどまらず多様なサービス分野にも広がった。さらに21世紀に入り、西側先進国だけでなく、産油国や新興国からの投資も拡大した。特に2010年以降は、中国からの投資が大きく伸びている。
投資の受け入れ国側では、外国企業による経済の支配への懸念が長く持たれてきたものの、1990年代以降は外資が経済成長や雇用の確保に果たす役割が広く認識されるようになり、世界的に投資の自由化が進んだ。また、投資を促進するためには受け入れ国による恣意的な政策変更から投資家を保護することも必要であり、投資協定や地域協定などを通じてそうした方策もとられている。一方で、対内直接投資の受け入れには、上記のように外資による経済支配に対する全般的な懸念に加え、安全保障上の懸念も持たれてきた。
伝統的には、外資を通じて他国に機微な技術が流出することや、国内の防衛生産・技術基盤や重要インフラが外資の支配下に置かれることが、安全保障上の重要な懸念とされてきた。近年の傾向としては、軍民両用技術が拡大し、「機微な技術」の範囲が従来の防衛産業にとどまらず広がっていることと、データの重要性が増し、広範な個人情報が安全保障上重要な資産とみなされるようになっていることが挙げられる。その結果、外国企業による所有を制限する必要があり得る企業・産業の範囲がハイテク産業全般に拡大した。また、新興国からの投資が増えているため、西側先進国にとっては、政治体制の異なる国の企業の投資を受け入れる機会が増え、そうした国の企業が国家の外交・政治目的のため利用されるのではないかという新たな懸念も生じている。
対内直接投資については、貿易分野における世界貿易機関(WTO)のような国際機関や統一的な国際ルールは存在しない。経済協力開発機構(OECD)の「資本移動自由化コード」では、第3条で「安全保障上不可欠な利益の保護」のために締約国が必要な措置を講じることを認めている。ここでは「安全保障上不可欠な利益」の内容は定められておらず、柔軟な運用が可能な規定となっている。
各国の政策決定者が対内直接投資規制を定める際には、投資受入れの経済的利益と、安全保障上の懸念のバランスを考慮することになる。ただし実際の政策決定においては、当然ながら不確実性がある。安全保障上のコストを事前に正確に計測することは困難であり、コストの評価には投資元に対する脅威認識が大きく影響する。また、外資の進出によって競争にさらされる同業種の国内企業や、外資による買収に抵抗する企業は、経済的利害から外資の進出を阻止する動機を有する。こうした思惑によっても、政策決定が影響される可能性がある。
2.対内直接投資規制強化の事例
(1)米国
米国は世界最大の対外直接投資国であると同時に、最大の対内直接投資受け入れ国でもある。そして、早い時期から広範で強力な対内直接投資の規制体制を整えてきた。1988年包括通商法のエクソン・フロリオ条項により、ほぼすべての業種において、外国企業等による直接投資の審査が可能になっており、大統領は問題のある投資を禁止する権限を有する。実際に審査を行うのは対米外国投資委員会(CFIUS)である。2007年外国投資及び国家安全保障法(FINSA)では、審査基準に「重要産業基盤に対する外国の支配を招く危険性がある」ことを付け加えた。2018年外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)においては審査範囲をさらに拡大し、機密性の高いデータを有する企業への投資が対象として明示されたり、一部取引の申請を義務付けたりといった修正を加えている。
2017年から2018年のFIRRMAの成立過程においては、分極化が進む米政界では珍しく共和・民主両党の超党派による支持があり、行政府の協力も得て法案が成立した。その過程で大きな役割を果たしたのは、米政界で共有されるようになっていた対中脅威論である。対中強硬姿勢の背景には、中国の技術発展を阻止するためのデカップリング志向や、二国間交渉で譲歩を勝ち取るための材料とする思惑、中国の人権問題への懸念など多様な動機が存在した。この時期、米国経済は好調で投資も活発であったため、対内直接投資を積極的に受け入れる必要性が弱まっていたことも影響しただろう。
この規制体系では、「安全保障」や「重要産業基盤」といった概念は厳密に定義されておらず、広範な買収案件に制限をかけることが可能になっている。2017年に発足したトランプ政権下では、大統領による買収禁止命令が2件出されたほか、既に実施された買収案件について、一部事業の売却を命じる大統領令も複数発出された。買収禁止命令のうち1件は、米半導体大手クアルコムの買収案件である。これは、シンガポールに置いていた本社を米国に移すことが決まっていたブロードコムによる敵対的買収のケースで、そもそもこれが「外資による買収」に相当するのかは曖昧であった。しかし、買収される側のクアルコムが審査をCFIUSに申請し、結果的に敵対的買収は阻止された。事業の売却を命じられた事例は、いずれも個人情報を扱うサービス事業が中国企業の手中に入ったことが問題視された。扱う情報は軍事関連ではなく、従来ではCFIUSによって外資の所有が阻止されることは考えにくいものであったが、データ全般の重要性が認識されるようになった流れを反映している。
こうした規制体系は、環境の変化に合わせた柔軟な対応を可能にする。例えば米国でいち早く実施された個人情報の外資からの保護は、今後世界的にも規制の調和が求められる分野である。一方で、これまで積極的な国際化を通じて進展してきた米国の技術革新の強みを損なう可能性があることにも注意しなくてはならない。また、対内投資規制が敵対的買収の阻止に用いられた事例もあった。さらに、さまざまな動機による中国脅威論の政界における広がりは、実態以上の脅威認識による規制強化をもたらす危険性も伴う。1980年代から90年代初頭には米議会で日本脅威論が広がり、日本企業による米ハイテク企業の買収計画がいくつか断念に追い込まれたことが想起される。
(2)日本
日本は、対外直接投資額は多いものの、対内直接投資の受け入れは先進諸国の中で際立って少ない国である。しかし2003年以降、対内直接投資が経済成長を促すという認識のもとで、対内直接投資の増大が政策目標に掲げられてきた。その一方で、2007年以降は安全保障関連規制の強化も進んだ。もともと外国為替及び外国貿易法(外為法)において、安全保障関係業種への外資による投資は事前に届け出て審査を受けることが規定されていたが、2007年に政省令告示の改正を通じて、安全保障関連業種として軍民両用技術が追加された。2017年10月には外為法の改正、2019年には告示・政令の改正が実施され、さらに業種が拡大された。これに加え、2019年11月には外為法の改正によって、事前届け出の対象となる投資が株式の10%以上取得から1%以上に変更され、対象範囲は大幅に拡大された。
日本の場合、対内直接投資規制にかかわる政策決定は行政主導であり、産業界からの要請を背景に規制が強化された。2007年と2019年の規制強化には、増えつつある中国からの投資への警戒感に加え、それぞれの時期に活発であった株主アクティビズムへの対抗措置としての側面もあったと言われることがある。2000年以降、それまで日本ではほとんど見られなかった敵対的買収が発生し、外資系ファンドも参入した。2007年の対内直接投資規制強化の背景には、こうした買収への警戒もあったと考えられる。株主アクティビズムは2008年国際金融危機でいったん沈静化したが、2010年代半ばころから再び活発になる。この第2波では、投資ファンドなどが経営にかかわる提案を行い、他の機関投資家の賛同を得て企業への影響力を高めるようになった。2019年11月の外為法改正では、株主総会で議案を提案できる保有比率である1%が事前届け出の閾値となったため、外資による経営関与への警戒が改正の理由ではないかという憶測を呼んだ。こうした観測が広がれば、日本への対内直接投資誘致という政策目標に反して、投資意欲を冷やしかねない。今後は、一律に投資を制限することなく個別案件に対応できるよう、事後介入の仕組みを整えることが必要とされよう。
3.おわりに
安全保障上の懸念による投資制限の規定には柔軟性を確保する必要がある。しかし柔軟性の高い規制は政治的に濫用される可能性がある。濫用されれば、経済的利益とリスク回避のバランスが崩れ、結果的には経済力を削ぎ、国力の基盤を損なうという、本来の目的とは逆の帰結をもたらす可能性があることにも留意しなくてはならない。
参考資料
Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD), "Acquisition- and ownership-related policies to safeguard essential security interests," 15 May 2020