研究レポート

急拡大する中国の対外経済協力とその「規範」

2021-01-08
稲田十一(専修大学教授)
  • twitter
  • Facebook

「経済・安全保障リンケージ」研究会 第4号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに—急増する中国の経済協力の課題

近年の中国の経済成長は著しく、その政治的経済的影響力の拡大はグローバルな課題でもある。特に、急増する中国の開発途上地域への対外経済協力(援助や投資)は、開発途上国の経済開発や政治社会に大きな影響を与えるようになっている。また、中国の習近平首席が2013年に打ち出し、2017年に中国政府の公式の政策としても打ち上げられた「一帯一路構想」(Belt and Road Initiative:BRI)の東南アジアや南アジア諸国への経済的インパクトは大きい。

他方、その関連事業や過大な債務負担に起因する課題は「債務の罠(debt trap)」として国際的にも大きな議論となっている。中国の「一帯一路」に関連する事業のために中国から多額の融資を借り入れ、将来的に返済困難に陥るリスクを問題視する報告書や報道が、近年相次いで出されている1。米国では、こうした中国の経済協力の急拡大を「略奪的(predatory)」な行動として非難する議論も高まっている2

中国が主導する個別の事業をみても、土地収用や環境問題など、住民の反対運動に直面して事業の見直しを求められる事例も頻発している。中国の経済協力の問題の一つは、その大半が融資の形で行われており、しかもその事業には中国企業の参画(いわゆるタイド)が求められていることである。また、ミャンマー、マレーシア、スリランカなど、相手国の政治変化を受けて、中国からの融資や事業の見直しがなされる事例も出てきている。

中国の援助や投資の拡大に伴って進出対象国で直面する課題に対して、中国自身はどのように対応しているのか。後述するように、中国の援助や投資にあたっての政策や姿勢に変化(これを経済協力の「規範」の変容ととらえる)が生じている兆候もみられないわけではない。そうした変化の可能性と要因について考えてみよう。

1.国際援助規範と中国

国際開発援助コミュニティでは、経済協力開発機構/開発援助委員会(OECD/DAC)を中心に、援助に際しての共通ルールの追求に長年取り組んできた。例えば、援助政策・実態に関する情報公開、ルールの共通化・遵守、途上国の民主化や汚職・腐敗の撲滅といった事項である。しかし、中国の援助は「内政不干渉」を原則とし、こうした国際的潮流とは一線を画してきた。援助協調の進展の中で、途上国側で開催される主要ドナーが一同に介して議論するセクター会合には中国は参加せず、相手国政府との二国間の交渉を重視してきた。また、DACや世界銀行を中心に進んできた援助ルールの共通化や効率化に向けた協調の枠組みに中国が入らないことは、民主化に関する先進国の援助アプローチはもとより、開発に関わる途上国の政策改善圧力を低下させることにつながってきた3

そのため、最低限、情報の公開やルールの共通化とその遵守を中国に対して求める国際的圧力は高まっている。実務的な面でも、事業にあたっての適切な資金計画の判断や経済合理性にもとづく決定、決定プロセスの透明性の確保や汚職の排除、適正な環境アセスメントの実施などに関して、課題が指摘されている。近年、中国が途上国で進めるインフラ整備に関して、「質の高いインフラ」が国際的に求められるようになっているゆえんである。2020年6月に開催されたG20では、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」として、環境社会配慮、インフラ・ガバナンスなど6原則が参加国の間で承認されてもいる。

2.中国の経済協力「規範」変化の兆候?

援助の歴史を振り返れば、中国の援助の進め方や考え方は、かつて(1960-70年代)の日本の援助と類似しているという議論もある。

例えば、資源確保などの経済的利益の重視、多国間の枠組みよりも二国間援助による国益の追求の重視、支援対象国の政治体制や内政に関して口を出さない「内政不干渉主義」、あるいはある種の実利主義、等である。援助と貿易・投資の「三位一体型の経済協力」は、1970年代に当時の通産省が打ち出していた日本の経済協力アプローチでもあった。しかしながら、日本の援助政策は、特に1990年代以降、その理念(経済利益の追求の低下)、重点分野としての教育・保健衛生分野の重視、アンタイド化の推進、民主化支援など、欧米の伝統的ドナーの援助スタンスに接近し、国際援助協調の動きにも同調してきた。

一方、上記の議論の延長として、日本の政策が時代と共に変化してきたのと同様に、中国も今後、援助ドナーとして「成熟」してくるにつれ、反汚職や環境社会的配慮などの課題により真剣に取り組むようになり、欧米など国際援助コミュニティとの協調を重視するようになるとのではないかとの仮説もありえよう。実際、中国の経済協力の「規範」が変化してきた兆候もないではない。

その一つの兆候は、中国政府や経済協力事業を進める国営企業が、相手国での事業に伴う環境問題や住民移転の制約をより認識し始めたことである4。相手国でのインフラ建設などの事業実施に際して、中国国内のように政府の一方的な決定で住民移転を実施できるわけでもなく、住民や世論の反対で事業が頓挫することもある。インドネシアのジャカルタ-バンドン間の鉄道建設事業は、日本との間で受注をめぐる競争になった後、中国企業による建設事業となったが、住民移転問題がネックになってほとんど進んでいない。

第二の兆候は、債務問題への対応である。欧米日のOECD/DACを中核とする国際援助コミュニティでは、2000年に重債務貧困国(HIPCs)に対してそれまでの債務を帳消しにし、その後の支援は主として無償援助の形態で支援を行うようになった。ところが、そうした債務帳消しが行われた途上国の多くに対して、2000年以降、中国は多額の融資を供与しはじめた。その意味では、中国はHIPCsに対する債務帳消しの国際的枠組みにフリーライドして自国の経済的利益を追求した形である。それはそうした途上国にとっても有用な資金提供ではあったが、やがて債務が急速に拡大し、中国支援の大規模事業の融資資金の返済が困難になる事例が増えつつある。また、中国による巨額の融資を原資とした巨大事業の将来の返済のリスクを問題視した新政権により、事業の見直しや縮小がなされた事例も、マレーシアやスリランカのほか、ミャンマーやパキスタン、シエラレオネなどでも生じている。

こうしたことは中国政府・国営企業にとっても悩ましい事態であり、債務返済困難に陥ったアフリカの国々に対しては部分的な債務の帳消しに応じざるをえなくなっている。中国政府による無利子借款の最初の債務減免は2003年に生じたとされ、こうした事例はその後も毎年拡大し、2017年の第7回中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)に際して、多くのアフリカ諸国に対する政府借款(商務部の無利子借款など)の帳消しに応じた(ただし、中国輸出入銀行や中国開発銀行などの政府系金融機関の融資は別)。

更に、2020年6月には、開発途上国でのコロナ禍の拡散に対応し、中国政府は、77の発展途上国・地域に対して債務返済の一時猶予措置をとること、および2020年末に満期を迎える中国政府の無利子貸付の返済免除を表明した5。また、2020年11月に開催された五中全会(中国共産党第19回中央委員会第5回全体会議)で打ち出された第14次五カ年計画には「国際的慣例と債務持続可能性原則に基づき融資体系を健全化」するとの方針が記載された。

第三の兆候は、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の行動規範である。中国は2015年に、中国主導でアジア地域のインフラ建設資金を供与する国際的な枠組みとしてAIIBを設立した。AIIBの設立は、中国の経済的利益を実現するための、二国間の経済協力の枠組みに続く中国主導の多国間の枠組づくりであり、そのガバナンスの不透明さが当初は問題視されていた。しかし、事業開始後のAIIBの融資案件は、世界銀行・ADBとの協調融資が中心であり、これら国際開発金融機関と同じ環境・社会的インパクトのガイドラインを共有しており、また調達のガイドラインも共有している。

3.「規範」変容の要因

要するに、中国の経済協力政策には、近年、国際的な基準や環境社会配慮を重視する傾向もみられる。そうだとすると、中国の経済協力政策の変容を促す要因は何であろうか。

第一に考えられる要因は、高まる国際的圧力・批判である。中国の経済協力や事業に対する批判の声が国際社会での中国の立場に有利に作用しないとの判断につながり、その意味で国際的な圧力や市民社会を中心とする国際世論の影響もないとは言えない。

しかし、より説得力のある説明は、これまでの自国・自国企業中心の進め方ではうまくいかない現実に直面して、自国・企業の利益保護を実現可能な範囲で追求する上で、事業実施上の実務的な必要性に迫られて否応なく政策を変えてきた、とする議論である。

もちろん、中国国内の政策決定に関連する様々な主体(党首脳、商務部、財政部、人民銀行等)によって、考え方やスタンスや政策決定における影響力には濃淡がある。実務的な必要に迫られて「規範」変容の兆候が見られるとの結論であるが、これは中国の外交姿勢全般に関してもあてはまる結論というわけではない。経済協力に際しての実務的な「規範」の変化は、中国国内の経済協力に関わる担当省庁や実施機関の政策・姿勢に関するものであって、中国の政府首脳や共産党組織の上層部の政策や外交姿勢は別のアジェンダである。

中国の急速な経済的台頭が既存の国際経済秩序にどのようなインパクトを与えつつあるのか、中国自身がこれまで欧米主導で形成されてきた国際秩序や国際的なルールに対してどのように対応しようとしているのかは、現在進行中の大きなテーマであり、さらに継続的な調査・研究が必要であろう。



1 2018年に出された二つの報告書が有名である。一つはハーバード大学の調査報告書「借金外交」であり(Paerker, Sam, Gabrielle Cheflitz [2018] Debtbook Diplomacy: China's Strategic Leveraging of its Newfound Economic Influence and the Consequences for U.S. Foreign Policy, Harvard Kennedy School.)、もう一つはワシントンのグローバル開発センター(CGD)が出した報告書である(Hurley, John, Scott Morris, Gailyn Portelance [2018] Examining the Debt Implications of the Belt and Road Initiative from a Policy Perspective, CGD Policy paper 121.)。
2 例えば、2020年5月にトランプ政権が連邦議会あてに送った「米国の中国に対する戦略的アプローチ(United States Strategic Approach to The People's Republic of China)」と題する公式文書の中でも、中国の「略奪的な経済慣行(predatory economic practices)」に歯止めをかけることが謳われている。
3 カンボジアの事例について以下の論文で取り上げた。稲田十一[2020]「ドナーとしての中国の台頭とそのインパクト-カンボジアとラオスの事例」、金子芳樹・山田満・吉野文雄編『「一帯一路」時代のASEAN』(第2部第6章)、明石書店、175-178頁。
4 ミャンマーのミッソンダムの中断事例について、以下の報告で取り上げた。稲田十一「急拡大する中国の対外経済協力とその「規範」の変容可能性-ミャンマー・ミッソンダムの事例を中心に」、日本国際問題研究所「経済・安全保障リンケージ研究会」(2020年12月18日)。
5 「中国、77カ国・地域の債務返済を猶予」Record China, 2020年6月8日。「習近平国家主席、債務免除を含めたアフリカへの支援を表明」『JETROビジネス通信』、2020年6月24日。