はじめに
日本における少子高齢化は急速に加速している。65歳以上の高齢者が2020年は3617万人で、総人口に占める割合は28.7% となり、高齢者人口・高齢化率とも過去最高を更新した1。過去と比較すると、高齢者比率は1950年の5%未満から1995年には14%を超え、2010年には超高齢化と定義される21%を上回る23%に達した。2020年の日本の総人口は前年比29万人減と減少傾向が始まっており、今後とも高齢化は加速することが予想される。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、高齢化比率は、第2次ベビーブーム期(1971年から1974年)に生まれた世代が65歳以上となる2040年には、35.3%に達する見込みである。
少子高齢化が社会経済にもたらす影響は多岐にわたり、さまざまな課題が表面化している。高齢化による労働力不足は既に企業活動の一部に弊害をもたらしており、経済成長に影を落としている。さらに経済不安を抱えた高齢者比率の高まりは購買力の低下にも影響し、日本の消費市場全体の縮小にも繋がる。特に地方における人口減少は深刻で、空き家、空き店舗、耕作放棄地等が増加しており、地方経済の負担が増大している。今後高齢化が続くと、地方自治体の行政機能をこれまで通りに維持していくことが困難になる可能性が高い。財政面でも、増大する医療や介護費などの社会保障の給付と負担の不均衡は深刻である。
このように課題山積の日本であるが、世界に目を向けると、近い将来、同じように少子高齢化問題に直面する国々が多くあるということに気づくはずだ。国連が掲げた持続可能な開発目標(SDGs)にも、高齢者に対する取り組みは各所に盛り込まれている。世界の総人口における高齢者比率は現在9%未満だが、2060年までに倍増し約18%程度に達すると予想される。現在、高齢化比率の高い国は、欧州や東アジアに多いが、今後発展途上国における高齢化傾向も顕著になる。高齢化の速度にも注目が必要だ。高齢化率が7%を超えて倍増の14%に達するまでの倍加年数を比較すると、ドイツが40年、アメリカが72年、スウェーデンが82年と緩やかな傾向に対して、日本は24年と比較的速い。アジア地域では、韓国が18年、シンガポールが20年と、今後日本より速いスピードで高齢化が進む国が目立ち2、対策が急がれる。
日本が現在直面している少子高齢化は、今後世界のメガトレンドとなり、多くの国が社会経済問題として取り組むことになる。課題先進国として、日本は少子高齢化に関する知見を他国と共有し、国際的な協力を促すことによって、この問題に取り組んでいくべきだ。少子高齢化は負の側面だけでなく、シルバーエコノミーから生まれる新たな可能性も秘めている。日本のリーダーシップにより、少子高齢化の光の部分にも着目し、世界の人々の生活の質を向上させる議論を進めていきたい。
高齢化政策を先導する日本は、2019年にG20の議長国として、高齢化社会に対応する金融インクルージョンの見解を発表した。GPFI (金融包摂のためのグローバル・パートナーシップ)とOECD(経済協力開発機構)が共同で作成した「高齢化と金融包摂のためのG20福岡ポリシー・プライオリティ」3は、日本のみならず、今後高齢化が進む多くの国においても有効なガイドラインとして参考になる。8つのテーマに基づいた提言は、金融分野に直結するもののみならず、間接的に高齢化に関係する社会的政策も含まれており、非常に包括的な内容となっている。
1) データとエビデンスの活用
高齢者に対し包摂的な金融政策を立案する際に、充分なデータとエビデンスを活用する必要がある。年齢や性別など、可能な限り詳細な属性に基づくデータ解析を行うことにより、高齢者の特性により適応した政策議論が可能になる。現在大量のデータが政策分析に利用されているが、高齢者に関するデータは比較的少ないと指摘されている。若年層と比較すると、デジタルテクノロジーにアクセスする割合が低い高齢者から、デジタルデータを収集することは容易ではない場合もあり得る。この点に留意し、高齢者に関するデータやエビデンスの収集と活用に特に注力するべきである。
2) デジタル及びファイナンシャル・リテラシーの強化
デジタルテクノロジーの進歩は目覚ましく、過去に人類が経験したことのないスピードで経済及び社会環境が変化している。このような状況下、過去に受けた教育や知識の陳腐化が速まる傾向があり、高学歴の高齢者でさえ、デジタルテクノロジーを理解し使いこなすことは至難の業である。高齢者を対象に、様々なチャンネルを通して、デジタルや金融についての知識を促進する機会をタイムリーに提供することが必要である。難解な用語を避け、専門知識のない人にもわかりやすいコミュニケーションを心がけ、官民協力体制を整えて教育機会を増やしていくことが望ましい。
3) 生涯にわたるファイナンシャルプラニングの促進
世界の多くの成人が生活資金や長期介護の費用のために十分な貯蓄がないまま高齢期を迎える。特に中央及び南アジアやアフリカ地域では年金受給者比率が低い。また全世界において、女性の方が男性よりも年金保障が低い傾向にある。生涯にわたるファイナンシャルプラニングは重要であるが、これはファイナンシャルガイダンス、アドバイス、商品設計の組み合わせと適切な消費者保護に基づき推進されるべきである。高齢期の金融ニーズを見える化し、若い頃からの準備の重要性に対する理解やツール・サービスへのアクセスが必要である。
4) 高齢者の多様なニーズへのカスタマイズ
個々の高齢者のニーズは非常に多様である。年齢のみに基づいた画一的な対応は大きなリスクを伴う。本人意思を尊重し、ジェロントロジーの観点や性別、認知、身体能力、健康状態、住宅の所有状況、資産形成の状況など金融リスクの排除を高めうる要素を考慮し、個々のニーズにカスタマイズされたサポートが提供されるべきである。金融機関には、このようにカスタマイズされたサポートを必要とする高齢の消費者を支援する役割がある。こうしたアプローチにより、信用商品や保険商品を提供する際、状況に応じて個々の高齢の消費者や高齢起業家の情報やニーズを考慮することができる。
5) イノベーションの促進
テクノロジーは、高齢化に伴う金融包摂の実現と課題対応に重要な役割を果たす。デジタル金融サービスへのアクセスは、全ての国において高齢者が他の年齢層より劣っている。デジタルリテラシーや自信の低さが、高齢者にとって障壁となっている場合が多い。テクノロジーはこうした障壁をなくす鍵になりうる。例えば、サービスを提供する際に最新の生体認証技術を取り入れる例や、アルゴリズムを用いて高齢顧客のミスを特定するサービスも実用化が進んでいる。高齢者が使いやすいデジタルツールの開発に行動経済学や教育学の知見を活用し、革新的なアプローチを実現することができる。
6) 高齢者の保護
WHO(世界保健機構)の定義によれば、高齢者に対する経済的虐待には、高齢者の金銭、財産、または資産の違法な使用が含まれる。特に高齢投資家の場合、他の投資家よりも詐欺で資金を失い、または悪用されるリスクが高いと指摘されている。金融消費者保護当局は、高齢者に注意を喚起すると同時に、金融機関に対し、明確な法律上または規制上の要件を設けインフォームド・コンセントを適切に確保する等、監督することが重要である。
7) 分野横断のアプローチ
問題の多面性、必要なアプローチや対応の範囲の広さを勘案すると、金融と非金融を含む様々なセクターの関係者が協力し、高齢の消費者や起業家の金融包摂を支援することが重要である。これには、金融セクターの公的機関、民間企業、及び市民社会団体、さらには高齢者の利益を代表する団体が含まれる。地域のサービス提供者の間では(例えば、コンビニエンスストア、介護施設、薬局、公共交通機関、レストランなど)、高齢者の金融包摂について、自分たちが関係者であることを認識していない場合もある。広いコミュニティ内での意識を喚起することが必要である。
8) 脆弱性への対応
金融包摂は、特に不利な立場に置かれ、サービスを受けにくくなっている特定の対象にとって、緊急性の高い課題となっている。貧困層や慢性的な病気や障害を抱える人々が挙げられる。高齢になるに従い、不利な条件が組み合わされることによって、金融及び社会的な排除や孤立に対する脆弱性が高まるケースが多い。女性は特に重要な対象である。平均的な女性の生涯収入は男性より低く、デジタル面や金融面でのリテラシーが低いことも多い一方で、女性の平均寿命は男性より長いとされている。
さらなる日本のリーダーシップ
日本のリーダーシップによりまとめられた提言書をもとに、多くの国との対話を進める機会を設けるべきである。8つのテーマのうちの多くは国際協力が可能であり、情報や知識の共有により多くの国が恩恵を受けることができる。特にイノベーションに関する部分でのグローバルな取り組みは必須である。高齢化社会に対応したイノベーティブな技術、サービス、商品を促進するプラットフォームを日本が率先して提供し、多くの国が議論に参加する仕組みを提案してはどうだろうか。
2 内閣府 平成30年版高齢社会白書 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/gaiyou/s1_1.html
3 G20 Fukuoka Policy Priorities on Aging and Financial Inclusion https://www.gpfi.org/sites/gpfi/files/documents/G20%20Fukuoka%20Policy%20Priorities%20on%20Aging%20and%20Financial%20Inclusion.pdf