2016年大統領選挙におけるトランプ勝利と選挙予測の失敗の原因について、この4年間ジャーナリズムを中心に盛んに論じられてきた。しかしながら、それらの中には印象論の域を出ないものも多い。そこで本論考では、これまで日本ではあまり紹介されてこなかったデータ分析を用いた実証研究の知見をもとに、2016年大統領選挙に関するいくつかの通説の妥当性について検討する。そしてそれをふまえて、間近に迫った2020年大統領選挙の展望を示す。
トランプ勝利は白人労働者層の格差や貧困が原因ではない
周知のとおりトランプが選挙人票の過半数を獲得し当選できた主な要因は、激戦州を制したことにあった。フロリダ、オハイオは事前の予測でもトランプが勝ってもおかしくはなかったが、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンでのトランプ勝利は完全に予想外であった。そのサプライズをもたらしたのが、高卒の白人、いわゆる白人労働者層の投票行動の変化である。労働組合の影響を受けた白人労働者層は本来、企業経営者と富裕層の政党である共和党を積極的に支持する理由は無く、少なくとも共和党の支持基盤とは言えなかった。しかしながら2016年には、2012年にオバマに投票した白人労働者層の多くがトランプに投票するなど彼らの投票行動に大きな変化が起きた。その結果、トランプが激戦州を軒並み制することとなったのである。
このように投票行動が変化した理由として、一般によく言われるのがグロバリゼーションによる賃金の低下と失業による白人労働者層の貧困の拡大である。しかしながらデータ分析を用いた実証研究ではこれを強く示す証拠は存在しない。それよりもトランプ投票に決定的な影響を与えたのは、人種的マイノリティに対する反感である。例えばSides, Tesler, and Vavreck(2018)によると、白人の間で現在の自らの経済状況に対する不安を感じる有権者ほど、トランプに投票したという関係は確かに見られるが、その効果は最大でもトランプ投票確率を10%ポイント高める程度であり、2012年と比べても大きく変わらない。また白人の間での世帯所得の減少と、オバマからトランプへの投票行動の変化の間にもほとんど関連は無く(Schaffner, Macwilliams, and Nteta 2018)、これまでの選挙同様、所得の低い有権者ほど共和党のトランプではなく民主党のクリントンに投票する傾向が見られた。一方で、不法移民を快く思わない有権者ほど、また人種間格差の原因を差別ではなく努力不足に求める有権者ほど、トランプに投票したという関係が見られたが、その影響はトランプ投票確率をそれぞれ最大で約60%ポイントおよび80%ポイント上昇させるという非常に大きなものであり、2012年と比べても増大していた。
要するに、白人の間でトランプへの投票を促した主な要因は、経済的不安や格差よりも、圧倒的に人種的マイノリティへの反感である。またトランプ勝利への布石となった、オバマケアに反対する財政保守運動であるティーパーティ運動も、その支持者の多くは経済的な動機よりもオバマに象徴される人種的マイノリティへの反感によって運動に参加していることが実証研究で明らかにされている(Parker and Barreto 2013)。人種的マイノリティの台頭に脅威を感じる白人労働者層が、ポリティカルコレクトネスへの配慮からこれまで民主・共和両党の大統領候補の誰も代弁してこなかった自らの声をトランプが代弁していると感じトランプに投票した、というのが実証研究の知見から得られる白人労働者層の投票行動の変化に関する最も妥当な説明であろう。
2016年大統領選挙の予測失敗の原因は「隠れトランプ支持者」ではない
先に述べたとおり、2016年大統領選挙がサプライズだったのは選挙結果予測が軒並み外れたからであった。その原因としては一般に、「隠れトランプ支持者」の存在が挙げられることが多い。つまり、実際はトランプに投票するつもりであるにもかかわらず、世論調査ではそれを言わない有権者が多数いたため、予測が歪んだという説である。しかしながら、世論調査に携わる実務家と研究者が所属するアメリカ世論研究協会(the American Association for Public Opinion Research)によってまとめられた予測失敗の原因を検証した報告書(Kennedy et al. 2018)によると、電話調査、ウェブ調査といったプライバシー保護の度合いが異なる調査間でもトランプ支持率に有意な違いは無く、トランプ支持を表明するのをためらう有権者の心理が予測の失敗をもたらしたとは言えない。
それに代わって予測が外れた原因として報告書が挙げているのが、世論調査の標本における高学歴者の過大代表である。一般的に、高学歴者ほど調査に協力し、かつ民主党を支持すると言われる。したがって、通常高学歴者を多く含むことになる世論調査では民主党候補者が実際よりも優勢と出てしまう。もちろんこうした問題があることは以前から知られており、それを補正する方法も開発されている。しかしながら、2016年の大統領選はこれまでの選挙に比べて学歴によって投票選択が分かれる度合いがあまりにも大きかったため、補正しきれなかった。その結果としてクリントンに対する実際よりも楽観的な予測が出たと考えられる。
さらにもう一つの原因として報告書が挙げているのは、選挙直前まで投票先未定だったものの最終的にトランプに投票した有権者の存在である。選挙当日の出口調査によると、投票日までの最後の1週間で投票先を決めたと回答した有権者の割合はフロリダ、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの激戦州で11~13%だったが、それらの有権者の中ではトランプがクリントンを圧倒していた。2016年の選挙結果予測は、こうした直前での投票先の決定を十分に考慮することができなかったのである。
2020年大統領選の予測精度は高くなる
以上をふまえて、2020年大統領選挙の展望を述べると、(郵送投票や裁判による混乱は別にして)今回は大きな波乱は無いとみられる。なぜなら各種世論調査によると、誰に投票するか決めていない有権者の割合は2016年と比べてかなり小さいからである。またコロナ渦もあり、期日前投票も増えている。2016年のトランプは政治家としての実力は未知数であり、クリントンを積極的に支持できない有権者が最後まで投票先を決めきれない要因になりえた。そして、最終的にその受け皿にもなりえた。しかし2020年のトランプは現職の大統領であり、すでにどのような政治家か十分に知れ渡っている。対立候補のバイデンも副大統領も務めたベテラン政治家である。そのような中で、誰に投票するか最後まで決めきれない有権者が少なくなるのは当然であり、その分選挙予測の不確実性は低くなるであろう。
こうした事情を知ってか、トランプも支持を拡大させようとするのではなく、2016年の投票を分ける大きな要因となった人種問題であからさまに一方に肩入れするなど、有権者の約4割を占める自らの岩盤支持層(その多くは非都市部に住む比較的裕福な白人)を固め、彼らの投票率を上げることに専念しているようである。そのうえで、こうしたトランプの言動が、本来民主党と共和党の間で揺れ動く激戦州の白人労働者層にどの程度響くのか。これが今回の大統領選挙の勝敗を決する鍵となるであろう。
Kennedy, Courtney, Mark Blumenthal, Scott Clement, Joshua D Clinton, Claire Durand, Charles Franklin, Kyley McGeeney, Lee Miringoff, Kristen Olson, Douglas Rivers, Lydia Saad, G Evans Witt, and Christopher Wlezien. 2018. "An Evaluation of the 2016 Election Polls in the United States." Public Opinion Quarterly, 82 (1): 1-33.
Parker, Christopher S., Matt A. Barreto. 2013. Change They Can't Believe In: The Tea Party and Reactionary Politics in America. Princeton, NJ: Princeton University Press.
Schaffner, Brian F., Matthew Macwilliams, and Tatishe Nteta. 2018. "Understanding White Polarization in the 2016 Vote for President: The Sobering Role of Racism and Sexism." Political Science Quarterly, 133: 9-34.
Sides, John, Michael Tesler, and Lynn Vavreck. 2018. Identity Crisis: The 2016 Presidential Campaign and the Battle for the Meaning of America. Princeton, NJ: Princeton University Press.