1. 海底ケーブルの始まり
海底ケーブルが最初に敷設されたのは1851年の英仏海峡である。新種の海藻と誤解されたケーブルはすぐに切断され、翌日には使えなくなったが、その後、急速に普及した。その約20年後の1872年には、長崎と上海の間に海底ケーブルが開通し、日本もグローバルな海底ケーブルのネットワークの中に組み込まれた。海底ケーブルの敷設は、各国の重要政策の一つとなった。
19世紀後半は、欧米諸国の海外進出が活発に行われた。海外拡張のツールとして海底ケーブルは使われた。1881年、独立王国だったハワイのカラカウア王が来日し、日本とハワイの間に海底ケーブル敷設を求めたが、明治14(1881)年の政変の最中だった日本は対応ができなかった。20世紀初頭の時点で、世界の海底ケーブルの6割は大英帝国かその国策会社によって所有されていた。大英帝国が最後につなげようとした太平洋ルート上にあったのがハワイだが、ハワイに多大な関心と利害を持っていた米国によって阻止された。そして、1898年に米西戦争が起き、米国がフィリピンとグアムを領有すると、米国西海岸からグアムに至るルートを確保する必要が増し、ハワイは米国に併合された。ハワイへの海底ケーブル敷設が課題となったが、政府の補助金なしに達成したのは実業家のジョン・W・マッケイであった。
米国の太平洋への関心を高める上でハワイと海底ケーブルは重要な役割を果たした。100年前から、海底ケーブルは地政学的な要素と結びついていたといえるだろう。
2. 海底ケーブルと戦争
第一次世界大戦が勃発すると、英国はドイツに宣戦布告し、その効力が発生するやいなや、北海のドイツの海底ケーブルを切断した。ドイツの通信の多くを遮断するとともに、中立国であるスウェーデンに迂回させることで、通信傍受を容易にするためであった。
また、第二次世界大戦時には、有線だけでなく、無線の電信も多用された。そのため、電信の海底ケーブルの役割は相対的に下がったものの、通信の傍受が戦争の行方を決めたといっても過言ではない。日本のパープル暗号やドイツのエニグマ暗号の傍受・解読がよく知られている。
第二次世界大戦後は、海底ケーブルの多くが戦争によって破壊されていたため、無線通信が多用されたが、無線通信と比較して有線通信は傍受しにくいため、残った有線の海底ケーブルも併用された。冷戦が深刻になると、オホーツク海でソ連の海底ケーブルを傍受するためのアイビー・ベルズ作戦が行われた。当時の海底ケーブルは芯に銅線を使っており、ケーブルを通信信号が流れると微弱な信号がケーブルから発せられた。それを傍受するための装置を米国がソ連のケーブルに海底で設置し、定期的に回収して通信を解析していた。ソ連はそのようなところで通信が傍受されると思わず、暗号化もしていなかったという。しかし、米国による海底ケーブルの傍受は、米国政府内のソ連のスパイによってソ連に通報され、装置はソ連が回収したとされる。
1980年代になると、ケーブルの芯に銅線ではなく光ファイバーを入れる技術が確立し、通信容量が飛躍的に大きくなった。ケーブルの中を流れる信号は、電気信号ではなく、光信号に変わったため、アイビー・ベルズ作戦のように海底で海底ケーブルを傍受することはできなくなった。
3. 作戦領域の変化
2013年6月、ハワイのオアフ島にある国家安全保障局(NSA)の施設で働いていたエドワード・スノーデンが、NSAのトップシークレット文書をジャーナリストに渡し、NSAの活動の一部が暴露された。そこにはプリズム(PRISM)とアップストリーム(UPSTREAM)と呼ばれる作戦名があった。前者はGoogleなどプラットフォーマー企業からのデータ取得を意味しており、後者は海底ケーブルの情報の取得を意味していたと考えられている。光ファイバーそのものの傍受は極めて難しいが、通信事業者の協力を得て陸上で信号を傍受していたと見られる。NSAは暴露された情報の真偽を確認していないが、2001年の対米同時多発テロ(9.11テロ)の頃から米国政府は大規模な通信の監視を行っており、その一環であると見られている。
2010年頃から、米軍は、陸、海、空という従来の作戦領域に加え、第四の作戦領域として宇宙、第五の作戦領域としてサイバースペースを想定している。しかし、サイバースペースは他の四つの作戦領域と異なり、人工領域である。サイバースペースを構成するものは、通信端末(パソコンやスマホ)、それらをつなぐ有線・無線の通信回線、そして、サーバーなどが集積されたデータセンターなど、物理的な存在である。
物理的な存在である以上、物理的な損壊・破壊も可能である。実際、多くの海底ケーブルが漁網・錨・地震などによって損壊されている。また、2013年にエジプトで海底ケーブルが意図的に切断されるという事件も起きた。2015年に米ニューヨーク・タイムズ紙は「ロシアの潜水艦とスパイ船が重要な海底ケーブルのそばで攻撃的に作戦展開」と報じ、2019年には米海軍のジェームズ・スタブリディス提督(退役)が「中国の次の海の標的はインターネットの海底ケーブル」と論じており、海底ケーブルが破壊のターゲットになる可能性についての認識が広く共有されるようになっている。
4. 海底ケーブル産業
海底ケーブル産業を見ると、ケーブルそのものの製造シェアは、米国のサブコムが約4割、日本のNEC(傘下のOCC)が約3割、欧州のアルカテル・サブマリン・ネットワークスが約2割、中国の亨通光電(華為技術から海底ケーブル部門を買収した)が1割以下である。ファイバーそのものの重要性もさることながら、海底ケーブル敷設・補修のための船舶、陸揚局舎内の給電装置(PFE)や端局装置(SLTE)なども海底ケーブルの安全性を考える上で重要な要素である。
海底ケーブルの安全保障に関心が高まる中、注目された事例がPLCN(Pacific Light Cable Network)の差し止めである。このケーブルは米国のGoogleとFacebook、そして中国の鵬博士電信伝媒集団(Dr. Peng Telecom & Media Group)が出資し、米国西海岸ロサンゼルスから太平洋を横断して香港を結ぼうとした。しかし、米中の貿易摩擦・技術摩擦が激しくなるとともに、香港でもデモが激しくなったため、米国政府が香港への陸揚げを認めずPLCNはフィリピンと台湾に陸揚げするよう変更された。
そして、2020年8月、マイク・ポンペオ国務長官は「クリーン・ネットワーク計画」を発表し、米国のアプリやクラウド、そして海底ケーブルなどから中国製品を排除すると発表した。
サイバーセキュリティ能力の向上にあたり、通信の監視は各国が実施し、重視する措置である。例えば、2012年のロンドン・オリンピック・パラリンピックにおいては、英国政府通信本部(GCHQ)に米国のNSAが協力し、シグナル・インテリジェンス(SIGINT)の共有を行った。そうした措置に海底ケーブルの監視も含まれていたとされる。
5. まとめ
海底ケーブルは各国政府にとって戦略的な資産である。デジタル・トランスフォーメーション(DX)が今後の経済にとって鍵となる技術である以上、クリーンな技術に基づく海底ケーブルは不可欠な要素であり、国際通信の99%を海底ケーブルに依存する島国の日本にとってはいっそう重要である。
通信の秘密(憲法第21条や電気通信事業法第4条)との兼ね合いで、日本政府は通信の監視に慎重を期さなくてはならないことは言うまでもない。しかし、サイバー攻撃や、通信を活用したテロ攻撃などを防ぐためには、民主主義的な制度に基づく監督・監査の下で海底ケーブルを含む通信の監視が検討されても良いだろう。
主要参考文献
- シェリー・ソンタグ、アネット・ローレンス・ドルー他『潜水艦諜報戦(上・下)』(新潮OH!文庫、2000年)
- バーバラ・タックマン(町野武訳)『決定的瞬間――暗号が世界を変えた』(ちくま学芸文庫、2008年)
- 土屋大洋『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)
- D・R・ヘッドリク(横井勝彦、渡辺昭一訳)『インヴィジブル・ウェポン―電信と情報の世界史1851‐1945』(日本経済評論社、2013年)