研究レポート

北朝鮮の戦術核への非対称な抑止

2023-09-15
倉田秀也(防衛大学校教授/日本国際問題研究所客員研究員)
  • twitter
  • Facebook

「北朝鮮核・ミサイルリスク」研究会 FY2023-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.欧州型紛争としての朝鮮半島

朝鮮半島は、インド・太平洋地域にある地域紛争のなかで最も欧州的な紛争構造をもっている。冷戦期より明確な境界線によって陸上戦力で対峙し―多国間・2国間の相違はあるものの―双方が同盟関係を形づくる構図は、インド・太平洋地域の他の地域紛争にはみられない。朝鮮半島が欧州的な紛争構造をもつことは、戦術核にもみられる。冷戦終結直前まで、米国が大量の戦術核を配備したのは、在欧米軍と在韓米軍であった。

欧州において最大で約7300発に達した戦術核は、冷戦終結直後にブッシュ(父)米大統領が在外米軍基地から、地上発射、水上艦、攻撃型原子力潜水艦、海軍所属航空機から戦術核を撤去する「戦術核撤去宣言」(1991年9月)を発表した後、その数を大幅に減らしていったものの、いわゆる「核共有」の下、空軍基地に配備され、ホスト国の戦闘機によって投下される戦術核については対象外とされた。現在も、ドイツ、ベルギー、オランダ、イタリア、トルコの米空軍基地のうち―備蓄のみのトルコのインジルリク米空軍基地を除く―4カ国の5米空軍基地(イタリアは2基地)には戦術核B61が約100発配備されているという。

他方、冷戦期に韓国に配備された戦術核は最大で約950発というが、「戦術核撤去宣言」により全て撤去された。これを受け、1992年2月に南北間で採択・発効した「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」(以下、「南北非核化共同宣言」と略記)の下で、いったん非核状態を誓約して検証する枠組みが生まれた。しかし、核兵器開発とともに北朝鮮が「南北非核化共同宣言」は「死文化」したとの立場を取るようになり、その核戦力は米本土を脅かすと同時に、戦術核を配備することで朝鮮半島での南北間の戦闘が在韓米軍の介入にエスカレートすることを阻止しようとしている。

2.在韓米軍戦術核再配備の負の効用

尹錫悦政権は北朝鮮の戦術核使用を抑止するため、在韓米軍に戦術核を再配備することを考えていた。実際、尹錫悦は2022年3月の大統領選挙公約の一つに「米国の戦術核配置と核共有を要求する」ことを掲げていた。ここでいう「核共有」がNATOの「核共有」を指すとすれば、それが米韓同盟にそのまま導入された場合、NATOにおける核計画グループ(NPG)と同様の協議機関が設立され、韓国はそこで米国の戦術核の使用に発言力をもとうとすることになる。その戦術核は烏山、あるいは群山の在韓米空軍基地に配備され、「平時」には米国が管理するにせよ、「戦時」に核使用の決定が下されれば、韓国空軍の戦闘機に搭載され、韓国空軍パイロットによって投下されることになる。

しかし、それは上述の「戦術核撤去宣言」に逆行するだけでなく、韓国自らが「南北非核化共同宣言」を破棄することを意味する。「南北非核化共同宣言」は、「核兵器の実験、製造、生産、接受、保有、貯蔵、配備・使用を行わない」(第1条)とし、南北がともに核武装しないことともに、第3国の核兵器を受け入れないことを謳っている。北朝鮮がこの宣言は「死文化」したとして久しいが、韓国は依然として有効としている。在韓米軍に戦術核が再配備されれば、韓国の核武装を抑制するこの宣言は無効となることになる。拡大抑止を強化するにせよ、それは「南北非核化共同宣言」と両立しなければならなかった。

また、抑止論の視点からいっても、在韓米軍への戦術核再配備が北朝鮮の戦術核使用に対する有効な措置であるとは限らない。わけても、北朝鮮がハノイでの第2回米朝首脳会談が文書不採択に終わった後に誇示したKN‐23などの短距離ミサイルの射程距離と命中精度を考えると、戦術核が配備された在韓米空軍基地はその標的となりうる。北朝鮮は2022年9月の最高人民会議法令で、核使用の条件として5つを挙げているが、そのうちの3つにおいて核攻撃はもとより非核攻撃が「差し迫ったと判断される場合」にも核使用が許されるとした上、第4項目は明らかに戦術核の使用を示唆していた。北朝鮮がこの法令で核の敷居を下げ、米国が攻撃態勢をとること自体を抑止しようとするなか、在韓米空軍基地に戦術核が配備されることとなれば、米国に戦術核を使われる前に使うという誘因を北朝鮮に与えることとなる。すなわち、北朝鮮が下げた「核使用の敷居」を米韓側がさらに下げ、北朝鮮の核「早期使用」のリスクをより高めることにもなりかねない。実際、尹錫悦は政権発足後間もない2022年5月末、選挙公約に掲げた在韓米軍への戦術核再配備を否定したが、米国からもそのような懸念が示されたのであろう。

では、在韓米軍に戦術核を再配備できないのなら、拡大抑止をいかに強化するのか。尹錫悦政権発足後、韓国はこれについて米国と協議を重ねてきた。2022年11月、ワシントンでもたれた米韓安保協議会(SCM)の共同声明では「米国の戦略資産(strategic assets)が韓半島に適宜かつ必要であれば調整された方法で配備することに合意した」と言及された。また会議に参加した李鐘燮国防部長官はオースティン国防長官とともにアンドルーズ米空軍基地を訪れ、B-1Bなどを視察したというから、グアムのアンダーセン空軍基地からの戦略爆撃機の展開が検討されたものと考えられる。しかし、これらの戦略爆撃機は新STARTで核搭載能力を落とされている上、すでに在韓米空軍基地に展開したことがあり、拡大抑止強化のための新たな措置とはいえなかった。

3.「ワシントン宣言」と「戦略資産」

かくして、2023年5月の米韓首脳会談で発表された「ワシントン宣言」では、「定期的に展開」する「米戦略資産」が「核弾道ミサイル潜水艦(nuclear ballistic submarine)」であることが明記され、その「定期的可視性(regular visibility)」を強化することが謳われた。「核弾道ミサイル潜水艦」という以上、それは2017年10月に釜山に寄港したオハイオ級「ミシガン」のような巡航ミサイル原潜(SSGN)ではなく、SLBMを搭載した戦略原潜(SSBN)を指す。SSBNが韓国に寄港するとすれば、レーガンと全斗煥の両政権の下、ジョージ・ワシントン級SSBN「ロバート・E・リー」が釜山に寄港した1981年3月以来となる。実際、「ワシントン宣言」を受け、2023年6月にはSSGN「ミシガン」が再度寄港したのに続き、7月にはSSBN「ケンタッキー」が寄港した。「ワシントン宣言」で「定期的可視性」といわれた以上、これからもSSBNが定期的に韓国に寄港することになる。ただし、潜水艦が同盟国に寄港する目的は、整備、補給、乗組員の休養に限られる。それがたとえ核弾頭を搭載しているとしても、寄港した上で発射することはありえず、作戦上の意味はない。SSBNという秘匿的抑止力を可視化することそれ自体が、新たな抑止力となるわけではない。韓国で高まりつつある核保有論を制御する安心供与のための措置と考えてよい。

また、「ワシントン宣言」により設立された核協議グループ(NCG)も、韓国に展開する「米戦略資産」がSSBNとなった以上、その核使用に韓国が直接関与することはない。尹錫悦はNCGの設立について「NATOの多国間の約定よりは実効性がある」として、NCGがNPG以上に米国の核使用について韓国が発言力をもつかのように述べたが、そもそもNPGは、戦術核が米空軍基地に配備される条件で成立する。「ワシントン宣言」が在韓米軍への戦術核再配備の可能性を排除している以上、「定期的に展開」する「米戦略資産」がSSBNからの核使用について、NCGがNPGにおける戦術核ホスト国と同等の発言力をもつとは考えにくい。

4.非対称な抑止の構図

SSBNの定期的展開の主目的が韓国に対する安心供与にあることは確かであるが、北朝鮮の戦術核抑止としての含意も指摘しておかねばならない。北朝鮮は当面、戦術核を陸軍の前線部隊に配備しようとしているが、報じられているように潜水艦への配備も考慮している。これに対して米国は、「ワシントン宣言」で在韓米軍への戦術核再配備を退け、「戦略資産」を戦略原潜とすることを決定した。地上への戦術核の再配備が北朝鮮の戦術核の標的になりかねないなら、三方を海に囲まれた韓国に「戦略資産」を提供するとき、標的となりにくい―脆弱性の低い―潜水艦にエスカレーション・ラダーを設けるほかない。そうだとすれば、北朝鮮の戦術核の配備が地上から海中へと広がろうとしているのに対して、米国の核戦力は地上ではなく、海中に備えるという非対称な構図が生まれることになる。SSBNが釜山に寄港したことは、SLBMがその抑止力の一端を担うことを象徴している。

欧州とは異なり、抑止の構図が非対称であることは、必ずしもそれが不均衡であることを意味しない。ただし、釜山に寄港した「ケンタッキー」に搭載されるSLBM(トライデント‐D5)の核弾頭は450キロトン以上に達するといわれ、北朝鮮の戦術核抑止のための核戦力としては応分とはいえず、むしろ北朝鮮から中距離核以上の対価値攻撃を誘発しうる。そこで指摘しておくべきは、トランプ政権が2018年2月に発表した「核態勢の見直し」報告(NPR)で、SLBMに搭載するとした低出力核である。これはその2年後の20年1月末に実際に搭載されたが、米国防省によると、その出力は約5キロトンのW76-2であるという。確かに、この低出力核はオハイオ級SSBNに配備されるものとされ、「戦術核撤去宣言」の対象となった攻撃型原潜には該当しないが、撤去された戦術核と同等の低出力核が潜水艦に配備されたという意味では、「戦術核撤去宣言」に逆行する。しかし、SSBNに配備された低出力核こそが、北朝鮮が地上に配備しようとする戦術核を抑止する応分の核戦力となる核による最初のエスカレーション・ラダーとなりうる。

                           (2023年9月15日校了)




――主要参考文献――

・White House HP <https://www.whitehouse.gov>

・U.S. Department of Defense HP <https://www.defense.gov>

Hans M. Kristensen & Robert S. Norris, "A History of US Nuclear Weapons in South Korea," Bulletin of the Atomic Scientists, Volume 73 Issue 6 (October 2017)

・Hans M. Kristensen, "U.S. Nuclear Weapons in Europe, Briefing to Center for Arms Control and Non-Proliferation Washington, D.C. November 1, 2019" <https://uploads.fas.org/2019/11/Brief2019_EuroNukes_CACNP_.pdf>

・Lauren Sukin and Toby Dalton, "Reducing Nuclear Salience: How to Reassure Northeast Asian Allies," Washington Quarterly, Volume 44 Issue 2 (Summer 2021)

・Joshua Byun and Do Yong Lee, "The Case against Nuclear Sharing in East Asia," Washington Quarterly, Volume 44 Issue 4 (Winter 2021)

・大韓民国大統領室HP <https://www.president.go.kr>

・大韓民国国会HP <https://www.assembly.go.kr>

・『国防日報』

・朴輝洛「ナトー『核共有』体制の現況と東アジア導入に関する試論的分析」『国家戦略』第27巻1号(2021年春、韓国文)

・倉田秀也「北朝鮮の戦術核配備と抑止の構図――『先制』の応酬と『エスカレーション・ドミナンス』」『CISTEC Journal』第201号(2022年9月)

・____「朝鮮労働党第8回大会『戦略的課題』と核使用原則 ──『対兵力攻撃』の概念と『報復』と『先制』の比重」令和4年度外務省外交・安全保障調査研究事業『「大国間競争の時代」の朝鮮半島と秩序の行方』、日本国際問題研究所、2023年

・____「北朝鮮の戦術核と『ワシントン宣言』――『南北非核化共同宣言』と安心供与の両立」『朝雲』2023年6月22日、他。