研究レポート

アラブ首長国連邦の経済開発と「一帯一路」構想

2021-11-18
齋藤純(アジア経済研究所副主任研究員)
  • twitter
  • Facebook

「中東・アフリカ」研究会 FY2021-8号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに-GCC諸国の経済開発と「一帯一路」構想

GCC諸国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタル、クウェート、オマーン、バハレーンの6か国)と中国間の経済関係は、1970年代以降、石油資源の貿易取引を中心に拡大してきたが、中国国内のエネルギー需要の拡大に伴い1993年に中国が純石油輸入国に転換してから、GCC諸国への石油依存度はさらに高まってきたi。他方で、GCC諸国は、石油依存経済からの脱却と経済の多角化を長期的な経済開発の目標として、産業基盤の転換と海外からの投資誘致を推し進めてきた。サウジアラビアの "Vision 2030"(2016年発表)やアラブ首長国連邦(以下、UAE)の"Projects of the 50"(2021年発表)などの直近の長期経済開発計画の中でも海外直接投資の重要性は強調されている。

こうした開発方針を採用するGCC諸国政府にとって、中国の「一帯一路」構想の発表は自国への投資誘致を推進する機会として捉えられたと考えられる。習近平政権が2013年に発表した「一帯一路」構想の当初の目的は、中国から中央アジアを経由し欧州への陸路の「シルクロード経済ベルト」と、南シナ海からインド洋を経由し欧州への海路の「21世紀の海上シルクロード」の沿線国との政治的・経済的連携を強化するものであり、GCC諸国は2つの経路の主要幹線からは外れていた。しかし、「一帯一路」構想自体の拡大と対外協力の変容によって、2019年以降、UAEなどGCC諸国でも同構想に同調する動きが見られてきた。経済多角化と海外直接投資誘致を希求するUAEは、この構想に部分的に協力する形で経済的利益を引き出そうと考えている。本レポートでは、「一帯一路」構想に対してGCC諸国政府や企業部門がどのように関与し、どのような経済的効果を見込んでいるかについてUAEの事例に焦点を当てて整理したい。

UAEと「一帯一路」構想

(1) UAEの「一帯一路」構想への参加

UAEの「一帯一路」構想への参加については、数々の新規共同プロジェクトの発表とともに現地でも喧伝されてきた。例えば、2019年4月25-27日に北京で開催された第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムに出席したムハンマド副大統領兼首相兼ドバイ首長は、習近平国家主席との会談において、UAEが「一帯一路」構想を全面的に支援することを伝えた。その際にUAE-中国間で34億ドルの新規契約が締結され、二国間貿易と投資のさらなる増進を期待したii。具体的な大型プロジェクトとして、ドバイの政府系港湾管理会社DP World社と浙江中国小商品城集団(Zhejiang China Commodities)とのパートナーシップにより、ドバイEXPO会場近郊に貿易促進拠点"Dubai Traders Market" iiiの建設のために24億ドルを投資することが発表された。この拠点を通じて中国製品を世界中に輸出することを目論んでいる。同プロジェクトの第1フェーズとして「義烏市場(Yiwu Market)」を開設して1600以上のショールームと324の保税倉庫の展開を予定している。

また、DP World社は中国・アラブ投資基金管理公司(China-Arab Investment Fund Management)などの中国企業との間で、10億ドルを投じて「一帯一路」諸国向けに農水産物や動物性食品の輸出入と加工・梱包拠点"Vegetable Basket"をドバイに建設することに合意したiv。これらのプロジェクトは、UAEが中東地域さらに国際的な交易ハブであること、UAEの経済開発戦略の上で非石油産品の輸出促進に貢献すること、食料安全保障上の問題(齋藤,2019)を改善できること、などの点でUAE政府が志向する経済開発戦略との親和性が高いと考えられる。

ドバイには、すでに政府系不動産開発会社Nakheel社が2004年に建設した貿易拠点「ドラゴンマート」があり、2018年7月には中国との関係強化のため、同じく政府系不動産開発会社Emmar Properties社がCreek Harbourに中東最大のチャイナタウンを開発すると発表しているv。「一帯一路」構想への参画と大型投資プロジェクトの発表は、UAEと中国間の経済連携を強化するとともに、中国製品貿易の国際ハブとしてUAEが活用されると見なすことができる。

(2)「一帯一路」による中国のUAEへの進出

「一帯一路」構想に関する中国政府と企業のUAEへの進出について、その特徴を整理したい。GCC諸国は中国の「一帯一路」構想にとって必ずしも中心的な投資先ではないが、GCC諸国の中でUAEは主要進出国として見られている。American Enterprise Institute(AEI)のChina Global Investment Trackerデータベースviによると、「一帯一路」構想に関わる中国のUAEへの投資額は2013-20年に総額73.4億ドルで(表1)、そのうち中国石油天然気集団(CNPC)や中国海洋石油集団(CNOOC)によるエネルギー分野への投資(2017年に17.7億ドル、2018年に11.8億ドル)が大きな割合を占める。また、同構想により進められた中国企業によるUAE国内の建設工事契約額は212億ドルであり、そのうちエネルギー分野(101億ドル、総契約額の47.7%)と不動産部門(56.4億ドル、同26.6%)での契約が目立つ。契約の大半は、中国建築股份有限公司とADNOC 社、Nakheel社、Damac社など両国の政府系企業間で行われたものである。したがって、現在までのところ中国政府および企業の「一帯一路」構想を通じたUAEへの進出は、エネルギーや不動産部門が中心的な対象となっている。

表 1 「一帯一路」構想による中国の対GCC諸国向け投資と建設工事契約(2013-20年)

投資

建設工事契約

金額(億ドル)

対世界比率(%)

金額(億ドル)

対世界比率(%)

UAE

73.4

2.3

211.9

4.1

サウジアラビア

23.2

0.7

238.3

4.6

カタル

na

na

38.3

0.7

クウェート

6.5

0.2

77.7

1.5

バハレーン

na

na

14.2

0.3

オマーン

12.1

0.4

43.8

0.8

GCC諸国合計

115.2

3.6

624.2

12.0

世界合計

3,212.6

100.0

5,222.5

100.0

注:「na」は欠損値を表す。

出所:American Enterprise Institute(AEI)"China Global Investment Tracker"より筆者作成。

おわりに:今後の展望

UAE政府は、中国の「一帯一路」構想を通じた対中国貿易の拡大と中国資金の流入を目論み、同構想を活用していると考えられる。しかしながら、米中対立の深化や「一帯一路」構想の変容、そして国際的な脱炭素化の潮流とそれに影響される原油価格の動向を見据えると、UAE政府や企業が中国経済にどれだけコミットし続けるかについて明確ではない。例えば、中国政府は、2015年に「一帯一路」の一環として「デジタル・シルクロード」を提唱し、輸送インフラや貿易ネットワークから、情報通信技術のグローバル展開を加速させることに重点を移している。UAEも2019年には中国が主導する「デジタル経済国際協力イニシアティブ」に参加し、国内ですでに普及しているHuawei社の端末を通じた5Gサービスの導入を推し進めているが、欧米諸国によるHuawei社製品の排除の動きに今後UAEがどのように対応していくか不明瞭な点も多い。

また、近年の原油価格の回復は、UAEを含めた産油国の経済改革意欲を減退させ、中国との経済連携の必要性を低下させるかもしれない。経済の多角化の一定の進展により、貿易相手国と投資誘致先がすでに多様化しつつあるUAEにとって、中国との経済関係の強化は複数の経済連携先の一つに過ぎない。中東地域における「経済大国」の一角を占めるUAEは、周辺アラブ諸国や南アジア諸国の経済への影響力も増強しつつある。UAEの対中経済関係に関わる舵取りは、転じて周辺国経済へ影響を及ぼしうる。UAEを中心とした中東地域経済圏の今後を展望する上でも、対中国関係を注視し続ける必要があろう。

(脱稿:2021年11月11日)




参考文献

齋藤純.(2019).「アラブ首長国連邦の農業政策と海外農業投資」『中東レビュー』6(pp. 23-29). アジア経済研究所.

福田安志.(2017). 「中国と湾岸地域: 原油を軸とした関係とその発展」 『中東レビュー』5 (pp.23-33). アジア経済研究所.

i GCC諸国の鉱物燃料の輸出額に占める中国のシェアは拡大し、2020年には中国はUAEで16%、クウェート25%、カタル16%、バハレーンで3%と推計された(International Trade Centre, "Trade Map"データ)。サウジアラビアとオマーンについては不明。サウジ政府の原油輸出統計では輸出先はアジアなどの地域別に区分されており、国別の統計は公表していない。産油国側の公式データからは正確な仕向け国の数字を示すのは困難である場合が多い。オマーンについても同様(福田, 2017)。

ii 2019年7月18日付、WAM、(2021年11月11日アクセス、リンク:https://wam.ae/en/details/1395302774929)

iii "Dubai Traders Market"ウェブサイト(2021年11月3日アクセス、リンク:https://dtm.ae/about-us/)。

iv JAFZAのプレスリリース(2021年11月6日アクセス、リンク:https://jafza.ae/news/mohammed-bin-rashid-witnesses-launch-of-traders-market-in-dubai/)。

v 2018/7/18付、Khaleej Times紙(2021年11月11日アクセス、リンク:https://www.khaleejtimes.com/uae/dubai-to-see-middle-easts-largest-chinatown-project

)。

vi 同データベースは、中国の海外投資額と中国企業による海外建設工事契約額をリストアップしている(2021年11月11日アクセス、リンク:https://www.aei.org/china-global-investment-tracker/)