2021年8月25日に国会で約1週間の審議を終え、ライースィー大統領の提出した閣僚19名のうち、教育大臣を除く18名の大臣が国会議員から過半数の支持を得て大臣に就任した。8月25日に発足したライースィー内閣の中でも、今後、イラン核交渉の鍵を握る外相と、ライースィー大統領が万一、任期中に最高指導者に就任するなど危急の場合、大統領代行を務める副大統領のポストを中心に、新内閣の特徴を以下で詳細に検討していく。
「抵抗経済」を牽引する最高指導者命令実施機関出身の副大統領
副大統領と大統領府長官は、国会の審議を受けずに大統領が任命できるポストであるため、大統領の腹心が選ばれることが多い。複数選ぶことのできる副大統領の中で最も重要な第一副大統領に、今回選ばれたモハンマド・モフベルは、最高指導者命令実施機関の前総裁で、ハーメネイー最高指導者に極めて近い人物である。イラン・イスラーム共和国憲法第130条によれば、「大統領の死去、解任、辞任、2ヶ月以上の疾病や不在、任期切れで新大統領が定まらないなどの場合、第一副大統領が最高指導者の合意をえて、大統領の職務と権限を遂行する」と定められている。そのため、現在、最も有力な後継者候補であるライースィーが最高指導者に就任した場合に大統領を引き継ぐ可能性があるため、今回の第一副大統領はこれまで以上の重要性を持つ。
モハンマド・モフベルは、フーゼスターン州のデズフールの名家の息子として1955/6年(イラン暦1334年)に生まれ、フーゼスターン通信会社専務取締役、フーゼスターン州副知事などを務めた。近年、水不足や停電により抗議活動が頻発しているフーゼスターン州の諸問題に対応するために、同州に縁の深いという点もモフベルの副大統領起用に有利に働いたと考えられる。モフベルは、モスタザファーン(被抑圧者)財団の副総裁や商業・運輸機構長、シーナー銀行総裁などを歴任した。シーナー銀行総裁時代に、モフベルは最高指導者事務所副所長のアスガル・へジャージーを含む政治の要職者と親密になり、2007年に最高指導者命令実施機関の総裁に任命された。モフベルは、総裁就任後、「バラカート(Barakat、祝福)」という名前の新たな財団を設立し、経済活動を増加させ、この組織をモスタザファーン財団に似たコングロマリット(巨大複合企業)に育て上げた。今や、最高指導者命令実施機関は、マシュハドのイマーム・レザー廟の寄進財産を管理するアースターネ・ゴドゥス財団、革命後に王室財産を接収して設立されたモスタザファーン財団、IRGC傘下のハータム・アル・アンビヤーと並ぶイラン国内最大の経済組織の一つに成長した。最高指導者命令実施機関は、工場、セメント会社、製薬、不動産業、投資会社、保険会社、慈善団体などを所有し、2013年のロイター通信の報告書によれば、その資産は少なくとも950億ドルに上るとされる。2010年にモフベルは、イランのミサイルと核開発計画に関与した疑いでEUによって制裁をかけられたが、2年後にEUの制裁リストから削除された。しかし、2021年1月に彼の名前とアースターネ・ゴドゥス財団管財人のアフマド・モラヴィーの名前が米財務省の制裁リストに加えられた。最高指導者命令実施機関傘下のバラカート財団は、最近、イラン国産ワクチンの製造で注目を集めている1。
最高指導者命令実施機関は、1989年の春、ホメイニー師がその死の2ヶ月前に側近2人に残した命令を起源としている。それは、革命後に前国王やその支持者たちから押収した資産を処分し、慈善活動に使うよう命じたものであった。最高指導者のこの命令を実施するために設立された組織は、当初、2年ほどで解散することが想定されていた。しかし、ホメイニー師の後を継いで、1989年6月に最高指導者に就任したハーメネイー師は、モフベルをはじめとする優秀な人材を起用し、最高指導者命令実施機関を約30年かけてイランを代表するコングロマリットに成長させた2。ハーメネイー最高指導者の権力の源泉とされながらも、その実態が明らかにされてこなかった最高指導者命令実施機関の総裁が、イランの副大統領に就任したことは、国民の選挙で選ばれる「共和制」を体現してきた行政府を、陰の権力組織が表に出て支配を行うことで、権力が一元化されようとしていることを意味する。
外相――IRGCゴドゥス軍司令官故ガーセム・ソレイマーニーの秘蔵っ子
外相に任命されたホセイン・アミールアブドッラーヒヤーンは、2011年から2016年までアラブ・アフリカ担当外務次官を務めた57歳の外交官である。2015年のイラン核合意(JCPOA)の成立後、アメリカとの関係改善を模索するザリーフ外相は、IRGCの対外工作を担当するゴドゥス軍に近いアミールアブドッラーヒヤーンを2016年に外務次官から罷免した。その後、国会議長の顧問となったアミールアブドッラーヒヤーンは、IRGCを擁護する外交政策の発言を続けてきた。彼が今後、核合意復活交渉を統括することになると予想される。
アミールアブドッラーヒヤーンは、セムナン州のダームガーン出身で、テヘラン大学で国際関係論の博士号を取得し、アラビア語と英語が堪能だが、メディアではペルシア語しか話さない。彼が最初に注目されたのは、2007年にイランとアメリカがイラクの治安について協議をするために行った直接会談に参加した時である。当時、イラン外務省のイラク特別本部の責任者であったアミールアブドッラーヒヤーンは、ライアン・クロッカー駐イラク・アメリカ大使と、IRGCゴドゥス軍出身のハサン・カーゼミー・ゴミー駐イラク・イラン大使の会談に同席した。イラン外務省イラク特別本部は、イラク政策を考案し、実施する上で優位にあったゴドゥス軍とのリエゾン・オフィス(連絡室)にすぎなかった3。まだ若く、下位の肩書きを持つに過ぎなかったアミールアブドッラーヒヤーンが、革命後初のアメリカとイランの直接会談に参加したことは、IRGC、すなわち、ゴドゥス軍司令官ガーセム・ソレイマーニーの彼への信頼の深さを物語っている。
2007年のイラン・アメリカ会談は大きな成果はなかったが、アミールアブドッラーヒヤーンは、2007年に駐バーレーン・イラン大使に任命された。多数のシーア派を支配するスンナ派の支配者たちとの緊張緩和に務めたアミールアブドッラーヒヤーンの努力の結果、イランとバーレーンの商取引は拡大し、両国の関係は改善しつつあった。しかし、2009年に前国会議長のアリー・アクバル・ナーテクヌーリーが「バーレーンをイランの第14番目の州」と呼んだことをきっかけにイランとバーレーンの関係は再び冷却化した。
2011年にアラブの春が開始すると、アミールアブドッラーヒヤーンはテヘランに呼び戻され、アラブ・アフリカ担当外務次官に任命された。この時期から、IRGCゴドゥス軍は、アサド政権やレバノンのヒズブッラー、イエメンのフーシー派など抵抗戦線に連なる政府や組織を支援するために紛争に直接関与するようになっていた。ソレイマーニー将軍とゴドゥス軍にとって、軍事政策と外交政策の矛盾を回避することができる人物は、外務省内ではアミールアブドッラーヒヤーンおいて他はいなかった。彼は、IRGCと外務省の調整役となり、IRGCの非公式な外交報道官の役割を演ずるようになった4。
外相候補に指名されたホセイン・アミールアブドッラーヒヤーンは、8月22日に国会で演説し、核交渉の再開と、近隣国、特に湾岸諸国、サウジアラビアとの関係改善に努力すると強調した。同時にライースィー大統領の推進する経済の改善のためには制裁解除が必要であるが、前政権のように西側のみに依存するのではなく、アジア諸国との関係強化も必要であるとの発言がなされた。一方で、アミールアブドッラーヒヤーンは、ザリーフ前外相が非公式のインタビューでロシアが核協議を妨害したことや、イラン外交がソレイマーニー将軍をはじめとするIRGCの軍事拡張政策の犠牲になったと述べた発言を批判し、自分が外相になったら、外交と軍事政策の両方を推進すると述べた5。新外相は、欧米諸国や近隣国によって批判されているミサイル開発計画については触れなかったが、IRGCの推進する軍事拡張主義政策を明らかに支援しており、国益拡大のためには外交交渉という手段も活用するという硬軟両方の側面を持った外交を展開していく姿勢が予想される。
今後、アミールアブドッラーヒヤーン率いる新核交渉チームは、イランが2019年以降にJCPOAの責務を段階的に停止して獲得した核技術や活動を凍結することと引き換えにさらなる対価を国連安保理常任理事国及びドイツ(P5+1)側に突きつけると考えられる。現在、イランの三権を掌握する強硬保守派内には、欧米への不信感が強く、アメリカが再び合意を反故にする可能性を想定してぎりぎりまで核開発活動を進めつつ、イラン側だけではなく、アメリカを含めた全当事者が容易に合意の不履行をできないよう担保する条項の追加を要求すると想定される。他方で、ライースィー大統領もアミールアブドッラーヒヤーン外相も、イラン経済回復のために制裁解除が必要であることを充分に認識しており、イラン新政権は当面は粘り強く交渉に臨むと考えられる。
IRGCが要職ポストを確保
ライースィー新政権にはIRGC出身者4名が閣僚入りを果たした。経済企画庁長官兼副大統領に任命されたマスード・ミールカーゼミーは、元IRGC指揮官でアフマディーネジャード政権で石油大臣や商業大臣を務め、2010年代初頭にイランの経済企画庁長官として主要な財政汚職に関わったとされる人物である。ライースィー政権の道路交通相に任命されたロスタム・ガーセミー准将も、アフマディーネジャード政権期に石油大臣として国際的な制裁を迂回して石油代金を調達する中で不透明な資金調達や横領に関わったとされる6。彼は、IRGC傘下の複合企業ハータム・アル・アンビヤーの総裁を2007年から2011年まで務めた。IRGCの工作部隊を出発点とするハータム・アル・アンビヤーの関係者であるガーセミーを道路交通相に任命したことで、国家による道路や都市計画などインフラ事業の利権が今後、IRGCに多く分配されることが予想される。
文化遺産・観光相に任命されたエザトッラー・ザルガミーは、IRGCで司令官を務め、イランのミサイル開発計画に深く関わった人物である。彼は1990年代初頭にラフサンジャーニー政権のイスラーム文化指導省次官や国防省次官を歴任した後、2004年にハーメネイー最高指導者によって、イラン国営放送総裁に任命され、約10年間この組織を率いた。
内務相に任命されたアフマド・ヴァヒーディー准将は、元IRGCゴドゥス軍司令官で情報省の創設者の一人である。彼は1994年にアルゼンチンのブエノスアイレスでユダヤ人の施設を爆破した容疑で国際的な指名手配を受け、イランの核開発に関わった容疑で欧州連合(EU)の制裁対象にもなっている。ヴァヒーディーは、アフマディーネジャード政権で国防相を務めた7。
内務省は、選挙の実施や警察権力の統括を担う重要な省である。イランで全国規模の抗議活動などが起きた場合、初動は内務省の命令で警察と治安維持軍が取り締まりを行い、それで鎮圧ができない場合、IRGCやバスィージ(志願兵)が出動することになる。ポスト・ハーメネイー体制の移行期に反体制活動や治安の乱れ、情勢不安の際には、IRGCと政府が連携して緊急事態に対応できるように、このポストにIRGC出身者が充てられたと考えられる。つまりは、国内外の治安・外交政策はIRGCが主導権を握ったと言って良いだろう。
ポストと利権を巡る新たな争いの胎動
ハサン・ロウハーニー前大統領は、核合意によって制裁解除を達成し、欧米との関係改善によってイラン経済を向上させることを目指してきた。しかし、2018年にトランプ米政権が一方的に核合意から離脱することによってその政策は挫折し、イラン経済は悪化し、度重なる全国規模の抗議活動が起き、治安も悪化した。ロウハーニー政権への国民の支持が低下する中、国会、司法府、IRGC、メディアなどを支配する保守強硬派は、一致団結してロウハーニー政権とその支持基盤である穏健派と改革派を激しく攻撃してきた。その結果、ライースィーが大統領に選出され、行政府も保守強硬派の支配下におさまったが、早くも保守強硬派内での新たな権力闘争の萌芽が現われている8。
8月4日にIRGC傘下のファールス通信が、新テヘラン市長に国会議員で大統領選挙の候補者であったアリーレザー・ザーカーニーが選出されたと報道した。その直後にテヘラン市議会議長のメフディー・チャムラーンは、報道を否定し、8月4日の投票は正式なものではなく、8日に新市議会発足後に正式な投票が行われると説明した。最終的には、チャムラーンと故ガーセム・ソレイマーニー将軍の娘のナルゲス・ソレイマーニーを含む若干名が、バーゲル・ガーリバーフ国会議長(元テヘラン市長)の右腕であったマーズィアール・ホセイニーに投票したが、21人の市議会議員のうち18名の得票を得たザーカーニーがテヘラン市長に選出された。その背景としては、大統領選挙直前にライースィーを支持して立候補を辞退したザーカーニーに報いるために、ライースィーやIRGCがテヘラン市議会議員に圧力をかけたとされている9。
アリーレザー・ザーカーニーは、イラン・イラク戦争時に少年兵として従軍し、戦後、テヘラン大学医学部に進み、放射線治療を学んだ。彼は、改革派サラーム新聞の閉鎖への抗議活動を鎮圧するために行われた1999年のテヘラン大学寮襲撃事件で、テヘラン州大学バスィージの責任者として、改革派の学生を襲撃したとされる。2004年に国会議員に初当選し、2008年にイスラーム宗教学者のモハンマド・デフカーン、IRGC指揮官出身のメフディー・ターイェブ、最高指導者の姻戚であるハッダード・アーデルとともに「革命の求道者協会(Jam'īyat-e Rahpūyān-e Enqelāb)」という強硬保守派の団体を設立した。アフマディーネジャード政権期には、国会内でザーカーニーは、強硬保守派の中でもウルトラ右派と位置づけられ、故メスバーフ・ヤズディー師の支持者が設立し、現在はアフマディーネジャード政権で内務相を務めたIRGC出身の国会議員サーデク・マスーリーに率いられている「イスラーム革命永続戦線(Jebhe-ye Pāydārī-ye Enqelāb)」と同盟を結ぶことが多かったが、時にはそのメンバーと衝突することもあった。彼は2013年の大統領戦挙に立候補したが、資格審査の段階で却下された。また、ザーカーニーは核合意には批判的でロウハーニー政権期には、IRGC情報局や最高指導者事務所の監査局局長のホセイン・フェダーイーと協力して、ロウハーニーの弟のホセイン・フェレイドゥーンを含め、政敵の汚職追及の急先鋒に立った10。
イランでは大統領が閣僚リストを提出後、国会で約1週間かけて全大臣について賛成者2名と反対者2名がそれぞれ演説をして、適任かどうかを審議し、最終的に秘密投票で信任投票を行うことになっている。今回の閣僚候補の審議は、反対演説であっても、名ばかりで質問と分析に終始し、形式的に行われ、比較的スムーズに過半数の信任票が得られた。しかし、情報相候補のイスマイール・ハティーブの審議の際に、「イスラーム革命永続戦線」が、大統領選でライースィーを支持したにもかかわらず、充分な分け前が配分されていないとして、ライースィーの選んだハティーブを激しく非難し、自派の候補のマフムード・ナバヴィアンを選ぶよう要求した11。
今後も、テヘラン市役所や石油省、道路交通省など利権と深く関わるポストや、国家の治安と情報を握る情報省や内務省といったポストを掌握した人物や支持派閥の動向を観察し、イランが今後もイスラーム宗教指導者が君臨する「イスラーム法学者の支配」体制を維持していくか、IRGCの発言権の強い軍事独裁化の方向に向かうかを見極めていく必要があるだろう。
(2021年8月29日脱稿)
1 2021年8月8日付BBC Persia報道「ライースィー政権:モハンマド・モフベルが第一副大統領になった。」<https://www.bbc.com/persian/58092745 >, accessed on August 9, 2021
2 Torbati, Yaganeh, Steve Stecklow and Babak Dehghanpishe, "To expand Khamenei's grip on the economy, Iran stretched its law," Reuters Investigates: Assets of the Ayatollah, November 13, 2013.
3 Motevalli, Golnar, "Iran President picks hawkish diplomat to lead nuclear talks," Bloomberg, August 11, 2021 <https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-08-11/iran-s-raisi-nominates-amir-abdollahian-foreign-minister-isna>, accessed on August 12, 2021.
4 MEI Staff, "Amir-Abdollahian: The Soft Face of Iran's Hard Power," Middle East Institute, October 14, 2016, < https://www.mei.edu/publications/amir-abdollahian-soft-face-irans-hard-power>, accessed on August 12, 2021.
5 2021年8月22日付BBC Persia報道「ライースィー内閣:外相候補は、外交と武力の利用を強調」<https://www.bbc.com/persian/iran-58299326 >, accessed on August 24, 2021.
82021年8月6日付BBC Persia報道「イブラヒーム・ライースィーの考える「新しいイラン」とは何か?」 https://www.bbc.com/persian/iran-58108728
9 "Iran's Hardliners Split over Choosing New Tehran Mayor," Iran International, August 7, 2021,< https://iranintl.com/en/iran/irans-hardliners-split-over-choosing-new-tehran-mayor>, accessed on August 9, 2021.
10 2021年8月8日付BBC Persia報道「アリーレザー・ザーカーニーが正式にテヘラン市長に選出された。」<https://www.bbc.com/persian/iran-58137172 >, accessed on August 9, 2021; Mehrabi, Ehsan, "Career Controversialist Alireza Zakani Becomes Mayor of Tehran," Iranwire, August 10, 2021, < https://iranwire.com/en/features/10110>, accessed on August 11, 2021.
11 Sinaiee, Maryam, "Raisi's Key Ministers Approved by Khamenei, Iran Speaker Says," Iran International, August 22, 2021, < https://iranintl.com/en/iran/raisis-key-ministers-approved-khamenei-iran-speaker-says >, accessed on August 25, 2021.