研究レポート

エチオピアとGERDを中心とした「アフリカの角」の情勢

2021-08-10
遠藤貢(東京大学教授)
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「中東・アフリカ」研究会 FY2021-5号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

エチオピア情勢の展開

昨年2020年5月に予定されていたエチオピアでの総選挙をめぐって、アビイ(Abiy Ahmed)首相のもとで、従来の与党連合エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)が解党され、継承政党連合としての繁栄党が2019年12月1日に発足したこと、そして、この繁栄党にEPRDFの中核を担ってきたティグライ人民解放戦線(TPLF)が参加しなかったことは、エチオピア連邦政府とティグライとの間に極めて強い緊張関係を生じさせた。加えて、2020年6月29日に反政府活動家で、オロモ出身の人気歌手ハチャル・フンデサ(Hachalu Hundessa)が銃撃されて死亡したことを受けて、オロモ急進派の若者組織を中心とした暴動が発生するとともに、TPLFと一部のオロモ急進派の連携の下での反アビイ派が形成されていった。

こうした中、2020年7月の段階では、TPLF議長のゲブレミカエル(Debretsion Gebremichael)は、この緊張関係を「銃弾無き戦争」(war without bullets)と認識していた。しかし、ティグライ州が連邦政府を無視する形で「違法に」9月9日に州議会選挙を実施したことは、さらに両者の緊張関係を強め、11月に入りついに新たな局面を迎えた。ティグライ州にある連邦政府軍の軍事施設に対するTPLFによると疑われる攻撃を根拠として、アビイ首相が、11月4日、ティグライ州を標的とする軍事作成に踏み切った.のである。その直前にはスーダンと外交交渉をおこない、TPLFとの接近を牽制したとみられている。連邦政府軍は州都メケレへの空爆を行ったが、TPLFも、当初秘密裏に参戦し、エチオピア連邦政府軍と連携していたとみられるエリトリアヘの対抗策として、エリトリアの首都アスマラへの空爆を行っている。11月28日にエチオピア連邦政府軍はメケレの奪還宣言(終戦宣言)し、「決着」が付いた形とはなったが、それ以降も戦闘は継続するとともに、極めて深刻な人道危機が継続するに至っている。国連高等難民弁務官事務所(UNHCR)の報告では、2021年6月末段階でエチオピアから東部スーダン、青ナイル州に到着した難民の数は5万4千人に上る)。

戦闘状況としては、ティグライの武装勢力(もともとエリトリアとの戦闘にも関わったエチオピア連邦軍の高官なども含まれる)は、2020年12月段階で「農村部」(戦闘地域として州東側の4地域)に拠点を形成した。これに対応する形で、エチオピア連邦軍が都市部、アムハラの武装勢力が西部と南部、そしてエリトリアが北西部の北部地域、中央、東部、一部南部地域に展開する形であった。2021年2月段階では、州中央部などで、ティグライ武装勢力とエチオピア連邦軍、並びにエリトリア軍との間の戦闘が報告された。3月になると、ティグライの武装勢力がアムハラにも攻撃を加えているなど、戦闘が収束に向かう気配が見えない状況が続くことになった。

バイデン政権の対応

2021年に発足したバイデン(Joseph Robinette Biden, Jr.)政権は、ティグライをめぐる問題を中心とした「アフリカの角」の諸課題に対応する姿勢を鮮明にしている。2021年1月にはブリンケン(Antony John Blinken)国務長官が上院公聴会で、グランド・エチオピア・ルネッサンス・ダム(GERD)問題を含む「アフリカの角」地域へのアメリカの全面的関与の姿勢を表明している。特にティグライの問題への対応を図るため、クリス・クーン(Chris Coons)上院議員をアディスアベバに派遣(3月20日~21日)し、連邦政府側の一方的な停戦宣言を働きかけたものの、アビイ首相はこの提案を拒否した。ただし、この訪問を受ける形で、3月23日アビイ首相はティグライをめぐる紛争におけるエリトリアの関与やその役割をはじめてエチオピア議会で公表した。そして、3月26日には、アビイ首相が、エリトリアがティグライ州からのエリトリア軍撤退に同意したことを明らかにした。

また、4月23日にブリンケン国務長官は「アフリカの角」地域の特使としてフェルトマン(Jeffrey Feltman) を任命し、対応課題としてエチオピア国内情勢、エチオピア・スーダン国境問題、そしてGERD問題を例示した。この後、フェルトマン特使は5月4日~13日「アフリカの角」4カ国(エジプト、エリトリア、エチオピア、スーダン)を歴訪するなど、積極的な関与の姿勢を示している。

「アフリカの角」における対立の背景

ティグライをめぐる紛争におけるエリトリアの関与の背景には、アスマラの、あるいはイサイアス(Isaias Afewerki)大統領の「怨念」とでもいえるような問題が横たわっている。1980年代の社会主義政権への武装闘争期には、アスマラによるTPLF支援が行われた。しかし、1993年に独立したエリトリアは、イサイアスのもとで1998年5月にエチオピアに侵攻した。イサイアスは民族的にもメレス(Meles Zenawi Asres)首相と同じティグライであったが、アスマラはエチオピア側の最前線として派兵されたTPLFによる攻撃を受け、大きな犠牲と破壊を経験した。最終的に7万人にも及ぶとされる大きな犠牲を両国に出す事態に発展したことは、当時衝撃を持って迎えられた。国境地帯の都市バドメに象徴される領土問題で激しい空爆を含む対立にもつながったが、エチオピアが優勢となった2000年6月の停戦協定、12月の包括的和平協定を経て、両国軍は撤退した。

エリトリアはその後、「アフリカの角」において、さらには、国際的にも孤立の度合いを深めることになった。ソマリアにおけるイスラム主義勢力、特にアッシャバーブへの支援をめぐって、2009年以降国連安保理決議に基づく武器禁輸、ならびに一部の政府関係者に対する渡航禁止や資産凍結の制裁が行われてきた(国連安保理決議1907)。この局面を一変させたのが、2018年7月9日にエリトリアを訪問したアビイ首相であり、イサイアス大統領との間での和平友好条約調印であったことは改めて確認しておく必要があろう。

エチオピア・スーダン国境問題

ティグライをめぐる紛争は、「アフリカの角」地域をめぐるもう一つの重要な課題であるGERDにも関わる問題にも影響する動きを見せている。この問題は2020年12月以降のエチオピア・スーダン国境地帯であるファシャガ(al-Fashaga)における、エチオピア軍のティグライヘの対応の過程で生じたスーダン軍の進攻のもとでの両国軍の衝突である(なお、この対立にもエリトリア軍の関与が指摘された)。ファシャガは、1902年に締結されたアングロ・エチオピア協定にさかのぼる英国、イタリア、エチオピアが関わる肥沃な歴史的係争地と位置づけられており、2008年にTPLFを中心としたEPRDF政権期(メレス首相)とバシール(Omar Hasan Ahmad al-Bashīr)大統領との間で妥協が成立している。この妥協とは「ソフト・ボーダー」という考え方であり、ファシャガをスーダンの領域として認めスーダンの農民の農耕活動が行われる一方で、エチオピアのアムハラ農民の農耕も容認するという妥協であった。ここでスーダンはファシャガをその占領下におく動きを示し、ティグライでの戦闘が開始されたタイミングで、6千人規模の兵力をファシャガに送り、現地のエチオピアからの農民は立ち退きを余儀なくされたのであった。これによって、エチオピアとスーダンの関係は緊張の度を深めることになった。12月に入るとスーダンの兵力はファシャガにさらに深く侵攻した。この過程で15日には、エチオピア人民兵との戦闘に発展し、2日後の17日には、スーダンで2019年8月に発足した統治評議会(Sovereign Council)の議長である陸軍中将ブルハン(Abdel Fattah Abdelrahman Burhan)と軍の高官が、ファシャガに近いガダーレフ州(Gadaref)を訪問し、スーダン側がファシャガの大部分と地域を制圧し、ファシャガ全土を掌握する意向であることを示す演説を行った。この問題(ファシャガの境界画定)をめぐっては、「アフリカの角」地域の準地域機構である政府間開発機構(IGAD)の仲介で12月20日にスーダンのハムドゥーク(Abdalla Hamdok)首相とアビイ首相の会談がジブチで開催されたが、問題解決に進展はみられなかった。

その後も、一進一退の攻防が継続しているともみられているものの、戦闘自体は膠着状態に至っているともみられている。エチオピアとスーダンの関係に関わる懸念だけではなく、この戦闘の長期化とその展開は、この地域の不安定化のさらなる容認につながる可能性も指摘されている。スーダン軍の影響の拡大に対応する形で、「農村部」に拠点を置くティグライの武装勢力がその戦闘地域の拡大に転じる可能性があることに加え、エチオピア連邦軍のスーダンとの戦闘の長期化により、エチオピアがすでにティグライでの戦闘にも関わってきたエリトリア軍や連邦軍に協力的なアムハラの武装勢力への依存を強めざるを得なくなる可能性もある。さらにアムハラの武装勢力の一部には、ファシャガの土地権を主張する勢力も含まれることから、エチオピア国内における複雑な民族関係を背景とした連邦政府の過剰な関与に対する反対を誘発するなど、事態のさらなる複雑化を懸念する見方もある。また、これとは別に、アビイ首相が訪問した翌日の2020年12月23日には、GERDが位置するエチオピア西部ベニシャングル・グムズ州で100名が死亡する暴力事件が発生し、事件、その後連邦軍が派遣され、殺害に関与したとされる最低42名が殺害されている。これに関しても真相は定かではないものの、2021年5月5日に、エチオピア側(議会調査委員会)から、ベニシャングル・グムズ州の暴力事件にスーダン、エジプトが関与している、との批判が行われるなど、エチオピア西部の治安状況は不安定性を増している。

グランド・エチオピア・ルネッサンス・ダム(GERD)問題の展開

こうしたエジプトとスーダンの国境近くをめぐる問題をめぐっては、スーダン側にとってファシャガの問題がエチオピアとの関係で現状での最大の関心事項ではなく、当然のことながらGERDの問題が横たわっている。その意味では、たとえば、ファシャガの問題への関与自体は、GERDをめぐる交渉において、スーダン側の交渉力を高める上での一つの戦術である可能性は残っている。なおGERDの交渉における争点は、上流のエチオピアがどの程度の期間に、どの程度ダムを満たすことが許容されるか、また問題が生じた時の拘束力のある解決メカニズムをどのように構築するかというところにある。

ここでは、2020年6月以降のGERDをめぐる展開を確認しておきたい。6月26日には、アフリカ連合(AU)議長のラマポザ(Matamela Cyril Ramaphos)(南アフリカ大統領)を議長としたオンラインの特別首脳会合が開催され、GERD問題を議論している。ここではAUにおける「アフリカの問題はアフリカ自身が解決する」(African Solutions to African Problems)との精神のもとでの解決が提唱された。しかし、その後解決に向けた交渉は進んでこなかった。この問題をめぐるAU仲介による会合は、2021年4月上旬にコンゴ民主共和国での3者会合であった。しかし、この会合での交渉は物別れにおわり、これを受けエチオピアは、合意が形成されなくても、第2回目のダムの貯水を行う姿勢を示した。4月18日には、アビイ首相がツイートで、7月頃に第2段階の貯水を開始する予定を発信した。これに対して、エジプトのシーシー(Abdel Fattah Saeed Hussein Khalil El-Sisi)大統領は、2021年4月7日に「誰もエジプトから一滴の水も奪うことはできない。そしてすべての選択肢は開かれている」("No one can take a single drop of water from Egypt [and] all options are open.")との姿勢を示したことから、エジプトによる軍事オプションとしてのダムへの空爆といった強硬手段の行使の可能性は完全には排除されないとみられている。スーダンも2020年12月には、アメリカのテロ支援国家指定リスト(SSTL)からの解除に関する大統領令に署名後の議会による45日間の通知期間が経過し、SSTLからの正式な解除が決定するなどの動きの中で、エジプトとの農業分野の協力や2021年3月軍事協力協定(Military Cooperation Agreement)の締結を行うなど、エジプトとの関係強化を強めており、GERD問題においても、エジプトと協力して交渉に当たる姿勢を強めてきた。

GERD問題に対して、アラブ連盟は6月15日にドーハで開催された外相会合で、基本的にはエジプトとスーダンの水利権を支持するとともに国連の関与を要請した。これに対して、エチオピアは「アフリカの問題」の「アラブの問題」へのすり替えを行うといった批判を行うなど、両者の溝は埋まっていない。こうした要請を受けて行われた7月8日の国連安保理会合でも、基本的にはGERD問題についてはAU主導の交渉での解決を決議するにとどまった。さらに、アメリカやEUは、GERDの運用に関する拘束力のある合意の調印後に行うことを求める中、エチオピアは、2021年7月5日、第二段階の貯水開始を通告し、19日には貯水を完了したことがエチオピアの水・灌漑・電力担当大臣であるベケレ(Seleshi Bekele)のツイートで明らかになった。2回目の貯水では、新たに139億立方メートルの貯水が完了し、昨年度の45億立方メートルの貯水と合わせ、180億立方メートルに相当するとされる。これにより建設が予定されている13機のタービンの内の2機が2021年9月に稼働し、750メガワット(年間)の電力供給が可能という見通しである。ただし、この貯水がどのような影響を及ぼすことになっているかについて、現状においては下流域における明確な「被害」が明らかではない。

エチオピアにおける紛争とエチオピア総選挙の行方

こうした形でGERD問題が推移する中で、エチオピア国内では当面の間、改めて留意する必要がある状況が生まれている。第一に、6月28日にTPLFが北部ティグライ州の州都メケレを奪還し、エチオピア政府軍は一方的に停戦を宣言した。この停戦は耕作期の終わり(9月末頃)まで継続するものとされるが、これがティグライをめぐる紛争の何らかの局面変化を示すものであるかについては、引きつづき注視する必要がある。

第二に、6月21日に投票が実施された総選挙の結果が、7月11日に公表された。与党連合である繁栄党が今回議席を争った436議席のうち410議席を獲得して圧勝した。ただし、547ある小選挙区の約5分の1で投票は実施されず、これらの選挙区では9月6日に投票が実施される予定である(なお、ティグライ州での新たな選挙実施予定は立っていない)。この結果を受けて、10月に組閣が行われ新政権が発足する見通しとなっている。

その意味では、9月から10月頃までのエチオピアを取り巻く国内外の情勢は注目すべき課題を含んでいることを確認しておきたい。

(脱稿:2021年8月4日)