アメリカによるサプライチェーン・技術の囲い込み戦略
近年、アメリカと中国の間の対立が経済競争、技術覇権競争の様相を呈するにつれて、重要性を増している製品が半導体と車載バッテリーである。中国は無線情報技術やAIなどの分野で技術能力を急速に高めており、アメリカにとって大きな脅威となっている。しかし中国は、これらの技術の核となる半導体分野の技術が相対的に後れており、特に製造部門の技術蓄積は不十分なために、製造の多くを海外に依存している。アメリカにとって中国との競争で先行するためには、半導体における対中国優位の維持・強化が必須となっている。他方、バイデン政権は脱炭素社会への転換を進めようとしており、2030年までに新車販売の50%を電気自動車などゼロエミッション車にする目標を掲げている。自動車の電動化において中核となるコンポーネントはバッテリーであるが、この分野では世界の生産シェア1位企業がCATL(寧徳時代新能源科技)であるなど中国の躍進が著しい。アメリカには有力なバッテリーメーカーが存在せず、国内での開発・生産体制の強化が急務になっている。
半導体と車載バッテリーが戦略物資化するなかで、アメリカ政府が重視しているのが同盟国である韓国との連携である。2021年5月21日に開催された米韓首脳会談ではハイテク製品製造のサプライチェーンについて協力を強化することで合意した。さらにアメリカ政府が6月8日に「重要製品のサプライチェーン強化に向けた報告書」を発表したが、ここでの重要製品とは半導体製造や先端パッケージング、電気自動車用バッテリーを含む大容量バッテリー、希土類(レアアース)を含む重要鉱物、医薬品および医薬品有効成分の4分野である。同報告書は日本や台湾と並んで韓国とのサプライチェーンでの連携強化の必要性を強調した。
アメリカ政府が韓国との連携を重視するのは、韓国企業が半導体と車載バッテリーの分野において世界のメインプレーヤーであるからに他ならない。半導体ではDRAMやNAND型フラッシュメモリーでサムスン電子が世界トップの座を長年維持している。世界的に重要になっているロジック半導体の製造受託、いわゆるファウンドリー分野でも、サムスン電子は台湾のTSMCに次いで世界2位のシェアを握っている。また車載バッテリーでも2020年の世界シェアでLGエナジーソリューションが2位, サムスンSDIが 4位, SKイノベーションが6位を占めている。アメリカが中国に対抗してサプライチェーンを維持・強化するには、これら韓国企業との連携が欠かせない。
アメリカの半導体をめぐる対中優位維持・強化策は、技術の囲い込みに及んでおり、韓国企業もその対象となっている。今年3月29日にマグナチップセミコンダクター(以下、「マグナチップ」)は、中国系ファンドであるワイズローキャピタルを中心としたコンソーシアムに14億ドルで会社を売却すると発表した。マグナチップは旧ハイニクス半導体(現SKハイニクス)のシステム半導体部門であり、韓国に拠点を置いている。同社は次世代のディスプレイデバイスとして普及が進んでいる有機ELの駆動チップでは、サムスン電子に次ぐシェアを持っている。5月30日にアメリカの米国外国人投資委員会(CFIUS)は、マグナチップがニューヨーク株式市場に上場していることを根拠に買収契約を審査すると発表し、株式売却のすべての手続きを中断せよとの中間命令を出した。8月30日にマグナチップは、同社のワイズローキャピタルへの売却にはアメリカの国家安保上のリスクがあることを確認したとの書簡をCFIUSから受け取ったことを明らかにした。売却はかなり難しくなったとみられている。
アメリカの戦略に呼応する韓国
アメリカの戦略に韓国の政府も企業も呼応する姿勢をみせている。半導体の分野において、韓国企業は市場のみならず技術や製造装置の多くをアメリカに依存している。車載バッテリーにおいてもアメリカは韓国企業にとって最大の市場である。そのためアメリカ政府の動きには敏感にならざるを得ない。韓国政府は当然こうした韓国企業の動きをサポートする立場にある。加えて、北朝鮮との関係改善やCOVID-19のワクチン供給においてアメリカ政府の協力を得たい韓国政府にとって、半導体・車載バッテリー面での協力は有力な交渉カードになり得るものである。先に見たように韓国政府は5月の韓米首脳会談において半導体などのサプライチェーンについて協力を強化すること、そのために両国間でタスクフォースを設置することでアメリカと合意した。またこのときにサムスン、LG、SKの代表者は文在寅大統領に同行して訪米した。すでにサムスンはロジック半導体の工場をテキサス州オースティンに持っており、LGとSKはそれぞれアメリカに車載バッテリー工場を建設中であったが、各社とも訪米時にアメリカでさらに工場を増設することを発表した。マグナチップの売却問題では、売却発表時点では韓国内でも半導体企業が海外資本に売却されることに憂慮の声が上がったが、韓国政府は当初、特に介入しない構えであった。しかし、アメリカの動きが明らかになった直後の6月9日に、産業通商資源部はOLED駆動チップ関連技術を産業技術流出防止法上の国家核心技術に指定した。これにより、マグナチップの海外企業への売却には韓国政府の承認も必要となった。
韓国政府の自立経済志向
しかし、戦略物資となった半導体、車載バッテリーにおいて対米協力一辺倒となることも、韓国にとってはリスクを伴う。第一に、言うまでもなくアメリカの戦略は中国を意識したものだが、韓国はこの2品目については中国とも関係が深い。中国は韓国にとって最大の半導体輸出相手国である。その多くは完成品として第三国に再輸出されるとは言え、中国の存在は極めて大きい。韓国の2大半導体メーカーであるサムスン電子とSKハイニクスはいずれも中国内に製造工場を持っている。車載バッテリーも韓国の大手3社はいずれも中国内に工場がある。中国がこの分野で何らかの対抗措置を執った場合、韓国企業への影響は避けられないだろう。事実、2016年にTHAAD(高高度防衛ミサイル)の韓国配備が決定された際には、中国政府が韓国メーカー製のバッテリーを搭載した電気自動車を補助金の対象から除外したために、韓国メーカーは大きな打撃を受けた。また将来的にいずれの品目でも中国が対米優位の開発・製造体制を築いた場合、韓国は政府・企業ともに抜本的な戦略の転換を迫られることになる。第二に、アメリカ政府の目的はあくまでも自国中心のサプライチェーンの構築であり、それに最も強く呼応しているのはアメリカ企業である。例えば世界最大の半導体メーカーであるインテルは政府の戦略に呼応するかたちで、ファウンドリービジネスに参入する動きをみせている。インテルの参入が実現すればファウンドリービジネスの拡大を狙っているサムスン電子にとっては大きな脅威となる。
米中技術覇権競争の板挟みになるなかで、韓国政府は戦略物資となった半導体と車載バッテリーの国内競争力を維持・強化することによって生き残りを図ろうとしている。韓国政府は5月13日に「総合半導体強国実現のためのK-半導体戦略」、7月8日に 「2030二次電池(K-Battery)発展戦略」を相次いで発表した。いずれも長期的な産業育成戦略であり、設備拡張や研究開発のための税制・資金面での支援や人材育成の強化など、多くの部分で共通している。特に両戦略とも強調しているのが、素材・部品・装備(製造機械)の国産化促進である。韓国企業は半導体やバッテリーの分野で世界をリードする存在になったものの、生産に必要な部材や製造機械の多くは海外からの輸入に依存している。半導体については2019年7月の日本による輸出管理の見直し措置によってこの問題が強く認識されるようになっていた。バッテリーについては国産化を着実に進めていたものの、近年はこの分野でも中国の追い上げが激しくなっている。日本の措置に加えて世界的な保護主義の高まりを受けて、韓国政府は素材・部品・装備の国産化を強化する戦略を打ち出していたが1、半導体とバッテリーにおいて改めて国産化を推進する方針を強調している。
もうひとつ強調しているのが技術管理の強化である。先に触れたマグナチップの例だけでなく、韓国の先端技術が人材などを通じて中国に流出したとみられるケースが増えている。アメリカの戦略に歩調を合わせるだけでなく、韓国自身の競争力維持のためにも技術流出の防止が必要との認識が強まっている。この動きは法規制の強化へと進もうとしている。韓国には先にみたように技術管理の法律として産業技術流出防止法がある。同法では政府から研究開発支援を受けた国家核心技術に関してのみ技術移転について政府承認の対象としている。これに対して現在、政府と与党は半導体やバッテリー、ワクチンなど国家にとって重要な産業については、政府の開発支援を受けていない技術についても国外移転は政府の承認を必要とし、違反した場合の罰則を強化する法律を制定するべく準備を進めている。
文在寅政権は発足当初、分配政策こそ成長戦略だとして、企業や産業の成長を直接後押しする政策にはそれほど熱心ではなかった。しかし、文在寅政権を支える進歩系の政治家や学者のなかには、もともと対外依存をよしとせず自立経済の確立を主張していた者が少なくない。米中対立が激しくなるなかで、韓国でも自立経済志向が表面化してきている。
(9月10日校了)
1 この点について詳しくは、安倍誠「「産業安保」の浮上-韓国文在寅政権の「素材・部品・装備」戦略-」〔研究レポート〕日本国際問題研究所、2020年10月(https://www.jiia.or.jp/column/post-17.html)。