2022年5月の韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の登場により、インド太平洋において米韓のみならず日韓・日米韓の戦略的連携が名実ともに可能になった。折しも日米の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、安倍・トランプ時代を「インド太平洋1.0」から「インド太平洋1.5」とするならば、岸田・バイデン時代に「インド太平洋2.0」へと進化し、海洋安全保障(「1.0」」)のみならず経済・技術安全保障(「1.5」)、グローバル・サウス (「2.0」)を見据えた開発協力などを含むより広いアジェンダへと変容し、インド太平洋1.0から2.0へかけて、豪州、インド、英仏独オランダなどヨーロッパ諸国、ASEAN、カナダなどプレーヤーも増えた。そのような流れの中で、22年11月に韓国の尹政権もインド太平洋戦略を発表し、韓国が「インド太平洋」へ戦略的にピボット(旋回)した。尹政権のイニシアチブは岸田・バイデン時代の「インド太平洋2.0」と軌を一にして、北東アジアのみならずインド太平洋における三か国の新たな協力の道を開いた(阪田2023c)。
インド太平洋協力の基盤を整えるために、三か国の首脳外交も精力的に進められた。22年にNATO首脳会談(マドリッド)や東アジアサミット(プノンペン)の場で日韓・日米韓首脳会談が開催され、翌23年には12年ぶりの単独の日韓首脳会談(3月)、そしてG7広島サミット(5月)を経て、8月に史上初の単独の日米韓首脳会談が米国の大統領保養地、キャンプ・デービッドで開催された。以上の通り、2022年から23年にかけて、約一年でインド太平洋における戦略的連携と協力の土台が首脳レベルで整えられた。次のステップは、現在進行中であるが、閣僚・高位級・実務レベルで合意を具体化し、しっかりとした土台を構築していくことである。
日韓首脳会談から一年、キャンプ・デービッド会談から半年が経つ。韓国はインド太平洋プレーヤーとしては新参者だが、その役割を模索している。日韓・日米韓はどこまで協力できるのか、どこまで土台を整えられるのかが問われている。ここでは韓国のインド太平洋戦略(22年11月)、日本のFOIPの「新たなプラン」(23年3月)、そしてキャンプ・デービッド合意(23年8月)を踏まえて、インド太平洋における日韓・日米韓の協力の意義について考える。
1.尹政権の戦略的ピボットと韓国のインド太平洋戦略
進歩系(民族系)の文在寅(ムン・ジェイン)政権(2017~2022年)は朝鮮半島・南北関係中心の「新韓半島構想」を推進し、米中戦略競争に巻き込まれないよう、曖昧な立場(strategic ambiguity)を維持し、日米主導のインド太平洋構想とは距離をおいていた。ただし、文政権は独自の「新南方政策」を展開し、インドやASEANなどと経済連携を強化し、政権末期には米国のインド太平洋戦略との協調を始めていた。2021年5月、文大統領は韓国の大企業トップを率いて訪米し、バイデン大統領との首脳会談に臨み、韓国のミニ・ピボットを象徴したが、これは基本的には経済中心の発想であり、戦略的なピボットではなかった(阪田2020、Sakata 2021, 崔2022, 冨樫2023, Snyder2024)。
2022年5月、保守系(国際系)の尹錫悦政権の登場を機に状況は一変した。文政権とは対照的に、尹政権は「自由・平和・繁栄」の理念を最初に掲げ、米中戦略競争とウクライナ戦争(ロシアのウクライナ侵攻)を念頭に、「グローバル中枢国家(GPS:Global Pivotal State)」戦略を打ち出し、リベラルな国際秩序の「世界」のなかで責任あるプレーヤーとなることを標榜した(阪田2023b)1。GPS戦略の一環として、韓国版「インド太平洋戦略」が発表された。22年11月、東アジアサミット(カンボジア)の場で開催された韓国・ASEAN首脳会合において尹大統領はインド太平洋戦略を披露し、12月に韓国の『自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略』が公刊された2。
尹政権は、文政権の新南方政策を継承しながら、「インド太平洋戦略」として作り直した。インド、東南アジアなどとの経済的連携の強化は前政権と共通しているが、「インド太平洋」概念を採用し、「法の支配」などのリベラルな国際秩序の原則を支持し、米中競争における立ち位置を明確にしたことが根本的な違いである。つまり戦略的曖昧性を破棄し、戦略的な明確さ(strategic clarity)を打ち出した。いうなれば、韓国流のインド太平洋シフトないしは戦略的ピボットである。ただし、文政権と同様、尹政権も中国への言及については慎重な姿勢を保っている。「インド太平洋」を導入した日米や英国、フランス、ドイツ、カナダなどのG7諸国は政策・戦略文書などで中国の行動の問題点を指摘しているが3、韓国は、ASEANの戦略文書(AOIP: ASEAN Outlook on the Indo-Pacific)4のように中国を名指しすることは避けている。韓国がASEANとの首脳会合という場でインド太平洋戦略を発表したこともそれを象徴している。ただし、ここで大事なのは、韓国は、戦略・原則において日米などと一致した点であり、戦術レベルでは柔軟に、ケース・バイ・ケースで中国への言及(の可否)を決めていると見るべきであろう。
韓国(尹政権)のインド太平洋戦略の主な特徴は次の通りである。第一に、「インド太平洋国家」としてのアイデンティティと理念・利益である。韓国・ASEAN首脳会合(2022年11月11日)で、尹大統領は、「我々は、インド太平洋時代に生きている。世界人口の65%、GDPの60%以上を占め、全世界の海上輸送の半分がこの地域を通過している。インド太平洋地域の平和と安定は我々の生存と繁栄に直結している。私はASEANを含む主要国との連帯と協力を通して、『自由に、平和に、繁栄するインド太平洋地域』をつくっていきます5」と述べた。『自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略』で、韓国は自らを「インド太平洋国家」として位置づけ、尹大統領が述べたように、世界におけるインド太平洋の戦略的重要性や韓国にとってのインド太平洋の重要性を明示した6。
第二に、韓国の戦略における「インド太平洋」の地理的な範囲は、日本と同様、太平洋とインド洋が交わる地域であるが、具体的には「北太平洋(North Pacific)」から東南アジア、オセアニア、アフリカ東沿岸(「インド洋沿岸アフリカ」)までが「地域的範囲」として示された7。「北太平洋」への言及はやや唐突であるが、同じ時期に発表されたカナダのインド太平洋戦略(2022年11月)と似ている。韓国の文書は、「北太平洋」のなかに、米国(「韓米同盟」)、日本などの「同志国(like-minded countries)」を最初にあげて、次に中国を地域の「パートナー」として言及した。その他、ASEAN、豪州、ニュージーランド、太平洋島嶼国など域内国・機構、インド太平洋に関与するEU(欧州連合)、NATO(北太平洋条約機構)、南米などを域外パートナーとして取りあげた。
第三に、「インド太平洋」のビジョンと原則を明示している。「自由、平和、繁栄のインド太平洋」地域の構築を目標・ビジョンとし、「包容・信頼・互恵」を原則として打ち出した8。「包容」を最初にあげて、インド太平洋構想が包摂的(inclusive)であり、特定の国を排除することが目的ではないとしつつ、「信頼と互恵」をあげて、法の支配の尊重、そして特定の国(即ち中国)による「威圧」行動には抵抗することも示唆した。
第四に、上記のビジョンと原則に基づき、9つの分野の「重点推進課題」が特定された。9つの課題とは、1)規範と規則に基づく地域秩序の構築、2)法治主義と人権増進の協力、3)不拡散と対テロ協力の強化、4)包括的安保協力の拡大、5)経済安保ネットワークの拡充、6)先端科学技術分野の協力強化と域内デジタル格差の解消への寄与、7)気候変動・エネルギー安全保障関連の域内協力の主導、8)「テイラー型(tailored)」(地域に即した)開発協力パートナーシップの推進を通した積極的な「寄与外交」(国際貢献)(開発援助ODAの拡充など含む)、9)相互理解と交流(社会・文化、若者、人的交流)の促進である9。
以上の9つの重点推進課題のなかで特徴的な点を2つとりあげたい。一点目は、最初に掲げた「1)規範と規則に基づく地域秩序の構築」である。ここで「インド太平洋」の価値と秩序、アーキテクチャ(制度)に対する考え方を示している。まず韓国は「自由なインド太平洋地域を実現するために、自由、法治主義、人権等の普遍的価値と国際規範を共有する有志国と連帯し、インド太平洋地域の安全と繁栄に寄与していく10」とし、いわゆるリベラルな国際秩序を目指す同志国との価値観の共有を強調した。
インド太平洋の「同志国」のコア連合として「韓米日」と「韓米豪」の二つの戦略的トライラテラルがハイライトされた。まず「韓米日」を最初にあげて、「自由民主主義と人権の価値を共有する韓・米・日3者協力は北韓の核・ミサイルの脅威への対応のみならず、供給網(サプライチェーン)の不安定、サイバー安全保障、気候変動、国際保健危機のような新しく提起される地域及びグローバルな問題の解決にも有用な協力のプラットフォームである11」と特徴づけた。次に「韓米豪」に言及している。「共通の価値を共有する韓・米・豪3国間の供給網、核心鉱物、新興技術、サイバー安全保障、気候変動への対応等、多様な域内の挑戦課題の解決のために協力する潜在的な力は十分である12」とし、もう一つのトライラテラルとして期待を込めている。その他に、NATO-AP4(アジア太平洋パートナー4か国:日米豪ニュージーランド)、多国間フォーラム、国際連合の活用を取りあげている。
その一方で興味深いのはクアッド(日米豪印)と「韓日中」(日中韓)の扱いである。まずクアッドは、9つの課題のうち、「1)(規範と規則)」ではなく、「4)包括的安保協力」のなかで言及されており、韓国が入っていないため、コア連合ではなく協力対象としている。以前より韓国のクアッドへの加入が話題となっていたが、韓国は、クアッドへの加入ではなく連携パートナーとして関与していくという方針が明確になった。韓国は「クアッド(Quadrilateral Security Dialogue)との協力の接点を拡大していく。我々の強みとしてきた感染症、気候変動、新興技術のような分野でクアッドとの協力を推進し、協力基盤を漸次拡大していく。13」とした。
次に、「韓日中」だが、以前は日米韓と日中韓は並列的に扱われ、「韓中日」と表現されていたが(阪田2011,阪田2013)、今回のインド太平洋戦略では日本が格上げされ、「韓中日」から「韓日中」と表現が修正され、その位置づけ・機能が明確に変化している。中国はインド太平洋地域における「パートナー」だが、価値観を共有する「同志国」ではないことがわかる。「韓日中」は9つの重点課題の「7)(気候変動・エネルギーの域内協力)」で言及されている。つまり日中韓は機能的協力分野における連携パートナーの枠組みとして位置づけられた。戦略文書では「世界の人口の20%、世界GDPの25%を占める韓・日・中間の協力はインド太平洋の安定を構築し、繁栄と平和を実現する上で必須である。韓・日・中首脳会談の開催、三国協力事務局(TCS)の能力と組織の強化を通して、東北アジア域内の協力の新しい機会と動力(モメンタム)を模索していく。特に、GX(グリーンエネルギーへの転換)とデジタル分野で韓・日・中3か国の共助体制を構築していく。我々は韓・米・日協力と韓・日・中協力を調和的に発展させていくことを通して平和と繁栄に貢献していく14。」と記された。
二点目の特徴として、海洋安全保障と南シナ海・台湾海峡問題をとりあげたい。従来、韓国は海洋安全保障について言及してきたが、それほど積極的ではなかった。2010年代に南シナ海問題が浮上した時もオバマ政権に押されて、韓国高官が国際規範の立場について言及したが、米中対決に巻き込まれないよう低姿勢を貫いた(阪田2016)。しかし、今回のインド太平洋戦略において韓国は海洋安全保障を一つの柱として位置づけたといえよう。9つの課題の「4)包括的安全保障協力」のなかで第一のアジェンダとして海洋安全保障協力が取りあげられた。「インド太平洋地域は海洋で連結されていて、海上交通路保護、海賊退治(海賊対策)及び海上安全確保のために国家間の協調が緊要である」という立場から、「主要な海上交通路」として南シナ海に言及し、南シナ海の平和と安定、航行及び上空飛行の自由の尊重の重要性を指摘した15。台湾海峡については、さらに一歩踏み込んで「台湾海峡の平和と安定は韓半島の平和と安全にとって重要であり、インド太平洋地域の安全保障と繁栄に緊要である」と明示した。台湾海峡をめぐる韓国の立場についても話題となっているが(Mastro and Choi2022, Work2023, 伊藤2023, 伊藤2024)、中国問題としてではなく、インド太平洋と韓国自らの海洋安全保障という観点から位置づけた。なお、その他、9つの課題については、経済・技術安全保障、開発協力、地球規模課題・人的交流も焦点となるが、紙幅の関係上、ここでは割愛する。
2.日本(岸田政権)のFOIPの「新たなプラン」(「FOIP2.0」)と韓国
日本が主導してきた「インド太平洋」即ち「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」政策は安倍晋三政権・菅義偉政権(「インド太平洋1.0」/「FOIP1.0」)から岸田文雄政権(「インド太平洋2.0」/「FOIP2.0」)へと進化している。「インド太平洋」のアジェンダは海洋安全保障に加えて、経済安全保障、そしてグローバル・サウスを対象とした開発協力へと拡大し、クアッドや海洋国家以外のプレーヤーも増えて、「インド太平洋プラス」16の時代に突入している。安倍首相のFOIPビジョン(2016年)(FOIP1.0〜1.5)を継承し、2023年3月、岸田首相はインド世界問題評議会で演説し、グローバル・サウスも対象にした開発協力を含む、FOIPの「新たなプラン」(FOIP2.0)を発表した17。
「インド太平洋1.0/FOIP1.0)」の時代、韓国はプレーヤーではなかった。日本の政策上、韓国はパートナーとして認識されていなかったが、これには当時の韓国(文政権)が「インド太平洋」から距離をおいたこと、そして日韓関係の悪化も影響していた。しかし、2022年5月の尹政権の登場により、状況は一変した。日米韓・日韓関係の改善が進むなか、22年11月に東アジアサミット(プノンペン)の場で岸田首相と尹大統領の初の正式な首脳会談が開催された。尹大統領は韓国のインド太平洋戦略を説明し、岸田首相は翌年春までに「新たなFOIPプラン」を発表予定であると伝え、両首脳は互いのインド太平洋戦略を「歓迎」し、「包摂的で、強靭で、安全な、自由で開かれたインド太平洋の実現のために連携していく」ことに合意した18。翌23年3月16日、韓国政府による徴用工問題の解決策が発表された後、12年ぶりに単独の日韓首脳会談が東京で開催され、日韓関係の正常化と共に、両首脳は、「この歴史の転換期において自由で開かれたインド太平洋を実現する重要性について確認し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜くため同志国が力を合わせていく必要性について認識を共有19」し、インド太平洋での連携を確認した。
日韓首脳会談の数日後、3月20日に、岸田首相は訪印し、FOIPの「新たなプラン」を発表した。「新たなプラン」は「4つの柱」と「51の課題」として策定された(外務省)。「4つの柱」と課題([ ]内表記)とは、(柱1)「平和の原則と繁栄のルール」[自由で公正な経済秩序、インド太平洋経済枠組み(IPEF)、「法の支配」、国際平和協力、ビジネスと人権など]、(柱2)「インド太平洋流の課題対処」[環境・気候変動対策、GX・エネルギー、太平洋諸国、アフリカ支援、防災・災害対処、サイバー安全、警察協力、テロ対策など]、(柱3)「多層的な連結性」[ASEANとの連携、太平洋諸島インフラ、DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)・デジタル協力、人材育成など]、(柱4)「海から空へ広がる安全保障・安全利用の取組」(法の支配・法執行、海上状況把握(MDA)、防衛装備・技術協力、インド太平洋方面派遣(IPD)、遠洋・外洋練習航海、航空安全・航空分野の協力など]である20。
韓国は日本のFOIPの「新たなプラン」(FOIP2.0)において正式にパートナーとして確認された。外務省資料(「新たなプラン」)では、「各国・地域とのFOIPに関連するこれまでの主な連携・協力」(参考)では韓国が発表したインド太平洋戦略にも言及し、パートナー国として「国内外との連携の強化」(参考)で「米、豪、印、韓、加(カナダ)、欧州等との相互補完的な取り組みの強化」や「G7、日米豪印(クアッド)、日米韓といった枠組みも活用しつつ、ルール作りや各国の自律性向上のための協力を推進」することが記された21。以上の通り、日本と韓国の戦略はマッチングされた。規範・原則で一致し、重点課題も親和性が高い。
3.キャンプ・デービッドと「日米韓2.0」〜インド太平洋パートナーシップ
日韓のインド太平洋連携は米国・日米韓と並行して行われてきた。日韓両国のインド太平洋戦略・計画でもコア枠組みとして「日米韓」について言及している。
バイデン政権は、2021年政権発足当初から「日米韓」の立て直しを最優先課題の一つにしていた(阪田2021b)。それが実現していくのはやはり尹政権が登場してからである。2022年6月、ロシアのウクライナ侵攻を背景としたNATO首脳会談(マドリッド)でのバイデン大統領、岸田首相、尹大統領の日米韓首脳会談を皮切りに、11月13日、東アジアサミット(プノンペン)の場で、2回目の日米韓首脳会談が開催され、「インド太平洋における3か国パートナーシップに関するプノンペン声明(Phnom Penh Statement on Trilateral Partnership for the Indo-Pacific)」が発表された。韓国のインド太平洋戦略の発表も踏まえて、ここで初めて、公式に、日米韓協力が北朝鮮問題のみならずより広いインド太平洋課題に取り組むインド太平洋パートナーシップに再定義された。即ち、日米韓の「インド太平洋化(Indo-Pacific-ization)」である。1990年代以来の北朝鮮問題中心の日米韓が「日米韓1.0」ならば、北朝鮮問題を含むインド太平洋課題に拡大した日米韓は「日米韓2.0」と言える(阪田2023a)。
プノンペン声明ではインド太平洋の包括的な政策アジェンダが確認された意味で画期的だったが、日米韓協力をインド太平洋パートナーシップとして内外に印象づけたのは、翌23年8月18日の日米韓史上初の単独の首脳会談、キャンプ・デービッド・サミットである。首脳らは「日米韓パートナーシップの新時代(new era)」の幕開けと宣言したが、それは即ちインド太平洋時代の「日米韓」(日米韓2.0)の始まりの宣言である。
日米韓3か国のインド太平洋戦略を踏まえて、キャンプ・デービッド会談の3つの文書-「原則」・「精神」(共同声明)・「協議のコミットメント」(付属文書)-が採択された22。その主な成果は以下の通りである。「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」と「自由で開かれたインド太平洋」の構築を共通の目標に、第一に、協力アジェンダの拡大である。日米韓協力は北朝鮮問題からインド太平洋、世界(ウクライナ含む)まで、そして軍事・防衛から経済・技術安全保障、グローバル課題(気候変動、保健・医療など)、開発金融協力(特に東南アジア、太平洋諸島)、社会課題(ジェンダー・エンパワーメントなど)、人的交流・次世代育成(ユースサミット23など)にまで拡大された。
以上はプノンペン声明で確認されたことだが、キャンプ・デービッド会談ではさらに踏み込んだ。第二の成果は協力・協議の「深化」のための合意である。つまり、政策協力や協議を迅速かつ定期的に行えるメカニズムを構築する。いわゆる「制度化(institutionalization)」である。戦略的連携や政策合意をしても、それを実効するメカニズムがなければ、従来のような不安定な状況に陥りやすい。日米韓が政治に翻弄されることは2019年の日韓の輸出管理・GSOMIA危機で露呈された。その衝撃を緩和し、より安定的かつ持続可能な協力関係を構築したいという思惑が特に米国の政策担当者にある。それゆえに「精神」(首脳共同声明)では、首脳、閣僚レベル(外務、防衛、財務・商務)の会談の定例化、実務レベルの政策対話・協議などを、多岐にわたる分野において推進することが約束されたのである。また、政策対話・協力だけではなく「協議」にもこだわっている。3つ目の付属文書、「協議することに対するコミットメント(Commitment to Consult)」は「精神」(共同声明)の文言を再確認し、「地域の挑戦、挑発、脅威」に対して、「情報共有を行い、対外的なメッセージングを整合させ、対応を連携させる」ことを意図し、「相互に迅速な形で協議」することを約束した。北朝鮮のミサイル発射などが主な対象だが、それ以外のインド太平洋の「地域」の課題にも適用できる。
以上は全て首脳レベルの合意であり、それを受けて閣僚・高位級・実務レベルで迅速に協力を進める、具体化するゴーサインがでたということである。現在、様々な分野・レベルで取り組みが進められている。
4.戦略的なチャンスを活かせるか〜「日韓2.0」に向けて
以上の通り、2022年から23年にかけて、首脳レベルの外交を通して、インド太平洋(2.0)における日韓・日米韓(2.0)の戦略的連携の土台がようやく整った。3か国の戦略がシンクロできたが、この千載一遇の戦略的な機会(strategic opportunity)をどの程度活かせるか、つまり合意をどの程度具体化できるかが今後の課題である。インド太平洋の「同志国」として、日韓ならびに日米韓が実効力のある協力関係にレベルアップできるかが問われている。2024年は米大統領選挙もあり、再び政治の季節となる。米国の選挙の行方はまだわからないが、あらゆるシナリオに備えて、米国が関与を継続できるよう、日韓両国が、他のインド太平洋の同志国・パートナーと共に、責務を果たしていく時機である。
その意味で「日韓2.0」の重要性は高まっている。日韓の場合、1998年日韓共同宣言(金大中・小渕宣言)に続く、日韓共同宣言2.0を整えていくことが課題となっている。尹政権の対日政策のブレーンでもある、韓国国立外交院の朴喆熙(パク・チョルヒ)院長は日本経済新聞(2024年2月26日)のインタビューで、日韓国交正常化60周年となる来年、2025年は「日韓にとって節目となる。小渕恵三首相と金大中大統領による1998年の日韓共同宣言をステップアップさせた新しい時代のビジョンが必要だ」と述べている。隣国として、そしてリベラルな国際秩序・自由で開かれたインド太平洋を構築していくための同志国・パートナーとして、徴用工問題を含む歴史問題を共に直視し、継続的に取り組みつつ、厳しい国際環境の中で戦略的連携・協力の土台を固めていく必要がある。昨年3月の岸田・尹首脳会談以降、様々な政策協議や対話が日韓でも進められている。様々な成果を文書にして、政権交代しても続けられるような土台を整えていくことが期待される。
(2024年3月31日校了)
参考文献
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_(2021b)「「日米韓」は立て直せるか-バイデン外交と「インド太平洋時代」への課題」『外交』67号(2021年5月)
__(2023a)「第9章 インド太平洋時代の日米韓安全保障協力〜プノンペン「3か国パートナーシップ」声明と今後の課題」日本国際問題研究所、令和4年度外務省外交・安全保障調査研究事業「大国間競争の時代と朝鮮半島と秩序の行方」令和5年(2023年)3月
_(2023b)「「グローバル・コリア2.0」を目指す韓国・尹錫悦政権」RIPSレポート、(一)平和・安全保障研究所、2023年3月6日。
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崔慶源(2022)「韓国外交における均衡論〜自律性の追求から中堅国外交へ」『常葉大学外国語学部紀要』38号(2022年3月)
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1 グローバル中枢国家戦略は、『尹錫悦政府の国家安保戦略ー自由、平和、繁栄のグローバル中枢国家』(The Yoon Suk Yeol Administration's National Security Strategy: Global Pivotal State for Freedom, Peace and Prosperity) (大韓民国大統領室国家安保室、2023年6月)としてまとめられた。
2 大韓民国政府『自由、平和、繁栄のインド・太平洋戦略』2022年12月28日[韓国語]; The Government of the Republic of Korea. Strategy for a Free, Peaceful and Prosperous Indo-Pacific Region. December 2022.
3 White House (USA), Indo-Pacific Strategy of the United States, June 2022; Ministry for Europe and Foreign Affairs (France), France's Indo-Pacific Strategy (Sept.2021), "Indo-Pacific tilt: Foreign Secretary's Speech, September 2022," Sept. 29, 2022, Gov.UK; Government of Canada, Canada's Indo-Pacific Strategy, Global Affairs Canada, November 2022; Federal Government of Germany, Policy guidelines for the Indo-Pacific, Federal Foreign Office, August 2020
4ASEAN Outlook on the Indo-Pacific, June 2019, ASEAN Secretariat.
5 大韓民国政府『自由、平和、繁栄のインド・太平洋戦略』2022年12月28日[韓国語]
6 「インド太平洋地域の重要性」として、同地域は世界の人口の65%、GDPの62%、貿易の46%、海上輸送の50%、韓国の輸出額の78%、輸入額の67%、貿易相手国の70%、海外直接投資の66%占めている。大韓民国『自由、平和、繁栄のインド・太平洋戦略』4頁。
7 同上,11~17頁。
8 同上、7~10頁。
9 同上、18~32頁。
10 同上、19頁。
11 同上
12 同上
13 同上、 24頁。
14 大韓民国『自由、平和、繁栄のインド・太平洋戦略』29頁。
15 大韓民国『自由、平和、繁栄のインド・太平洋戦略』23頁。
16 「インド太平洋プラス」とはクアッドなどから成る「インド太平洋という主軸を維持しつつも、それ以外の多様な空間に目配りをして、水平的な連合を拓く」という意味である。キャノン・墓田(2022)406頁。
17 「岸田総理大臣のインド世界問題評議会における政策スピーチ」官邸、2023年3月20日。
18 「日韓首脳会談」令和4年11月13日、外務省。
19 「日韓首脳会談」令和5年3月16日、外務省。
20 外務省「自由で開かれたインド太平洋の新たなプラン」、「具体的取り組み」2023年3月。
21 外務省「自由で開かれたインド太平洋の新たなプラン」(参考)、2023年3月。
22 「キャンプデービッド原則」、「日米韓共同声明ーキャンプ・デービッドの精神」、「日本、米国及び韓国間の協議するとのコミットメント」外務省、2023年8月18日。
23第1回日米韓グローバルユースサミットは、2023年7月11日〜13日、釜山で開催される。日米韓の他に東南アジアと太平洋諸島国からの代表も参加する。U.S.-ROK-Japan Trilateral Global Leadership Youth Summit, The East-West Center