少子高齢化が急速に進行し劇的な人口変動期を迎えつつあることは、日本と韓国の共通点である。日韓は少子高齢化において世界のトップランナーになり、その対応策に海外から注目が集まることになるだろう。
韓国が人口減少のフェーズに入ったのは2021年と、比較的最近のことである。だが、韓国統計庁は2022年から2072年の50年間に、韓国の人口は5167万人から3622万人へ約30%減ると予測している。韓国の出生率は2023年に0.72と過去最低を更新した。迫りくる人口減少の危機は、いまや尹錫悦政権にとって最大の懸念事項となった。
韓国社会の分極化が深刻であるというニュースは、日本のメディアもたびたび報じている。本稿では、社会の分極化のなかでも首都圏と地方との間の格差と、その帰結として韓国の未来を左右する人口減少および地域消滅の危機に焦点を当てる。
首都ソウル特別市を中心とする首都圏とそれ以外の地方の格差問題は、古くて新しい問題である。これまでも韓国政府は「地域均衡発展」というスローガンの下、さまざまな政策を推進してきた。ソウル一極集中問題を是正するために、ソウルに隣接する京畿道に新都市開発を進め、人口の分散を図った。首都をソウルから地方へ移転することを検討した歴代大統領も一人ではない。
2012年には、京畿道の南方に位置する忠清道に「世宗(セジョン)特別自治市」が発足し、中央省庁や政府傘下の公的機関を地方へ移転する政策を進めた。2003年の大統領選挙で、当時の盧武鉉候補が地域経済の発展のため忠清道圏に行政首都を建設し、大統領府と中央省庁を移転すると公約したことが発端である。ただ首都移転に関しては、憲法裁判所から「ソウルが首都というのは慣習憲法であり、首都移転は憲法改正により行うべきだ」との判断を下され、実現しなかった。
行政中心複合都市として誕生した世宗市には、2023年時点で23の政府機関の移転が完了している。市内の人口は2013年の12万人から2023年には38万人へ増加した。2030年までに「人口50万人突破」を目標としているが、今のところ局地的な人口増加にとどまっている。新しい行政都市をつくり、人口を分散させようという目論見通りには進んでいない。
2023年には韓国北東部の江原道が「特別自治道」となった。特別自治道には高度な自治権を付与し、投資や開発のための規制緩和といった特例を設ける。江原道は平昌冬季オリンピックの開催地で、北朝鮮との軍事境界線を有するため開発が規制され発展が遅れた地域だった。2022年の統一地方選挙で江原道の首長は与党「国民の力」候補が勝利したが、与野党いずれの候補者も「江原道特別自治道」の推進を公約として掲げた。
このように、韓国政府が進めている地方分権は国家的な発展ビジョンに基づき国土の均衡発展を図ろうとしている一方、選挙を意識した政治的な判断も大きく影響している。世宗特別自治市が忠清道に造成されたのも、忠清道が長らく大統領選挙をはじめとする各種の選挙の勝敗を決めるキャスティングボード地域であったことと関係がある。江原道も同様に、与野党ともに強い地盤を持つとはいえない、どちらに転ぶかわからない「スウィングボード」地域である。
「地方消滅」という新しいリスク
韓国政府が人口減少に危機感を抱き、本格的に取り組み始めた契機となったのは、人口減少による「地方消滅」が新たなリスクとして現実味を帯びるようになったからである。
雇用労働省傘下の韓国雇用情報院は、2015年に全国228の市郡区のうち、全体の35%に相当する80の地域が消滅の危機にあるという調査結果を発表した。さらに、2022年発表の報告書では、消滅危険地域はほぼ半数の113地域に膨れ上がった。
首都圏への集中が加速することで、地方消滅のスピードは速まる。地方の生産可能人口がソウル圏へ移動することに伴い、地方では高齢化がさらに進み労働力不足によって地域経済は衰退する。その行く末は「地方の消滅」という警鐘は、韓国社会に大きな衝撃を与えた。
ソウルに隣接する京畿道や仁川市を含むソウル首都圏には、全人口の約半数の2,604万人が集中する。2020年時点で19~34歳の若年成人の53.8%が首都圏に居住し、5年間で1.5ポイント増えている(統計庁「人口住宅総調査」2020年)。
このようにソウル首都圏への人口集中は緩和されるどころか若年層を中心に増え続けており、首都圏と地域の格差が拡大している。国土面積の11.8%を占めるにすぎない首都圏への集住は、不動産価格の高騰を招き、資産格差が拡大する要因となっている。ソウル市内の住宅費の上昇により、近隣の京畿道や仁川へ転出する中高年層は増加しているのに対し、ソウルは進学や仕事の機会を求める若年層をブラックホールのように吸い上げている。
地方で生まれ育った若年層のソウル首都圏への転出が止まらず、人口減少への対応策は喫緊の課題として浮上した。
韓国政府は2021年に、全自治体のほぼ4割にあたる89の地域を「人口減少地域」に指定した。年平均人口増減率や若年層の純移動率、高齢化比率、出生率など8つの指標を総合して算出する「人口減少指数」に基づいて判断した。
政府は、地域消滅を食い止めるカギは、若年人口がソウル首都圏をはじめとする都市部へ流出することを抑制することにあると分析し、2021年に「地方消滅対応基金」を創設し対応に乗りだした。人口減少地域に対し、地域創生に向けた戦略プランを立案することを求め、各自治体が練り上げたプランの内容に応じて交付金を配分した。2022年には地方消滅地域に指定した自治体に7500億ウォン(約840億円)を配分した。人口減少地域には10年間にわたり、年間1兆ウォンを投資するとされるが、地域消滅の深刻度に比して、政府予算があまりに少ないのではないかとの批判もある。
政治化する人口問題
総選挙を翌年に控えた2023年10月、与党「国民の力」代表(当時)の金起炫(キム・ギヒョン)は、京畿道金浦市をソウルに編入する案を党の重点政策として決定したと発表した。
金浦市のソウルへの編入案は大きなニュースとなり、論争を引き起こした。金浦市はソウルの北西に位置し、人口は約48万人。同市がソウルに編入された場合、ソウルは北朝鮮との軍事境界線の隣接地域となる。首都防衛計画に混乱をきたすという批判に対し、申源湜(シン・ウォンシク)国防部長官は「実現したとしても軍事作戦に大きな変化はなく、軍事行動に支障はない」と述べている。
金浦市の住民からは「インフラ整備が進み、公共施設の拡充が期待される」といった声も上がる。世論調査では、賛成は6割程度で編入の是非が議論になることは必至だ。
ただ金浦市のソウル編入は、人口減少への対応策とは別次元の政策である。与党はさらに、メガシティ計画を進めるとしている。金浦市と同様、京畿道の河南市や九里市、光明市といった周辺都市までソウルに編入し「メガシティソウル」を造成するという大胆な構想である。
これには与党所属の自治体首長からも異論が続出した。首都圏への過度な集中が不動産価格の暴騰や出生率の低下、地方の労働力不足、高齢化の進行を促しているのだと主張し、優先すべきはソウルの面積拡大ではなく過疎化し消滅の危機にある地方の発展だという批判が広がった。また、最大野党「共に民主党」は、総選挙を翌年に控えたタイミングでの唐突なソウル拡大政策に「選挙目当ての公約だ」と猛反発した。
尹錫悦大統領は、2023年9月に開催した「地方時代」宣言式で「地方の競争力が国家の競争力である」として、地方の活性化に向けた税制改正や定住促進等を大胆に進めていくと表明した。国政課題として、首都圏に集中した産業と人口を分散し、地域消滅を食い止めることも掲げた。釜山広域市では「グローバルハブ都市特別法」制定を、江原道では「グローバル教育都市」への指定を、忠清南道大田広域市では忠清圏広域急行鉄道の早期着工をそれぞれ打ち出し、地域の実情に合わせた発展を約束するとした。
その一方で、首都圏である京畿道南部に「半導体メガクラスター」を造成する計画を進めている。生産工場や研究拠点を16カ所新設し、売上高1兆ウォン以上の企業を10社以上育てる目標を掲げている。相次ぐ方針発表に対しては、政策のちくはぐさが露呈し、選挙用の空約束で終わるのではないかとの危惧も示されている。
ただ、与野党ともに人口減少への危機感を共有しているのは確かだ。今年4月の総選挙に向けて選挙戦が本格化すると、与党は「人口部(省)」の新設を、野党民主党は「人口危機対策部(省)」の新設をそれぞれ表明した。
いまや人口減少は韓国最大の社会問題となっている。本稿では詳述しないが、尹錫悦政権は人口減少と地域消滅への打開策として、大々的な移民受け入れ拡大策に舵を切っている。日本も「技能実習」制度に代わり、外国人労働者を受け入れる「育成就労」制度導入を進めているタイミングであり、日韓間で外国人労働者をめぐる争奪戦が激化することは必至だ。
その一方で、日本と韓国は地域消滅の危機にある地方再生をめぐり共通の課題に直面しているといえる。韓国では地方消滅の危機感から、日本の先例に学ぼうとする動きは活発化しており、日韓の自治体交流がさらに進むことが期待される。
2010年以降、韓国の自治体首長の中には「もう日本に学べる点はあまりない」と言い切る人もいたが、近年は両国共通の社会課題が以前より確実に増えており、互いに参照となる取り組みも少なくない。
韓国では、日本の地方創生をめぐる政策への関心は非常に高く、韓国版ふるさと納税である「ふるさと愛寄付制」や若者の地方での就業や起業を支援し定住につなげようとする「青年村事業」など、日本の政策を参照した取り組みも既に始まっている。
少子高齢化の進行と生産年齢人口の減少は、不可避な未来である。こうした新しいリスクに、日韓両国がどう対応し打開策を見いだしていくのか注目される。
(2024年3月27日校了)