研究レポート

米中対立のゆくえ

2022-10-21
池田徳宏(元海上自衛隊呉地方総監(海将)/富士通システム統合研究所・安全保障研究所所長/ハーバード大学アジアセンター シニアフェロー)
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「インド太平洋」研究会 FY2022-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2022年のこれまでを振り返ると、米中対立のゆくえを左右する大きな事象が二つあった。一つは2月のロシアによるウクライナ侵攻から続いているウクライナ―ロシア戦争である。そしてもう一つは8月初旬に行われた米国ペロシ下院議長の台湾訪問である。これら二つの事象が米中対立にどのような影響を与えたのかを確認し今後のゆくえを考察する。そしてそれに対して日本の取るべき軍事的対応について考えてみる。

1 ウクライナーロシア戦争の影響

マサチューセッツ工科大学のバリー・ポーゼン教授はその論考[1]において国際社会におけるウクライナ―ロシア戦争の影響を以下のように指摘している。

世界秩序は無政府状態に近く国家間競争(戦争)や核エスカレーションが起こりやすい状況にある。また、大国間(特に核武装した国)同士の戦争は起こり難いが、経済的依存性が戦争を抑止するとはことはなく、通常(非核)戦闘力は依然として重要であることが示された。ウクライナが戦争初期に速やかに実施した「民間防衛措置」「避難手順」「経済管理ツールの作成」は自国防衛のための重要な準備であるとともに、ナショナリズムは重要な要素であることが示された。加えて国際社会においては米国が同盟国間連携を強化した一方で独立と自治を重視するインドや中国のような国は多極化競争を望みロシアを価値ある国家として位置づけようとしている。また米国の核の傘に入ることができない国家が核兵器保有を進めNPT体制はより複雑になる。また「地理」「利害関係」「核抑止」のつながりによる「勢力圏」という概念の世界が構築される。

2 米中戦争の可能性

ハーバード大学のグラハム・アリソン教授はその著書[2]において過去500年にトゥキディデスの罠が16件発生し、そのうち12件が戦争に発展したことを説明している。そして米中対立が戦争に発展しないための方法として、相互に国益追及を明確に示した上でそれぞれが予測可能な情勢を作り出し安定性を追求することと述べている。しかしながらペロシ下院議長訪台後の彼の論考[3]では戦争に発展しうる最近の傾向について3点指摘している。

第1は、もし中国政府が台湾独立を許容することと台湾と中国を破壊するような戦争をすることの選択を迫られたら、習近平は戦争を選択する可能性が高い。

第2は、アメリカ政治は国家安全保障上の問題で競争相手が自分の権利を阻害することを嫌うことである。したがって、共和党と民主党の政治家は中間選挙を控えて他の政治家よりも中国に厳しくなろうとしている。大統領候補のマイク・ポンペオは米国政府に台湾の独立を認めるよう求めており、2024年の大統領選挙運動における共和党の綱領に共通する土台となる可能性が高い。台北においてペロシ下院議長は「台湾の防衛を支援するという厳粛な誓い」を発信した。また、外交委員会の民主党委員長であるボブ・メネンデス上院議員と防衛問題に関する共和党指導者のリンジー・グラハム上院議員は台湾を「主要な非NATO同盟国」に指定し45億ドルの軍事援助をコミットする台湾政策法案を提出した。

一方、習主席が10月に実施される党大会において3期目に向けている中、米国に立ち向かい台湾に強く立つよう迫る圧力はこれまで以上に強力になっている。

第3は、台湾海峡を巡る軍事バランスが台湾周辺では中国に決定的に有利に変化したため、米国は台湾をめぐる戦争に負ける可能性がある。国防省の最も現実的なシミュレーションでは、台湾周辺に限定された紛争において米国は勝利することができていない。もし米国が台湾をめぐって局地的な戦争を戦うならば、大統領は勝利のために米国が優位に立つより広い戦争にエスカレートするかどうかの運命的な選択に直面する可能性が高い。そのようなより広範な戦争はさらにエスカレートし核兵器の使用にまでつながる可能性がある。

3 米中対立のゆくえ

これまで紹介した論考からは、国際社会は核兵器の管理が複雑化する等さらに混とんとしていき、米中対立はさらに厳しさを増すということが読み取れる。他方、前述のグラハム・アリソン教授の論考では「米中は過去50年間において和解できないことが管理不能を意味するものではないことを実証した。両国は曖昧さの枠組みを作り出し、海峡両側の市民に歴史上最大の幸福を提供してきた。」とも言っている。またラッド元豪首相は論考[4]において「米中関係の正常化(Normalization)は困難でも安定化(Stabilization)が重要であり戦略的競争(Strategic Competition)を追求していく必要がある。米中両国はそれぞれの国益追求を変えないが、いずれも安定を望んでいるのだ。」と述べている。加えて、ウクライナ―ロシア戦争においてプーチンが支払った国際的孤立という代償の大きさを知った中国は引き続き台湾統一に関して戦略的忍耐で望む[5]と推察される。従って、米中対立は基本的にはより管理された形で推移していくものと考えられる。ただし、前述のように米中対立が厳しさを増している状況においては、ペロシ下院議長訪台に対抗して中国が軍事演習を実施するというような事態が継続していくと、意図しないエスカレーションのリスクがより高くなる。

4 日本の取るべき軍事的対応

日本は意図しない米中対立のエスカレーションに対する軍事的対応をしていく必要がある。ここでは「防衛力の充実」、「作戦計画の立案」、及び「核戦略」について考える。

(1)防衛力の充実

台湾周辺の米中軍事バランスが中国に優位となっており、これをこのまま放置すれば米国は台湾周辺での戦いをより広域に拡大することによって戦いを優位に進めていく可能性が高まることは前述した。日米のみならず韓国及びフィリピンといった東アジア地域の米国の同盟国の他、米国の対中包囲網に加わるオーストラリア及び欧州から派遣される戦力等も結集してそのバランスを優位に変えていく努力が必要である。日本は防衛力を更に充実させこれに貢献し、中国に戦えば勝てるという自信や誤解を与えないようにする必要がある。

日本政府はGDP比2%に向けて徐々に防衛予算を拡大していくと言われているが、戦いに勝つための「強靭性」と「持続性」に配意する必要がある。通常(非核)戦闘力が重要となっていることは先に述べたが、新領域(サイバー・宇宙・電磁波)での戦いとのハイブリッド戦がウクライナ―ロシア戦争において展開されていることから、まずこれら新領域の戦いで得られる情報等を駆使する情報戦に備えるため、情報機能の充実が求められる。そして通常戦闘力としては無人機や無人艦艇などの先進的兵器を含め質量ともに充実を図る必要がある。また継戦能力向上のための弾薬、燃料及び予備部品の確保等後方機能の充実も図る必要がある。そして米国防省が進めているJADC2(Joint All-Domain Command and Control)[6]といわれる指揮統制コンセプトとの連携が取れるような指揮統制システムの整備をしていくことも必要である。

(2)作戦計画の立案

装備を充実した上で、戦いに備えて作戦計画を立案しそれに基づく訓練を行い、その成果を作戦計画に繰り返し反映させていくことが必要である。米中対立において想定される戦闘は様々な形態が想定されることから、それぞれに綿密な作戦計画が必要である。

ウクライナがロシアの侵攻直後に開始した「民間防衛措置」「避難手順」「経済管理ツールの作成」をあらかじめ計画しておく必要がある。すなわち「日本防衛作戦の計画(自衛隊のみならず政府全体としての計画)」はもとより「国民保護計画」「戦闘実施間の経済活動の維持計画」等日本独自の作戦計画を立案することがまず重要である。その上で「日米共同作戦計画」及び「台湾支援作戦計画」の立案が必要である。作戦計画は防衛省自衛隊のみで立案できるものではないことから、政府が総合的にこれを計画する必要がある。

また作戦遂行に当たっては政府機能を総合した作戦を円滑に行うために、総理大臣の作戦指揮によって機能するような仕組みが必要であり、それを機能するように繰り返し訓練することも重要である。

(3)核戦略の策定

故安倍元総理はロシアのウクライナ侵攻後の2月下旬にウクライナが核共有を実施しているNATO=北大西洋条約機構に加盟していればロシアの侵攻はなかったのではないかと指摘したうえで、アメリカの核兵器を同盟国で共有する「核共有」について日本も議論を進める必要があると発言した。一方、岸田総理は政府として議論をすることは考えていないとして具体的な議論にまで発展しなかった。戦後日本の核政策を振り返ってみると、戦後早々に日本政府が核兵器の保有について真剣に検討していた時期がある。1952年には岸信介総理の内閣は防衛目的の核兵器、特に戦術核兵器の保有は日本国憲法第9条と一致するとしていた。また、1964年12月に中国が最初の核実験を行った後に、佐藤栄作総理は中国が核兵器を持つなら日本も核兵器を保有すべきと考えていた。その後、佐藤総理が非核三原則を宣言し、日本は核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」という方針をとった。その後も1970年の防衛白書では「小型の核兵器が自衛のため必要最小限度の実力以内のものであつて他国に侵略的脅威を与えないようなものであれば、これを保有することは法理的に可能ということができるが、政府はたとえ憲法上可能なものであつても政策として核装備をしない方針をとっている。」という政策上の限界に言及している。その後、非核三原則が日本の政策の基本となって核兵器に関する議論が徐々にタブー化してきた。このような日本をマサチューセッツ工科大学の教授(休職中)で現在は米国防省宇宙政策担当首席補佐官であるヴィピン・ナラン博士はその著書[7]において29か国の核保有国の内の一国とし、Insurance Hedgerというカテゴリーに分類している。その理由を「日本は核兵器開発を可能とする強力な民生用原子力プログラムの開発と完全な核燃料サイクルの制御を得ることにより核兵器保有のための技術的基盤を築いている。そして米国からより強力な拡大抑止の再保証を引き出そうとしている。日本の指導者たちはほとんどの場合アメリカの核の傘の信頼性に疑問を投げかけてきた。米国の拡大抑止力が不十分な場合、米国が日本に脅威を感じる日本の核兵器製造というInsurance Hedgeを構築することで米国は日本に対する拡大抑止力の信頼性を最大化するようになる。」と述べている。日本が核兵器を作る能力を保持することが米国の拡大核抑止を維持する保険的ヘッジとなっているということである。日本は実際に核の脅威に晒されている。中国は2027年までに最大700発の核弾頭を保有できるようになり、2030年までに少なくとも1,000発の弾頭を保有する予定である。[8] また、北朝鮮は過去6回の核実験を実施し、極めて速いスピードで弾道ミサイル開発を継続的に実施し日本を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載して攻撃する能力を既に保有しているとみられる。[9]  海外から見れば、日本を取り巻く核の脅威が増大しているにも関わらず、日本が非核三原則をかざして核戦略について思考停止していることが信じられないのだ。

米中間の核戦争の可能性は低いが、中国の核による恫喝は我が国に有効に作用することが想定される。日本は米国による拡大核抑止の実効性をどのように確保していくのか具体的な方策を検討しておく必要がある。日本の原子力発電の推進が米国政府に対して日本への拡大核抑止維持に対する政治的圧力となっているというヴィピン・ナラン博士の見方を考慮すれば、わが国の核戦略は軍備管理・軍縮及び核抑止にとどまらず原子力エネルギー政策も含んだ総合的なものである必要がある。




[1] Defense Priorities

「Hypotheses on the implications of the Ukraine-Russia War」

Jun. 7. 2022 by Barry Posen (Ford International Professor of Political Science, MIT)

[2] 「Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap」

May 30, 2017, by Graham Allison (Douglas Dillon Professor of Government, Harvard Kennedy School)

[3] ANALYSIS & OPINIONS - The National Interest

「Taiwan, Thucydides, and U.S.-China War」If the best the current U.S. and Chinese governments can manage is statecraft as usual--which is what we've seen this past week--then we should expect history as usual.

Aug. 5, 2022, by Graham Allison (Douglas Dillon Professor of Government, Harvard Kennedy School)

[4] Foreign Affairs

「Rivals Within Reason?」U.S.-Chinese Competition Is Getting Sharper-but

Doesn't Necessarily Have to Get More Dangerous

Jul. 20, 2022 by Kevin Rudd (President of the Asia Society, in New York, and preciously served as Prime Minister and Foreign Minister of Australia)

[5] Foreign Affairs

「Beijing Is Still Playing the Long Game on Taiwan」Why China Isn't Poised to Invade

Jun. 23, 2022 by Andrew J. Nathan (Professor of Political Science at Columbia University)

[6] Congressional Research Service

「Joint All-Domain Command and Control: Background and Issue for Congress」

Update January 21, 2022

「世界の艦船」2022.9-No.979 P94~P99「対艦ミサイル防御システムの現状と課題」において筆者解説。

[7] 「SEEKING THE BOMB」Strategies of Nuclear Proliferation

2022 by Vipin Narang (Principal Deputy Assistant Secretary of Defense for Space Policy: public service leave from the Massachusetts Institute of Technology)

[8] 「Military and Security Developments Involving the People's Republic of China 2021」

Annual Report to Congress Office of the Secretary of Defense

[9] 「令和4年版 日本の防衛」防衛省