研究レポート

中国のハイテク国家形成と尖閣問題:国土空間規画を中心に

2022-03-31
益尾知佐子(九州大学比較社会文化研究院准教授/日本国際問題研究所客員研究員)
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「インド太平洋」研究会 FY2021-9号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに:ハイテク国家形成を目指す習近平

中国の特色ある社会主義は、党と人民が多大な苦難と犠牲を払って成し遂げた根本的な成果でもあり、中華民族の偉大な復興を実現する正しい道でもあるのです。 われわれは中国の特色ある社会主義を堅持し発展させ、物質文明、政治文明、精神文明、社会文明、生態文明の協調的発展を推進することで、中国式近代化の新しい道と人類文明の新しい形態を創り出すのです。(習近平、2021年7月1日の中国共産党成立100周年大会におけるスピーチ)1

トランプ政権期の米中貿易戦争をきっかけとして、中国は米国の対中戦略への強い警戒を維持して続けている。既存の国際秩序に対して、中国人の被害者意識はとても強い。中国では国際政治の専門家の多くが、西側諸国の強固な世界支配を打ち破るためには、結局のところ自国が主体的に科学技術イノベーションを進め、その基礎の上に新たな国際秩序を築いていなかければならない、と信じている。半導体の輸入が断たれたくらいで国家の安全保障が成り立たなくなるようでは、いつまで経っても中国にとっての平和は成立しない。中国人の目から見れば、こうした状況は必ず是正されなければならない。

中国共産党の習近平総書記は近年よく、100年に1度あるかないかの国際的な大転換が今まさに発生している、という状況認識を開陳している。彼は、新時代の鍵となる核心技術を攻略し、その物的基礎の上に人類の新型社会を立ち上げていくことで、世界における中国の大国としての地位を確立し安定化させていきたいと考えている。冒頭に引用したスピーチが示す通り、「中国式近代化の新しい道と人類文明の新しい形態」を創出することが、習近平にとって「中華民族の偉大な復興」への道のりなのだ。そのため彼は、中国共産党の統治という政治的な優位性を活用してイノベーションを進め、一連の国家実験室を立ち上げていくと言明しており2、ハイテク技術を駆使した先端的な国家形成に勤しんでいる。

習近平の壮大な構想をよく示すのが、2021年度からの第14次五カ年規画期に策定が始まった「国土空間規画」だ。これは中国共産党の科学的な判断の下、各種資源を適切に配置し、国家の安全保障と経済発展を確保し、さらに環境保護や生態系の維持、持続可能な社会の実現などを達成するための総合的、統合的な長期計画である。なお中国では、1年程度の短期計画を「計画」、5年以上の中長期の計画を「規画」と呼んで区別している。

中国にはこれまでも、様々なレベルの各種長期計画が各地・各分野に存在していた。だがその策定主体はバラバラで、内容も互いにすり合わせされず、それぞれの間に重複や矛盾が生じていた。新たな国土空間規画は、それらの長期計画を統一し(多規合一)、中国共産党のトップダウン設計によって中国の未来予想図(藍図)を1枚に描き、国家のさまざまなニーズを適切に調和させたものになるという。これをしっかりと実施し、社会レベルを向上させていくため、中国共産党は、宇宙衛星技術を活用して各種データを採集し、情報の力で全土を統合的に監視管理しながら、データの社会的応用を進めて人類社会に貢献しようとしている。あたかもSFのような話だが、中国の目から見れば、米国との長期的な対決を乗り切っていくため、このようなハイテク国家形成を進めて自国の国力を最大限に高めていくことが合理的なのだ。

本稿では、この国土空間規画を概観した上で、特にその海洋部分についての進捗状況を確認する。それによって、習近平政権がどのようなハイテク国家を形成しようとしているのか、それが尖閣諸島問題を含む周辺の海洋秩序にどのような影響を与えるのか、初歩的な検討を試みたい。

国土空間規画の現状

国土空間規画は基本的に、中国という国家の国内ガバナンス向上を主目的として策定される。社会主義国の中国では土地は国有であり、そうした陸上国土の長期的なあり方について、中国が全体計画を策定しようとすることは不自然ではない。

だが国土空間規画の策定にあたり、中国では「陸海統籌(陸と海を統合的に策定する)」という政策が謳われ、陸上と海域の機能統合が強調されている3。国土空間規画は、中国が主張する「管轄海域」(領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、かつ南シナ海のいわゆる「九段線」内)の全域を対象とする4。沿岸国が主権を持つ領海の外側の海域を、領土と同様に国内管理の対象とすることは、国際法上、問題となる可能性がある。そもそも中国が主張する「管轄海域」の約50%は他国の主張と重複しており、国際的に未画定である。さらに「空間」という用語が示す通り、中国は地表・水面から上の宇宙につながる空間をも潜在的な管理対象とする。(中国語の「空間」には、日本語的な「空間」[room]に加えて宇宙[space]という意味があり、例えば宇宙ステーションは「空間站」と呼ばれる。「站」は「駅」の意)。領空の上限がどこにあるのかについては、まだ国際法上の共通見解が存在しない。中国は国内ガバナンスの様式を用いて、国際的な法秩序の限界に挑戦しているようにも見える。

さて、2019年5月に公表された「中共中央・国務院の国土空間規画体系の構築と監督実施に関する若干の意見」は、2020年度までに国土空間規画体系を基本的に構築し、2025年度までに国土空間規画に関する政策と技術標準体系を完備し、2035年度までに国土空間ガバナンス体系とガバナンス能力を現代的で全面的なものにアップグレードする、という目標を設定した。これまでの国内ガバナンスのあり方を新たなレベルへと刷新していくため、最初から完全なものは目指さず、関連の技術標準などを策定しながら、15年間の時間をかけて漸進的に全面的な変化を目指すようである5。その編制と実施のため、前年の2018年には自然資源部が新設された6

習近平政権は中国共産党の統治力を活用し、国内でさまざまな改革を推進しており、近年は自らの全体構想に基づいて各種政策や各種規画のすり合わせを進めている。2021年3月の全国人民代表大会が採択した「第14次五カ年計画と2035年遠景目標要綱」は第64章において、「空間規画」を、中国が目指す「健全な国家規画体系」の「基礎」と位置付けた7。国土空間規画体系には国家、省級、市級、県級、鎮郷級という五つの行政管理レベルと、総体規画(全体的規画)、詳細規画(各種具体的な規画)、関連専項規画(交通や水利などの専門分野ごとの規画)という三つの類型が設定されている8。その総和が一つの「体系」を構成する、と考えてよさそうだ。

ただし、国土空間規画体系の編制作業は当初の予定より少し遅れている。2020年12月には、国務院の記者会見で自然資源部の王宏副部長が、「現在、わが国の多規合一の国土空間規画体系は基本的にできてきており、各レベルの農村の空間計画、農村計画も急ピッチで準備されている」と発言していた9。だが4ヶ月後の全国人民代表大会では、この国土空間規画体系について具体的な発表はなかった。それにも関わらず、2021年2月以降、中国の各省はそれぞれの省級空間規画の草案を競うように公表し、パブリックコメントを集めるなどしている。国土空間規画は全体の統合性を重視するとされているため、中国としての全体規画が存在していなければ省級規画は策定できない。全体規画はまだ公表されておらず、安全保障的な考慮を多く含むとみられるため将来的な公表の見通しも不明だが、少なくとも草案はすでに描かれている状態なのだろう。

なお、本来は第14次五カ年計画以降が新たな規画の対象期となるはずだが、習近平政権は国内で次々と新たな試みを立ち上げているため、新規画が1、2年遅れで発表された事例はこれまでにも多数ある。だがそういったケースでも、主目標の終了年度は五カ年規画の最終年度に置かれてきた。そのため第1次国土空間規画の最終年度に設定される可能性があるのは、2025年度、2030年度、もしくは2035年度であろう。上記で触れた2019年5月の「若干の意見」を踏まえれば、今回は3つの五カ年規画を通して、総合的なパッケージの立ち上げが目指されていると考えるのが自然だ。ただし習近平政権は、自分たちが設定した目標の達成を下部組織に厳しく求める傾向があるため、中国の行動は今後5年ごとにレベルを上げていく可能性が高い。

さて、自然資源部は、陸上の国土空間規画に関するニュースを多数、公表している。それによれば、14億の人口が住む陸上空間に関する政策は、国内ガバナンス改善の性質がかなり強い。ここで顕著なのは、国家として国土の用途を適正に管理するという発想の下で、全土を生態、農業、城鎮(都市農村)という三つの機能空間に大別し、それらの間のレッドライン(生態保護、永久基本農田、城鎮開発辺界)を明確にして、土地の本来の用途を守ろうとする動きである。

胡錦濤政権期、中国では環境汚染への批判が高まったため、その後に成立した習近平政権は環境保護に力を入れている。2021年1月に始まった長江の10年禁漁や、10月の国家公園(national parks)5ヶ所の初制定などは、生態保護レッドラインを明確化する動きの一環である。また米中貿易戦争後、中国では食糧安全保障への意識が顕著に高まり、都市化が進む中でも基本的な農地を維持していこうという政策が再強調された。2021年末には、農地を使用していた農民がそれを住居や工場に転用したり、又貸ししたりしていた事例のうち、特に悪質なもの100件程度が初めて公表され処罰の対象となった。従来から実施されていた都市の環境整備も今後さらに強化される見込みで、自然資源部はこれらを担うことができる高度人材(特に地理学と情報の分野)を多数、募集中である。

こうした例に見られるように、習近平政権は中国全土の乱開発を防ぎ、持続可能な調和的社会を実現するために、社会主義国としての統一的な国内ガバナンスを強化している。その方向性は、中国の環境破壊を長年、嘆いてきた国民にも歓迎されている。ただし注目すべきは、国土空間管理の名目で、中国が地上の「空間」を活用した衛星網の技術開発と社会的応用に力を入れ、データを活用して人間社会と地球環境を監視管理するネットワークを統合的に整備していることだ。監視カメラ網の発達により、中国国内が画像データによる監視社会になっていることはよく知られているが、中国共産党はそれを地球大に押し広げようとしているように見える。

衛星システム構築とその国際的インプリケーション

国土空間規画の策定を進める自然資源部は、2020年から『衛星リモートセンシング応用報告』と題する文書を発表している(『衛星遥感応用報告(2019年)』)。それによれば、同部は新たな使命や任務、要求に応えるため、「国家民用空間インフラ中長期発展規画(2015-2025年)」の配置に基づき、2019年度中は衛星観測体系と実務応用体系の建設を継続・推進したという10

「国家民用空間インフラ中長期発展規画」は、中国が今後整備すべき民用の衛星網の構成要素を列挙している。それによれば、中国の衛星網には大別して3種類があり、(1)リモートセンシング衛星システム、(2)衛星通信放送システム、(3)衛星ナビ測位システム(いわゆる「北斗」システム)である。このうち(3)は、文書にリストアップはされているが、構成要素の説明が省略されている。(3)は中国の衛星網を構築する一部だが、実際には「民」ではなく軍の管轄下にあることが示唆される。(1)については、1. 陸地観測衛星シリーズ、2. 海洋観測衛星シリーズ、3. 大気観測衛星シリーズがあり、それぞれの分野で多種多様な観測データを収集している11

なおここでの「民」とは「軍」に対比される用語で、政府[国務院]の管轄下にあるものの総称であり、必ずしも「市民」に帰属するものという意味ではない。習近平政権は2015年以降、「軍民融合」を国家戦略に掲げているが、それにはその双方のラインを共産党の政策の下にしっかりと融合させていくという意図がある。

中国の衛星システムの特徴は、それが中国共産党の下で、軍と民を超えた巨大なネットワークとして構築され運用されていることだろう。各種各様の衛星から吸い上げたデータは、中国国内の地上局に置かれ、分析され、当局者間で情報共有がなされる。また中継衛星を介して衛星間でもデータのやりとりが可能なため、承認されたユーザーは地球の裏側にいても直接、ネットワークにアクセスして有益な情報を得ることができる。中国は、このような衛星システムの構築と国土空間規画の編制作業を同時並行で進めており、両者は表裏一体の関係にある。

話を『衛星リモートセンシング応用報告』に戻そう。そのタイトルが示す通り、中国当局は衛星データの"応用"に強い関心を寄せている。同報告の2019年版と2020年版を見る限り、現在までに実現しているその主用途は、地上や海面、砂塵のモニタリング、地質分析、災害対応などにとどまっているが、政府はデータを活用した社会革新を奨励している12

『応用報告』は、採集したデータをもとに作成したさまざまな図を掲載している。例えば2019年度において、精度2mの画像データを撮影できた陸地の範囲は、シベリアの一部やグリーンランド、北極を除いた地上のほぼ全域をカバーしている13。近年、中国は毎週のように衛星を打ち上げており、精度1mの画像データの撮影にも取り組んでいるため、カバー範囲や精度は今後、急速な向上が見込める。また海域については、温度や塩分濃度、密度などの海域のデータだけでなく、それらを分析して弾き出したと思われる北西太平洋公海域のアカイカの漁業予測や、上空から集めた船のAIS情報なども掲載されている14。中国は極地への関心も示しているが、『応用報告』は南極の海氷の画像データを示す一方、中国の破氷船・雪龍が海洋衛星(海洋一号C星、海洋二号A星・B星、中仏海洋衛星)、高分三号などの衛星から直接、情報を受信しながら自動化運行できるようになった、などの情報も記載している15

中国には近い将来、通信衛星網を活用して宇宙ベースのブロードバンドインターネットを立ち上げる計画もある16。これらを統合的に活用すれば、遠くない将来、海上運輸のあり方など、様々な分野で大きな変化が生み出されていく可能性が高い。

民主主義国では多くの場合、政府系の特定組織や企業が、個々の衛星を打ち上げそれぞれ運用する。だが、社会主義国を標榜する中国では、国家が率先して全体に投資を行い、衛星間の巨大なネットワークを構築し、それらを総合的に運用することが想定されている。政治制度の違いによってシステム構築のスピードと規模に違いを出しやすいため、中国から見れば宇宙技術を用いた技術革新は自らの「政治的優越性」を発揮しやすい分野である。中国はまさに、これを新たな情報化社会の「空間インフラ」として開発しており、国土空間規画はそれを活用していくための国内版アクションプランだといえる。しかも中国は、そのように開発した「人類文明の新しい形態」を、将来的には「一帯一路」の沿線国に普及すべく、すでにそれらの国への情報提供や技術者向けの養成講座などを進めている17

管轄海域と尖閣問題への影響

さて、ではこうした中国の新たな国内ガバナンスは、尖閣諸島を含む周辺地域の海洋秩序にどのような影響を与えていくのか。

第一の問題は、周辺国と中国の間の情報力と、それに基づく技術力の格差の広がりである。中国は、一般的な画像認識のみならずさまざまな電磁波等も用いながら、周辺の海況やそこにおける他国船の動向に関するデータ収集に乗り出そうとしており、近い将来、急激な能力向上が見込まれる。今後はそれらを活用しながら、いわゆる「管轄海域」における自国の安全保障や経済活動を強化する意向だろう。現在のところ、中国が衛星を用いて収集しているデータの精度は、日本よりも絶対的に優れているというわけではなさそうだ。だが日本ではデータの社会応用が進んでおらず、それを自国の国力に活用していくという発想もほとんどない。データの量の面では、衛星を次々と打ち上げている中国に将来的にはまず敵わない。しかもこの地域では、日本以外に中国に匹敵するようなデータがとれている国はない。アジアの国々が欧米の企業の衛星データを活用しようとすれば、高額な利用料を要求される。

すなわち中国はすでに、アジアの海や陸のデータを最も具体的に把握し、自国の組織や個人の活動領域を地域の中で最大限に広げていく意思と能力を兼ね備えた唯一の主体になっている。現状に即せば、東南アジアなどの国々がもし今後、自国域に関するデータを自らの社会活動に活用したいと考えた場合、利用料が無料か格安の中国の情報技術網への参加は現実的な選択肢である。双方の間の圧倒的情報格差は、海洋をめぐる地域の力のバランスに本質的な影響を与え、国家間の階層構造を長期的に固定化させる恐れがある。

加えてこうした現象は、将来的にはアジアだけでなくグローバルに広がっていくだろう。ほとんどの衛星は地球を周回しており、中国は自国領内だけでなく地球全体から情報を収集している。さらに極地や深海からの情報収集にも強い関心を示しており、関連データを集め始めている。中国は将来的に、気候変動などのグローバルなイシューにおいても強い影響力を確立していくだろう。

第二の問題は、中国が国内ガバナンスの名目で、「管轄海域」の実効支配域を拡大していく可能性が高まっていることである。『衛星リモートセンシング応用報告』には、中国が1974年に南ベトナムから実効支配を奪ったパラセル諸島や2012年にフィリピンから奪ったスカボロー礁の地質データ、さらに台湾を含む「中国」沿海部のマングローブ林分布図などが掲載されている。中国は平和な民間利用の建前で、自国の一部と主張するそれらの土地の実効支配や監視を強化するため、すでに衛星網を活用し始めている。また、中国が『応用報告』で示した海域の観測図からは「管轄海域」が基本的に除外され秘匿されている。衛星網建設中の現段階において、その監視観測の重点が中国とその周辺に置かれていることを考え合わせれば、実際には遠い公海域で採っている以上のデータを「管轄海域」で集めているはずだ。中国のデータ収集の主目的は、経済よりも主権や安全保障の確保にあると見るべきである。

このような衛星監視網の発展と、国土空間規画の編制作業を考え合わせたとき、「管轄海域」への憂慮はさらに深くなる。2020年11月に発表された「国土空間調査、規画、用途管制用地用海分類ガイドライン(試行版)」は全国の空間用途の分類を示している。用途は重複が認められず、一区画一用途の原則がある。ここで海域の用途は、(1)漁業用海、(2)工鉱通信用海、(3)交通運輸用海、(4)遊憩用海、(5)特殊用海、(6)その他海域、の6種類に大別されている18。これらの用途は、中国が将来的にその海域をどのように使っていくかを定める重要なものであり、国土空間規画はその用途を実質化していくための中長期的なアクションプランである。

国土空間規画の海島部分の前身となる第1次海島保護規画においては、南シナ海の埋め立て7島礁が国防用途海島と規定されていたことがわかっている19。それを延長して考えれば、その周辺の海域の用途はおそらく軍事用海の指定を受けているとみられる。ただし、第1次海島保護規画に尖閣諸島が盛り込まれていた形跡はない。尖閣諸島とその周辺の海域の用途は、おそらく新たな国土空間規画の中で初めて定められる。

国土空間規画の起動(第14次五カ年規画が始まる2021年4月)の直前に施行された中国海警法は、ほぼ間違いなく国土空間規画の編制を前提に制定されている。その中で、中国海警法は「機船底曳網漁業禁止区域線(機輪拖網禁漁区線)」を境に中国船に対する漁業行政を区分し、それよりも内側は省レベル政府が監督する小型船の操業区域、外側が中型・大型船の操業区域とされ、そこでは漁船は中国海警局の監督を受けるとされた20。その線を境に、海域の用途管理者および国土空間規画の編制者も分かれると考えるのが自然である。具体的には、外側の海域の用途を決め、それに沿って長期的な発展計画を策定していくのは、中国海警局の上部組織である武装警察を統括する中央軍事委員会であろう(同委員会は中国海警法の草案作成も担当している)。南シナ海、東シナ海ともに、禁止区域線以遠の海域は、経済や外交ではなく安全保障や軍事の発想に基づいて行動する組織によって管理される。

中国海警局の船は2020年以降、尖閣諸島周辺の領海内で入漁した日本漁船を追跡していることが報道されている。しかし最近逆に中国漁船は最近、領海内に進入していないようだ。中国は2017年から漁業行政の改革を進め、操業許可を受けていない「三無船」を淘汰し、許可を受けた船に当局の指定した漁業管理用端末を搭載させるようになった21。そのため、中国漁船の動向は政府の意向に沿ったものと推測できる。であればおそらく、尖閣周辺の領海は中国の国内行政において漁業用海として指定されていない。残りの用途のうち、可能性があるのは(5)特殊用海と(6)その他海域であろう。

前述した「分類ガイドライン(試行版)」によれば、(5)特殊用海はさらに、コード番号2201の「軍事用海」と2202の「その他の特殊用海」に区分される。但し書きの説明によれば、前者は「軍事施設を建設し、軍事活動を行う海域および無人島」であり、後者は「軍事用海以外の、科学研究・教育、沿岸保護、汚水処理などのために使用する海域および無人島」である。他方、(6)その他海域には24というコード番号が割り当てられ、「開発を制限する必要があり、長期的な開発の観点から保全すべき海域および無人島」という説明が付されている。尖閣諸島に当てはまる可能性が高いのは、2201か24ではないか。

尖閣諸島に対する中国の今後のアクションを考えれば、その両者の間では後者の方がずっとましだが、具体的にどうなっているかは不明である。もし2201として指定されていれば、南シナ海の埋め立て島のような計画が尖閣諸島周辺で実行されることもありうる。また、いずれにしても中央軍事委員会が尖閣諸島に関する空間規画の編制責任を負っていることを考えれば、組織任務として島に対する実効支配の確立を目指さざるをえまい。そして中国が将来、新たな措置を打ち出す際には、すでに日本に対して比較優位を持つ衛星システム(測位だけでなく、特に監視観測および通信の機能)を存分に活用してくるはずだ。

以上のように、中国の国内ガバナンスはすでに中国の国境からはみ出し、地域と国際社会をその影響下に組み込み始めている。日本としては、そうした動向を十分に視野に入れながら、自国の安全保障戦略や国際戦略を練り直していく必要があろう。




1 习近平《在庆祝中国共产党成立100周年大会上的讲话》(2021年7月1日),中华人民共和国中央人民政府网站, http://www.gov.cn/xinwen/2021-07/01/content_5621847.htm
2 习近平《在科学家座谈会上的讲话》(2020年9月11日),新华网,http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-09/11/c_1126483997.htm
3 例えば国務院新聞弁公室が2021年10月に開いた記者会見では、自然資源部副部長の王宏は習近平の生態文明思想の一環として「陸海統籌」の堅持に触れている。自然资源部《国新办就自然资源助力全面建成小康社会有关情况举行发布会》(2021年10月29日),澎湃,https://m.thepaper.cn/baijiahao_15130782
4 国土空間規画の前身となった規画は多数あるが、海域については「海洋主体効能(機能)区規画」と「海島保護規画」が存在した。海洋主体効能区規画は2000年から策定されているが、2015年に国務院が新たに公表した文書によれば、「規画の範囲はわが国の内水と領海、排他的経済水域、大陸棚、およびその他の管轄海域である(ただし香港マカオ台湾地区は含まない)」(国务院《国务院关于印发全国海洋主体功能区规划的通知》国发〔2015〕42号,2015年8月1日,中华人民共和国中央人民政府网,http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-08/20/content_10107.htm)。官僚組織の性質上、一度設定した範囲を新たに除外することは考えにくい。これを引き継いだ国土空間規画も、中国の主張する管轄海域全域を対象としていよう。
5 《中共中央 国务院关于建立国土空间规划体系并监督实施的若干意见》2019年5月23日,中华人民共和国中央人民政府网,http://www.gov.cn/zhengce/2019-05/23/content_5394187.htm
6 自然資源部の前身は、国土資源部、国家海洋局、国家測絵地理信息局、国家発展改革委員会の一部などである。《王勇:组建自然资源部 不再保留国土资源部、国家海洋局、国家测绘地理信息局》2018年3月13日,新华网,http://www.xinhuanet.com/politics/2018lh/2018-03/13/c_137035358.htm
7 《中华人民共和国国民经济和社会发展第十四个五年规划和2035年远景目标纲要》新华社北京3月12日电,中华人民共和国中央人民政府网,http://www.gov.cn/xinwen/2021-03/13/content_5592681.htm
8 《潘海霞:国土空间规划体系构建历程、基本内涵及主要特点》上海空间规划设计研究院网站,2020年5月19日,http://www.shspdi.com/index.php?a=shows&catid=13&id=18
9 《我国多规合一的国土空间规划体系基本形成》2020年12月17日,新华网,http://www.xinhuanet.com/politics/2020-12/17/c_1126874613.htm
10 自然资源部科技发展司《自然资源部卫星遥感应用报告(2019年)》(2020年7月), 前言。
11 この「発展規画」の内容については以下を参照。Chisako T. Masuo, "China's 'National Spatial Infrastructure' and Global Governance: Chinese Way of Military-Civil Fusion (MCF) over the Ocean", Maritime Affairs (Journal of the National Maritime Foundation of India), 17:2 (27 Jan 2022), pp. 30-33. なお、中国では衛星打ち上げの際、それに搭載された機能を紹介するニュースがかなり詳細に報じられている。採集した生データがほとんど公開されていないため、報じられた機能や精度がどの程度本当に実現しているのかは検証の余地があるが、日本国内で一般に信じられているほど情報がないわけではない。
12 《卫星遥感应用报告(2019年)》、および自然资源部科技发展司《2020年自然资源部卫星遥感应用报告》2021年7月、を参照。
13 《卫星遥感应用报告(2019年)》第9页。
14 《卫星遥感应用报告(2019年)》第28页。《2020年卫星遥感应用报告》第52页。
15 《2020年卫星遥感应用报告》第14页,52页。
16 Masuo, op. cit, p. 38.
17 《卫星遥感应用报告(2019年)》第17页, 第23页, 第54页。
18 自然资源部《国土空间调查、规划、用途管制用地用海分类指南(试行)》(2020年11月)。
19 益尾知佐子「長期計画達成に邁進する中国の海洋管理:『海島保護法』後の国内行政を手がかりに」『東亜』598号(2017年4月)、86-88頁。
20 益尾知佐子「中国の漁業改革の国際的影響」、日本国際問題研究所研究レポート「インド太平洋」研究会第8号、2021年3月31日、http://www.jiia.or.jp/research-report/post-94.html
21 中国の漁業改革については以下が詳しい。益尾知佐子「中国の漁業改革と揺らぐ海洋レジーム」、岩下明裕編著『北東アジアの地政治:米中日露のパワーゲームを超えて』北海道大学出版会、2021年、125-153頁。