研究レポート

AUKUS-インド太平洋安全保障に対する今日的意義

2022-01-04
池田徳宏(元海上自衛隊呉地方総監(海将)/富士通システム統合研究所 安全保障研究所所長/ハーバード大学アジアセンター シニアフェロー)
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「インド太平洋」研究会 FY2021-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

2021年9月15日米バイデン大統領、英ジョンソン首相及び豪モリソン首相はAUKUSに関する共同声明を発表した。AUKUSとはAustralia・United Kingdom(UK)・Unite States(US)という豪・英・米各国の頭文字をとって名付けられ「オーカス」と呼ばれる。これは3かカ国の安全保障協力の新たな枠組みであり、その主目的は豪の原子力潜水艦取得を米英が支援するというものであった。本稿では原子力潜水艦の特徴を紹介し今回の共同声明の今日的意義について考察する。

1 原子力潜水艦保有国の現状

原子力潜水艦保有国はNuclear-Powered Submarine Clubと呼ばれる米・英・仏・中・露・印の6か国である。インド以外は国連安保理常任理事国であり、原子力潜水艦を保有できる国は技術的能力の高さでも安全保障上の国際枠組みにおいても特別な存在といえる。保有数は米国が68隻で群を抜いているが、中国は通常動力潜水艦を合わせるとほぼ米と同数の潜水艦を保有しており、今後老朽艦を除籍しつつ新型潜水艦を増勢し2030年には76隻を保有すると言われている。[1]

2 原子力潜水艦の特徴

潜水艦の特徴は隠密性と攻撃力である。潜水艦は一旦海に潜ると日に日にその存在圏が拡大しどこにいるのかがわからなくなるという隠密性を有する。攻撃力としては魚雷、弾道ミサイル、巡航ミサイル及び機雷があり魚雷は水上艦艇を一発で沈没させる威力があり大きな脅威である。またミサイルには核弾頭を備えることができ潜水艦を戦略的な兵器と位置付ける。

原子力潜水艦には弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)、巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN)及び攻撃型原子力潜水艦(SSN)がある。SSBNとSSGNは核攻撃に対する報復攻撃をするために潜航してその時を待ち核抑止力となる任務に就き(SLBMパトロール)、SSNはその潜水艦を追尾して弾道ミサイル発射を阻止する任務や味方水上艦艇部隊を敵潜水艦から守る任務に就く。

潜水艦の弱点は一旦存在を暴露すると脆弱な点で、例えば対潜哨戒機に見つかれば反撃の方法がなく逃げるしかない。ゆえに存在を暴露してしまった後に高速で逃げ切る水中速力が欲しいというのが潜水艦乗員の悲願である。潜水艦は高い攻撃力を保有するが攻撃後は存在を暴露してしまうという弱点もある。原子力潜水艦の水中速力は米バージニア級で34Kt(約60Km/h)、英アスチュート級で29Kt(約53Km/h)といわれており、潜水艦の弱点を克服している。また、この水中高速力は任務地への展開など機動力の発揮にも有効である。

3 原子力潜水艦の原子力推進装置

原子力潜水艦は原子炉で加圧した蒸気でタービンを回して発電したり、スクリューを駆動させたりする。これに酸素を必要とせず、核燃料がなくなるまで潜航し続けることができる。ただし乗員の精神的な負担及び必要な物資(食料等)の補給のために70日程度が限度といわれている。電力は原子力発電所と同様に数100メガワットが必要である。というのも①使用電力は速力の3乗で増加するので速力が3倍になれば27倍の電力が必要となること。②電力は高速水中航走のためだけではなく乗員の生活維持のための装置、ソナー(センサー)及び戦闘システムの冷却にも高電力を必要とすること。③30年から40年の潜水艦寿命に燃料棒の交換をせずに使用できること。④燃料棒の寿命にあまり配慮せず必要の都度高速航行が可能となることが作戦運用に必要ということ。これらが大電力を必要とする理由である。他方潜水艦に搭載されている原子炉は動揺しても燃料棒を冷却し続けることができる加圧水型原子炉であるが、これは動揺に適さない沸騰水型原子炉よりも構造が複雑であることに加えて潜水艦という限られたスペースに搭載するためには小型化する必要がある。また艦齢30年から40年の間に核燃料棒を交換せずに済むために高濃縮ウランと可燃性毒物(Burnable Poison)が必要である。これらいずれも高い技術が必要であり現状米英露がこの技術を有するといわれる。なお、中国はロシアと洋上で原子力発電を実施する浮動原子力発電所の開発で協力を拡大する合意を行っており、中国とロシアの連携が深まれば中国の原子力潜水艦の能力も高まる可能性がある。[2]

4 通常動力潜水艦の限界

海上自衛隊は原子力潜水艦を保有せず通常動力潜水艦を21隻保有している(22隻に増勢予定)。通常動力潜水艦はディーゼル発電機で発電した電気を電池に充電し、潜航中はこの電池を利用して電動モーターを回して推進している。この電池がなくなると海面近くまで浮上してシュノーケルと呼ばれる空気取り入れ口を海上に出して空気を艦内に通すことでディーゼル発電機を回して再度充電する。この際先に述べた攻撃後と同様存在を暴露し易くなる。そのためできる限りこの作業をしないよう電力消費を抑える必要があるが、電池は航行するためだけでなく、ソナー(センサー)や戦闘システムを冷却するためにも消費する。速力の3乗で電池を消費するとなれば水中で高速を出すことはできない。ゆえに原子力潜水艦に比べて作戦が制約される。近年海上自衛隊ではこの対策のためAIP(Air-Independent Propulsion)という酸素を必要としないスターリングエンジンを搭載したり、より電池容量が大きく消費時間が長いリチウムイオン電池を搭載したりして作戦の柔軟性を高めている。しかしながら原子力潜水艦は全く別次元の高速航行能力を有している。そのため日米の潜水艦ではその任務が異なる。海自の通常動力潜水艦は機動展開ができないので、南西諸島及び対馬・津軽・宗谷海峡等のチョークポイント(敵の潜水艦や水上艦艇が航行することが予想される地点)に留まって警戒監視や航行を阻止する作戦に従事する。他方米原子力潜水艦は広大な海域において中露のSLBMパトロールへの対応や作戦行動を実施する米空母打撃群の護衛にあたる。このように原子力潜水艦と通常動力潜水艦では実施する作戦が全く異なる。

5 オーストラリア原子力潜水艦の今日的意義

オーストラリアが米英と同様の世界最高水準の原子力潜水艦を保有することで、その作戦遂行能力が極めて高まることは先に説明したとおりである。しかしながらこの実現は約20年も先の話である。バイデン大統領は今後18か月で検討すべき事項として労働力・訓練要求・生産工程・安全措置・核拡散防止措置をあげた。[3] これらはいずれも原子力推進装置取得に係る大きな課題である。またこの労働力や所要予算を現状のオーストラリア海軍の規模で実現しようとすれば相当にいびつな兵力組成となってしまう危惧もある。この事業の実現は困難を極めるというのが筆者の率直な印象である。ゆえにオーストラリアが原子力潜水艦を取得する20年後における意義よりも、AUKUS共同声明の今日的意義を考察することが重要である。ここでは対中政策及び核拡散防止という観点で今日的意義について考察する。

対中政策

AUKUS共同声明では3首脳共にインド太平洋の安定にコミットすることを強調した。

米バイデン政権は2018年2月にトランプ政権が作成した「インド太平洋戦略枠組み覚書」を2021年1月に公表した。この覚書には①米国の政略的優越維持、②中国への警戒(第1列島線内防衛)、③インドの重視、④東南アジア・太平洋諸国との関係、が示された。米国はインド太平洋での力の優越には日豪印といった同盟国やパートナー国との協力やそれらの国の能力強化・責任分担が重要だと考えているのである。[4] このようなインド太平洋戦略の具現として米国は日・韓・豪・比といった同盟国との連携のみならず、QUAD(日米豪印)で「自由で開かれたインド太平洋」実現に向けた安全保障及び経済協力を図る連携等様々な枠組みを構築して力の優越を図っている。というのも多くの国々が中国との経済的連携の急激な悪化を望んでいないことや、ASEAN等インド太平洋の諸国の中には中国との緊密な関係を維持している国もあるためである。このような情勢において、強硬な対中包囲網を構築するだけでなく、QUADのような緩やかな対中連携を構築するなど硬軟織り交ぜているものと思われる。こうした米国のインド太平洋戦略において今回のAUKAUSは大西洋と太平洋をつなぐ強硬な対中包囲網というイメージが強い。インド太平洋地域にFPDA(Five Power Defense Agreements:英と豪・NZ・シンガポール・マレーシア各国との合意)を有する英国がこの地域の安定にコミットする象徴的共同声明である。

核拡散防止

オーストラリアが原子力潜水艦を保有する20年後に核拡散の状況がどのようになっているのかを予測することは困難であるが、今現在核拡散状況が良い方向に向かっているのか、あるいは悪い方向に向かっているのか考えることはできる。インド、パキスタン、北朝鮮、イラン等への核ミサイル拡散、テロ組織への核兵器の拡散懸念、INF(中距離核戦力条約)からの米国の脱退、ロシアの低破壊力(Low-Yield)の核ミサイル開発等良い方向に向かっているとはいい難い。米国が中距離核戦力条約から脱退した理由は、本条約の対象国ではない中国が中距離核戦力を開発しているためインド太平洋地域における核のバランスが崩れていること、およびロシアが本条約に抵触する地上発射型巡航ミサイル開発をしていることである。米国はINF破棄後中国を交えて米露中での協議を開始したい意向であるが、中国はこれに応じず、露も中国の姿勢を是認している。米国にとってインド太平洋地域における中距離核戦力のバランスを図る軍備管理交渉を米中露で行うことが今後の課題である。また、その際グローバルな核拡散傾向を是正する取り組みを主要核兵器保有国の米中露によって実施したいとも考えているものと推察される。

今回のAUKUS共同声明はこのような交渉を開始したい米国の中国に対する強いメッセージと考える。

6 日本の課題

バイデン大統領は共同声明の中でAUKUSの豪原子力潜水艦導入目的のひとつに水中領域での優位性の確保をあげている。これまで陸海空領域の戦いに加えてサイバー・宇宙・電磁波といった新領域での戦いの重要性が指摘されてきたが、ここで新たに水中領域が強調された。その理由は水中領域の戦いが核戦略バランスに大きく影響すること、そしてその戦いは陸海空領域に比べて新領域での戦いに影響を受けないからである。水中には電磁波は届かず、ネットワークが脆弱なためサイバー攻撃を受ける頻度が低いからだ。インド太平洋地域においては中距離核戦力において核のバランスが崩れている。そのため米国の水中領域での核戦力優位性の確保は日本にとっても大きな課題である。中距離核戦力が対象とする範囲は米国本土ではなく日本を含む西太平洋だからだ。

岸田総理は総理就任直後に国家安全保障戦略の見直しを表明した。見直しに際しては、わが国周辺での核の脅威のバランスが崩れている点に配意して、非核三原則などタブーとされてきた議論も行う必要がある。そしてこのバランスを改善しようとしている米国との間でいかなる戦略が必要なのか熟考する必要がある。敵基地攻撃の対象は地上のみではなく水中領域にも存在する。そのために米国がとった新たな策がAUKUSでの豪原子力潜水艦取得への支援であると認識すれば、脅威の最前線にいる日本は米国の更なる対処策にしっかりと答えられるよう国家安全保障戦略を見なしておかなければならない。




[1] China Naval Modernization: Implications for U.S. Navy Capabilities--Background and Issues for Congress Updated August 3,2021 Congressional Research Service 

[2] Australia Badly Needs Nuclear Submarines The country's maritime scope, and China's rise, makes the AUKUS deal a no brainer. By Andrew S. Erickson 20. Sep. 2021

[3] Remarks by President Biden, Prime Minister Morrison of Australia, and Prime Minister Johnson of the United Kingdom Announcing the Creation of AUKUS
The White House BRIEFING ROOM 15.Sep.2021

[4] 米国のインド太平洋戦略枠組みと日本への含意(NIDSコメンタリー 第154号 2021年1月26日) 防衛研究所 防衛政策研究室 佐竹 知彦