今次の新型コロナ危機は、何波にも渡る感染拡大によりEU・ユーロ圏および欧州各国の経済に大きな打撃を与えてきた。ほとんどの国では、ロックダウン(都市封鎖)などの人流制限を実施し、経済活動が大きく制限された。国境を越える移動時の感染検査の導入、幹線道路や港湾の一時的閉鎖、人員確保の困難などにより、物流は著しく停滞し、サプライチェーンの寸断は欧州経済全体を撹乱したが、特に製造業、卸・小売業への影響が顕著であった。EU経済・ユーロ圏経済にとってはサプライサイドよりもむしろ人流抑制による負の影響の方が大きかったとの分析1もあり、今回の危機の特殊性を物語る。
新型コロナ危機の発生と深刻化は、当然のことながら、かねてより指摘されてきた加盟国間に固定化した格差をより拡大させるという懸念を生じさせた。加盟各国経済への影響は非対称的であり、当初のロックダウン(都市封鎖)の規模や期間のみならず、産業構造や人口構成、政府の財政出動能力など複数の要素に大きく左右される。
単一市場の完成と単一通貨の導入により促進された域内分業ネットワーク構築の結果、イタリアやスペインなどの南ヨーロッパ諸国と中・東欧諸国は、ドイツを中心とする北ヨーロッパ諸国経済への従属型の経済発展の道を進むこととなった。さらに、単一通貨の恩恵と引き換えに外国為替レートという調整手段を失い、競争力の回復は困難となり経常収支赤字の固定化の大きな要因となった2。
ソブリン危機の当事国である南ヨーロッパ諸国は、新型コロナ危機で最大の打撃を受けた観光サービス業へのGDP寄与率が非常に高い3。もともと経済が停滞していた中で、新型コロナ危機によって観光・サービス業が大打撃を受けたため、特にこれらのソブリン危機国の経済が不安視された。また、中・東欧の経済発展レベルはEU平均およびユーロ圏平均にキャッチアップしきれておらず、経済規模の面からも、主要国と比して新型コロナ対策のための財政出動余地が限定されていた。よって、EUが適切な対策を展開しない限り、今次の危機前から存在する域内格差がさらに拡大することは自明であった。
よって、EUは各国の財政政策や経済対策に課せられたルールを一時的に緩和する措置とEUレベルの資金援助(財政支援)を同時整備する対策を採った。まず、ユーロ圏各国が遵守を求められる財政ルールである「安定・成長協定(Stability and Growth Pact: SGP」は、年間財政赤字をGDP比3%以内に収めることや政府債務残高をGDP比60%以内とすることを規定する4。新型コロナ危機によって各国政府が大規模な財政出動を行う必要性に迫られる中、EUはSGPの適用の一時停止措置を発動し、各国の機動的財政出動による景気対策を促した。この一時停止措置を解除して財政規律要件の適用を再開する時期については、経済活動が2019年末時点の水準へ回復したことが認められるなどの定量的基準を総合的に考慮して行うこととされた。国家補助ルールを緩和し、一定の条件を満たせば国家補助を例外的に認める措置も導入された。
一方財政支援策としては、5400億円の危機対応パッケージ5、欧州構造投資基金(European Structural and Investment Fund: ESIF)および欧州連帯基金(EU Solidarity Fund: ESF)の活用、1兆743億ユーロの多年次財政枠組み(Multiannual Financial Framework: MFF)6と7500億ユーロの復興基金である「次世代EU」を併せた包括的パッケージに合意した。
7500億ユーロの復興基金は、3900億ユーロの補助金部分と3600億ユーロの融資部分で構成され、補助金部分についてはEU共通債券の発行で資金調達を行うというEU内での債務共通化ともいえる手法への合意がなされたことは画期的である。これまで他の北ヨーロッパ諸国と共に、南ヨーロッパ諸国に過度の緊縮財政策の履行を要求してきたドイツが、ともすれば財政統合の入り口ともなり得る手法を承認するという歴史的な方針転換を行ったと捉えられている。
この背景には、南ヨーロッパ諸国をこれ以上の経済的苦境に晒すことはEUの連帯という意味で、またEUの将来への不確実性の排除という意味でも回避するべきであるという認識があった。ソブリン危機の当事国では、緊縮のために医療関連予算が削減され病床数が減少していた。そこに今回の新型コロナが襲い深刻な医療崩壊が発生したことで、十分な医療サービスを受けられないまま高齢者を中心とする多くの犠牲者を出すことになったことは繰り返し報道された。年金等社会保障費の削減や増税を強いられてきた国々の有権者が新型コロナ危機への対応を通じてさらに「北」諸国への不信と不満を募らせれば、極右・極左へのさらなる支持やポピュリズム政治の拡大を招く危険が高かった。オーストリア・オランダ・デンマーク・スウェーデンの「倹約4カ国」を中心に共通債券の導入に反対する国々に妥協する形で、当初提案より補助金部分は減額されたが、ドイツがフランスと共に主導したことで可能となった合意といえよう。
各国は度重なる財政出動を行い、EUはそれを各国の新型コロナ対策や企業を直接・間接の両面から後方支援する方針を採ったわけだが、では、実際に格差の拡大を回避できたのであろうか。
EU経済およびユーロ圏経済ともに、2020年第2四半期に急激な落ち込みを見せたGDP成長率は、2022年3月8日に公表された2021年第4四半期(前期比、季節調整値)の数値では若干成長が減速したものの危機前の水準(EU:前期比0.4%、ユーロ圏:同0.3%)となった。南ヨーロッパ諸国は、スペイン(2.0%)、ポルトガル(1.6%)、イタリア(0.6%)、ギリシャ(0.4%)と、2021年第1四半期または同第2四半期から継続してプラス成長となった7。一見するとEU・ユーロ圏経済ともに明るさを取り戻しつつあるように見える。しかし、新型コロナ危機で巨額の財政出動を余儀なくされた各国の財政状況をみると、また異なる様相が浮かび上がる。
2021年第3四半期の政府債務残高(対GDP比)を危機発生以前(2019年第4四半期)と比較すると27カ国全てが純増である。うちドイツやフランスといった主要国を含む18カ国が10ポイント以上増加しているため、当初懸念されたよりも域内格差自体は拡大していないとの見方もある。しかしながら、上記18カ国のうち15ポイント超増加したのは、スペイン(26.3)、イタリア(21)、ギリシャ(20)、フランスとキプロス(共に18.5)、そしてマルタ(16.5)となっており、フランス以外は南ヨーロッパ諸国である。マルタを除いた5カ国は、政府債務残高のGDP比も最も低いキプロスで109.6%、最も高いギリシャで200%超と非常に高い水準である8。よって、全体の数値悪化に覆われて一見見えにくくなっているかもしれないが、政府債務残高という点では格差は現実に拡大しているといえる。
1人あたりGDPの変化からも格差拡大は読み取れる。2021年の1人あたりGDP(購買力平価、EU平均=100)がEU平均未満であり、かつ2019年よりも低下している国は、マルタ(98)、イタリア(95)、キプロス(88)、スペイン(84)、ポルトガル(74)、ギリシャ(65)の南ヨーロッパの6カ国とチェコ(92)、スロバキア(68)の中欧2カ国であり、ここからも南ヨーロッパ諸国の置かれた状況が端的に読み取れる。
新型コロナ危機への対応策として財政面で加盟国を支援するため、EUは財政ルールなどの緩和・一時停止や巨額の支援パッケージを打ち出した。債務の共同負担など従来のEUでは実現が難しいとみられていた共通債券の発行を含む機動的かつ大規模なものであり、新型コロナウイルスの感染拡大により対応を迫られていた各国の財政出動を支える役割を果たしてきた。しかしながら、それを受けてなお南ヨーロッパ諸国と北ヨーロッパ諸国との格差は拡大する一方である。新型コロナ危機自体が未だ完全に収束したとは言い切れず、さらにドイツ経済の不調やウクライナ情勢の経済への影響、上昇するインフレ率など不安定要素は多い。今後の成り行きを引き続き注視していく必要がある。