ヤンシャ・スロベニア首相の書簡(9月13日)
本稿(前編・後編を含む)で扱ったEU文書や演説は、そのほとんどが全て予め定められた政治日程にしたがって公表されたものである。しかし、2021年後半の議長国を務めるスロベニアのヤンシャ首相がEU加盟国に対して9月13日付で発出した書簡は、予想外のタイミングで公表されただけではなく、直截な中国批判に終始していた。これほどまでに明確な中国批判をEU議長国が発信することは異例である。
同首相の書簡はまず、「台湾」の名を冠した代表処を設立することを発表したリトアニアに対し、中国がいわゆる戦狼外交を仕掛けていることを受け(本稿「前編」参照)、「中国に関して前例のない、そして遺憾な挑戦を受けているリトアニアに対して、強力な支援と連帯を表明」している。そして、「外交問題に対して貿易を武器として使用した」中国の行為は「EU・中国関係全体にインパクトを与えるだろう」とし、中国に対して「我々は団結しており、中国が我々の誰も脅かすことは許さない」ことを示すべきだと説いた。そして「台湾は我々にとって重要なパートナーなのであり、このことが否定されるべきではない」と明言した。ヤンシャ首相は、10月5日に非公式夕食会を開催し、将来的な対中政策に向けて「具体的なステップ」について協議する予定であることを加盟各国に伝え、書簡を締めくくっている。
スロベニアが議長国に就任した当初、ヤンシャ首相の対中問題の采配については、これを積極的には扱わず、中国に関する「大きな政治決定は、次期議長国のフランスへと引き継ごうとする」のではないかとも見られていた。同国においては、中国との関係構築に消極的な外務省と、積極的な経済発展技術省との間で齟齬が存在していただけではなく、ヤンシャ首相自体が、1990年代にはスロベニア・台湾友好協会設立の立役者として、2000年代には対中関係構築積極派として、そして2010年代には再び台湾擁護派として、頻繁にその政治的立場を変えていたこともあり、ヤンシャ政権に一貫した対中国、対台湾政策は期待できないとのいうのがその根拠であった。しかし、このたびのヤンシャ書簡により、2021年後半議長国スロベニアによる対中強硬姿勢および台湾(およびリトアニア)擁護姿勢が明確になったのである。
欧州議会の中国戦略報告書の採択(9月16日)とウルピライネン欧州委員の演説(9月14日)
初の台湾関連勧告採択から約2週間後の9月16日、欧州議会本会議では「新たなEU・中国戦略に関する報告書」が3日間の討議を経て、賛成多数で採択された(賛成570、反対 61、棄権40)。同報告書は7月に欧州刷新グループのヴォートマンス議員(ベルギー)が中心となって作成・公表され、すでに対外問題委員会では採択されていた。
今回本会議で改めて審議、採択された報告書では、2019年3月の「EU・中国――戦略概観(以下、「中国戦略概念」)」で打ち出されたEUの対中国政策を批判的にレビューすることを目的としていた。本報告書では、中国を「協力パートナー」、「交渉パートナー」、「経済的な競争者」、「システミック・ライバル」と見る「中国戦略概念」は現在も有効としたうえで、中国の「競争者」および「ライバル」としての側面をより強調するトーンが貫かれていた(パラ1(a))。EUが新たな対中政策を打ち出すにあたっては、「グローバルな挑戦をめぐる協力」、「国際規範や人権への関与」、「リスクと脆弱性の特定」、「志を同じくするパートナーとの連携」、「戦略的自立性の強化」、「ヨーロッパの利益と価値の防衛」の6つの柱が必要であるとしている(パラ1.(b))。
さらに、グローバルな問題への対処においてEUと中国が協力することは不可欠との立場を打ち出しつつ(パラ3)、中国の人権状況には改めて極めて強い懸念を表明している。新疆、内モンゴル、チベット、香港などを巡る中国の人権問題について、17にわたるパラグラフが割かれており、とくにEUが中国の人権侵害を懸念して課した制裁に対する報復制裁が解除されない限り、CAI(本稿「前編」参照)検討・批准プロセスの凍結解除はありえないことを強調している(パラ10)。また、2021年7月に欧州委員会と欧州対外行動庁が公表した「事業活動およびサプライチェーンにおける強制労働のリスクに対処するためのEU企業のデュー・ディリジェンスに関するガイダンス」を遵守した企業が直面する恐れのあるリスク対策に向け、具体的な支援策を早急に完成することや、それに関する域内市場法制、デュー・ディリジェンス枠組み、強制労働によって製造された製品のEU市場への輸入禁止措置等が効果的・効率的に実施されること等を求めている(パラ13,14)。さらに、中国政府が人権侵害を改善しない限り、EUや加盟国に対し、2022年冬に予定されている北京五輪の政府代表や外交官の招待を辞退すること(パラ20)、中国によるディスインフォメーション対策を強化することも呼びかけている(パラ27,66)。
一方台湾に対しては、報告書内の「志を同じくするパートナーとの連携構築」に関するセクションにおいて、全11のパラグラフ中、5つのパラグラフで言及している。EUと「他の民主的かつ同志の」諸国である米国、カナダ、英国、日本、インド、韓国、オーストリア、ニュージーランドに台湾を加え、協力を強化するよう加盟国に呼びかけつつ(パラ32)、台湾との二者間投資協定(BIA)の推進(パラ39。本稿「前編」も参照)、台湾のWHO、国際民間航空機関(ICAO)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)への参加を支援する(パラ40)等、9月1日のEU・台湾関係に関する勧告(本稿「前編」参照)と同一路線で台湾との関係強化を謳っている。
なお、同報告の審議中、ウルピライネン欧州委員(国際パートナーシップ担当)が9月14日に欧州議会で行った演説には、現状のEUの対中認識が直裁に示されている。同委員は、「2020年末までは」EU・中国関係にはポジティブな要素も多く、CAI締結はその一例ではあったものの、その後欧州議員らが中国について「ただ自分の意見を表明しただけで」中国からの報復制裁の対象となったこと等を挙げ、中国・EU関係をめぐる「状況が変わった」との認識を示している。同委員はEUと中国の「価値観のギャップ」は「増大傾向にある」としたうえで、EUは、「中国との根本的な意見の相違があるところ、何よりもまず人権に関して、思うところを述べ、主張し、押し返し(push back)続けなければならない」と述べた。その上で同委員は、本報告書は「我々(欧州委員会)の諸政策に対する全般的な支援」であるとし、欧州議会報告書に示された厳しい対中認識は、欧州委員会による対中政策を共有しているからこそ生じたものであるとした。
今回採択された欧州議会の中国戦略に関する報告書は、本稿(前編・後編を含む)で紹介する対中関連文書のなかでももっとも厳しいトーンで記載されたものである。しかし、ここで示された基本認識の多くは、同日に公表されたEUのインド太平洋戦略ともほぼ同一路線であると見るべきであろう(本稿「後編」参照)。とりわけ、人権問題のような「EUとの根本的な意見の相違」に関し、中国を「押し返す」べきであるとのウルピライネン演説の文言は、そのままインド太平洋戦略においても共有されている。