欧州連合(EU)では2021年9月に入り、中国・台湾関連の案件が一気に動き出している。9月1日には初めての台湾関連勧告が欧州議会で採択されたのを皮切りに、欧州議会におけるEUの対中国新戦略再検討文書の討議・採択(13-16日)、EUのインド・太平洋戦略発表(16日)と続いた。さらに、フォン・デア・ライエン欧州委員長の2021年施政方針演説(9月15日)も、その内容を紹介した『ポリティコ』の記事のタイトルが「つまりは中国に尽きるのだ(It's all about China)」と形容したように、中国を念頭に置いた様々なメッセージが発せられていた。
こうした一連の文書はそのほとんどが、2021年前半に設定された政治日程にしたがって予定通りに審議・採択・発表されたものである。今回発表された諸文書やスピーチの内容を精査すると、中国への言及の厳しさが当初の大方の予想を上回っており、また台湾との関係については従来になく積極的・好意的に言及されていたことが分かる。これは、ここ数年で急激に悪化したEUの対中認識の現れであり、また、もはや中国に配慮する事なくEU・台湾関係を推進すべきとの認識がEU内部で勢いを得ていることの証左であるともいえる。
9月15日にオーストラリアがフランスとの潜水艦の共同開発計画を破棄し、米国、英国、オーストラリアの3国で新たな安全保障枠組みを構築しようとする、いわゆるAUKUSの構想が発表されたことにより、今回の一連のEUの対中国・対台湾文書への国際的な注目は完全に削がれた感があり、EUにとってはまことにタイミングが悪かったと言えるかもしれない。しかしこれらの文書は今後、EUが中国・台湾、そしてインド太平洋全般への関わりを深めていく上で、重要な基礎となり得るものばかりである。そこで本稿では、このたび発表されたこの一連の文書の内容を概観し、その意義について確認しておくこととしたい。
まずこの「前編」では、欧州議会対外問題委員会による初の「EU・台湾関係」勧告と、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の施政方針演説について概観する。次に「中編」では、現在EU議長国を務めるスロベニアのヤンシャ首相が加盟各国首脳に宛てた公開書簡と、欧州議会におけるEUの対中国新戦略再検討文書の討議・採択、欧州議会におけるウルピライネン欧州議員の演説について概観する。最後に「後編」では、EUのインド・太平洋戦略発表について概観しつつ、この一連の文書の位置づけと日本にとってのインプリケーションについて考察する。
欧州議会による「EU・台湾関係」勧告(9月1日)
欧州議会の対外問題委員会は2021年9月1日、EU・台湾関係に関する勧告および修正案を賛成多数で採択した(賛成60、反対4、棄権6)。この勧告は同4月に欧州保守改革グループ(ECR)のヴァイマース議員(スウェーデン)が中心となって作成・公表し、6月の修正案を経て採択されたものである。欧州議会が台湾を(アジアの一部としてではなく)単独で扱った初の勧告となった。
同勧告において着目すべきポイントは、以下の3点である。第一に同勧告は、EU・台湾間の二者間投資協定(Bilateral Investment Agreement: BIA)交渉開始のためのインパクト評価を、2021年末までに準備すべきとした(パラ1(b))。BIAについてはすでに数年にわたってその必要性が指摘され、またEU・台湾双方で相互の投資増大に向けた努力を重ねてきていた。2020年9月には初の「EU・台湾投資フォーラム・投資フェア」台北で開催され、好評を博していた。一方、2020年末には中国との包括的投資協定(Comprehensive Investment Agreement: CAI)がドイツ主導で基本合意されていたこともあり、EU全体の関心は中国との協定に向いていたというのが実情であった。しかし結局EUは、CAI基本合意後も中国が引き続き香港や新疆における人権抑圧を続けていたこと、さらにEUが中国に対して発動した制裁に対し、中国がEU加盟国の国民やシンクタンクに対して報復制裁を発動したことを問題視し、2021年5月には欧州議会がCAI凍結決議を採択していた。こうしてCAIが事実上頓挫したが、その1ヶ月前には前述の対台湾勧告の原案が公開されていたこともあり、欧州議会内では、中国ではなく台湾との投資協定締結こそ急ぐべき、との認識が高まっていた。
第二に同勧告は、中国の台湾に対する軍事的圧力を欧州議会として憂慮すると明言した。そして欧州委員会に対し、台湾海峡の平和と安全を守り、台湾の民主主義を維持するため、志を同じくする国際的パートナーとの共働において積極的な役割を果たすことを求めた(パラ1(c))。こうした書きぶりは、この2週間後に発表されることになる欧州議会の中国戦略報告書(本稿「中編」参照)およびインド太平洋戦略(本稿「後編」参照)でも共有されることとなる。
第三に同勧告は、EUと台湾の「広範な結びつきを反映するため」、現在のEUの事実上の代表部である「欧州経済通商台北弁事処(European Economic and Trade Office in Taipei)」の改称を検討することを求めた。まず同勧告の原案(4月)では、同弁事処の名称を「EU駐台北弁事処(European Union Office in Taipei)」へと変更することを提案していた(パラ1(m))。中国は近年、他国における台湾の出先機関が「台湾」という名称を用いることは「ひとつの中国」原則に違反するとの主張を展開している。EUでは27の加盟国中、18カ国が台湾の出先機関を有しているが、名称は全て「台北」としていた。前述の欧州議会対外関係委員会による勧告でも、4月の時点では「台北」という名称が用いられていた。
しかし、6月に同勧告に対する修正案が出された際、新名称は(オリジナルの提案にあった)「EU駐台北弁事処」ではなく、「EU駐台湾弁事処」とすべきであるとされた。そして9月に採択されたバージョンでは6月の修正案を反映し、新名称は「EU駐台湾弁事処」とすべきとされた。
修正案が出された際にも依然として、本当に「台北」ではなく「台湾」の名称の採用が勧告されることになるのか否かは不透明であった。しかし最終的に修正案通り、「台湾」名称の使用を呼びかけるに至った背景には、7月にリトアニアがEU加盟国として初めて、「台湾」の名称を冠した「台湾代表処」設置を発表し、それに対して中国が猛反発して駐リトアニア大使を本国に召還し、リトアニアにも大使引き上げを要求したこととも無関係ではないであろう。多くのEU加盟国がリトアニアとの連帯を表明しただけでなく(本稿「中編」参照)、中・東欧諸国の多くはこのリトアニアの一件を経て、一層台湾接近を強める傾向を見せている。こうした一連の事態は、欧州議会においても「台湾」名称使用推進派を勢いづかせた側面がある。とはいえ、この名称問題が中国を最も刺激するセンシティブな事項であるという認識も欧州議会には強く存在しており、同勧告採択後に欧州議会が出したプレスリリースが弁事処名称問題には全く触れていなかったのは示唆的である。
同勧告は、10月に欧州議会本会議での採択にかけられることになっているが、採択された場合には実際にBIA準備作業が加速するのか、さらにEUの弁事処に「台北」に変わって「台湾」の名が冠されることになるのか、注目される。
フォン・デア・ライエン委員長の施政方針演説(9月15日)
欧州委員長が毎年秋に行う施政方針演説の内容はEUの現状と課題全般に及ぶものであり、必ずしも対外関係に関するものだけではない。今回のフォン・デア・ライエン委員長の演説も、EU内外でのワクチン接種促進や気候ファイナンス、デジタルトランスフォーメーション、アフガニスタン情勢など、多岐にわたるものであった。しかし今回の演説は、中国に深く関連する内容が随所に織り込まれていたのが特徴的である。
まず同委員長は、習近平主席が設定した気候変動上の目標を評価しつつ、「中国がその目標を(設定するだけでなく)達成するためにも、同様のリーダーシップを発揮していただきたい」と、中国がとりわけ石炭消費量削減を着実に行うよう注文を付けた。
また、ほぼ同時期に公表されたEUのインド太平洋戦略については「画期的」としつつ、「これ(同戦略)は私たちの繁栄と安全保障にとって、この地域の重要性が増していることを反映しています。しかし同時に、独裁的な政権がこの地域を利用して自らの影響力を拡大しようとしている事実も反映しているのです」として、中国を名指しすることは避けつつ、同戦略が中国への懸念に基づくものであることを明確にしていた。
この流れで同委員長は、EUが中国の一帯一路の代替プロジェクトと位置づけるイニシャティブの名称が「グローバル・ゲートウェイ」となることを初めて明らかにしている。2021年6月のコーンウォールG7首脳会議でも、中国の一帯一路に対抗し、「より高いクオリティ」での途上国向けインフラ支援を目指すという観点から、「ビルド・バック・ベター・ワールド(B3W)」構想の導入が基本合意されていたという背景もあり、EUとしても独自の構想の構築を急いでいた。理事会は7月に、「グローバルに連結されたヨーロッパ(A globally connected Europe)」というタイトルの結論文書を公表し、欧州委員会に対し、今後9ヶ月かけて「インパクトが大きく、可視的な」プロジェクトを策定するよう委託していた。これは、EUが2018年に打ち出した「EU・アジア連結性(コネクティビティ)戦略」を、世界の他の地域に広げることを目指すとし、とりわけ近年中国の進出が著しいアフリカとラテンアメリカを念頭に置いたものと見なされていた。
今回のフォン・デア・ライエン委員長の施政方針演説は、「グローバル・ゲートウェイ」という名称を公表したに過ぎず、その詳細を明らかにしたものではない。しかし、「我々は道路に融資するのが得意です。しかし、中国が所有する銅山と中国が所有する港の間に完璧な道路を建設するというのなら、それはヨーロッパにとって意味がありません。この種の投資をするにあたっては、我々はよりスマートでなければならないのです」との文言からも明らかであるように、「グローバル・ゲートウェイ」が一帯一路の代替イニシャティブであることが強調されている。最後に、中国の新疆ウイグル自治区における強制労働の懸念についても、「人権は売り物ではありません」として、 強制労働で作られた製品がEU市場で販売されることを禁止する方針を打ち出した。
このように、今回の姿勢演説の中国関連(と見なしうる)部分を抜粋してみると、従来になく直裁な対中批判を展開していることが分かる。こうした厳しい対中認識は、後述する一連の中国関連文書・演説においても共有されていくことになる。