世界的なパンデミックのさなか、2020年6月に米国のドナルド・トランプ大統領(当時)は世界保健機関 (WHO) とのつながりを断つと発表した。この措置は、ユネスコからの脱退と、パリ協定、環太平洋パートナーシップ(TPP) 協定やオープンスカイ協定を含む国際協定からの脱退に続くものだった。彼は2018年には、米国を不当に扱っていると主張して世界貿易機関(WTO)に批判の集中砲火を浴びせ、WTOから脱退すると脅した。国際機関を脱退するというこの傾向は、国際機関のメンバーシップを基盤にした75年間の国際協力に逆行することになる。バイデン政権がこれらの決定の一部を覆し、米国がWHOのメンバーであり続けることとなったが、多くの人々が米国の外交政策の方向性に疑問を持ち続けている。ブレグジット(Brexit)は、多国間主義にもう一つの衝撃を与えている。
加盟国は国際機関の主導権を握っている。それらの政府は規則を作り、指導者を選出し、活動に資金を提供する。加盟国は、相互利益と責任分担のために相互主義にコミットする。しかし、国内法が平等な課税や利益供与をしていないのと同様に、国際機関も各国が必要とするものとパワーにより、国によって結果が異なる。中国は以前から加重投票ルールが国際通貨基金に対する米国の影響力を支持すると批判してきたが、現在は米国がWHOの指導者が中国に迎合していると非難している。
いかなる官僚制もそうであるが、国際機関も操作、集団思考、非効率性にさらされている。その意思決定ルールは、提案が多数派によって拒否されたり、大国による拒否権を受けたりすることを可能にし得る。集団的意思決定とは、ある政府が好ましい結果を得られないかもしれないことを意味する。普遍的な目標という高尚な原則は、誰が組織に加盟できるかという差別を隠している1 。権力政治は世界の平和と繁栄に貢献できるはずの者を排除することもある―韓国と北朝鮮は冷戦終結後まで国連に加盟できず、台湾は今日多くの組織から排除されたままである。しかし、政治がルールやメンバーを形成するという現実にもかかわらず、国際機関は国家レベルでは解決できない地球規模の問題に対処するためのフォーラムとして依然として有用である。情報共有と行動監視を通して、国家は共通の目標を達成し、不確実性を減らす。国際機関に加盟している国家間では貿易が多く、紛争が少ないとする研究がある。多種多様な国際機関が国際社会の基盤を形成しており、ヘドリー・ブルは、 国家は「互いを同一の規則の対象とみなす」 ことが必要であると述べている2。
国際機関からの離脱は、国際秩序の方向性についての舵取りを他者に任せることを意味する。1950年にソ連は、国民党政府による中国の代表権に抗議するため、国連安全保障理事会の会合をボイコットすると宣言した。しかし、北朝鮮の共産主義者の侵略から韓国を守るための国連主導の軍事力を承認するために、国連安保理がソ連不在のまま進行したとき、ソ連はその誤りを認識し、安保理に戻った。今日英国は、英国政府がもはやその内容に投票しないにもかかわらず、ブリュッセルで決定された政策が自国の経済に影響を与えるという、ブレグジットの帰結に直面している。国家は加盟国として、行動をブロックしたり、妥協を促進したり、新たなグローバル・アジェンダを主導するなど、アジェンダを導くことができる。これが脱退が稀な理由である。国際経済機関の中で、加盟国が脱退する頻度は1%にも満たない。
脱退は契約の終了だけではない。それは国際社会からの撤退を表す。1933年に中国侵略への批判を受けた後に日本が国際連盟から劇的な脱退をしたことは、集団ルールの拒否を表していた。この運命的な独自外交への一歩は、日本を戦争へと導き、地域と日本自身に惨禍をもたらした。 国際機関からの脱退は、組織の手続きと加盟国の軽視を示唆することによって、協力の崩壊を悪化させる。
政府は国際機関の外でより良い取引をしたいかもしれない。しかしそれは、(国際機関からの)脱退が当該政府を非協力的と位置付けるという事実を無視している。運転初心者のように、あるいはもっと悪いことに、悪い記録がある運転手のように、脱退者は自国の将来の行動についての不確実性のためにリスクプレミアムを請求される。貿易政策を考えてみよう。英国は現在、EU加盟国として享受していたものと同等の条件で欧州市場にアクセスする交渉で苦労している。昨年締結された米国と日本の二国間貿易協定は、トランプ大統領が2017年に拒否したTPP協定よりも利益が小さい。
仮にトランプ政権下で米国がWTOから脱退していたら、貿易体制と米国にとっては大変な惨事であっただろう。米国は、WTOのルールを乱用する飲酒運転者のような行動を取ってきた。中国との貿易戦争を開始し、国家安全保障の名目で鉄鋼とアルミニウムの輸入関税を引き上げ、通商裁判所への新しい判事の任命を承認しなかったという過去5年間の米国の政策は、この機関を弱体化させた。バイデン政権はまだ貿易に関する方針を変えていない。米国の脱退を望む者もいるだろう。にもかかわらず、脱退は明らかな不遵守行動よりも劇的なWTO拒否となる。そのような動きは、信頼できない貿易相手国という米国の評判を固めるだろう。WTOの外で新たな協定を交渉すれば、米国の輸出品に対する現在の市場アクセス水準を取り戻すのに苦労するだろう。世界貿易が大恐慌以来最大の経済危機で急落し、保護主義の潮流が高まる中、米国が外に出て恩恵を求める余裕はない。米国の国際機関からの脱退は、加盟は意思決定をやりたいようにできるという条件付のものであるという危険なメッセージも送る。その結果、すべての国際機関への信頼が損なわれる。
うまくいけば、(国際機関からの)脱退は機関の変革を促すことができる。そのためには、他国が後に続き、また、国際機関に留まっているグループの中にリーダーシップの代替源がないことが必要である。トランプ政権による脱退の脅しが効果的ではなかったのは、欧州、カナダ、日本といった米国の懸念を一部でも共有する国々が、内部からの漸進的な改革を支持しているからである。中国はリーダーシップの空白を埋める準備ができている。危機は変化の機会をもたらし、中国は主導権を握り続けるため、改革を自国にとって望ましい方向に導くだろう。
TPPの場合、日本は米国の参加なしに合意を進めるための代替的なリーダーシップを提供した。日本の漸進的な自由化政策は、雇用と地域に基づく補償と焦点を絞った福祉国家給付と組み合わされ、効果的な戦略を形成した3。他の国々が国際機関や自由貿易に敵対的なポピュリズム運動など、グローバル化への反発に苦しむ中で、安倍首相はWTOと地域貿易協定の強力な支持者として際立った。
だが、その日本ですら、2019年に安倍首相が国際捕鯨委員会 (IWC) からの脱退を表明し、国際機関脱退のトレンドに飛び乗った。日本の利益がこの機関の政策から乖離してから何年もたっていた。日本は持続可能な捕鯨のための国際ルールを遵守する意思を示すために1951年に加盟したが、IWCが採択した1982年の商業捕鯨モラトリアムによって、会合で加盟国が日本の科学捕鯨プログラムを非難する、数十年に及ぶ激しい応酬が開始された。いろいろな意味で驚くのは、日本がこれほど長く加盟国であり続けたことである。カナダのような他の政府は、何年も前にIWCを去っていた。戦後に外交を正常化し、恐れを惹起することなく指導力を発揮する途として国際機関を長い間見てきた日本にとって、国際的な批判に対する恐れが障害となった。しかし、IWC加盟国が日本の商業捕鯨再開提案を否決したとき、政府は脱退の決断を下す方向に転換した。米国はコメントせず、日本国民は支持した。中核的な政策目標について意見が一致しなかった国際機関からの脱退決定というレベルでは、日本のIWC脱退は全く論争をよぶものではない。危険なのは、国際機関から脱退するという同様の決定が積み重ねられるときである。その結果、国際機関内での協力についてのコミュニティ・ベース・アプローチが損なわれる可能性がある。全体として、日本政府は多くの国際機関に深く組み込まれ続けている。IWCからの離脱は、日本にとってのトレンドでもなければ、多国間主義に反対するシグナルでもないことを他の国々に保証することが重要である。
国際機関は大国に対する抑制力が弱い。それにもかかわらず、国際的な緊張が高まり、紛争解決と行動の確実性のための共通のフォーラムがこれまで以上に重要となっているこの時期に、国際機関は引き続き重要である。実際、影響力をめぐる中国との対立は、各国が組織内にとどまることを求めている。中国の影響力に対抗するため、米国は自らのリーダーシップを強化すべきである。これは、会費を払って、難しい問題に取り組むためのアイデアを提供することを意味する。40年前、超大国間の競争はWHOの助けを借りて世界の公衆衛生における大勝利の一つを生み出した。米国とソ連は、どちらの側にもグローバル・ヘルスのリーダーシップの功績を認めたくなかったため、代わりにWHOの傘下で、天然痘の惨害を根絶する世界的なワクチン接種キャンペーンに共同で取り組むことにした。COVID-19と戦い、経済成長の機会を再構築するためには、競争の中での協力が再び重要である。成功は一国主義外交で進んでいかないことにかかっている。
(これは7月19日付で英語で公表されたレポートの日本語訳です。)