研究レポート

中国・軍民融合発展戦略の新展開「一体化した国家戦略システムと能力」の構築

2024-01-19
土屋貴裕(京都先端科学大学准教授)
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「国家間競争時代の経済安全保障と日本外交」研究会 FY2023-3号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

1.「一体化した国家戦略システムと能力」の構築

2023年3月8日、習近平は、全国人民代表大会人民解放軍・人民武装警察部隊代表団全体会議に出席、講話を実施した1。この講話において、習は「一体化した国家戦略システムと能力を強化・向上させることは、党中央が強国・強軍が直面している新たな情勢・新たな任務の新たな要求を把握し、より良い統一的発展と安全、より良い統一的経済建設と国防建設に着目して決定した戦略的配置である」と述べた。

習は「この配置を徹底的に実行することは、社会主義現代化国家を全面的に建設し、中華民族の偉大な復興を全面的に推進し、建軍100年の奮闘目標を実現し、我が軍を世界一流の軍隊にすることを加速することに、非常に重要な意義を持っている」と述べ、「思想認識を統一し、使命担当を強化し、仕事の実行に力を入れ、一体化した国家戦略システムと能力建設の新局面を切り開くよう努力しなければならない」と強調した。

「一体化した国家戦略システムと能力」というフレーズは、2017年6月20日に習近平が中央軍民融合発展委員会第一次全体会議で行った講話で初めて公式に語られた2。この講話で、習は「軍民融合発展を国家戦略に高めることは、経済建設と国防建設の協調した発展規律を長期的に探求した重大な成果であり、国家発展と安全の全局から出した重大な方策であり、複雑な安全の脅威に対応し、国家戦略の優勢を獲得する重大な措置である」とした。

その上で、習は「集中統一指導を強化し、全体的な国家安全観と新たな情勢下での軍事戦略方針を貫徹し、問題の方向性を強調し、頂層設計を強化し、需要の統合を強化し、増分ストックを統一的に計画し、同時に体制とメカニズムの改革、体制と要素の融合、制度と標準の建設を推進し、全要素、多分野、高効果の軍民融合の深度発展構造の形成を加速し、軍民の一体化した国家戦略システムと能力を徐々に構築しなければならない」と述べた。

すなわち、2015年に国家戦略の1つとした軍民融合発展戦略に関して、2017年の中央軍民融合発展委員会第一次全体会議以降、「(軍民の)一体化した国家戦略システムと能力」の構築が提唱されるようになっており、「軍民融合発展戦略」の目標が「軍民の一体化した国家戦略システムと能力」の獲得であると位置づけられたと見られる。それでは「一体化した国家戦略システムと能力」とはどのような意味を持つのだろうか。

2.国家戦略システムへの「融合」

2017年10月に開催された中国共産党第19期全国代表大会(19大)で、習近平総書記は「富国と強軍の統一を堅持し、統一的指導、トップレベル(頂層)設計、改革イノベーションと重要プロジェクトの実行を強化し、国防科学技術工業の改革を深化させ、軍民融合の深い発展構造を形成し、一体化した国家戦略システムと能力を構築する」と述べた。しかし、それから5年後、2022年10月の20大の報告では「軍民融合」という文言が姿を消した。

ただし、20大の報告では「軍民融合」に関する直接の言及はなされなかったが、代わりに「一体化した国家戦略システムと能力」を整備し向上させることが示された。また、20大で改正された党規約では引き続き「軍民融合発展戦略」が国家戦略の1つとして明記されるとともに、新たに「世界一流の軍隊を建設する」ことを加速することが記された。中国共産党は2050年ごろまでに米国と並ぶ「世界一流」の軍隊を建設する目標を掲げている。

すなわち、習近平政権は3期目においても、表立って語ることがなくなったものの、「軍民融合発展戦略」を堅持しており、水面下ではハイエンドな民間技術の軍事転用を引き続き推し進め、各地で民間技術を積極的に軍事転用するための仕組みや制度づくりを進めている。2022年10月、20大における報告では、「一体化した国家戦略システムと能力」に関して、以下の6点が示された。

①軍隊と地方の戦略計画の統合、政策・制度のすり合わせ、リソースの共有を強化する。

②国防科学技術工業システムとその配置を最適化し、国防科学技術産業能力を強化する。

③全国民国防教育を深化させる。

④国防動員と民兵・予備役部隊などの建設を強化し、近代化した国境・領海・領空防衛力の整備を推進する。

⑤軍人とその家族への表彰インセンティブと権益の保障を強化し、退役軍人へのサービス・保障にしっかり取り組む。

⑥軍隊と政府、軍隊と人民の団結を打ち固め、発展させる。

2023年10月に公表された米国防総省の「米国議会への年次報告書―中華人民共和国に関わる軍事・安全保障上の展開2023」も、「2022年初頭以来、中国共産党は『一体化した国家戦略システムと能力』を支持し、公の場で『軍民融合』という用語を強調していないように見える」と指摘する。同報告書は、上述の6点にほぼ対応するかたちで、①先進国防科学技術システム、②軍民協調イノベーションシステム、③基盤領域資源共有システム、④軍人(人材)育成システム、⑤軍のための社会化された支援・維持システム、⑥国防動員システムの6つの「一体化した国家戦略システム」の存在を指摘している3

3.軍と地方のガバナンス強化

現在、中国では、こうした「一体化した国家戦略システムと能力」の構築に向けたさまざまな取り組みが進められている。とりわけ中国における経済建設と国防建設の一体化の成否の鍵を握るのは地方における取組みである。一例として、2023年5月10日には、内モンゴル自治区包頭市で、一体化した能力建設および先進技術成果の転化の促進を加速するためのビジネスマッチング会が「新技術の統合と新産業の活性化」をテーマに開催された4

このビジネスマッチング会は、国防科学技術産業と地域経済の質の高い発展を支援することを目的とし、「軍工+民間+技術+金融+園区」のマッチングモデルを通じて先進技術の成果について交流するプラットフォームを構築するものであるという。実際、このビジネスマッチング会には、地域のビッグデータ産業パークや科創金融サービスセンターをはじめとする新興技術に関連した産業パークや企業などがブースを出展している。

2023年7月24日、中国共産党中央政治局第7回集団学習会では、軍事ガバナンスの包括的な強化について学習が行われ、習近平が講話を述べた5。この講話では、習は「軍事ガバナンスを全面的に強化し、ハイレベルのガバナンスによって、軍の質の高い発展を促進しなければならない」と述べるとともに、「一体化した国家戦略システムと能力を強化し向上させるために、軍と地方のガバナンスを強化しなければならない」と強調した。

このことは、軍事ガバナンスを強化し、経済建設と国防建設とを同時に発展させるためには、軍と地方との「融合」が重要であると習近平指導部が認識していることを意味している。2017年11月10日付の『光明日報』で国防大学軍事管理学院軍民融合発展研究中心の姜魯鳴と王偉海ら論じているように、「一体化された国家戦略システムと能力の構築は、経済建設と国防建設の融合発展という大きな枠組みの下で、国家安全と開発戦略システムを再構築するプロセス」である6

ただし、2023年8月6日付の『光明日報』に掲載された国防大学軍事管理学院による記事では、「『軍は国民が何を持っているかを知らず、国民は軍が何を必要としているのかを知らない』という軍民の情報の非対称性が、一体化した国家戦略システムや能力の構築を制限する要因」であると指摘されている7。このことは、党が「軍民融合発展戦略」を掲げる一方で、それが必ずしも経済発展や軍事技術の発展に結びついていないことを示唆している。

そうした軍民の情報の非対称性を解決するための方策の1つが、上述のビジネスマッチング会であると言えよう。それにより、地方におけるさまざまな先進技術の成果を軍事転用(スピンオン、あるいは「民参軍」)して軍の質の高い発展を促進し、軍事技術を民生用途に利用(スピンオフ、「軍転民」)することで地方の経済発展につなげていくことが目指されている。

4.「兵営国家」化する中国と「一体化」に向けた課題

このように、中国は経済建設と国防建設の一体化、軍民融合発展戦略により軍事力の増大を目指している。ハロルド・ラズウェル(Harold D. Lasswell)は、「兵営国家」における「軍の指導者は社会に対して独裁的な権力を持つ」と述べている。また、「兵営国家」の2つの特徴として、国家資源を軍事目的に動員する軍国主義的国家秩序の創設とプロパガンダによる「危機の社会化」を通じて国民の支持を得る仕組みの構築があると指摘している。

まさに習近平政権下の中国は、軍民融合発展戦略によって国家資源の軍事目的への動員する「軍国主義的国際秩序」の構築や国防教育を強化することによる「危機の社会化」を進め、「兵営国家」化を行うことで、国防・安全保障への増分を正当化していると言えよう。ただし、上述した軍民の情報の非対称性のほかにも「兵営国家」化の障壁となる課題は少なくない。

たとえば、国防科技大学文理学院の黄朝峰と馬浚洋は、「一体化した国家戦略体系と能力を構築することは非常に複雑で困難なシステムエンジニアリング」であり、「一体化」ができていないことによる矛盾や課題が存在すると指摘している8

そこで、黄氏と馬氏は、①各レベルにおける軍民融合工作の体制メカニズムを整備すること、②国家レベルの軍民融合発展の総合的な法律立法プロセスを加速し、運行体系、融合内容、融合メカニズムなどを規範化すること、③戦区、軍兵種が武器装備、インフラなどの重大なプロジェクトに対する需要牽引の役割を発揮すると同時に民間製品生産に転化するために需要を正確に把握すること、④ハイエンドのコア技術の供給能力を強化し、航空、宇宙、船舶、電子などの重点分野、および海洋、宇宙、ネットワーク、人工知能などの新興分野をめぐる重大な潜在的に軍民共通価値を有するハイエンド革新プロジェクトを発掘することの必要性を指摘している9

このように、中国の「軍民融合発展戦略」は新たなフェーズに突入しており、軍や民間の国防経済学者らを中心に「一体化した国家戦略システムと能力」に関する研究が進められるとともに、さまざまな矛盾や課題を克服するための取組みがなされている。そうした「一体化」が、経済建設と国防建設にどのように結びつき、その取組みがどの程度成功しているかを検証していく必要があるだろう。




1 費士廷「鞏固提高一体化国家戦略体系和能力----習主席在解放軍和武警部隊代表団全体会議上発表重要講話引起熱烈反響」解放軍網、2023年3月9日、http://www.81.cn/yw_208727/16207457.html
2 中国語では「一体化的国家战略体系和能力」。
3 「中国の軍民融合発展戦略は、軍事目的のための先進的なデュアルユース技術の開発と獲得、国防科学技術産業の改革を深めるという目的を含んでおり、中国の国力のすべての手段を強化するというより広い目的を果たしている」。Office of the Secretary of Defense, "Annual Report to Congress: Military and Security Developments Involving the People's Republic of China 2023," Arlington, VA: United States Department of Defense, October 19, 2023, pp.28-33, https://media.defense.gov/2023/Oct/19/2003323409/-1/-1/1/2023-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF
4 「全区加快推進一体化能力建設曁 先進技術成果転化対接会挙行」『内蒙古日報』2023年5月11日、https://szb.northnews.cn/nmgrb/html/2023-05/11/content_42050_206918.htm
5 「習近平在中共中央政治局第七次集体学習時強調 全面加強軍事治理 以高水平治理推動我軍高質量発展」新華網、2023年7月25日、http://www.news.cn/politics/2023-07/25/c_1129766639.htm
6 姜魯鳴、王偉海「構建一体化的国家戦略体系和能力」『光明日報』、2017年11月10日、https://epaper.gmw.cn/gmrb/html/2017-11/10/nw.D110000gmrb_20171110_1-06.htm
7 国防大学軍事管理学院「加強跨軍地治理 鞏固提高一体化国家戦略体系和能力」『光明日報』、2023年8月6日、https://epaper.gmw.cn/gmrb/html/2023-08/06/nw.D110000gmrb_20230806_1-07.htm
8 黄朝峰、馬浚洋「一体化的国家戦略体系和能力构成与构建研究」『西北工业大学学报(社会科学版)』2019年第4期、113-114頁。
9 同上