1.海外直接投資(FDI)と安全保障
海外直接投資(FDI)は経済成長の原動力とみなされる一方で、米中対立が深まる中、FDIに関わる安全保障上のリスクも重要な課題と考えられている。FDIの受け入れを通じて軍事産業や重要インフラが外国企業の支配下に入ることには古くから懸念が持たれており、それを防ぐための規制が存在してきたが、21世紀に入ると新たな脅威が認識され、主に先進国で対応する規制の強化が進められてきた。その背景には、途上国からの投資の増大や軍民両用技術の拡大がある1。本レポートでは、2023年時点での米国のFDI規制に関わる新たな動きを報告するとともに、その背後にある経済安全保障のジレンマについて考察する。
2.米国の対内直接投資規制の枠組みと近年の動向
米国は、対内直接投資に関して、他国と比べ特に強力な規制体系を有している2。1988年包括通商法のエクソン=フロリオ条項により、ほぼすべての業種において外国企業等による直接投資の審査・規制が可能であり、省庁横断的な対米外国投資委員会(CFIUS)が審査の権限を有する。投資時の審査だけでなく、事後的な調査・命令が可能である。
2007年に成立した外国投資及び国家安全保障法(FINSA)では、審査基準に「買収が重要産業基盤に対する外国の支配を招く危険がある」ことが付け加えられたが、「重要産業基盤」が何を指すかについては広範に解釈できる法の仕組みとなっている。また、2018年に成立した外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)では、審査対象に、「外国企業による技術・インフラ・データへのアクセスを伴う非支配的投資」が加わるなど、審査対象が一層拡大している。FIRRMAは2020年2月に全面施行された。
FIRRMA成立後の展開について見ていこう。トランプ政権では、FIRRMA成立前から、CFIUSの審査に基づく大統領権限を行使することが目立って増えていた。2017年にはラティスセミコンダクターへの投資、18年にはクアルコムへの投資を差し止め、2019年には出会い系アプリのグラインダー、2020年にはホテル予約サイトのステインタッチの売却命令を出し、2020年にはさらにTikTokの米事業売却命令も発したが、TikTokについては訴訟を経てバイデン政権で撤回された。トランプ政権以前の投資差し止め事例は、1990年・2012年・2016年にそれぞれ1件ずつであるから、トランプ政権で頻度が上がっていることは明白である。さらに、CFIUSに申告された投資のうち、実際に審査された案件の割合および審査の途中で撤回された割合も、2017年・2018年に顕著に増えている。
トランプ政権の差し止め命令について興味深いのは、まず第1にいずれも中国企業や投資ファンド、または中国政府との関係が取りざたされた企業による買収の案件である点である。第2に、グラインダー、ステインタッチおよびTikTokに関しては、いずれも軍事技術に一見関係のない産業であり、個人情報の収集が問題であるとされた。第3に、2019年以降の3件はいずれも既に投資がなされた事業に関する事後の審査と売却命令である。
2021年に成立したバイデン政権では、CFIUSの審査がさらに強化された。2022年9月には、CFIUSが重点的にフォローすべき分野や要因を明確にした大統領令が発出された。また同年10月に、財務省はCFIUSの執行と罰則に関するガイドラインを公表し、法令違反となりうる行為の類型を定めた。さらに2023年5月に財務省は新たなFAQをホームページに掲載し、ビジネスの審査手続きについて新規の情報を提供した。さらにバイデン政権では、上述のようにTikTokの売却命令を撤回したが、個人情報の保護に関わる新規制に向けて模索を続けている3。
CFIUSの2022年の年次報告書(2023年7月公表)によると、投資のうち申告される割合は増加し、申告のうち審査される割合も増えている。また申告のうち条件付きで承認される割合もさらに高まっている。2023年9月に開かれた、CFIUSに関する財務省主催のシンポジウムでは、未申告取引の事後的調査が引き続き強化されていることが報告された。また、注目されるのは罰則の適用の増大である。2021年までに適用された罰則は累計で2件のみであるのに対し、2023年は9月中旬までに民事制裁金が2件課され、他にも複数の案件が進行中であり、さらに警告書などの罰則適用事例もあった4。
このように、バイデン政権でも審査の強化が図られている。対内直接投資がもたらしうる安全保障上の脅威に警戒が高まっているのに加え、FIRRMAによりCFIUSの審査に関わる財政基盤が拡充されスタッフも増員されたことが、審査強化を可能にしている。
3.対外直接投資規制
強化が進む既存の対内直接投資規制に加え、近年の米国では、米国から中国への投資を念頭に、対外直接投資規制の導入について議論が行われており、2023年8月に、いよいよ大統領令が発出された。本項では、その経緯と内容を確認する。
(1)対外投資規制に向けた大統領令
対外直接投資規制を求める声は以前からあり、2017年から2018年にかけてのFIRRMAの成立過程においても対外投資を審査する制度を盛り込むことが主張されたものの、既存の輸出管理と重複するとして削除された5。2021年の米中経済安全保障調査委員会(USCC)の年次報告書では、安全保障の観点から見た対外投資の問題を取り上げており、間接投資と直接投資の両面で米国から中国に資金が流れていると指摘して、直接投資では、資金に加えて技術情報や経営手法、人脈などが中国企業に提供されているとした6。
その後、議会および政権内で対外直接投資規制の導入の議論が続けられてきたが、規制を最小限に抑えたい産業界との調整に手間取り、ようやく2023年8月9日に「対外直接投資規制に関する大統領令」が発出された7。この大統領令は、中国企業等への米国人による特定の種類・分野の対外投資を禁止または届出を義務付けるプログラムを新設するものであるが、規則の詳細はパブリックコメントを経て財務省が策定するとされており、新プログラムの実施期日は未定である。新プログラムの目的は、資金の流入そのもの抑制ではなく、「投資に伴う無形の便益、つまり知名度や経営支援、投資や人材のネットワーク、市場アクセスなど」を通じて、中国をはじめとする懸念国が機微な技術や製品にかかわる能力を向上させることの阻止にあるとする8。こうした「無形の便益」の管理には、既存の輸出管理レジームでは十分に対応できないということを前提としている。
大統領令で指定されている懸念国・地域は中国、香港、マカオである。ポートフォリオ投資や、米国の親会社から子会社への企業内資金移動などは例外として、プログラムの対象から除外することを検討 しており、また過去の投資に遡っては適用されない。
対象分野は①半導体・マイクロエレクトロニクス②量子情報技術③人工知能(AI)の3分野に絞り込まれた。投資禁止となるのは、先端半導体に関わる業種と、軍事目的や政府の情報活動を目的とする活動に従事する企業への投資である。半導体と AI分野については、上記の目的以外の活動に関わる企業への投資については、禁止ではなく届け出義務にとどまっている。これまでの議論で想定されることが多かった分野のうち、対象に入らなかった産業にはクリーンエネルギーとバイオテクノロジーがある。
規則の詳細を定めることになっている財務省は規則案事前通知(ANPRM)を発出し、パブリックコメントを受け付けた。ANPRMでは、83もの項目について意見を求めており、対象となる投資の効果的な定義、投資規制対象とするAI分野をどのように定めるべきか、同盟国とどのように協調するべきかといった規制の根幹を成す事柄について広く意見を募る姿勢を明らかにしていた9。
対外投資に対する審査制度が提案され始めたときから、産業界は強い懸念を表明してきた10。バイデン政権は産業界との対話を重ね、対象範囲をかなり限定するかたちで大統領令を発出した上で、最終的な規則の決定までにさらに産業界の意向を反映しようと努めている。この大統領令については、投資禁止の範囲は狭いことから、政権の主な狙いは、米国からの対中投資と中国の先端技術開発の関係について、まずは届け出を通じて情報収集をすることにあるのではとも推測される。
(2)大統領令への反応:産業界および議会
大統領発出後に実施されたパブリックコメントでは、9月28日の締め切りまでに61件のコメントが寄せられた。その主な内容は、投資する側が投資先の詳細な情報を事前に収集・評価しなくてはならないことの負担、対象となるAI分野の曖昧さ、他国との協調なしに規制が実施された場合の米国企業の不利な立場などに対する懸念であった。財務省はこれらのコメントをもとに改めて規制案を発表し、再度パブリックコメントを実施することとしている。規制が実際に開始されるのは、2024年の大統領選前になるのではと予測されている。
この大統領令に対し、議会の対中強硬派からは、より強力で広範な規制を求める声が出ている。議会では、2021年以降の中国対抗法案の策定過程において、対外投資規制を定める国家重要能力防衛法案(NCCDA) が提案された。2022年6月には上下両院で「改正NCCDA」への合意がなされたものの、やはり産業界からの反発が強く、同年8月に成立したCHIPS法には含まれなかった。しかしそれ以降も、2023年5月には下院でNCCDAの修正法案(2023年NCCDA)が提案され、同年7月には上院で「対外投資透明性法案(OITA)」 が成立するといった動きが続いている。また、2023 年1月に設けられた「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会(下院中国特別委員会)」 も、対中強硬派のギャラガー委員長を中心に、対外投資規制においてもより強く広範な規制を政権に求めている11。
(3)対外投資規制の国際協調
上述のように、産業界からの懸念の一つは、他国で同様の規制を導入することなく米国のみで実施すれば、米国企業の競争力を損なうということである。この懸念に対処するため、バイデン政権は同志国へ働きかけを行っている。
2023年5月に開催されたG7広島サミットで出された「経済的強靭性および経済安全保障に関するG7首脳声明 」には、「我々は、対外投資によるリスクに対処するために設計された適切な措置は、(中略)輸出及び対内投資に関する特定された既存の管理手段を補完するために、重要となり得ることを認識する」 と書き込まれた。また、EUは、2023年6月に公表したEU初の経済安全保障戦略において、EU域内企業に対する対外投資規制を年内に提案すると明言した。
ただし米国以外の国での規制の実施の有無やその内容は未定であり、米企業の懸念を受けて、米国でも活動する他国企業に規制が実質上域外適用される可能性は小さくない。
4.海外直接投資規制と経済安全保障のジレンマ
本項では、ここまでの議論を踏まえ、海外直接投資規制と安全保障について改めて考察したい。
米中対立が厳しさを増す中、米バイデン政権は中国に対する技術流出の問題について、「小さな庭と高い塀(small yard, high fence)」と呼ばれる戦略を唱えてきた。これはもともと元国防長官のロバート・ゲーツが用いた表現であるが、2021年10月13日にジェイク・サリバン大統領補佐官がスピーチで使って以降、バイデン政権のアプローチを表現するために広く用いられている。安全保障に関する狭い分野・技術に限定して中国への流出を強く規制し、それ以外の経済関係は維持することを意味する。対外投資規制に関する大統領令のプレス・リリースでも使用された。
これを考える上で参考になる概念が「より速く走る(run faster)」である。これは、主に輸出管理の文脈で用いられてきたもので、敵対国の成長を制限するより、自国の成長が敵対国を上回ることを重視するべきであるとする考え方である。この考え方によると、先端産業企業が敵対国との貿易等で利益を上げている場合、それを制限することで収益が下がると研究開発への大規模投資が難しくなるため、結果的に安全保障を損なう。むしろ経済関係を保って投資を続け、「より速く」開発を行うことが安全保障に資するとする。より広範で強い規制をかけて、敵対国への技術流出を防ぐべきであるとする考え方と対比すると、経済安全保障における政策のジレンマが浮き彫りになる12。
現在、経済安全保障において議論の中心にある半導体産業においても、こうしたジレンマを見い出すことができる。バイデン政権の"small yard, high fence"は、"run faster"の考え方も反映して、可能な限り規制対象となる分野を限定することを意図している。しかし「庭」を適切な大きさに定める判断は簡単ではない。
表1のように、米国の主要半導体企業および半導体装置企業は、全体として収益の3割前後を中国市場で上げている。売上金額も大きく、クアルコム1社で2022年には280億ドルを売り上げた。CHIPS法による半導体産業への補助金額の合計が5年間で527億ドル(390億ドルの投資補助、110億ドルの研究開発補助など)であることと比較すると、中国市場の重要性は明白である。
直接投資規制に関しても、対内投資・対外投資いずれについても規制強化によって中国の半導体やAI産業との関係が弱まることは、米国の先端産業企業の収益に打撃を与える可能性があり、ひいては米国の安全保障にも悪影響を与えかねない。一方で、軍事転用が可能である技術の流出を防ぐことも必要であり、舵取りは容易ではない。
5.まとめ
安全保障の観点による海外直接投資規制について、米国の状況をまとめると、バイデン政権成立後も引き続き対内直接投資規制の適用強化が進んでいる。一方で、個人情報法保護をめぐる包括的な新措置は、2023年12月現在定まっていない。対外直接投資規制に関しては、産業界に配慮しつつ慎重に規制を策定中である。
経済安全保障に関わる政策全般において、敵対国との経済関係の制限と、自国の経済力・技術力の維持・強化のバランスをとることは非常に難しい。現時点では、米バイデン政権は補助金と規制強化をセットにして、安全保障と経済力強化を両立させる構えであり、米国に牽引されるかたちで、日本を含む他の多くの国も同様の戦略を進めている。しかし、補助金の額には限度があり、効果を慎重に検討しながら政策を形成することが不可欠である。
1 対内直接投資規制強化の背景について、詳細は杉之原真子「対内直接投資規制と安全保障:米国の事例から」日本国際問題研究所編『経済・安全保障リンケージ研究会 中間報告書』(2022年3月)を参照。
2 米国の対内直接投資規制の枠組みについては、渡井理佳子『経済安全保障と対内直接投資』(信山社、2023年)が詳しい。
3 個人情報に関わる対内投資審査の展開について、杉之原「対内直接投資規制と安全保障」36-37頁、および「安全保障上の懸念に基づく海外直接投資規制の傾向:米国における展開」日本国際問題研究所編『経済・安全保障リンケージ研究会 最終報告書』(2023年3月)29-31頁。
4 Remarks by Assistant Secretary for Investment Security Paul Rosen at the Second Annual CFIUS Conference, September 14, 2023
5 House Committee on Financial Services, Report on Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018, June 26, 2018, p.42
https://www.govinfo.gov/content/pkg/CRPT-115hrpt784/pdf/CRPT-115hrpt784-pt1.pdf
6 杉之原「安全保障上の懸念に基づく海外直接投資規制の傾向」31頁。
7 大統領令やその反応についてのすぐれたまとめとして、甲斐野裕之「対外投資規制へ動き出したバイデン米政権」(日本貿易振興機構、2023年10月2日)。
8 Executive Order on Addressing United States Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern、前文より。
9 Department of Treasury, "U.S. Investments in Certain National Security Technologies and Products in Countries of Concern"
https://www.regulations.gov/docket/TREAS-DO-2023-0009/comments?sortBy=postedDate&sortDirection=desc
10 産業界からの懸念については、杉之原「安全保障上の懸念に基づく海外直接投資規制の傾向」33頁。
11 各法案および大統領令の内容の相違については、甲斐野「対外投資規制へ動き出したバイデン米政権」による整理が有用である。
12 Hugo Meijer, Trading with the Enemy: The Making of US Export Control Policy toward the People's Republic of China, Oxford University Press, 2016