2023年4月、中国商務部は台湾の対中輸入規制措置に対して貿易障壁調査を開始した。その結果を踏まえて、2024年1月1日より中国国務院関税税則委員会が台湾に対抗措置を適用している。この一連の措置は中国の対台湾政策の文脈においていかなる点で新味を持つのか、本稿で検討したい。
対台湾貿易障壁調査の経緯
中国、台湾は共にWTO(世界貿易機関)のメンバーである1。ただし、台湾側は「国家安全」、「産業発展」上の理由から、他のWTOメンバーに対するよりも厳しい経済交流規制を中国に適用してきた。その典型例が、品目別の対中輸入規制である。2024年2月19日現在2,513品目の中国製品が輸入禁止扱いとされている2。その数は全品目の20.0%に相当する。主たる輸入禁止品目は、農水産品、卑金属・同製品、紡織原料・同製品、機械・電機、輸送機器・同部品である。
2023年4月12日、中国商務部は、この台湾の品目別対中輸入規制が貿易障壁を構成するかどうかについて、中国関係業界団体の要請を受けて「対外貿易法」及び「対外貿易障壁調査規則」に基づき調査を開始すると発表した3。調査期間は同日から2023年10月12日に設定されたものの、特別な事情がある場合には、2024年1月12日、すなわち台湾総統選挙・立法委員選挙の投開票日前日まで調査期間を延長できるとされた。
2023年8月17日時点で中国商務部報道官はすでに「初歩的な調査により、台湾の対中貿易規制措置はWTOの『無差別原則』、『全面的に数量制限を撤廃する原則』などに反している疑いがある」との見解を示していたが4、中国商務部が「貿易障壁を構成する」との最終調査報告を発表したのは2023年12月15日であった5。その論拠は、①ガット第1.1条(一般最恵国待遇)違反、ガット第11.1条(数量制限の一般的廃止)違反、中台間のFTA(自由貿易協定)に相当するECFA6第2.1条(漸進的貿易障壁削減・撤廃)違反、②当該輸入規制による実害の発生とされた。
同年12月21日、中国関税税則委員会は台湾側のECFA違反を理由に、ECFAに基づき539品目に適用されてきたゼロ関税を2024年元日より部分的に停止すると発表した7。停止対象に選ばれたのは12品目の石油化学製品であった(パラ-キシレン、プロペン、塩化ビニル等)。
台湾側の反応 ~「経済的威圧」の一環で、WTO・ECFAに反した不適切な措置~
台湾側は、中国側による対台湾貿易障壁調査プロセスにおける透明性の欠如、台湾側との協議の意図的排除、一方的な結果の認定とECFAの部分的停止がWTOやECFAの規範・規定に反しており、当該調査に基づくECFAの部分的停止は「経済的威圧」の一環だと批判している8。短期的には選挙への介入、長期的には統一促進、台湾経済の弱体化と「中国大陸へのロックイン」などを狙ったものだと、台湾で対中政策の企画・執行を担っている大陸委員会は指摘している。そのうえで、両岸貿易に関する問題は既存の紛争解決メカニズムによって処理、WTOの基本原則に基づいて意思疎通、協議すべきであって、いかなる政治的前提を設けるべきではないし、形式にも拘るべきではない、と中国側に呼び掛けている。
一方の中国側は「ECFAのいかなる問題も『92年コンセンサス』の基礎の下、協議で適切に解決できる」との立場である9。「92年コンセンサス」を受け容れていない民主進歩党政権とは協議の余地はないし、WTOを通じた紛争解決にも応じないとの姿勢を堅持している。
対台湾貿易障壁調査に基づくECFAの部分的停止の新しさは何か
台湾側が「経済的威圧」だと非難してきた過去の中国の対台湾貿易措置と比べた場合、今回の対台湾貿易障壁調査に基づくECFAの部分的停止は、WTOという「国際ルール」への違反を念頭に置きつつ(貿易障壁認定)、ECFAという「両者間合意」違反を理由に発動された(ECFAの部分的停止)という点で大きな違いがある。
蔡英文政権の下で中国はしばしば台湾製品の輸入を一時停止扱いにしてきた。例えば、パイナップル、バンレイシ、レンブ、ハタ、柑橘類、冷凍アジ・太刀魚、酒類・飲料・加工食品、マンゴーなどである。それらの輸入停止措置は中国の国内法規への抵触を根拠としてきた。具体的には、害虫や禁止薬物の検出、包装からの新型コロナ検出、抗生物質や農薬の基準超過、登記情報不足などである。
また、「特定品目・産業」ではなく、台湾の対中輸入規制という「制度」を問題視しているという点でも、今回の対台湾貿易障壁調査に基づく措置には、これまでにはない新しさがある。今回ECFAの部分的停止の対象となった石油化学製品は、それ自体が何か中国国内法に違反したわけではない。「報復」対象として選ばれたにすぎない。この点でも、これまでとは異なる特徴がある。
加えて、台湾内では、対台湾貿易障壁調査は「経済的威圧」の対象が農水産品から工業製品へと本格的に広がる契機になるのではないかとの声が聞かれる。2024年1月9日には、中国商務部報道官が、農水産品の他、機械、自動車部品、紡織品に対するゼロ関税の適用停止についても今まさに研究中だと発言している10。この発言通り、実際にECFAの部分的停止の対象が広がっていけば、中国の対台湾政策における一つの転機だったと後に評価されることになるだろう。
対台湾貿易障壁調査に基づくECFAの部分的停止の行方とその影響
中国がこうした新味を持つ対台湾貿易障壁調査、ECFA部分停止に踏み切った狙いは何か。台湾では様々な議論が行われてきたが、民進党政権の長期化回避を挙げる論者が多い。だが、1月13日の台湾総統選挙では、中国が「頑固な『台湾独立工作者』」だと批判してきた11民進党の頼清徳・現副総統が勝利を収めた。
頼氏は、中国が対話の前提としている「92年コンセンサス」を認めていない。一方、中国側は「台湾問題の国際化」を嫌い、台湾が求めるWTOを通じた通商問題の解決を避けてきたし、その姿勢が変わることも想定しにくい12。台湾の対中輸入規制の大胆な見直しは頼政権にとっても容易ではないだろう。同規制が上述のとおり台湾の「国家安全」や「産業発展」上の考慮に基づくものだからである。
中国がECFAを全面的に停止する可能性は低いと考えられる。「両岸融合発展」を通じた「平和統一」路線が頓挫したとの印象を内外に与えてしまう恐れがあるためだ。しかし、頼政権の言動、さらには過剰生産・供給不足など中国自身の経済状況なども合わせ見ながら、中国がゼロ関税の適用品目を漸進的に減らしていく可能性は排除できない。
ECFAの下、ゼロ関税が適用されてきた品目の対中輸出額は台湾の輸出総額の4.3%を占めるに過ぎない(2022年)。そのため、ECFAの部分的停止品目が増えていったとしても、台湾のマクロ経済に与える直接的な影響は限定的だろう13。ただし、停止品目の増加が中台関係の緊張度のバロメーターとして受け止められ、中国・台湾に対する投資手控えなどの形で経済活動に悪影響を与える恐れもないとはいえないため、今後も注視が求められる。