日中友好の時代は遠くになりにき。多少の短期的な緊張緩和こそあっても、対立と相互不信が基調となり、日中関係が低空飛行の状態になって久しい。2023年は日中平和友好条約締結45周年だったが、祝賀ムードは官民ともにほとんどなかった。国民感情の悪化は歯止めがかからず、コロナ・パンデミックによる人的交流の急激な減少から回復していない。日中関係にはポジティブな側面や要素ももちろんあるが、多くの問題を抱えていることは否定できないだろう。
日本と中国はさまざまな問題をめぐって対立してきた。一つの問題が落ち着いたら別の問題に焦点が当たるといった形で、常に何かしらの火種を抱え、トラブルには事欠かなかった。本稿では、日中関係の主要な論点を簡単に整理したい。
歴史をめぐる問題
日中国交回復以来、最も頻繁に問題となってきたのは歴史をめぐる問題だろう。具体的には、日本の歴史教科書問題、日本の政治指導者による靖国神社参拝などが記憶されている。これらは往々にして「歴史認識問題」と言われ、ほとんどの場合、中国が日本の歴史認識を批判する形で対立が展開する。しかし、実際のところ両国政府の間に「歴史認識」をめぐる根本的な不一致はない。歴史認識の核心は、近代の日中の対立と戦争をどのように理解するかである。それが日本による中国に対する侵略であったことは、双方が認めており、日本側も繰り返し「反省」と「お詫び」を表明している。
にもかかわらず、歴史が長い間にわたって日中関係を支配してきた背景には、双方の国内事情に加え、相互理解の欠如などの要因がある。日本においては、侵略の歴史を否定しようとする歴史修正主義者が常に一定の勢力を形成している。中国側では、1990年以降の「愛国主義」、ナショナリズムの高まりに伴い、近代の屈辱の歴史の集団的記憶が広く共有されるようになった。そこで日本は最も手頃な攻撃対象となった。このような日中双方の状況に加え、政治体制の差異もあって、互いの制度や社会習慣に対する理解の欠如のために、誤解が疑心暗鬼を招き、不信感を強める負のスパイラルに入っていった。
習近平政権以後、歴史をめぐる問題は急速に後景化している。日本側では靖国神社参拝が控えられ、政府の中枢で歴史修正主義的な発言がなされていない。中国側では、国力が高まって経済規模の面で日本を抜いたこともあり、自信を強めている。かつて侵略の被害者としての側面を強調することで国民の愛国心を刺激していた共産党政権は、今や祖国の強大さを前面に押し出している。社会全体の歴史に対する関心が明らかに低下していることは重要であろう。しかし、歴史をめぐる問題が解決されたわけではなく、再び焦点となる可能性は十分に考えられる。特に下に述べる他の問題をめぐって対立が激化している状況において、歴史をめぐる問題が火に油を注ぐことになるかもしれない。
主権をめぐる問題
2010年代以降、主権をめぐる問題において日中間の対立が急速に深まっている。言うまでもなく、東シナ海に浮かぶ島嶼の領有権をめぐる問題である。日本では尖閣諸島と呼ばれ、中国では釣魚島、台湾では釣魚台と呼ばれる。これらの島嶼の主権についての日本政府の立場は広く知られており、そもそも領有権の問題の存在自体を認めていない。
この主権をめぐる問題は1972年の国交正常化交渉の際にも言及されたが、双方の指導者が論点となることを望まず、事実上棚上げとなった。以後長らく棚上げ状態が続いていたが、その間にも1978年には中国漁船団による「領海」への侵入、1979年の日本政府によるヘリポートの設置(のちに撤去)、1992年の中国の領海法制定と「釣魚島」を領土として明記、1990年代以降の日中台の活動家による上陸など、少なからず事件やトラブルが発生していた。両国の抑制的な対応もあって、深刻な対立に発展しなかったが、今や日中関係の最大の問題の一つとなっている。
対立激化の原因とタイミングをめぐっては、日中双方の理解がずれている。中国は2012年の石原慎太郎東京都知事による島の購入計画とそれを受けた野田内閣による「国有化」が現状変更だったと批判する。日本側から見れば、いわゆる「国有化」は東京都による島の購入を防ぐための対応であったし、そもそも2010年の尖閣諸島周辺の領海内で中国漁船が海上保安庁の船に衝突した事件、さらにそれ以前に2008年12月に中国公船が尖閣諸島周辺の領海を侵犯したことこそが問題であった。
いずれにしても、一連のトラブルは深刻な政治的結果をもたらした。2012年の「尖閣諸島国有化」は中国国民の対日感情を悪化させ、大規模かつ暴力的な反日デモが発生した。それ以後中国は日常的に公船を周辺海域に派遣し、12海里以内の「領海」への侵入を日常化させている。この繰り返される「領海侵犯」は、日本社会の反感を招き、対中世論の悪化を決定的なものにした。東シナ海の安全保障環境の悪化に対する懸念はもちろんのこと、日本国民は、中国が力によって領土的野心を実現しようとしていると恐れている。主権をめぐる対立は最も解決が難しい問題でもあり、現状解決の道筋は全く見えないままである。
安全保障・台湾をめぐる問題
主権をめぐる問題とも深く連動するが、今や日中両国は互いに安全保障上の懸念を強く有している。中国は軍の改革や軍事費の増加など、軍事力の強化に邁進し続けている。しかも、日本から見れば、東シナ海や南シナ海での活発な軍事活動が示すように、中国は力を用いて現状を変える意思を有しているように見える。2022年の日本の国家安全保障戦略では、「現在の中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項」であると明記されている。すでに社会や政府内部でも中国を「脅威」とみなす向きが大きくなっている中で、「深刻な懸念事項」という強い記述はそれでも最大限抑制されたものである。
一方中国からすれば、日本の近年の行動は懸念要因に満ちている。2015年には集団的自衛権の行使を認め、一連の安保法制を進めた。「自由で開かれたインド太平洋」を提唱して中国に対抗し、積極的な対外進出を展開し、防衛費増額も進めている。米国の重要な同盟国である日本が再び軍事大国への道を歩んでいるように見える。日本政府の「積極的平和主義」という理念は、中国にとってはほとんど説得力を持たない。
両国の安全保障上の懸念が最も現れているのが台湾問題である。2016年の蔡英文政権発足以後、中国大陸側は「九二年コンセンサス」を認めない民進党政権に対してさまざまな面で圧力を強めている。例えば、パイナップルやマンゴーなどの農産物の輸入停止によって経済的打撃を与えることはその典型である。また、台湾と国交を持つ国と次々に新たに国交を樹立し、「断交ドミノ」を発生させている。かつて長らく20数カ国あった台湾と国交を持つ国は、2024年1月現在わずか12である。しかし、何より軍事的な圧力の強化は最も顕著であり、広く注目されている。台湾海峡の中央線を越えて中国大陸側の戦闘機が飛来することが常態化し、軍事演習も頻繁に行っている。中国大陸側は平和統一の方針を維持しつつも、武力統一の選択肢は常に放棄しない立場を明らかにしている。
台湾海峡の緊張の原因がどこにあると考えるのかは、立場によって大きく異なる。米国は民主主義の台湾へのコミットメントを強化させている。多くの議員や政府関係者が台湾を訪れ、2022年にはペローシ下院議長が台湾訪問を断行した。米国からみれば、中国がいたずらに軍事的圧力を強め、緊張を招いているのであり、民主主義の台湾を支持する姿勢を鮮明にしている。しかし、中国側からすれば、そもそも2016年以後、九二年コンセンサスを認めない民進党政権こそが現状変更を行ったのであり、責められるべきは台湾当局である。
日本は同じ民主主義である台湾に強い心情的シンパシーを感じながら、米国に比べて慎重な態度をとってきた。しかし、米国の強い要求もあり、首脳による台湾問題への言及が増えてきた。2021年4月の日米首脳会談とそれを受けた共同声明で「台湾海峡の平和と安定」が明記されて以来、中国は台湾問題に限らず日本に対する批判のトーンを強めた。2021年12月、安倍晋三元首相が台湾のシンクタンク主催のシンポジウムで「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と発言したことで、中国の日本批判のボルテージはいっそう高まった。もちろん、日本側の考え方や論理を理解する者にとっては、台湾海峡で戦争を発生させてはならないという意図の発言であるのは明らかだ。しかし、中国から見れば、安倍は元首相といえども、与党の有力議員であり、日本政府の意向を暗に反映しているに違いなかった。同時に、それは台湾という中国の「国内問題」に対して、日本が軍事的に介入する意欲と野心を暴露したものにほかならなかった。2022年のペローシ訪台の際、中国は軍事演習において、日本の排他的経済水域にもミサイルを打ち込んだ。これは明らかに日本に対する警告である。
日本は社会に台湾に対する親近感と同情が広がっており、国会議員の台湾訪問も増えているが、政府レベルでは大きな政策変化は見られない。現状として、中国専門家の大半は中国大陸側が近い将来武力統一に踏み切る可能性は高くないと判断している。しかし、日米の一部の安全保障の専門家やジャーナリストを中心に、台湾有事の可能性が扇情的に喧伝されており、社会に懸念が広がっている。実際の台湾有事が発生するかどうかはともかく、不測の事態が発生するリスクは確実に高まっており、安全保障環境の悪化は明らかである。台湾問題は今や日中関係の最大の懸念事項となっている。
「国家安全」をめぐる問題
現在の日中関係において、もう一つの重大な問題は、次々と発生している日本人拘束である。習近平政権の特徴の一つは、国家安全の重視である。外国のスパイに対する警戒を強めているあおりで、日本人のビジネスパーソンや研究者が拘束される事件が相次いでいる。拘束にとどまらず、裁判を経て懲役に服しているケースも少なくない。スパイの活動に対する警戒はどの国でも当然に行われていることではあるものの、中国の場合、拘束理由はおろか、拘束の事実さえ公表しないこともある。また、そもそも拘束数が多い。
当然、その不透明性から、多くの事件が不当な拘束ではないのかと国外に懐疑的に受け止められている。この影響は深刻であり、企業にとっての中国リスクは急速に増大している。中国での経済活動に不安を感じ、社員の派遣を躊躇することが増えている。社員本人のみならず、家族の反対にも直面しやすい。
また、学術界の状況も深刻である。2019年、北海道大学の教授が一時拘束された事件は学術界に大きなショックを与えた。それ以来、多くの研究者は中国訪問を控えている。まもなくコロナ・パンデミックが発生したため、人的交流は急速に減少したものの、コロナ・パンデミック収束後も、人的交流は十分に回復していない。研究者、特に政治や近代史に関わる分野では、資料収集や学術交流で敏感な問題にも触れることが多く、リスクが高い。何が国家機密とされるのかわからず、中国に対して批判的な言動が処罰対象になる危険性もあるため、多くの研究者は、身の安全を確保できないと判断している。政府とのつながりや社会への発信力を有する研究者が中国の現状を直接見て分析し、中国人と密に交流することができない現状は、日本の中国理解を大きく妨げるものである。これは日中関係において新しい問題だが、きわめて深刻な問題である。現状、中国は国家安全を最優先する姿勢を変えていない。
生活の安全をめぐる問題
上で論じたような国家、政治レベルの問題のみならず、生活に直結するような問題も往々にして日中間のトラブルとなる。2008年、日本で中国製冷凍餃子を食べた消費者が体調を崩すという毒餃子事件が発生した。事件は、ある個人が製造元の会社の待遇に不満を抱いて、注射器で殺虫剤を入れたことによって発生した個別犯罪であった。しかし、中国側が当初中国での混入を否定したのに加え、中国のネガティブな情報が日本メディアを賑わせたこともあって、日本側の中国製食品に対する不信感が急速に高まった。
2023年、日本は福島第一原子力発電所で発生した放射性物質を含む汚染水を浄化したALPS処理水の海洋放出を開始した。中国はこれに対して大々的な批判キャンペーンを展開し、日本の海産物の輸入を停止した。日本は国際機関と連携し、専門的な知見に基づいて各国に説明しており、基本的に国際社会の支持を得られた。そのため、中国の批判キャンペーンはほとんど広がりを見せることがなかった。中国国内でも批判の波が去って、市民の関心は薄れつつあるが、海産物輸入停止は続いている。
こうした問題は生活に直結するため、市民レベルで強い反発を生む傾向がある。しかし、往々にして問題は一過性となって、一時的に盛り上がったとしても、両国関係を支配するような論点になることは多くない。他の政治的な問題と連動して批判のために持ち出されることも多い。
おわりに
現状、日中関係は深刻な相互不信に苛まれている。日中間には多くの問題があり、次々と新たな問題も発生しているが、問題が根本的に解決されることはほとんどない。古い問題が新たな問題に覆い隠されて、一時的に注目されなくなったとしても、また何らかの拍子に再び取り沙汰されて、対立が再燃する。この相互不信の構造を解消する特効薬はない。政治、経済、文化の交流を増やし、等身大の相互理解を深め、地道な対話を続けるほかない。問題に対しては長期的な視点で取り組み、解決が困難な問題であっても、それが日中関係を支配することのないよう、協力できる領域においては協力を深めることが求められる。