新たなキーワード
コロナ以前と以後で、中国の政策決定者の中国経済認識はどう変わったのだろうか?
すでに広く認識されているように、2020年以降、北京からは「新しい」政策キーワードが登場し、あるいは古いキーワードがにわかに強調されるようになっている1。その筆頭は「国内大循環」論である。2020年5月以降に登場し、「自立自強」、「供給側改革」、「消費拡大」といった言葉とセットで議論されるようになった。もう一つが「共同富裕」である。習近平国家主席がその就任直後の記者会見で触れていたように2、かねて言及していた言葉であるが、2021年8月頃からにわかに強調されるようになった。目下のところ不動産税の議論や、分配面での議論を突き動かす重要な方向性とされる。加えて指摘できるのは、後で取り上げる「新発展段階」論である。
図1には、2012年11月から2021年11月までの習近平関連講話報道の記事数(キーワードの登場回数ではなく、記事のなかにキーワードを含む記事数)で、各キーワードをカウントしたものである。
就任直後から「共同富裕」には言及があったものの、その後それほど目立たなかったが、2017年の党大会前後、そしてとりわけ2020年以降に言及頻度が上がっていることがわかる。2014年から2017年ころまで頻繁に使われていた「新常態」は、2019年以降ほぼ使われなくなっている3。そして図の右側、2020年以降には新たなキーワードとして「国内大循環」、「新発展段階」が登場している。「国内大循環」に関しては、2021年にはあまり言及されなくなっていることも確認できる。
図1 習近平政権の経済関連キーワードの推移(2012年11月-2021年11月)
注:収集対象は人民日報(国内版、海外版)、求是、新華社。
出所:「習近平系列重要講話数据庫」(http://jhsjk.people.cn/)より筆者作成。
「新発展段階」論
3つのキーワードと言える「新発展段階」、「共同富裕」、「国内大循環」は次のように整理できる。「新発展段階」が現状認識で、「共同富裕」が目標、そして「国内大循環」が国内外の環境を踏まえたうえでの手段ということになる。
新たな現状認識である「新発展段階」論については、もう少し具体的に見ておこう。2021年4月の『求是』に掲載された論文では、その根拠について、一人当たりGDP、そして絶対的貧困の撲滅を強調しつつ、次のように指摘されている。
「現実的な根拠という意味では、新しい旅を始め、新たな高い目標を達成するための強力な物質的基盤をすでに持っている。新中国建国以来、特に改革開放の40年以上の不断の努力を経て、第13次5カ年計画の終了時には、中国の経済力、科学技術力、総合的な国力、人民の生活水準は新たな段階に飛躍した。世界第2位の経済大国、最大の工業国、最大の物品貿易大国、最大の外貨準備高となった。GDPは100兆元を超え、一人当たりのGDPは1万米ドルを超え、都市化率は60%を超え、中間所得層は4億人を超えた。特に全面的な小康社会を建設の面で、数千年にわたって中華民族を悩ませてきた絶対的貧困の問題を解決したことは、歴史的な成果である。これは中国の社会主義近代化の過程における一里塚であり、我が国が新たな発展段階に入り、2つ目の100年の目標に向かって前進するための強固な基盤を築いた。」4
ここで注意しておくべきことは、同論文では、「新発展段階」が、社会主義初級段階からの脱却を意味しないという認識が示されていることである。社会主義初級段階からの脱却ということになれば、より高次な社会主義、すなわち市場メカニズムや私営企業の役割の終了ということになりかねない。この意味では、「新発展段階」は、既存の経路からの大きな逸脱を意味しない。
「1959年末から1960年初めにかけて、毛沢東同志は、ソ連の「政治経済学教科書」を読んだときに次のように指摘した:「社会主義の段階は、さらに2つの段階に分けることができ、第1段階は未発達の社会主義で、第2段階はより発達した社会主義である。 後者は前者よりも時間がかかるかもしれない」。1987年、鄧小平同志は「社会主義そのものが共産主義の初級段階であり、我々中国はまた社会主義の初級段階、つまり未開発の段階にある。すべてはこの現実から出発し、この現実に沿って計画されなければならない」。 今日、私たちがいる新たな発展段階は、つまり社会主義の初級段階の一つであり、同時に何十年にもわたる蓄積によって、新たな起点に立っている一段階でもある。」5
「国際大循環」論
「国内大循環」論は1980年代末の「国際大循環論」からの転回を思わせる6。最初期の言及として2020年5月の下記の言及があり、コロナ危機のなかで、国家戦略の調整が必要だという認識である。
「会議は、供給側の構造改革を深化させ、我が国の超大規模市場の優位性と内需の潜在力を十分に発揮させ、国内・国際の双循環が相互に促進する新たな発展パターン(格局)を構築する必要があると指摘した。産業基盤の再構築と産業チェーンの高度化プロジェクトを実施し、伝統産業の優位性を固め、優位性のある産業の主導的地位を強化し、戦略的新興産業と未来産業を配置し、産業基盤のレベルアップと産業チェーンの現代化水準を引き上げる。新型の挙国体制の優位性を発揮させ、科学技術イノベーションと技術突破を強化し、鍵となる関節、鍵となる領域、鍵となる製品の供給保障能力を強化する。(中略)各種のショッピングモールや市場、生活サービス業を正常な水準に復旧させ、産業循環、市場循環、経済社会循環を滞りなく通す。」7
目下、国内の地区ごとの地方保護的な「区域小循環」化への危惧も表明されている8。そのうえで、国外からの評価としては、「ヘッジされた国際経済との統合」(Hedged Integration)という表現がある9。 「一帯一路」や「中国製造2025」に続く習近平の政策的なバスワードであるものの、重大な帰結をもたらしうるとの評価もある10。 いまだ実行途上にあるアイデアではあるが、潜在的には米国の経常赤字、中国の経常黒字というグローバルインバランスに構造変動を迫る可能性も指摘されている11。
「共同富裕」論
「共同富裕」論についても『求是』の論文が刊行されている。そこでは文頭下記の通り、新たな段階に達したからこそ、次の政策課題を目指すという位置づけとなっている。
「改革開放後、わが党は正と負の歴史的経験を深く総括し、貧困は社会主義ではないことを悟り、伝統的な制度の束縛を解き、一部の人と地域が先に豊かになることを許し、社会的生産力の解放と発展を促進した。」
「第18回党大会以降、党中央委員会は発展段階の新たな変化を把握し、全人民の共同富裕を徐々に実現することをより重視し、地域の協調的発展を促進し、人民の生活を守り、向上させるために積極的な措置を講じ、貧困との戦いに勝利し、全面的な小康社会を構築し、共同富裕を促進するための有利な条件を作り出してきた。現在は、共同富裕をしっかりと推進する歴史的な段階に達した。」12
重要な点は、「先富論」との関係であろう。同論文によれば、先富論を否定はしないものの、その調整の必要性を強調している。
「一部の人が先に豊かになることを許さねばらないが、同時に先に豊かになった人が後の人が豊かになることを伴わなければならず (先富带后富)、また後から豊かになるものを助けるべきことを強調せねばならない。労働に励むこと、合法的に経営すること、果敢にも創業して先頭に立つ人を重点的に奨励する。脇道を使って豊かになることは奨励できず、法律に違反した人は法律に基づいて処理される。」13
今後の課題
「共同富裕」論、そして「国内大循環」論は、いまだに具体策とその実効性を評価する段階には入っていない。「国内大循環」論については、①供給側改革の延長線上の施策、②新インフラ(新基建)建設、③国内消費拡大、そのための低所得層・中間層の支援策、④国産化支援の産業・技術政策、⑤データ・個人情報保護の立法といった論点が考えられる。「共同富裕」論では、その具体化に関連する論点は①三次分配論、②「資本の無秩序な拡大を許さない」方針(2020年、中央経済工作会議)⇒独禁法の厳格適用、③課外教育の非営利化(2021年7月)、④不動産税の試験的導入、⑤共同富裕示範区の浙江省への設立といった点を挙げられる。新しい開発構想の実態分析と評価は今後の課題となる。