はじめに
2021年6月22日、国連人権理事会において、新疆、香港、チベットにおける人権状況を懸念する共同声明が発表されたi。欧米諸国、日本、そのほか中華民国(台湾)を承認する国々など44カ国が署名し、カナダ大使が声明を読み上げた(署名した国の詳細は本レポート末尾の一覧参照)。
これに対し、ベラルーシ代表が同じ日に中国擁護の声明を発表、署名する国はアフリカ、中東などを中心に69の国(パレスチナを含む、以下略)にのぼったii。中国外務省によれば、正式に署名した国以外にも合計90カ国以上が中国を支持しているというiii。中国を支持する国が、懸念を表明する国の倍以上存在することになる。
数の優位に勢いづく中国
こうした国連人権理事会を二分する声明合戦は今に始まったものではない。2019年7月には、22カ国が中国の新疆政策を非難する共同声明を発表したのに対し、37カ国が中国擁護の共同声明に署名した。2020年10月にも、中国の新疆政策を批判する声明に39カ国が、対する中国擁護の声明には45カ国が名を連ねたiv。香港関連では、2020年6月、香港国家安全維持法導入をめぐって、日本を含む27カ国が反対を表明したものの、53カ国が支持を打ち出したv。いずれの対決においても中国擁護側の数が勝っており、これをうけて中国側が勢いづいたことは言うまでもない。
中国側は、当初は主として欧米諸国からの非難に対し、人権を口実に中国の内政に干渉することへの断固反対を表明していたに過ぎなかったが、2021年に入ってからは、欧米諸国の人権問題を批判する姿勢を強めている。直近の声明合戦の翌日(2021年6月23日)に開かれた中国外務省の定例記者会見では、趙立堅報道官が以下のような発言をしている。
「カナダ、米国、英国などの一部西側諸国は『人権の裁判官』を自負し、『人権の先生』を偉そうに気取っているが、自分のところの深刻な人権問題を見て見ぬ振りをし、避けている。それぞれの国の人権の記録は痛ましい限りで、先住民の児童は迫害され、警察の暴力は日常茶飯事、レイシズムは根強く残り、銃が濫用され、ユダヤ、ムスリム、アジア系、アフリカ系移民に対するヘイトが頻繁に発生し、他国への軍事干渉は深刻な人道危機を招き、一方的な強制で他国の基本的人権を侵害する。このようなたくさんの汚点と罪を前に、彼らはどのような資格で他国の人権状況にあれこれ口出しするのか? 自分自身を鏡でよく見て深刻に反省し、自国の深刻な人権問題を解決する措置をとるようご忠告申し上げるvi」。
とりわけ人権状況を懸念する声明を読み上げたカナダに対しては、中国は過去に起きたとされる先住民の児童虐殺問題を追及する構えを見せている。2021年6月22日、まさに声明合戦がおこなわれたその日、中国のジュネーヴ代表処の蒋端公使は、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、イラン、シリア、ベネズエラ、スリランカなどとともに、もうひとつの共同声明を発表した。カナダの先住民寄宿学校の跡地から200人以上の子供の遺骨が発見された件を取り上げ、カナダに対し「人権侵害行為を即時停止」するよう促すと表明したvii。中国は今や、西側諸国からの批判に真っ向から反論するとともに、欧米諸国の揚げ足を取って反転攻勢に出ている。
中国に賛同が集まる背景
そうした中国に多数の国の賛同が集まる背景には、中国が国連外交において協調できる国を着実に増やしてきたこと、また発展途上国のあいだで中国による「一帯一路」関連の投資、新型コロナウイルス感染症関連の支援に強い期待があることなど様々な要因があろう。しかしより根本的な要因として、中国の新疆、香港政策そのものの段階が変化してきていることを、本稿では指摘したい。
ここ数年来、中国は新疆における少数民族の「再教育施設」(職業訓練センター)への収容、産児制限の強化、労働力の強制的動員、それから香港における統制の強化、国家安全維持法の導入などで欧米諸国から非難を浴びてきた。これら一連の政策はいずれも、中国共産党政権が内地の論理にもとづいて断行した現状変更であり、それゆえに香港では激しい摩擦を生み、欧米世論は拒否反応を示したのであったviii。
しかしこうした現状変更の試みは、すでに2020年内に一段落し、徹底した監視体制が敷かれつつある。新疆は外界から隔絶され、香港の抗議も鎮圧され、それぞれ程度は異なるが、統制下における沈黙状態に入った。中国側から見れば、新たな騒ぎを起こさないようにし、非難の「口実」を諸外国に与えないようにしたことで、より多くの国を中国の観点に賛同しやすくした面があろう。
もちろん新疆、香港で続く抑圧的な統治に関して、新たに明らかになった証言、告発、事案などをもとに、中国への非難は継続されている。しかし同時に中国も宣伝を強化している。特に2021年春以降、世界各地で中国の新疆政策を称える宣伝活動がおこなわれるようになり、これまで中国が受けてきた、中国から見れば「事実無根」の批判の打ち消しが図られている。そこでは少数民族の人々が職業訓練を経て、幸福な暮らしを送っている姿が強調され、機械化が進み、人間が手作業で綿摘みをする必要がなくなった綿花畑の様子などが紹介されているix。中国側の主張にもとづく一種のパラレルワールドが、中国一国という範疇にとどまらず、国際社会において広がりを見せつつある。
2021年6月22日の各共同声明署名国一覧
(注1、2の資料をもとに筆者作成)
(国名のアルファベット順)
懸念声明 |
擁護声明 |
|
1 |
アルバニア |
アルジェリア |
2 |
オーストラリア |
アンティグア・バーブーダ |
3 |
オーストリア |
バーレーン |
4 |
ベルギー |
バングラデシュ |
5 |
ベリーズ |
ベラルーシ |
6 |
ボスニア・ヘルツェゴビナ |
ベナン |
7 |
ブルガリア |
ボリビア |
8 |
カナダ |
ブルキナファソ |
9 |
クロアチア |
ブルンジ |
10 |
チェコ |
カンボジア |
11 |
デンマーク |
カメルーン |
12 |
エストニア |
中央アフリカ |
13 |
フランス |
中国 |
14 |
フィンランド |
コモロ |
15 |
ドイツ |
コンゴ |
16 |
ハイチ |
キューバ |
17 |
ホンジュラス |
ジプチ |
18 |
アイスランド |
ドミニカ |
19 |
アイルランド |
北朝鮮 |
20 |
イスラエル |
エジプト |
21 |
イタリア |
赤道ギニア |
22 |
日本 |
エリトリア |
23 |
ラトビア |
エチオピア |
24 |
リヒテンシュタイン |
ガボン |
25 |
リトアニア |
ガンビア |
26 |
ルクセンブルク |
グレナダ |
27 |
マーシャル諸島 |
ギニア |
28 |
モナコ |
ギニア・ビサウ |
29 |
オランダ |
イラン |
30 |
ニュージーランド |
イラク |
31 |
ノルウェー |
キリバス |
32 |
パラオ |
キルギス |
33 |
ポーランド |
ラオス |
34 |
ポルトガル |
レバノン |
35 |
ルーマニア |
リビア |
36 |
サンマリノ |
マリ |
37 |
スロバキア |
モーリタニア |
38 |
スロベニア |
モロッコ |
39 |
スペイン |
モザンビーク |
40 |
スウェーデン |
ミャンマー |
41 |
スイス |
ネパール |
42 |
ウクライナ |
ニカラグア |
43 |
英国 |
ニジェール |
44 |
米国 |
ナイジェリア |
45 |
パキスタン |
|
46 |
パレスチナ |
|
47 |
パプア・ニューギニア |
|
48 |
ロシア |
|
49 |
サントメ・プリンシペ |
|
50 |
サウジアラビア |
|
51 |
セルビア |
|
52 |
シエラレオネ |
|
53 |
ソロモン諸島 |
|
54 |
ソマリア |
|
55 |
南スーダン |
|
56 |
スリランカ |
|
57 |
スーダン |
|
58 |
スリナム |
|
59 |
シリア |
|
60 |
タジキスタン |
|
61 |
トーゴ |
|
62 |
トンガ |
|
63 |
チュニジア |
|
64 |
アラブ首長国連邦 |
|
65 |
ウガンダ |
|
66 |
ベネズエラ |
|
67 |
イエメン |
|
68 |
ザンビア |
|
69 |
ジンバブエ |
i The U.S. Mission to International Organizations in Geneva, "Joint Statement on the Human Rights Situation in Xinjiang," 22 June 2021. https://geneva.usmission.gov/2021/06/22/joint-statement-on-the-human-rights-situation-in-xinjiang/.
ii 中華人民共和国常駐聯合国日内瓦弁事処和瑞士其他国際組織代表団「白俄羅斯代表69国在人権理事会第47届会議支持中国的共同発言」2021年6月22日。http://www.china-un.ch/chn/dbdt/t1886464.htm?fbclid=IwAR3BJ7mg0qrgf_hj9X0517TjrUuU9VVDRFdjm-ioZauyABNphhQclT4AD7Y(同英語版は以下:http://www.china-un.ch/eng/dbdt/t1886467.htm?fbclid=IwAR2qLFwrVreyhZMLWX3dd_GrxhenNrybDh4_p7Dc6jT3Z7_dFHEK1j4bL4I)。
iii 中華人民共和国外交部「2021年6月23日外交部発言人趙立堅主持例行記者会」2021年6月23日。https://www.fmprc.gov.cn/web/fyrbt_673021/t1886125.shtml。
iv 2019年7月と2020年10月の各声明に参加した国の内訳は以下参照。Catherine Putz, "Which Countries Are For or Against China's Xinjiang Policies?" The Diplomat, 15 July 2019. https://thediplomat.com/2019/07/which-countries-are-for-or-against-chinas-xinjiang-policies/. Catherine Putz, "2020 Edition: Which Countries Are For or Against China's Xinjiang Policies?" The Diplomat, 9 October 2020. https://thediplomat.com/2020/10/2020-edition-which-countries-are-for-or-against-chinas-xinjiang-policies/. なお、2019年7月の中国擁護声明の最終的な賛同国は50カ国となった。中華人民共和国常駐聯合国日内瓦弁事処和瑞士其他国際組織代表団「50国大使聯名致函聯合国人権理事会和人権高専,支持中国在涉疆問題上的立場」2021年7月26日。http://www.china-un.ch/chn/dbdt/t1683827.htm(同英語版は以下:http://www.china-un.ch/eng/dbdt/t1683829.htm)。
v Dave Lawler, "The 53 countries supporting China's crackdown on Hong Kong," Axios, 3 July 2020. https://www.axios.com/countries-supporting-china-hong-kong-law-0ec9bc6c-3aeb-4af0-8031-aa0f01a46a7c.html.
vi 注3に同じ。
vii 中華人民共和国常駐聯合国日内瓦弁事処和瑞士其他国際組織代表団「中国代表一組国家在人権理事会敦促加拿大立即停止侵犯人権行為」2021年6月22日。http://www.china-un.ch/chn/dbdt/t1886014.htm(同英語版は以下:http://www.china-un.ch/eng/dbdt/t1886023.htm)。
viii この点については、昨年度の研究会報告書掲載の拙稿において指摘した。「習近平政権下の国民統合:新疆、香港政策を中心に」『習近平政権が直面する諸課題』研究会報告書、日本国際問題研究所、2021年、45ページ。https://www.jiia.or.jp/pdf/research/R02_China/07-kumakura.pdf。
ix 一例として、中華人民共和国駐日本国大使館「駐日中国大使館、『美しい新疆』オンライン交流会を開催」2021年6月13日。http://www.china-embassy.or.jp/jpn/dsgxx/t1883571.htm。