研究レポート

変化する気候に適応する災害対策:アプローチと課題

2021-10-11
石渡幹夫(東京大学大学院客員教授、国際協力機構国際協力専門員)
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「地球規模課題」研究会 FY2021-1号

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

はじめに

都市化や人口増加等の要因により世界各地で災害は増加している。最近出されたIPCC第6次評価報告書によれば、気候変動により豪雨や干ばつの頻度や強度が増加すると予測されており、十分な対策が取られなければ更に災害被害が増加することとなる。こうした災害に備えて、それぞれの国で防災への取り組みが強化されている。治水インフラ施設への投資が増やされ、構造物対策に加えて、移転など町づくりから防災を考え、自然と調和した対策に取り組まれている。新型コロナパンデミックからの復興においても、持続可能なグリーンな対応が打ち出されているところである。

本稿では気候変動適応策について、代表的な国々のアプローチについて概観し、その課題を検討する。なかでも、近年、関心が高まっている、自然環境が有する機能を活用して社会における様々な課題を解決するグリーンインフラや自然を基盤とする対策(NbS: Nature-based Solutions)と、危険地域からの移転事業を取り上げる。

代表的な国々のアプローチ

ヨーロッパ、日本、アメリカともに、深刻化する災害に対応すべく防災投資を増やし治水インフラ整備を進めている(表1)。さらに、従来型の堤防などの構造物建設に加えて、危険地域からの移転や、町づくりなどの多層な対策を進めることとしている。

表1 各国の災害対策プログラムと予算

プログラム名 予算 (円/年)
オランダ デルタプログラム 1,600億円/年
イギリス 洪水対策政策 1,100億円/年
アメリカ インフラ投資(審議中) 1.1兆円/年(防災関連)
日本 国土強靭化加速化 3兆円/年

欧州連合は2007年に洪水指令を出し、各国はリスク評価、ハザード・リスクマップの作成、洪水リスク管理計画を作成することとなった。すでにすべての国で洪水リスク管理計画は完成し、実施に移されている。今後の取組みとして気候や社会経済の変化、都市のスプロールや土壌管理などを含めた洪水対策を進めるべき、との提言が出されている。欧州連合は2021年2月に気候変動適応戦略を採択した。その中で水害などの気候関連リスクを削減するために、防災との連携を強化することを示している。ヨーロッパ諸国は現状で年平均30億ユーロ(3900億円)の治水投資を行っている。今後、100億ユーロ(1.3兆円)以上の投資が必要との試算もある。

オランダは干拓により国土を形成し治水施設により守られており、人口の7割は海面より低い地域に居住している。洪水防御、水供給、気候変動適応を目的とするデルタ法を2012年に制定し、デルタプログラムを推進している。2032年まで毎年、12.5億ユーロ(1,600億円)を投資することとしている。洪水対策としては構造物建設のみならず、(1)堤防強化、(2)まちづくり、(3)危機対応の三層で対応する。

イギリスは2020年に洪水対策政策(Policy statement)を発表した。インフラ整備に加えて、干ばつや洪水など水の統合管理、自然を基盤とする対策(NbS: Nature-based Solutions)、地域社会への支援、流域でのアプローチを進めることとしている。2021年から27年までの間に治水投資を倍増し52億ポンド(7800億円)投資する。これにより33万6千戸を防御し、被害額を11%減らすことができる。

アメリカではバイデン政権がインフラ投資の法案化を進めており、その中には500億ドル(5.5兆円)の防災対策が含まれている1。これまでも、堤防などの施設整備に加えて、洪水保険、洪水危険地での住宅買取り(Buy-out)(図1)、移転事業(Managed Retreat)といった先進的な取り組みを進め、洪水リスクを減らしてきている。

日本では、「防災・減災、国土強靭化のための5か年加速化計画」を2020年に策定した。2021-25年でおおよそ15兆円を投資する予定である。気候変動の影響により激甚化・頻発化する気象災害と、切迫している南海トラフ地震等の大規模地震に備えるものである。変化する気候に適応する洪水対策としては「流域治水」が打ち出されている(図2)。これまで、洪水対策への集中的な投資により、洪水被害の軽減に成功してきた。今後は、主要な対策である堤防やダムといった構造物だけでなく、流域全体で洪水対策に取り組むべく、危険地域からの移転といった町づくりや、水田での洪水の貯留などを進めていくものである。

適応策の現状と課題

ここでは各国が打ち出している適応策の中から、近年、関心の高いグリーンインフラ(GI)と防災移転(Managed Retreat)について、検討し課題を考える。

グリーンインフラ

GIの目的や対象は統一されておらず、各国や各機関で様々な定義、取組みがなされている。欧州連合ではGIは、都市や地方域にて生態系によるサービスを供給し多様性を守るための、自然や自然に近い環境対策のネットワーク、と幅広い概念で定義している。アメリカでは雨水排水対策を対象としている。ここでは欧州連合やアメリカが意味するGIや自然を基盤とする対策(NbS)を合わせGIと称し、水害対策について検討する。


GIはコンクリートから作られるグレーインフラよりも経済的だとの指摘がある。アメリカではサンゴ礁や湿地帯が沿岸災害を軽減する経済便益を算定している。2012年のハリケーンサンディでは湿地帯は被害の1%に当たる約690億円を減少させたとの報告がある2。サンゴ礁はハワイやフロリダ、プエルトルコといった海岸沿いに資産が集積している地域において、浸水被害を1/5から1/10減少させていると評価されている3。さらに、生物多様性や水質、リクリエーションなど、多彩な便益を生み出せる利点が指摘されている。

日本では河川事業として多自然川づくりと呼ばれる手法が、GIと同等の概念を持ち、1990年代から実施されてきた。これは、自然の機能を生かし生態系や景観の保全・創出を目指す河川事業である(図3)。高度成長期に効率性から多用されたコンクリートの三面張りの河川改修が、景観や生態系を悪化させてきた反省に基づいている。GIに分類される公共事業のうち約2/3は河川事業であるとの報告がある4

課題も指摘されている。海岸の防災林の効果の限界は東日本大震災で明らかになった。津波のエネルギーを削ぎ、浮遊物を補足し、被害軽減に貢献したものの、防災林自体が大きな被害を受け、津波の被害を完全に防ぐことはできなかった。

計画や工事の手法も整備されていない。従来型の構造物では技術基準や、各種ガイドラインやマニュアル類が整備されている。GIを広く普及させるには技術図書の確立が必要である。 

このようなことから経済分析の手法も確立されていない。経済分析に必要な、建設コストや維持管理費、便益の算出方法はいまだ開発途中である。

防災移転

危険地域から家屋を移転すれば災害のリスクを減らすことができる。日本では東日本大震災からの復興の主要事業として、防災集団移転促進事業が行われた。地方自治体が津波の危険地域での新規の住宅建設を禁止し土地を買取り、高台など安全な地域での住宅再建を進めた。393カ所の移転地が造成され、約4万8千戸、内1万8千戸の住居と3万戸の災害公営住宅が建設された。

アメリカでは1990年代から洪水の危険地にある4万軒以上が買い取られ移転した。買上げられた跡地は、住宅などの開発は許されず、公園や農地、運動施設など、治水上問題のない土地利用がされている。買上げは強制ではなく、あくまで住宅所有者の自発的な意思による。高床にするなど改築すれば住み続けることも可能である。2004年に発生したインド洋大津波からの復興事業として、インドネシア、スリランカ等で実施されている。

しかしながら課題も指摘されている。コミュニティが存続できず崩壊する恐れがある。移転についての合意を得るのは簡単ではなく、移転地の造成やインフラ整備には数年を要する。合意を得られない、もしくは事業期間を待てなければ、住民は都市圏など他地域へ流出し、地域社会や地場産業は衰退しかねない。東日本大震災の多くの被災地では、人口が減少した。アメリカではさらにこの恐れが強い。危険地での買取り制度はあるものの、日本と違って移転地整備が制度に入っておらず、集団ではなく各個人で移転先を探すこととなる。例外的に20-30の自治体でコミュニティを維持するために、別の事業制度を活用し移転地が整備され集団での移転がなされた。

社会的格差と不平等を拡大する恐れがある。低所得者層や社会的弱者が買取り・移転により追い出され、生活再建への配慮がなされなければ、弱者は事業の便益を受けられないことになりかねない。アメリカでは都市の高級化(gentrification)と呼ばれている現象である。日本では自力での住宅再建が難しい高齢者や低所得者を対象に、災害公営住宅が整備され家賃補助などの支援、高齢者見回りもなされた。しかし、孤独死などの問題は解決してはいない。

地方自治体に複雑な業務を遂行する実施能力が求められる。被災者の合意づくり、移転地整備など、それまで経験がないような対応が必要となる。日本でもアメリカでも外部の専門家による支援を得て、事業プロセスを進めている事例がみられる。 

共通する課題:ガバナンス

GI、移転事業ともに、複数の機関、地域社会、専門家といった多様な関係者の協働が必要であり、これまでの防災とは違ったガバナンスが必要となる。構造物対策であれば技術官庁がトップダウンで進めることも可能であったかもしれない。しかしながら移転事業は住民の合意形成が必須である。住民が元の土地での住宅再建を望むのか、高台移転を選ぶのか、で意見が対立すれば、事業は進まない。アメリカでも東北においても意思決定や計画への住民の参加がスムーズな事業実施に重要な要素となった。

GIでは工学だけでなく環境・生態系、まちづくりなどの知識や技術が求められる。多分野の協働が必要となる。また、水辺を環境学習やリクリエーション、憩いの場に活用するなど、地域社会に利用されるため、多様なニーズに応えるために住民参加が求められる。さらに、住民による清掃などの維持管理が期待される。

おわりに:知識の共有にむけた国際協力

変化する気候により激化していく災害に適応するには、従来からの構造物対策が引き続き重要な役割を果たすにしろ、それだけでは不十分である。各国ともに、川の中だけでなく、まちづくりや地域づくりも含む、多層な対策を打ち出している。特に、グリーンインフラ(GI)や移転事業は、災害被害を効果的に軽減できる。しかしながら、その実施には政策、技術、ガバナンスなど課題がみられる。

各国の知識の交流を進め、政策研究を行うことで、各国の取り組みの強化を図るべきであろう。GIであれば、定義や優良事例、事業対象、被害軽減効果、技術基準、経済分析等についての課題がある。移転事業では事業の構成、費用負担、合意形成などの検討が求められている。こうした知見は経済発展著しい途上国でも持続可能な取り組みに生かしていける。

日本は東日本大震災からの復興において大規模に防災集団移転促進事業を実施し、また、数十年にわたる多自然川づくりの経験がある。多くの知見が蓄積されており、積極的な貢献が期待される。




1 Whitehouse (2021) FACT SHEET: The Bipartisan Infrastructure Investment and Jobs Act Advances President Biden's Climate Agenda, August 5, 2021, Whitehouse: Washington DC.
2 Narayan, S., Beck, M.W., Wilson, P. et al. (2017). The Value of Coastal Wetlands for Flood Damage Reduction in the Northeastern USA. Scientific Reports, 7, 9463. https://doi.org/10.1038/s41598-017-09269-z
3 Reguero, B. G., Beck, M.W., Bresch, D.N., Calil, J., Meliane, I. (2018). Comparing the cost effectiveness of nature-based and coastal adaptation: A case study from the Gulf Coast of the United States. PLoS ONE, 13 (4), e0192132. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0192132
4 友定憲映(2018)「公共事業としてのグリーンインフラの整備手法に関する研究」、『法政大学大学院紀要』デザイン工学研究科編、7巻(3月)、p.1-8