領土・歴史センター

<史料館探訪③>イギリス国立公文書館(TNA)を訪問して

2025-05-22
谷一巳(東京外国語大学講師)
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はじめに

筆者は2025年2月3日から12日にかけて、イギリス国立公文書館(TNA)と大英図書館での史料収集を行うため、ロンドンに滞在した。TNAは世界中の史料館の中でも最も知られた施設の一つであり、また最も体系的に整備されている、換言すれば、最も使いやすい史料館の一つと言える。しかしながら、これから初めてTNAを訪問する方にとっては、最新の情報を共有することには価値があるだろう。以下の情報は2025年2月時点のものであり、あくまでも筆者の個人的な経験に基づいたものであることを付言しつつも、ある程度の参考になれば幸いである。

なお大英図書館も訪問したが、こちらは2023年10月に発生した大規模サイバー攻撃の影響で、当時も個人文書を検索できない状況だった。そのため、今後近いうちに新しいシステムが再構築されて調査方法も大きく変わるものと考え、本稿では取り上げない。

1TNAの概要とアクセス

<基本情報>

名称:The National Archives (TNA)

住所:The National Archives, Kew, Richmond, Surrey TW9 4DU

HP:https://www.nationalarchives.gov.uk/

連絡先:ホームページ(https://www.nationalarchives.gov.uk/contact-us/)を参照

開館時間(閲覧室の開室時間であり、建物の開館時間は若干異なる)

火・木のAM 9:30〜PM 7:00(史料の請求はPM4:00まで)

水・金・土のAM9:30~PM5:00(史料の請求はPM3:30まで)

休館日:日・月、クリスマス休暇(12月24~26日)、元日その他

<日本からのアクセス>

当然のことながら、航空機でロンドンにたどり着かなくてはならない。昨今の情勢で直行便であっても飛行時間が長くなったので、乗継便を使うのも良いかもしれない。筆者はブリティッシュ・エアウェイズの直行便でロンドン・ヒースロー空港に到着したが、特にヨーロッパ域内からは市内の他の空港にも多くの便が運航されている。それぞれの空港からロンドン中心部のターミナル駅までの移動もしやすい。かつては入国審査の長蛇の列で待たされ、無事入国する頃には預けていた荷物が地べたに無造作に放り出されているという光景がおなじみだったが、今では自動化ゲートを一瞬で通過できる(国籍による)。羽田空港の出国も自動化されていてパスポートにスタンプを押されることもないので、風情はないかもしれない。なお2025年1月から、入国に際してETA(電子渡航認証)の取得が必須となった。公式アプリの口コミは悪評が多く、確かに顔写真のアップロードにはやや難儀したが、それでもこれを使うのが良いだろう。筆者は帰国後にETAの申請手数料が上がるという報道を目にしたが、実際に4月9日から16ポンドに引き上げられた。ETAについては必ず公的機関の最新の情報を参照してほしい。

ロンドン・ヒースロー空港からの移動方法は宿泊先にもよるが、TNAへは地下鉄ピカデリー線でハマースミス駅まで向かい、そこでディストリクト線に乗り換え、キュー・ガーデンズ駅で下車する。空港からは50分程度。その他の地域であれば、ヒースロー空港からクマのキャラクターで有名なパディントン駅へ向かうヒースロー・エクスプレスや、近年開業したエリザベス線も利用できる。なお公共交通機関の利用には、オイスターカード(交通系ICカード)かタッチ決済対応のクレジットカードが必須。バスは現金を使えないし、地下鉄も現金払いだと2倍程度の料金を取られる。

キュー・ガーデンズ駅からは、下車したホームの改札を出るとそのまま東の方向、名前の由来になっている王立植物園とは逆方向に進む。カフェやケバブ屋などが立ち並んでいる小さな広場を通り過ぎ、一つ目の通りを左折して大通りに出るまで進む。信号を渡って道なりに歩くとTNAの敷地であり、鳥たちが出迎えてくれる池を越えたところにある建物がTNAである。キュー・ガーデンズ駅からは徒歩約10分。

建物前の池や庭では、白鳥を眺めることができる(筆者撮影)


<宿泊先選び・周辺情報>

TNAの周辺には、安価なベッド・アンド・ブレックファスト(B&B)が多い。長期滞在者のために、1週間当たりの価格を設定している宿もある。詳しい情報については、このサイトが有益だろう。また、TNAを出て大通りをテムズ川方面に進んだところにある「Coach & Horses」と駅の反対側にある「Kew Gardens Hotel」の2軒は、1階がパブになっているタイプの宿泊施設である。たまにはパブで食事しても良いだろうし、駅周辺や隣駅のリッチモンドには飲食店も多い。TNAのすぐそばにはマークス&スペンサー(スーパー)があるので、宿に電子レンジがある場合は「Ready Meal」を買うと出費を抑えられる。駅の西口近くには、安価なスーパーとして知られるテスコもあるが、テスコ・エクスプレスという規模の小さな店舗であり、品ぞろえは限られている。一般的なレストランで外食すると、1人20ポンドは覚悟した方が良い。

キューに泊まると、どれほど寝坊しても開館時間には間に合うという利点もあるが、難点がないわけではない。まず日本で想像するような「ホテル」はないので、設備面ではやや心もとない。例えばエレベーターは設置されておらず、重いスーツケースを3階や4階まで狭く急な階段を使って運ばなくてはならない。また、キューは風向きによってはヒースロー空港への着陸ルート上に位置するため、午前5時頃から航空機の爆音にさらされる。筆者も即席で耳栓を作ったほどである。特に家族経営のB&Bでは、屋根裏部屋(ちゃんとした客室ではある)に案内されることもあるため、同時期に滞在していた日本人研究者曰く、基地の近くよりも騒音がひどかったとのことである。

一般的な「ホテル」に泊まりたい場合は、ヒースロー空港とTNAの両方にアクセスしやすいハマースミスやアールズ・コートの周辺が良いだろう。これらの地域は都心にも近い。大英図書館や帝国戦争博物館、あるいはロンドン以外の史料館も訪ねる場合は、交通の便を考えて都心寄りに宿泊した方が便利である。また、テムズ川の対岸ブレントフォードにもチェーンのホテルがある。

2.所蔵史料の請求方法

<検索システム>

TNAの公式サイトから「Discovery」という検索システムにアクセスできる。このシステムでは、キーワードを入力するだけでも簡単に検索できるし、時期や対象とする省庁を絞ることで、よりピンポイントに検索することも可能である。また、「Advanced search」から「Search the National Archives only」を選択して、「Catalogue levels」のところで「Piece」にチェックを入れると、例えば外務省文書の場合であれば「FO〇〇/〇〇〇」といった形で結果が出力される。これが下記の請求の際に使う単位になる。検索結果が出力されれば、「Reference」順に並び変えると史料番号順になるので非常に分かりやすい。

Discoveryの画面(TNAウェブサイトより)


<事前予約サービス>

TNAの最大の利点は、「Reader's Ticket」と呼ばれる利用証を事前に予約できるだけでなく、その際に発行される仮番号で当日閲覧する史料を最大12点まで予約できることである(Reader's Ticket予約時に訪問日も伝える)。これにより、利用証の発行や史料請求にかかる時間を最大限カットして、初日から効率的に史料調査を行うことができる。予約はこのページから。特定の史料群だけを見るのであれば「bulk」の方だが、基本的には「standard visit」を選んで必要事項を入力すれば良い。利用証の更新もこのページからできる。

なお、利用証の発行には氏名と現住所を証明する書類が必要となる。氏名はパスポートで証明できるが、問題は後者である。留学やサバティカルなどでイギリスに住所があれば、現地の公的な証明書を用いることができるだろうが、日本から渡航する場合にはおそらく国際免許証が最も確実で、最も入手しやすい。各都道府県の運転免許試験場や運転免許更新センター、一部の警察署で発行してもらえる(警察署の場合は時間を要するので注意)。

3. 現地での調査方法

<閲覧室に入るまで>

公文書館の建物に入ると、2階(イギリスでは1st floor)にある閲覧室に入る前に、1階(同じくground floor)のロッカールームに不要な荷物を置いていく。ここに用意されている透明な袋にPCやカメラ、充電器など、閲覧室で必要な荷物を入れる。飲食物の持ち込みは当然厳禁で、水分を補給するには閲覧室から出て1階に下りなくてはならない。また、史料の持ち出しを防ぐためにケース型のものも持ち込めない。初回訪問時は、2階に上がって左手すぐにあるデスクでReader's Ticketを発行してもらう。ここで仮番号と名字を伝え、顔写真を撮影して利用証を受け取れば、その左隣にあるゲートを通過していよいよ閲覧室に入る。

<閲覧室で>

ゲートを通過する際にはPCを開く(何も挟んで持ち運びしていないことをアピール)。中央のインフォメーションデスクか、柱に設置されている端末2基で自分の席を確認し、史料を事前に予約している場合は座席番号に対応するロッカーで史料を受け取る。ここからは史料を受け取りながらオーダーを回していくことになるが、基本的にはオーダーから1時間以内に届く。一度にオーダーできるのは3点で、それが届けばまた新しい史料を請求できるが、一度に貯められるのは21点までとなる。箱に入っているものは一度に1点までしか座席に持って行けないが、そうではないものは3点まで持って行って良い。コロナ禍以降、座席は1つおきに利用することになったようである。史料と手荷物を広げたとしても、十分なスペースがあった。

史料の取り扱い方については、事前に利用証を予約する時にも動画で注意喚起されるが、現地でも公文書館の職員が頻繁に巡回しており、何か問題があれば声をかけられる。古い史料であればどうしても状態が悪いものもあり、また言うまでもなく、極めて歴史的な価値の高い史料である。取り扱いには細心の注意が求められる。

確認が済んだ史料は、返却用デスクに持って行く。この時、貸し出された際についている黄色のタグを忘れないように注意したい。これについているバーコートですべての処理を行っているので、タグを紛失してしまうとシステム上ではいつまで経っても返却処理されない、ということになりかねない。かなり落としやすいので注意が必要。まれにTNAの職員がロッカーに入れてくれた時に落下していることもあるので、史料を自席に持って行く際にはタグが挟まっているか確認した方が良い。

閲覧室ではWi-Fiを利用できるので、史料収集したデータをドライブにアップロードしたり、自席から上記の「Discovery」にアクセスして、随時お目当ての史料を検索したりすることができる。一昔前であれば一眼レフカメラやデジタルカメラで撮影することが一般的だったが、今回は以前に増してスマートフォンで撮影している利用者が多かった。筆者も渡航前にいくつかのアプリを試し、「Adobe Scan」を利用した。文書のサイズに合わせて自動でトリミングしたり歪みを補正したりしてくれるので、非常に便利だった。昔ながらのやり方の方が優れている点もあるし、他のアプリも多くあるようなので、各自最適な方法を検討してほしい。

宿でたっぷり朝食を取っていれば夕方まで食欲は湧かないかもしれないが、それでもコーヒーや紅茶を飲みたくなることもあるだろう。TNAの1階には、レストランとカフェがある。レストランのメニューは日替わりで、イギリスらしいフィッシュ・アンド・チップスやパイ、スープなどがあり、エスニック料理が出ることもある。また、サンドウィッチやジュース、ミネラルウォーターなどを購入することもできる。カフェにはケーキやクッキーもあるので、疲れた頭に栄養を補給するのに良い。近隣のマークス&スペンサーに出かけたり、軽食や飲み物を持ち込んだりする人も多い。ウォーターサーバーも設置されている。

1日の史料収集が終わったら>

閉館時間が近づくと、アナウンスで注意喚起される。長時間の史料収集を終えて、一目散に帰ってパブでビールでも飲みたいところだが、まだ1つやるべきことが残っている。次回訪問日の予約である。TNAでは、数日以内に再び訪問する場合であれば、座席と史料をキープできる。次に来た時に一から座席を取ったり、史料をオーダーしたりする必要がないので、これは必ずしておこう。もし史料収集の最終日であれば、座席と史料をリリースすることもできる。

<日曜日の過ごし方>

火曜日から土曜日はTNAでの史料収集に専念し、TNAが休みの月曜日には大英図書館が開いているとしても、問題は日曜日である。もちろん定番の観光地に行くのも良いが、同業者にお勧めできるスポットをいくつか紹介したい。なお、どのスポットもキュー・ガーデンズから地下鉄を乗り継げばそれほど苦労することなくたどり着けるし、時間に余裕があればロンドンの代名詞的な存在である2階建てバスを利用するのも良いだろう。

まずは、ロンドン中心部、テムズ川の南岸に位置する帝国戦争博物館(Imperial War Museum)である。巨大な大砲が出迎えてくれるこの博物館には、2度の世界大戦を中心に、数は少なくなるがその後の戦争に関連するものも含めて、多くの史料が展示されている。特にホロコースト・ギャラリーは必見であるし、日本人としては第二次世界大戦中にイギリスの軍人が日本語を学習するために使ったノートなどの展示も興味深い。この他にも、ロンドン近郊にはイギリス空軍博物館(RAF Museum)や、標準子午線で有名なグリニッジの国立海洋博物館(National Maritime Museum)などと言った軍事系の博物館もある。

次に、これは定番の観光地でもあるのだが、ロンドン中心部の官庁街であるホワイトホールや首相官邸であるダウニング街10番地、地下のチャーチル博物館・内閣戦時執務室(Churchill War Roomsと言った方が分かりやすいか)は、政治外交史研究者が必ず訪れるべき場所だろう。この辺りではデモが行われていることもあるので、現在のイギリス政治において何が問題となっているのか実体験として理解することもできる。そこから南下してウェストミンスターの議事堂を見た後にさらにテムズ川沿いを進めば、対岸には映画によく出てくる特徴的な建物が見える。ジェームズ・ボンドが勤務する、秘密情報部(SIS)である。この辺りを散策すれば、自分が集めている史料を作成した人々の息遣いも感じられるのではないか。あるいはホワイトホールから逆に北へ進むと、有名なナショナル・ギャラリーの片隅にひっそりとたたずむ建物がある。ナショナル・ポートレート・ギャラリーだ。ここでは、研究対象に「会う」こともできるかもしれない(筆者のおすすめは、ディズレーリとグラッドストンが向き合う一角である)。

最後に紹介したいのが、本屋あるいは古本屋である。せっかくイギリスまで来ているのだから、研究に使える書籍を安く手に入れたいところだ。書店では、レスター・スクエア駅とトッテナム・コート・ロード駅の間の「フォイルズ」が本命だが、もう少し北に行くと「ウォーターストーンズ」もある。古本屋としては、ラッセル・スクエア駅近くの「ザ・ブランズウィック・センター」というショッピングモールの裏に、「Skoob Books」(前から読んでも、後ろから読んでも......)がある。少し北に進んだ通り沿いにある「Judd Books」には、地下に政治外交史、軍事史系の書籍がこれでもかと集められている。今回の渡航では空振りだったが、一期一会の可能性に賭けてみてはどうだろうか。

帝国戦争博物館(筆者撮影)

4.おわりに

今回の史料収集は、コロナ禍を挟んだことなどもあり、筆者にとって実に7年ぶりの海外渡航となった。それだけの時間が経てば社会も大きく変化するし(これはコロナ禍が大きい)、研究関心も多少変化する。筆者は100年以上前の時期を研究対象としているため、このところ文書の公開が急速に進んでいる冷戦終焉期・ポスト冷戦期のように新しい史料が出てくることは多くないが、それでも以前訪問した際に取り損ねていた史料の存在に気づき、集めることができた。史料館でもデジタル化が著しく進んでおり、日本からアクセスできるものが増えていることも事実である。しかしながら、古い文書の臭いや色合いに触れられるのは史料館を訪問する醍醐味であるし、現地で思いも寄らぬ発見があった時の喜びはひとしおだった。この辺りはオンライン授業と対面授業の関係に似ているのかもしれない。今回の渡航を通じて、改めて史料収集の良さを実感した次第である。