はじめに
冷戦終結から30年が経過し、世界は歴史の転換点にあると指摘されることが多くなった。その契機となったのは、2022年2月のロシアによるウクライナへの全面侵攻であり、この結果、ヨーロッパ国際秩序の「ポスト冷戦」時代は終わりを迎えた。こうしたなかヨーロッパ国際関係史の分野では、ヨーロッパが現在抱える様々な危機の遠因を冷戦終結期に追い求める研究が増えている。つまり冷戦終結期を、ポスト冷戦期が始まる時期として、また現在の危機の種が巻かれた時期として捉え直す視点である。こうした動きは、約30年の時を経て各国の文書館において政府・外交文書が徐々に開示されていることによって支えられている。
筆者は、日本国際問題研究所領土・歴史センター「国際政治史研究会」の委員として現在、冷戦期米国の防衛コミットメントの中核だった核兵器が、冷戦終結プロセスのなかでどのように位置づけ直されたかを追っている。現在、ロシアのプーチン大統領は核の恫喝を繰り返し用いながらウクライナへの侵攻を継続し、米欧の直接介入を防ごうとしている。こうした「強気」の姿勢の背景をなしているのが、ポスト冷戦期を通じて、NATO=ロシア間の戦術核バランスがロシア優位のまま推移してきたことである。そしてその「起源」はやはり冷戦終結期に見出せるのではないか。筆者はこうした問題意識のもと、冷戦期に形成されたNATOの核抑止・防衛態勢の修正に大きな役割を果たしたジョージ・H・W・ブッシュ政権下で作られた政府関連文書を閲覧・収集するため、2024年9月の5日間、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領図書館(以下、ブッシュ大統領図書館)に滞在した。そこで本稿では、分野・テーマを問わず、今後ブッシュ大統領図書館の訪問を検討している多くの方にとって資すると思われる同図書館の利用情報や注意点などを紹介していきたい(なお以下の情報は2024年9月段階のものであるため、訪問前には同図書館HPで最新の情報を入手することを強くお勧めする)。
1. ブッシュ大統領図書館の概要とアクセス
<基本情報>
名称:George H.W. Bush Presidential Library and Museum
住所:1000 George Bush Drive West, College Station, TX 77845(Texas A&M大学敷地内)
連絡先:library.bush@nara.gov または、 (979) 691-4041
HP:https://bush41library.tamu.edu/
開館時間:月〜金のAM 9:30〜PM 4:00(新たな資料の引き出しはPM 2:30まで)
休館日:土・日、祝日(特にここは要注意)、感謝祭ウィーク、クリスマスウィーク
ブッシュ大統領図書館・ミュージアム正面玄関(筆者撮影、以下同じ)
<日本からのアクセス>
日本からアクセスする場合、まず東京からヒューストン便、またはダラス便を利用するのが良い。そこでレンタカーを利用する場合は、ヒューストンから約1.5時間、ダラスから約3時間でブッシュ大統領図書館にアクセスできる。ただし、米国での運転に慣れていない者にとっては、図書館の最寄り空港であるイースターウッド空港(同じくテキサスA&M大学敷地内)を最終目的地として、ヒューストン、またはダラスで乗り換えるというルートのほうが安心であろう。
筆者は、アメリカン航空を利用し、ダラス経由でイースターウッド空港に向かった(乗り換え時間は約7時間)。ただし注意点がいくつかある。まずは、イースターウッド空港行きの便数が少ないため深夜に到着する可能性があり、そこからレンタカーを借りるとなれば、空港のレンタカー店が閉まっていることである。また、空港にはタクシーや公共交通機関が待機していないので、事前にUBERなどの配車アプリをダウンロードしておくのが望ましい(深夜でも配車はスムーズ)。さらに、米国では乗り換え地でいったん荷物を受け取り、国内線のため再度預け入れを行う必要があるが、ロストバゲッジが発生しやすい。実際、筆者は、最終目的地に到着した深夜に荷物が何も出てこない憂き目にあった。幸い、翌朝荷物の場所が特定され、同日午後には空港近辺のホテルだったこともあり無料で配送してもらった(空港にはスタッフが残っていないので、すべて航空会社のアプリで行うことになる)。
<宿泊先選び・図書館までのアクセス>
上述の通り、ブッシュ大統領図書館はアメリカでも有数の広さを誇るテキサスA&M大学の敷地内にある。それゆえ宿泊先は、毎日どの手段で図書館に通うかで決めるべきである。筆者は、レンタカーがないため、徒歩でも通える最寄りのホテルとして、キャンパス内にあるTexas A&M Hotel and Conference Centerに滞在した。それでも図書館まで徒歩35分であり、途中4車線もの巨大な大通りや貨物列車の線路を渡ったり、時期によってはテキサスの炎天下のなか歩き続けることになる(それでもそこはキャンパス内である)。Texas A&M Hotel周辺のキャンパス中心部は歩いている人を多く見かけるが、それ以外ではほとんどの人が自動車か電動スクーターで移動している。キャンパス内を走る大学のバスはあるものの、原則、大学関係者のカードを提示する必要がある(ただし実態は何も提示しなくとも飛び乗れるという話も聞いた)。
筆者の場合、幸いなことに初日に図書館の閲覧室(Reading room)で出会ったカリフォルニア大学の米国人研究者がレンタカーでホテルと図書館の間を滞在期間中、毎日送迎してくれた(車内で、米国における外交史研究の現状や各大統領図書館の文書公開状況、直前に迫った米大統領選挙について意見交換できたことは貴重だった)。彼によれば、キャンパス外には安価なホテルや長期滞在用アパートも多くあるようだが、いずれの場合も、レンタカーかUBERを利用する必要があるため、宿泊費と交通費を総合して比較検討するのが良いだろう。なお食事については、キャンパス内にはフードコートやカフェがあり、キャンパス外にはタコスなどのテックス・メックス料理を含む多くの店があるので困ることはない。スーパーも近辺にいくつかあるが、どこに行くにしても片道徒歩30分以上は覚悟しなければならない。
2. 所蔵資料の概要と請求方法
<所蔵資料の概要>
ブッシュ大統領図書館には、4000万ページ以上の公式記録と個人文書、200万枚以上の写真、1万本以上のビデオテープが所蔵されているという。その中核は、大統領時代の記録(George H.W. Bush Presidential Records)であるが、1981年から1989年までの副大統領時代の記録(George H.W. Bush Vice Presidential Records)やダン・クエル副大統領(Dan Quayle Vice Presidential Records)の記録もある。その他、寄贈資料(Donated Historical Materials)を含む図書館所蔵の資料ガイドは、George H.W. Bush Presidential Library Guide to Holdingsを参照するとよい。
<Finding Aids>
実際に文書を請求・閲覧するには、まず図書館のHPに掲載されているFinding Aids(以下、FA)に事前にアクセスする必要があるが、これがとても扱いづらい。すでに処理された資料群のFAがHP上でリストアップされており、自分の研究テーマに関連する政権スタッフ(例えば、Brent Scowcroft Files)やテーマ(例えば、NATO Summit-London)などに関するFAをダウンロードするところまでは簡単だが、これがすべて実際に請求できるのか、閲覧できるのかがFAだけではよくわからない。
現地で分かったのは、FAに記載がある資料群は基本的に請求できるようだが、出てきたBoxを開けてみるとほとんど文書が入っていない、あるいは機密指定のまま(Withdrawal/Redaction Sheetが代わりに入っている)というケースがよくあるということだ。近年、各大統領図書館における文書開示状況が芳しくないという話をいろいろなところで聞いていたが、同じ閲覧室で作業していた研究者とも、本図書館も似たような状況だという点で一致した。FAだけをみると多くの文書にアクセスできそうだが、過度な期待は禁物である。
いずれにせよ、日本にいる間にFAを通じて請求したい資料群(特にそれぞれに振られている[OA/ID CF◯◯◯◯(数値)])をリスト化しておくとよい。なおこれは王道の方法だが、先行研究ですでに利用されている文書・資料(群)からFAを辿ってみるというのが、最も効率的であるということは言うまでもない。
<訪問前にすべきこと①:図書館アーキビストへの連絡>
現地での調査を開始する前に、NARA(米国立公文書記録管理局)の研究者オリエンテーションをオンラインで受け、「修了証明書(a certificate of completion)」をメールで受領すること、また現地で利用者カードを受け取るための図書館利用申請書(署名は現地で行う)を記入することが求められる。そして調査開始日の少なくとも24時間以上前(日本からだと余裕をもって数週間前に連絡とるのが望ましい)には、上記メールアドレス宛に、①滞在期間と②席の予約(全体で5-6席しかない)の意向を伝え、③図書館利用申請書と④修了証明書、そして⑤閲覧希望の資料群リストを添付する必要がある。
これで現地到着時には、利用カード、滞在期間中に個人に割り当てられる席、閲覧希望の資料Boxが揃ったカートが用意されているので、初日からパスポートなどIDカードを見せるだけで、時間を無駄にすることなく資料閲覧・収集を開始できる。なお、アーキビストとのメールのやりとりはスムーズであり、こちらのリクエスト(例えば、短期滞在のなかで閲覧したい順番で資料を引き出して欲しいなど)にも快く応じてくれた。
<訪問前にすべきこと②:デジタル化された資料へのアクセス>
ブッシュ大統領図書館では他の大統領図書館と同じく、デジタル化された一部資料がHP上で公開されている。現地で同じものを閲覧・収集する手間と時間を省くことができるため、できるだけ事前にこれらの資料を確認しておくと良いだろう。
まず、ブッシュ大統領演説など、すでに同時代に公開されている文書(Public Papers)については検索システムがある。また、NSC(国家安全保障会議)の会議リストや、ブッシュ大統領と外国要人の年別会談リスト(例えば、1989年)は時系列で整理されており大変使い勝手が良い。
また一次史料については、まず機密解除されたブッシュ政権期の「国家安全保障指令(National Security Directive)」や「国家安全保障レビュー(National Security Review)」が部分的ではあるが閲覧可能となっている。またブッシュ大統領と各国首脳の「会談録(Memcon)や電話記録(Telcon)」は利用者も多いと思われるが、日付、種類、会談相手、国名別にソートがかけられ、キーワード検索もできるため便利である。筆者も会談録・電話記録を事前に読み込んで、現地ではその周辺の時期に目処をつけて資料を探した。
その他にも、利用者からリクエストの多い文書(例えば、ブッシュ大統領とコール独首相の電話会談や、毎年の国家安全保障戦略レポート)、中国関連の文書、湾岸戦争関連の文書も限定的だがデジタル公開されている。こうしたデジタル化された資料をできるだけ事前に確認しておくことで、現地での調査はよりスムーズになるだろう。
3. 現地での調査
ブッシュ大統領図書館とミュージアムは同じ建物にあるため、毎回、正面玄関から入る際には手荷物検査を受けて、ミュージアムの受付で名前と閲覧室利用の旨を伝える必要がある。許可が降りると、スタッフ付き添いのもと閲覧室まで案内され、その横にある小さな待合室にあるロッカーに荷物等を預け入れる。
その日初めて入室する際は必ず日付、入室時間、名前を所定の用紙に記入してから、割り当てられた席にて作業を開始することになる。アーキビストは常時いるため、いつでも相談にのってもらえる。筆者の場合、事前に閲覧したい文書群のリストをメールにて送付していたので、アーキビストが事前に請求用紙(Slip)への記入と資料Boxの引き出しを済ましておいてくれた。資料カートは1台分を閲覧し終えるごとに交換する。なお閲覧時のルールについては上記のオンライン・オリエンテーションで学ぶことになるので、ここでは省略する(国立公文書館やその他の大統領図書館と基本的には同じ)。鉛筆、パソコン、スマートフォン、デジタルカメラ、三脚は持ち込み可能である(閲覧室にはWi-Fiがある)。そして一日の作業が終われば、アーキビストに現在使用中のカートをそのまま翌日も利用するか、返却して翌朝には新たなカートを用意してもらうかを伝えたうえで、退出時間を所定の用紙に記入し、スタッフ付き添いのもとで図書館の出口まで行くことになる。
閲覧室で割り当てられた席と資料カート |
スコウクロフト・コレクションのBox |
ここですでに他の大統領図書館を利用した方にはお分かりだと思うが、本図書館では他と異なり、トイレと待機室での食事・水分補給以外、閲覧室・建物の外に出るにはすべてスタッフの付き添いが必須だということである。持ち込んだ軽食を閲覧室横の待機室でとることはできるが、カフェテリア「Daisy's Café」は、メイン建物に隣接している建物(ブッシュが利用したマリーン・ワンや機関車が展示されているパビリオン)内にあり、いったん外出しなければならない。そのため、閲覧室から出口まで・入口から閲覧室までスタッフの付き添いが必要で、その都度願い出るのは億劫である(ただしスタッフは決して嫌な顔をすることなく、とても親切だった)。そのため閲覧室で作業している誰かが外のカフェテリアでランチを取る際には「他に誰か一緒に出る人」と声をかけられることがあった。気分転換のために、気軽にふらっと屋外に出て、コーヒーを飲んだり、散歩したりすることできないのはややストレスである。それでも図書館周辺には、整備されたキャンパスのなかに散歩コースもあり、5分程度歩けばブッシュ大統領夫妻の墓地もあるので、やはり時折、建物の外に出てリフレッシュするのが良いだろう。また同じ建物にあるブッシュ大統領ミュージアムで同大統領の「功績」を讃える展示を見て回って、研究のインスピレーションを得るのも良い。なお同ミュージアムは通常入場料(12ドル)がかかるが、閲覧室を利用していたためか、アーキビストにお願いすれば無料で入場できた。
ブッシュ家墓地 |
ブッシュ大統領図書館・ミュージアム受付前 |
4. おわりに
筆者にとってブッシュ大統領図書館への訪問は今回が初めてだったが、米国での調査は2017年に国立公文書館(NARAⅡ)に訪問して以来だった。この間、コロナの影響もあり、各大統領図書館を含む多くの資料館で文書のデジタル化が進んでいる。日本にいながらにして、これまでよりもコストをかけることなく、多くの資料を入手できるようになったことは歓迎すべきことである。しかし、なかには一つひとつの文書が全体のなかでどういう位置づけにあるのかが不明な場合がある。またテーマ毎にどれくらいの文書が公開されていないのか、どういった内容(タイトル)の文書が機密指定のままなのかがわからないこともある。今回の滞在でも、筆者のテーマに関連するスコウクロフト国家安全保障担当大統領補佐官、NSC欧州ソ連問題担当のブラックウィル上級部長やローウェンクロン部長などの文書の開示状況は比較的良かったが、欧州における米国の核兵器に関する文書の多くは散発的にしか開示されていなかった。それでもこうした状況を把握することもまた、現地の資料館に直接足を運ぶ意味として大きいだろう。今後、デジタル化された文書が増え続けることが予想されるが、すべてがデジタル化されるわけではないので、現地に滞在してそこで文書を閲覧・収集する意味は薄れないだろう。コロナ禍を経て久しぶりの米文書館訪問を通じて改めて現地調査の醍醐味を味わった次第である。