明治38(1905)年島根県竹島編入後に初めて現在の竹島を「竹島」と表記した公的地図の発見について
2023年12月1日
公益財団法人日本国際問題研究所
日本国際問題研究所では、領土・主権・歴史の分野において、平成29(2017)年以来、調査研究・対外発信事業を実施しており、①わが国の領土・主権・歴史に関する国内外の資料の収集・整理・対外発信等、②同分野に関する国内外での公開シンポジウムの実施、及び③同分野に関する調査研究の実施等の事業を展開しています。
平成30(2018)年度からは、島根大学法文学部の舩杉力修(ふなすぎ りきのぶ)教授に、竹島の古地図の研究のため、受託研究を依頼して実施しています。あわせて、山陰地方を中心に竹島関係の史料調査、聞き取り調査を、舩杉教授、升田優(ますだ ゆう)・島根県竹島問題研究顧問に依頼して実施しています。
今年度は特に、明治38(1905)年1月28日の閣議決定による竹島の島根県編入以後における海図での竹島の記載状況を調査したところ、2023年10月に、明治38(1905)年4月22日刊行の海図(雑図)1013号「日本近海水先圖 明治三十八年五月」(国立国会図書館所蔵)において、現在の竹島を「竹島」と表記していたことが初めて明らかとなりました。この海図は、明治38年島根県竹島編入後、初めて現在の竹島を「竹島」と表記した公的地図であることが確認されました。「日本近海水先圖」は、明治37(1904)年4月から明治39(1906)年2月まで毎月刊行された海図で、中央気象台(現在の気象庁)での該当月の従来観測の調査結果に基づき、等圧線、等温線、主要低気圧進路、磁針等偏差線、経緯各1度内の流行風、海温、霧頻度等の天気の状況を記したものです。
この海図の発見により、竹島が内外で有名となった日露戦争の日本海海戦(5月27・28日)の約1か月前には、わが国の公的地図のこの海図に現在の竹島を「竹島」と表記し、海軍の各艦隊、海軍の各測器庫へ発送されただけでなく、民間にも販売されていたことが判明しました。この海図が刊行されたのは、竹島の島根県編入を閣議決定した明治38年1月28日から約3か月後、同年2月22日の島根県告示から約2か月後のことでした。このように、日本海海戦の約1か月前には、竹島の存在が国内の海軍や民間に広く浸透していました。この海図は、竹島がわが国固有の領土であることを補強する資料であるといえます。
その概略は別紙の通りです。別紙については、調査者の個人的見解であり、日本国際問題研究所の見解を代表するものではありません。
<別紙>
執筆者 舩杉力修・島根大学法文学部教授(歴史地理学)
別紙1: | 調査成果の概要 |
別紙2: | 「日本近海水先圖」の一覧表 |
別紙3: | 「日本近海水先圖 明治三十八年五月」(表紙) |
別紙4: | 「日本近海水先圖 明治三十八年五月」(全体) |
別紙5: | 「日本近海水先圖 明治三十八年五月」のうち竹島付近(拡大図) |
別紙6: | 「日本近海水先圖 明治三十八年四月」のうち竹島付近(拡大図) |
別紙7: | 明治38(1905)年前後の普通海図の竹島の記載状況の表 |