6月15日、プーチン大統領は、「私の留任を願ってくれる市民には感謝するが、自ら法を犯す者が人々に法の遵守を要求することはできない」旨述べ、2008年の大統領選挙での「プーチン大統領三選」を、あらためて否定した。「プーチン大統領三選」については、6月8日にも、グルィズロフ下院議長が「二期連続を超えて大統領に就くことを禁じる憲法が存在しており、特定の人物に合わせて憲法を変えることは正しくない」旨、また、ベシニャコフ中央選挙管理委員会議長も「プーチン大統領が2008年に大統領に就くことは憲法が禁じている」旨、それぞれ述べている。
ロシア憲法は、大統領の任期を一期四年、再選は二期までと規定しており、これに従えばプーチン大統領は2008年の次期大統領選挙に立候補できない。このことについては、プーチン大統領も「現行憲法を遵守する」考えをかねてから繰り返し表明していた。「プーチン大統領三選」があるとの観測は、「プーチン大統領三選」への期待感が国民に存在すること(注1)や、「裏に何らかの策謀がある」との憶測から、これまで根強く存在してきたものであるが、今般のプーチン大統領発言などに照らし、さすがにもう、「プーチン大統領三選」があるとみるのは無理であろう。
(注1)5月に世論調査機関「レバダ・センター」が実施した世論調査では、「次期大統領選挙にプーチン大統領が出馬できるよう憲法を改正することをどう思うか」との問いに対して59%が「賛成する」と回答。「プーチン大統領三選」を可能とするような憲法改正を検討すべきという考えは、一部の地方知事らにも存在する。
なお、プーチン大統領が2008年で権力の座から実質的に去ることが想定し難い中、プーチン大統領が大統領を退きながらも最高権力を保持する「秘策」として、「憲法を改正し首相権限を大幅に強化した上でプーチンが首相に就任する」とか、「ロシアとベラルーシの連合国家を創設してプーチンがその初代大統領に就任する」といったシナリオも取りざたされたが、前者には憲法改正が必要であり、また、後者にはベラルーシの動きを無視できないため、いずれも実現可能性は低いとみるのが順当である。
結局、「後継者を指名して自身は大統領を退きつつ、政治的影響力は保持する」というのが、次期大統領選挙に向けたプーチン大統領の思惑として推察できるシナリオであろう。その意味からは、昨年11月に大統領府長官から第一副首相に異動し、国民生活改善に係る「国家プロジェクト」の実質的な責任者としてメディアへの露出も増えているメドベージェフ(注2)を後継者の本命と、また、同じく昨年11月に国防相から国防相兼副首相に異動したイワノフ(注3)を対抗馬とみるのには、一応もっともな理由がある。2人とも、プーチン大統領の側近として以前から名を知られた人物である。
(注2)1965年生まれ。プーチン大統領と同じレニングラード大学法学部卒。サンクトペテルブルグ市庁舎勤務を経て、政府官房副長官、大統領府長官などを歴任。世界最大のガス企業「ガスプロム」の理事会議長を兼務。プーチン大統領側近の中にあって、実務的な穏健派とされる。
(注3)1953年生まれ。レニングラード大学文学部卒。ソ連国家保安委員会(KGB)勤務を経て、ロシア連邦保安庁(FSB)副長官などを歴任。治安機関を歴任しているが、いわゆる「シロビキ」(強硬派グループ)とは一線を画すとされる。
しかし、これもあくまで、現時点での予測に過ぎない。何しろ、2008年の大統領選挙までにはまだ時間があり、その間の政治情勢によっては、クレムリンのシナリオにも変更は当然あり得るからである。プーチン大統領は6月15日に「名前があがっていない人物が後継者になる可能性もある」旨発言し、これもまた様々な憶測を呼んでいるが、この発言の真意も含めて、全てはまだ不透明であるというしかない。そもそも、今から後継者を特定しこれを明らかにしてしまうこと自体、戦略としてあり得ない。
ゴルバチョフからエリツィンへ、また、エリツィンからプーチンへ権力が交代した際にみられたように、ロシアで最高権力が交代するときは、何がしかの大きな事件が伴うのが常であった。その意味から、次期大統領選挙で「何かが起きるに違いない」と考えるのは、ある意味自然ではある。しかし、そうしたこれまでの経験に立って、強大な政権を平穏裡に移譲するための取り組みが、クレムリンで進められているのである。5月の大統領年次教書に示されたようないくつかの問題こそあれ、少なくとも今のロシアにおいて、プーチン政権の安定性を大きく揺さぶるような要因を見出すことは難しい。そうしたことを踏まえ、今後の動向を注視していく必要があろう。