北朝鮮の国家財政は、最高人民会議(立法機関:日本の国会に該当)で決定される。2006年4月11日に開催された最高人民会議(第11期第4次)でも、財政について決定がなされた。その内容報告によると、2004年度に比べて、2005年度の財政の歳入実績が16.1%、歳出実績が16.3%増加したことが明らかとなった。2004年度の財政収支は赤字であり、2005年度の歳出実績の増加が歳入実績の増加を上回ったことを考えると、2005年度の財政収支も赤字であったことが分かる。この財政赤字は、ここ数年にわたる北朝鮮の財政の特徴を示している。
表1で示されるように、北朝鮮では、1994年度まで財政黒字が続いてきた。財政成長も1994年度まで増加が続いており、減少したことは歳入・歳出ともになかった。ところが、1995年度から財政についての発表が突然なくなった。再び北朝鮮が財政を発表し始めたのは、1998年度からである。1998年度の財政は、1994年度までとは全く様変わりしたものであった。大きく変わったのは、まず財政規模である。1998年度の財政規模は、1994年度と比べると、歳入で47.6%、歳出で48.3%しかなかった。わずか4年で財政規模が半分以下になったのである。さらに、財政収支が赤字であった。1998年度以降、財政額を公表しない年度も多いが、公表があった年度はすべて財政赤字であった。
表1 北朝鮮の財政規模推移 (単位:千ウォン[北朝鮮])
年度 | 歳入 | 前年比 | 歳出 | 前年比 | 収支 |
1981 | ₩20,684,000 | 108.1% | ₩20,333,000 | 107.9% | ₩351,000 |
1982 | ₩22,680,000 | 109.6% | ₩22,203,600 | 109.2% | ₩476,400 |
1983 | ₩24,383,600 | 107.5% | ₩24,018,600 | 108.2% | ₩365,000 |
1984 | ₩26,305,100 | 107.9% | ₩26,158,000 | 108.9% | ₩147,100 |
1985 | ₩27,438,870 | 104.3% | ₩27,328,830 | 104.5% | ₩110,040 |
1986 | ₩28,538,500 | 104.0% | ₩28,396,100 | 103.9% | ₩142,400 |
1987 | ₩30,337,200 | 106.3% | ₩30,085,100 | 105.9% | ₩252,100 |
1988 | ₩31,905,800 | 105.1% | ₩31,660,900 | 105.2% | ₩244,900 |
1989 | ₩33,608,100 | 105.3% | ₩33,382,940 | 105.4% | ₩225,160 |
1990 | ₩35,690,410 | 106.2% | ₩35,513,480 | 106.4% | ₩176,930 |
1991 | ₩37,194,840 | 104.2% | ₩36,909,240 | 103.9% | ₩285,600 |
1992 | ₩39,540,420 | 106.3% | ₩39,303,420 | 106.5% | ₩237,000 |
1993 | ₩40,571,200 | 102.6% | ₩40,242,970 | 102.4% | ₩328,230 |
1994 | ₩41,600,200 | 102.5% | ₩41,442,150 | 103.0% | ₩158,050 |
1995 | 未公表 | 未公表 | 不明 | ||
1996 | 未公表 | 未公表 | 不明 | ||
1997 | 未公表 | 未公表 | 不明 | ||
1998 | ₩19,790,800 | 100.4% | ₩20,015,210 | 100.4% | -₩224,410 |
1999 | ₩19,801,030 | 100.1% | ₩20,018,210 | 100.0% | -₩217,180 |
2000 | ₩20,903,430 | 105.6% | ₩20,955,030 | 104.7% | -₩51,600 |
2001 | ₩21,639,941 | 103.5% | ₩21,678,654 | 103.5% | -₩38,713 |
2002 | 未公表 | 103.0% | 未公表 | 100.4% | 不明 |
2003 | 未公表 | 114.6% | 未公表 | 112.3% | 不明 |
2004 | ₩337,546,000 | ₩348,807,000 | 107.8% | -₩11,261,000 | |
2005 |
未公表 |
116.1% |
未公表 |
116.3% |
不明 |
[出典:朝鮮中央年鑑各年度版、2004年度の財政額のみ北朝鮮の報道内容とする韓国の資料による] |
北朝鮮では、この財政赤字をどのように処理しているのであろうか。一般的に財政赤字を埋めるためには、増税か赤字国債の発行という手段が選ばれる。実際には、北朝鮮が増税を行い、国債を発行することはほとんどなく、単に紙幣を増刷すること(シーニョリッジ)によって財政赤字を埋めているものと考えられる。
しかし、紙幣増刷は市場へのマネーサプライを高め、物価の高騰を引き起こす。北朝鮮のように自由市場が認められていない国では、より高い価格で販売できる闇市場に物資が流れ、公定価格で販売している国営市場が機能しなくなる。国家経済に組み込まれていない闇市場の規模が拡大すると、国家財政への歳入はさらに厳しくなる。財政赤字が膨らめば、さらに紙幣を増刷しなくてはならない。紙幣を増刷すれば、さらに闇市場が活発になって、財政赤字が膨らむことになる。
この悪循環を断ち切るために実施されたのが、2002年7月の経済改革と考えられる。賃金や物価を大幅に引き上げたこの経済改革は、市場価格に合わせて公定価格を定めるというものであった。要するに、闇市場の価格に近い公定価格を当局が定めることによって、闇市場を国家経済へ吸収するための処置であったといえよう。
この経済改革によって、2002年度から北朝鮮の公定価格でも物価上昇が見られるようになった。では、北朝鮮における公定価格の年平均物価上昇率はどれぐらいなのか。正確な物価上昇率を割り出す方法は存在しないが、ある程度の目安となる数値を出すことを試みたい。それは、表1の財政規模推移表から推算できる。物価上昇のためか、2002年から財政額は公表されなくなり、代わりに前年度比予算と予算比実績が公表されるようになった。ここから財政実績の前年度比を計算できる。2004年度に限って財政額が判明したが、2001年度の歳出額に2002~2004年度の前年度比を乗算しても、2004年度の歳出額にはならない。それは、北朝鮮が物価上昇分を差し引いた前年度比を公表しているからだと推定される。
そこで、年平均物価上昇率は以下のように計算できる。2004年度の歳出は2001年度の1609.0%である。物価上昇分を差し引いた2004年度の実質歳出は、2001年度の121.7%である。従って、財政成長がなかったと仮定した場合の2004年度の歳出額は、2001年度の1487.3%である。これは、物価上昇だけで2004年度の歳出額が2001年度の14.873倍になったことを意味する。14.873の1/3乗から1を差し引いて100をかけたのが、歳出額推移から算定される年平均物価上昇率となる。そこで、北朝鮮の年平均物価上昇率は145.9%であることが分かる。年々、物価が約2.5倍になっていることになる。
これは、近隣の日本や韓国、中国の物価上昇率と比べると、非常に高い数字である。日本では、1998年~2004年度までの平均物価上昇率が-0.3%であり、むしろ物価は下がっている。同期間での韓国の年平均物価上昇率は3.5%、中国は0.5%であった。このように現在の北朝鮮が大変な物価上昇に見舞われていることが容易に理解できよう。
ただし、物価上昇は、紙幣増刷だけでは説明できるものではない。北朝鮮で物資不足が続いており、需要過多になっていることは想像に難くない。北朝鮮の物価上昇率の高さは、紙幣増刷に加えて、物資不足による需要過多によるところも大きいと考えられよう。