北朝鮮の核問題をめぐる6者協議は9月19日、初めての共同声明を発表して第4回協議を閉じた。この声明で、北朝鮮はすべての核兵器と現存する核計画を放棄し、核不拡散条約(NPT)に復帰するとともに国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れることを約束した。米国は北朝鮮を攻撃、侵略する意図のないことを確認し、関係正常化の措置をとることを表明した。しかし、それらの具体的な時期や手順は示されておらず、米朝の対立点は残されたままだ。本質的な合意までには、なお長い時間がかかりそうだ。
■協議の状況
共同声明には、「北朝鮮の核の平和利用の権利を他国は尊重する」「適当な時期に軽水炉提供問題を議論する」「日朝は平壌宣言に従い、過去を清算し、懸案事項を解決して国交正常化への措置をとる」などの項目も盛り込まれた。
第4回協議は7月26日に北京で開会し、8月7日に休会した後、9月13日に再開した。昨年6月に行われた第3回協議から1年以上過ぎており、今度も大きな前進がなければ、協議は不成功のまま役割を終えるかも知れないという見方もあった。議長国の中国はこのため、協議の進め方を変え、対立点を横に置いて、まず最終目標をまとめることに力を入れた。
協議の核心は「北朝鮮の核放棄」への道筋をいかに描くかにある。北朝鮮はその代償として「体制の保障」「経済支援」を求めるが、「核放棄」についても「平和利用」は対象に含めないと主張する。米国や日本などは、北朝鮮が1994年の米朝ジュネーブ合意を破り、密かにウラン濃縮計画を続けているとみているため、「平和利用」も含めて一切の核を放棄するよう要求する。第3回協議までは、こうした核放棄の対象、時期、査察の方法、経済支援の内容、それらをどういう手順で行うか、等々一つ一つの問題を話し合ってきたが、真正面から対立して前進できなかった。そこで、まず6カ国がめざすべき最終目標について合意し、そのゴールへ至る道筋を今後詰めていくという方法に切り替えた。会期を最初から限らず、必要に応じて長い日数をかけるという新たな方針も実行した。また、協議と並行して米朝の直接対話に多くの時間を割いた。6者協議を維持したい各国の思惑なども重なり、ロングランの協議を経て初の共同声明にたどりついた。
協議ではやはり「平和利用」の扱いが焦点となった。中国は第4回協議の5日目に「すべての核兵器と核兵器関連計画を放棄する」との文書案を提示し、平和利用には触れなかった。これは米国などの反対を受け、「現存するすべての核兵器と核計画」に調整。将来の平和利用の余地を残し、現存する平和利用計画のみを放棄の対象に加えた。これに対して北朝鮮は「現在でも平和利用の権利がある」と反論し、中断している朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の軽水炉提供事業を再開するよう要求した。米国は、NPTに復帰しIAEAの査察を受け入れるならば北朝鮮は平和利用の「権利を主張できる」という譲歩策を示した。
協議を重ねた結果、放棄の対象は「すべての核兵器と現存する核計画」となり、軽水炉については「適当な時期に議論する」という表現で折り合った。この「適当な時期」の意味については、米朝それぞれが最終日の全体会合で見解を表明し、米側は「すべての核放棄の後」、北朝鮮側は「早期に提供」と述べた。米国や日本などは、北朝鮮の現存するすべての核が放棄され、信頼性が回復された後に、平和利用や軽水炉提供を検討する、と解釈する。北朝鮮は、現在においても平和利用の権利があり、軽水炉の提供を受ける、と解釈する。同じ条文をめぐり、解釈に大きな開きがある。
■反響と見通し
共同声明はおおむね国際社会の歓迎を受けたが、「ようやく交渉の入り口に立った」「これから相当の困難が待ち受けるだろう」との厳しい見方も多かった。実際、翌日には北朝鮮外務省が「米国が我々に軽水炉を提供ししだい、NPTに復帰し、IAEAと担保(核査察)協定を締結し、履行するだろう」との談話を発表した。
6者合意での損得勘定を各国はどう計算したか。ライス米国務長官は米誌とのインタビューで、軽水炉提供に関する「適当な時期」という表現を受け入れるかどうか、政府内で激しい議論があったことを明かした。しかし、北朝鮮がこれまで拒否していた「核計画の放棄」の言葉を受け入れたことを重視して、米側も応じたという。
ブッシュ政権はイラク、イランと並べて「悪の枢軸」と名指しした北朝鮮と「平和共存」することを共同声明で表明した。また、以前は参加を拒んでいた北朝鮮へのエネルギー支援にも他の4カ国と一緒に名を連ねた。米国がこのように柔軟な対応を見せた背景として、イラク情勢の厳しさ、イランの核疑惑が先鋭化してきたことなども指摘されている。保守強硬派のアフマディネジャド新大統領のもとで、イランは8月初旬、ウラン転換を再開した。北京の6者協議と並行して、ウィーンではIAEA理事会がイラン問題を国連安保理に付託するかどうか、をめぐって議論していた。北朝鮮の核問題は国連安保理の制裁論議に発展させるよりも、当面は6者協議の枠組みに置いておく方が米国にとって望ましいとの判断もあっただろう。
議長国の中国は6者協議を維持することができ、大きな得点を得た。協議中の9月13日、ニューヨークで米中首脳会談が行われ、胡錦涛国家主席は北朝鮮問題での努力を約束している。ブッシュ大統領はイランの核問題でも中国の協力を求めた。核の拡散を防ぐパートナーとして米国から期待されることは、中国にとって台湾問題も含め対米外交を有利に進めていくのに有効だ。中国はさらに「6者は北東アジアにおける安全保障面の協力を促進するための方策について探求する」との一文を共同声明に入れ、将来への仕掛けをつくった。米日やロシアも入れての安全保障システムがこの地域にできあがれば、安定した国際環境を築きたい中国にとって大きな意義をもつ。
日本が解決を求める「拉致」の文言は、「懸案事項」という言葉で表現された。日朝に関しては、第4回協議の後段で頻繁に接触が行われている。政府間対話の再開を視野に入れたものと見られている。さて、今後の協議はどう展開するのだろうか。
軽水炉提供の「時期」は大きな関門だ。今回の核疑惑の発端となりながら、共同声明では明確に示されなかったウラン濃縮計画の扱いも難しい。米国は「現存する核計画」と解釈するが、北朝鮮はもともとその存在を否定している。さらに、査察の範囲をどうするのか。米国からすれば、未申告施設でも査察できるIAEAの追加議定書への署名は必須だろうが、北朝鮮の抵抗は大きいと見られる。
先にすべての核を放棄することには、北朝鮮は強く抵抗するだろう。大量破壊兵器の査察に応じたイラクのフセイン政権が結局は米国に倒された例もあり、北朝鮮は米国を心底恐れているといわれる。可能性の一つとして、北朝鮮は軽水炉提供など様々な問題で米国に抵抗しながら、互いに一歩ずつ進める形に持ち込もうとすることが考えられる。例えば、北朝鮮はまず現有の核施設を凍結し、その代償としてエネルギーの提供を求めるかも知れない。しかし、ウラン濃縮計画などでは、激しい対立が予想される。6者協議が決裂寸前に達することも考えられ、その場合は、米国、日本などが再び国連安保理への持ち込みを言い出すこともありうる。だが、北朝鮮への圧力になるのかどうか。協議の行方はまだまだ予断を許さないと見るべきだろう。