コラム

ロシア連邦制度改編

2004-12-03
笠井 達彦(主任研究員)
  • twitter
  • Facebook

プーチン大統領は、ロシア連邦構成主体の首長の選出方法を連邦大統領による推薦と連邦構成主体議会による同意/承認することを提案した。その提案の具体化として2つの法案が議会に提出された
1. 2004年9月7日、プーチン大統領は、テロズムとの闘いを強めるため国家の垂直的統治の一体性を確保するよう呼び掛けつつ、ロシア連邦構成主体の首長の選出方法を、これまでの各連邦構成主体の住民による直接選挙から、連邦大統領による推薦と連邦構成主体議会による同意/承認にすることを提案した。その提案の具体化として、9月28日、「連邦法『ロシア連邦構成主体国家権力立法(議制)・執行機関の組織の一般原則について』および連邦法『ロシア連邦国民の選挙権および国民投票参加権の基本的保障について』の改正について」の法案が議会に提出され、これらは、12月3日、ロシア国家院(下院)を通過し、12月10日には連邦院(上院)審議を経て、その後大統領署名を経て2005年1月に発効することが見込まれている。

2. 未だ審議中で、最終版ではないが、これらの二つの法案の内容を報道をベースにして取り纏めれば、次の通りである。
*現職首長の任期満了の1カ月前に連邦大統領により連邦構成主体の首長の候補者(制限事項としては30才以上)が提示され、連邦構成主体議会はそれを2週間で審議する。首長候補者の承認は単純多数決によって採択される。
 *連邦大統領の推薦する候補者の承認が連邦構成主体議会により2回拒否された場合には、協議のために1ヶ月間の時間を設ける。
 *さらに承認が連邦構成主体議会により拒否された場合(3回目の拒否)、連邦大統領は、連邦構成主体議会を解散させ、連邦構成主体首長の代行を任命する権限を有する。
 *連邦構成主体首長は任期回数の制限なしに在任できる。
 *法律の遡及効果はなく、法律発効の時点で選出されている連邦構成主体の首長はその後も任期満了まで自身の職務を遂行する。

3. もとよりロシアは地理的に広大で、多民族の国家である。資源の付与状況もバラバラで、貧しい地域と豊かな地域の差が著しい。ソ連時代は共産主義と計画経済により、建前は連邦制度を取りつつも、実質的には極めて中央集権的な国家であった。そのような国を民主主義と市場経済を新生ロシアになってから真の意味での連邦国家にするということは、政治的に正しい選択であり、また経済的に見てもより効率的なガバナンスの仕方である。

4. ロシア初代大統領であったエリツィンは、ソ連崩壊の継続として離反しようとするロシアの地域(ロシア法で、「連邦構成主体」は "region"(地域)と呼ばれるので、以下「地域」と呼ぶ場合もある)をロシアにつなぎ止めるため努力を注いた。そのおかげでロシアはバラバラにならずに済んだものの、今度は地域をつなぎ止める過程でその一部に権限分割条約及び協定で特典を与えたので、今度は、地域毎に統治の態様・条件が異なるという複雑・歪・統治困難な連邦制が形成された。そのような歪つな連邦制を改善すべく、プーチン大統領は政権第一期においてまず連邦制度改編に取り組み、具体的に次の措置をとった。

 *7連邦管区設定、
 *大統領全権代表任命、
 *連邦大統領に対する知事等解任権の付与、
 *連邦議会上院議員の選出方法の変更、
 *国家評議会の設置、
 *各連邦構成主体法の連邦法への整合化、
 *連邦政府と地域との間の権限分割条約及び協定の改正あるいは廃棄。
以上の改編措置のうちにはまだ進行中のものもあるが、おおむねプーチン政権第一期において実現され、さらに、2003年には連邦構成主体法改正と地方自治体法改正が行われた(ロシア法上、地方とは市町村を指す)。

5. 今回のプーチン大統領が提案した地域首長の選出方法変更は、内容的には以前から議論されてきたもので、驚きはなかったが、上述の連邦構成主体法改正と地方自治体法改正が行われて1年も経たないうちの提案であったので、正直なところ驚いた。今回の提案に対しては、ロシア国内では肯定的な意見と否定的な意見の両面が見られる。
 *肯定的な意見としては、(i)プーチン大統領が政権第一期より強力に推し進めているのは「強いロシア」の建設に資する、(ii)「権力の垂直構造強化」は、未だおさまる気配のないチェチェン分離派によるテロ、特に、9月初旬のベスラン学校占拠事件等の脅威や挑戦に立ち向かうために必要、というものであった。
 *否定的な意見としては、(i)大統領が主張している措置は国際テロリズムとの闘いとは何の関係もない、(ii)民主主義の基盤をなす制度の解体に向かう、(iii)国民から指導者を選ぶ機会が奪われようとしている、(iv)ロシアがベラルーシのような全体主義国家に変ぼうする、等である。

6. その後、ロシア国内は、上記二つの意見の間で揺れ動いたが、最終的にロシア国家院(下院)で法案が通過したということは、肯定的な意見が強い。

7. プーチン大統領は、以上のような否定的意見を予想しつつ、すでに、9月13日の時点で、「一切の措置の総体は法律と憲法の枠内にとどまらなければならない。われわれは慎重に行動すべきであり、われわれは民主国家であり続ける必要がある。しかし当然、国内で生じている一切のことに対して適切に反応し、国際舞台で形成されている体系的な関係を理解し、そして世界の安全保障システム発展の展望を理解すべきである。私が深く確信するに、ロシアは現在も今後も国際安全保障システムの重要な構成要素の1つであるべきである。しかしそれが可能なのは、われわれが民主国家であり続ける場合のみである。それゆえ、国民に対する監督を含む一切の措置体系は、今日の挑戦に相応したものであると同時に、法律と憲法の枠内にとどまらなければならない。私は断言するが、誰もごまかし、何かを奪い取り、再配分するといった願望は抱いていない。存在する唯一の願望は、われわれの国を効率的に機能する経済的・政治的有機体とすることである。この問題に対する理解と、共同による効率的な連帯活動を切に期待している」と語り、また、11月4日にも、「国家権力の強化がロシアにおける民主的プロセスの発展を阻害してはならない。当局のすべての行動は国の憲法にも健全な目的にも完全に合致していなければならず、民主主義の発展を阻害せず、国を単一で、効率的で、管理可能な状態にするものでなければならない。」と述べつつ、否定的意見に配慮を示している。

8. 筆者としては、当初より、今回のプーチン大統領の提案は、もし、これが将来しっかりとした連邦制度を作り上げるための過渡期的な措置であれば、問題はないが、他方、これが今後も続くのであれば、問題となり得ると認識している。ちなみに、2000年にプーチン大統領が連邦管区設置等を行った際に、ロシア財務省の連邦・地域財政関係をやっている知人は、「今回の措置は将来に向かうための一時的な措置」と答えていた。また、今回の措置に関連して、バシコルトスタン農業大学教授は、「自分としては、今回の措置は一時的なものと考えている」と述べていた。これらからも分かる通り、ロシア国内でも今回の措置が未来永劫のものと考えていない良識がいる。さらに、このような筆者の意見を裏付けるかのように、ベシニャコフ・ロシア中央選管委員長は、「国家秩序確立のための必要な措置だが、中央による知事の氏名は暫定的な措置でなければならず、10年を超えて続いてはならない」旨述べている。