コラム

進展するアジアのFTA:自由貿易協定への期待と課題

2004-11-29
渡邉 松男
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日本政府はアジアとのFTA(自由貿易協定)を重要政策課題に掲げているが、11月初旬のマレイシア、タイとの経済連携協定(EPA)にむけた交渉で、一定の進展があった。
進展しつつある二国間FTA

日本政府はアジアとのFTA(自由貿易協定)を重要政策課題に掲げているが、11月初旬のマレイシア、タイとの経済連携協定(EPA)にむけた交渉で、一定の進展があった。前者では投資分野について、後者では農産物の貿易で両者の歩み寄り姿勢が見られた。また従来農産物輸入に消極的であると批判されてきた農水省も、12日FTA交渉の推進戦略を決定し、農産物の安定輸入に積極的な姿勢に転じた。これで日本の対アジア二国間FTA・EPA戦略推進に目処がついたのではないか。

多国間地域統合

1990年代以降、東アジア諸国はASEAN自由貿易協定(ASEAN-FTA)あるいは二国間のFTAの締結を中心とする地域統合に取り組んできた。そのなかでASEAN、日本、中国、韓国は、1997年の首脳会議の開催以来、「ASEAN+3」の枠組みで統合を推し進めている。
従来GATT・WTOを通じた多国間の枠組みにおける貿易自由化を優先してきた日本は、2002年にシンガポールとの間で初の二国間経済連携協定を結び、FTAに積極的に取り組む姿勢に転じた。この日本のASEAN+3への参加によって、東アジアにとって初めて域内経済を包括的にカバーする経済統合が実現することも視野に入ってきた。

アジア諸国間FTAの課題

だがアジアにおける地域統合は、自動的に達成できるものではない。統合プロセスが直面するアジア固有の政治的、経済的課題を克服せねばならない。
FTA成立の法的根拠となるのは、「関税および貿易に関する一般協定(GATT)」24条、授権条項、「サービス貿易に関する一般協定(GATS)」5条である。GATT24条、GATS5条が当事者国間のほとんど全ての貿易を10年以内に自由化することを規定している。   ここで問題は、ASEAN-FTA およびASEAN-中国のFTAは、より縛りの緩い授権条項に基づくものであることである。すなわち、特定の国内産業―例えばタイの鉄鋼やマレイシアの自動車など政治的に微妙な部門―の自由化除外、あるいは原産地規則の曖昧な適用など、規律の低いFTAとなる可能性は否定できない。特に1997年の金融危機以降、国内改革を断行するモラルが低下し、かつ国内事情を優先し地域協力・統合がなおざりにされるケースが観察される。中国についても、WTO加盟の要件である国内諸改革に取り組んではいるものの、ASEANとのFTA交渉の中で国内の反発を抑えて自由化を徹底できるかどうか不透明である。
ASEAN+3のもう一つの課題は、統合の目的がASEAN側と日本・韓国では非対称であることが挙げられる。前者が日本(及び韓国)の市場開放(特に農業分野)などを求めているのに対し、日本側では、ASEANの工業品に対する高関税削減・撤廃や、投資制度・競争政策の整備など制度面での改革を目指している。GATT24条に基づくASEAN-日本・韓国のFTAに伴って、双方の側で国内経済の大幅な改革が不可避である(またこれこそがFTAのもたらす利益である)。だがいずれも短期的な政治的コストが改革の進展を阻んでいるように見える。

アメリカの関与

アジアの地域統合の進展に不確実性があるのは、アジア内の要因だけではない。この地域の政治経済に大きな影響を及ぼす米国の対アジア地域統合政策が不透明であることも挙げられる。1990年代以降、米国はアジアの地域主義(例えばマハティール首相が提唱した東アジア経済協議体(EAEC)構想、金融危機後のアジア通貨基金構想など)に対して否定的なスタンスを貫いてきた。だがASEAN+3に対しては、今のところ立場を明確にしていない。なぜか?一つには、9.11テロ以降、米国の関心がアフガン・イラク問題に集中し、アジアへのそれが相対的に低下していることはいえるだろう。
これに加え、米国の曖昧な態度には二通りの説明が成り立つ。一つはアジアの地域統合の進展に懐疑的な立場で、米国にとって直ちにアジアに介入する必要性は無いとするものである。他方、対照的にアジアの経済統合の進展を積極的に捉え、米国にとってメリットがあるとの立場もある。米国の企業は、金融・製造業などアジアに多く進出しており、統合によってアジア市場でのビジネス拡大、効率化が期待される。より政治的な側面では、今後米国の長期的なライバルとなることが予想される中国を、地域統合へ参加させること。それによって中国が域内の政治経済とより密接な相互依存関係を構築し、これを通じて地域およびグローバルレベルの安定に貢献させるとの見方もできる。米国の態度から判断するに、その対アジア地域統合政策が確立されたとは現時点では考えられない。だが将来、米国がアジアの統合プロセスに介入する可能性は否定できず、依然として不確実性は存在する。

アジア地域統合のリーダーシップ

地域統合はすぐれて政治的なプロセスであり、(欧州の統合における独仏の果たしてきた役割のように)参加国間の多様な利害を調整するリーダーシップが不可欠である。だがアジアの文脈では、誰もが認めるリーダー国が存在しない。日本あるいは中国が想定されるものの、前者は過去の地域主義に対する懐疑的な態度や農業部門などの保護主義的な姿勢がアジア諸国の信頼を勝ち得ておらず、後者についてはアジアにおける政治経済の覇権主義的姿勢に対する警戒感が払拭されていない。
 アジアの地域統合の進展には、上記を含む様々な問題を解決する努力が不可欠である。だが現時点では、統合の短期的なコストを覚悟する政治的意志や、地域レベルでそのようなコストを吸収し、真に「Win-Win」となる統合の道筋を確固たるものにする方途は、必ずしも明確になっているわけではない。