コラム

9・11テロ攻撃と欧州

2002-02-01
片岡 貞治
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9月11日の衝撃は、世界を揺るがした。
第一次世界大戦が、20世紀の幕開けとなり、20世紀の歴史の方向性を形作っていたように、9・11テロ攻撃が、21世紀の何らかの道標を暗示しているのかもしれない。第一次世界大戦の舞台でもあり、絶えずテロと向き合ってきた欧州にとっては、9・11テロ攻撃は決して対岸の火事ではすまされない深刻な問題であった。

大西洋同盟への影響
9・11テロ攻撃は、冷戦後の存在意義を探し求めるNATOに大きなインパクトを与えた。事件後、NATOは迅速な反応を示した。翌日に、北大西洋理事会は、1949年の北大西洋条約第五条を援用し、テロ攻撃を「条約締結国に対する武力攻撃」とみなし、「個別的あるいは集団的自衛権の行使」を認め、米国に対して米国の同盟国として協力の用意があることを発表した。NATOの原則原理である北大西洋条約第五条の援用は、NATO創設以来、初めての出来事であった。しかしながら、この第五条の援用は、必ずしも第五条の適用を意味しなかったし、その援用自体、自明のことではなく、多くの矛盾点や歴史的な皮肉を含んでいた。

1949年当時、この条約を起草した人々の頭の中には、「武力攻撃」とは、古典的な意味での軍事的な攻撃を意味していたし、集団的安全保障の適用は、米国の欧州防衛義務の保障であって、これが欧州から米国に対して援用されるとは思ってもいなかったであろう。

おそらくNATOは、法的には、テロ後の米国主導の対アフガン攻撃において、米国と共に戦い得たであろう。しかし、NATOはその軍事的関与をきわめて限定的なものにとどめた。すなわち、AWACS5機を米国領土の保全のために派遣したのとNATOの緊急展開軍の一つである地中海常設艦隊STANAVFORMEDを東地中海に展開させたのみであった。

北大西洋条約第五条を援用しつつも、NATOの貢献が象徴的なものに過ぎなかったのには、少なくとも二つの理由が考えられる。一つには、NATO全体として軍事オペレーションを行うことに、加盟国間でコンセンサスを得ることが非常に困難であったであろうということ。もう一つは、米国自身もNATOとして軍事オペレーションを行うことは望んでいなかったということである。つまり、米国はコソヴォ紛争で行われたようなNATOを通じて複雑化する軍事オペレーションを行うよりも、国際的な支援を得て、単独で行うことを好んだのである。

他方で、冷戦後変容し続けるNATOにとって、対テロという問題は、新たな任務となり得るのであろうか。確かに、テロはNATOが直面すべき安全保障上の脅威の一つとして1999年以来認識されてきた。しかし、テロ問題は加盟各国の内務問題に関わるので、加盟各国は、NATOをテロ対策に巻き込むことにこれまで非常に慎重であった。トルコは、PKK等のクルド系テロ組織に対する戦いにNATOの支援を得ようとしていたが得られなかったという経緯がある。また、2001年12月に発表された「テロに対する戦い」というNATOの一連のコミュニケにも見られるように、NATO自身も対テロ対策への遅れと欠陥を認識し、NATOの軍事能力をテロに対していかに適用させていくかに腐心しているのが現状である。

結局、9・11テロ攻撃はNATOの弱さを露呈してしまったのである。テロ攻撃に対して、NATOは北大西洋理事会第五条を援用し、政治的連帯を表明し、北大西洋間の絆を表面的に強化することに成功した。しかし、一方では、NATOは重厚すぎてテロに対処できない機構であることを露呈してしまった。この事件を契機として、NATOは、「新たな戦争」にも対応出来るよう変容していかなければならないということが再確認されたのである。

EUの対応と反テロ対策
EUも、9・11テロ攻撃直後、NATO同様に、米国との政治的な連帯を表明した。NATOの対応が注目されたのとは対称的に、超国家機構であるEUとしての最初の対応が、世間の耳目をひくことはなかった。国際社会が注目したのは、EU外交の顔であるソラナやプロディの発言ではなく、EUの主要メンバー国の首脳であるブレアであり、シラクなりの発言であった。

しかし、組織としてのEUは、テロ攻撃直後、EUがテロとの戦いに関して、多国間の協力体制の上に立脚した共通の政策を策定可能であり、グローバルに対処しうる最適の機関であることを証明しようとした。事実、事件の翌日から、EUは、司法・内務、運輸・通信、経済・財務(ECOFIN)の各理事会にテロ対策に関する適切な措置を準備するよう指示した。

その過程で、EUは、欧州各国のテロ対策に関する法的欠陥と調和の必要性を認識することとなった。EU15カ国の中でも、テロ行為という犯罪に対して明示的な特殊な規定を設けているのは、英、仏、独、伊、西、葡の6カ国のみであった。そこで、EUは、共通のテロ行為の定義とテロ行為に対する量刑の策定に取りかかった。

もとより、EUは、シェンゲン協定の締結およびそのEU化に伴って、「第三の柱」として司法・内務協力の枠組みで、刑事問題における加盟国間の司法・警察協力を推進してきた。これまで行われてきた一連の作業が9・11テロ事件によって一気に加速化することとなったのである。9月21日の欧州理事会においては、EUは、司法・警察協力の強化、欧州逮捕令状の導入、テロ行為の定義、欧州におけるテロリストの確認、テロ組織リストの策定等対テロ措置に関する行動計画を発表している。

欧州:テロの温床?
EUが組織を挙げて、司法・警察協力を行うことはきわめて有意義なことである。9・11テロ事件後に行われた欧米諸国の内務省関係の調査によれば、イスラム過激派のネットワークが、もっとも張りめぐらされているのは欧州であると言われているからである。テロに対する多国間の協力体制がもっとも深化しているのも欧州であるが、その欧州こそが、国際テロの温床となっている。欧州は、イスラム・テロの標的の一つでもあり、根拠地にもなっている。イスラム過激派は、欧州各国の有するさまざまな政府留学制度、経済協力の枠組みでの研修制度、政治亡命等を利用して入り込み、シェンゲン協定を悪用し、ネットワークを構築していったのである。

中でも、英国は特殊な存在である。英国は、イスラム・テロの危険性を認識していながらも、多くのイスラム過激派を政治亡命者として受け入れ、宣伝活動を黙認し続けたのである。ロンドンは、ハマス、ジハード、GIA等が密かに「代表部」を設置しているように、多くのイスラム過激派グループの思想的根拠地となりつつあったのである。米国の対アフガン攻撃に英国が積極的な協力姿勢を見せたのも、こうしたイスラム過激派の自国でのプロパガンダ活動を放任していたことに対する贖罪意識からとも見られている。

いずれにせよ、こうしたテロのネットワークを根絶するには、多国間の司法・内務協力を強化していくという地道な努力を続けてゆくしかないということである。

グローバルイッシューズ(欧州・アフリカ)研究員