2013年4月29日、安倍首相が日本の首相として10年ぶりにロシアを公式訪問してプーチン大統領と会談し、約2時間にわたり幅広い分野について密度の濃い意見交換を行った。同行した経済界の代表らも同席してのワーキングランチのあと、両国首脳は、①首脳の定期的な相互訪問を含む日露首脳レベルのコンタクト強化、②両国外務大臣の少なくとも年1回の交互訪問実施、③第二次世界大戦後 67 年を経て日露平和条約が締結されていない状態は異常であるとの認識で一致、④両首脳の議論に付すため,平和条約問題の双方に受入れ可能な解決策を作成する交渉を加速化させること、⑤外務・防衛閣僚級協議(「2+2」)の立ち上げ,⑥国際協力銀行(JBIC),対外開発経済銀行(VEB)及びロシア直接投資基金(RDIF)による「日露投資プラットフォーム」設立などを内容とする「日露のパートナーシップ発展に関する共同声明」1に署名した。
この10年ほどの間に生じた戦略環境の変化や経済・エネルギー情勢の変動によって、日露協力から得られる政治的・経済的利益や成果への期待は飛躍的に高まっていたものの、平和条約と領土問題の存在が日露関係の根本的な発展を阻んできた。今回、安倍首相は、平和条約の問題を俎上に載せることを重視しながらも、それを両国の経済分野での協力拡大の不可欠の前提とする従来のアプローチを脱し、ロシアが強く期待している経済協力とセットで持ちかけるスタンスをとった。日本側に安定政権が成立し、ロシア側も日本を交渉可能な相手だと認識するに至ったという内政要因も、かかる首脳会談の実現を可能にした重要な背景となったと言えよう。
以下では、領土問題に関する日本の立場と、プーチン大統領のスタンスを確認したうえで、日本が直面しているジレンマについて述べ、安倍首相訪露の成果についてまとめたい。
1.領土問題に関する従来の日本の政府方針
領土問題に関する従来の日本の政府方針は、「4島の帰属に関する問題を解決して平和条約を締結する」「返還の時期、態様については柔軟に考える」ということである。すなわち、日本の立場からすれば、返還の時期はともかく、「日ソ共同宣言」(1956年10月署名)に盛られた歯舞・色丹の2島だけでなく、歯舞・色丹・国後・択捉の4島全てに関する帰属問題で解決を見ない限り平和条約は結ばない、という方針である。
冷戦終結後、日本は、日露首脳間の合意を、この立場に近づけることに一定の成功を収めてきた。1993年10月には、「択捉島、国後島、色丹島及び歯舞諸島の帰属に関する問題」を「歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決」することに合意した(「東京宣言」)。実現を見なかったとはいえ、東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結することが共通の目標として掲げられた(1997年11月の「クラスノヤルスク合意」)こともあった。2001年3月のプーチン大統領と森首相(当時)の会談後に署名された「イルクーツク声明」では、東京宣言に基づき四島の帰属の問題を解決することにより平和条約を締結すべきことが再確認された。2003年1月の小泉首相(当時)のロシア公式訪問時に署名された「日露行動計画」でも、日ソ共同宣言、東京宣言、イルクーツク声明及びその他の諸合意が、「諸島の帰属の問題を解決することにより平和条約を締結し、もって両国関係を完全に正常化することを目的とした交渉の基礎であるとの認識に立脚」するとの言及がなされた。さらに、今回の共同宣言でも「これまでに採択されたすべての諸文書、諸合意に基づいて」平和条約交渉を進めるという文言を盛り込むことにも成功している。
2.領土問題に関するプーチン大統領のスタンスが極めて厳しいという現実
これに対して、プーチン大統領が公式の場で頻繁に言及してきたのは、日ソ共同宣言である。両国議会で批准されている点、法的な重みがあるというのが表向きの理由であるが、だからといって、プーチン大統領の真意は2島返還にあるわけではない。
日露間で首脳レベルの公式コンタクトが途絶えていたこの10年間は、当然のことながら領土問題の進展という意味でも失われた10年であった。殊に2010年11月以降は、メドベージェフ大統領(当時)をはじめとする政府高官が相次いで「国内視察」と称して国後島を訪問し、あたかも4島のロシアの領有を既成事実とするかのごときパフォーマンスが続いた。メドベージェフ首相は2012年7月にも国後島を訪問している。また、ロシア政治指導部では、「4島がロシア領であるのは、第2次世界大戦の結果であり国際法的にも認められている」、とか、「平和条約がないことで日露関係がさまたげられていることはない」、といった見解が公然と唱えられていた。こうした政府要人の言動が、首相の職にあった期間も含め、プーチン大統領の明示ないし黙示の承認・指示なく行われていたわけではないだろう。
さらに2012年3月1日、当時首相の職にあったプーチン大統領は、再選を確実視されていた大統領選挙を目前にして行った国外のマスメディアとの記者会見の場で、以下のように発言している2。
私たちは日本との間で領土問題を最終的に打ち止めとする(закрыть окончательно)ことを望んでいます。そして、それが両国と両国民にとって受け入れ可能な形でなされることを望んでいます。私は結局のところ、そのような解決は両国の経済協力を拡大する中で可能になると思っています。私たちが単なる隣人ではなく、相互の経済発展や交流に関心を持つ真の友人になるためには、領土問題の解決が本質的なものではなくなり、二次的な課題に退く(уйдёт на второй план)、そういう状況を達成する必要があります。
(中略)
私たちには受け入れ可能な妥協が必要です。「ヒキワケ」のようなものです。(中略)56年宣言には、ソ連が平和条約締結後に2島を日本に引き渡すと書かれています。これが56年宣言の9条です。つまり、平和条約が意味することは、日本とソ連の間には、領土に関する他の諸要求は存在しないということです。そしてこの56年宣言には、2島がどのような条件のもとに引き渡されるのか、またその島がその後どちらの国の主権下におかれるかについては、書かれていません。(下線筆者)
2013年2月に森喜朗元首相が安倍晋三首相の特使としてロシアを訪問し、21日にプーチン大統領と会談した際、森元首相が「引き分け」の趣旨について質したところ、プーチン大統領は、「引き分け」とは勝ち負けなしの解決,双方受入れ可能な解決を意味すると述べた3。つまり、プーチン大統領は、「引き分け」が何を意味するかを具体的にはまったく明らかにしていないのである。
ところが日本では、プーチン大統領の言う「ヒキワケ」を、日本が従来主張してきた4島すべてに関する帰属交渉に対して、日ソ共同宣言にもとづいてロシアが主張してきた2島返還(全体の面積の7%)の間をとった面積折半論だと解釈し、それこそが双方に受け入れ可能な解決だという趣旨の楽観的な報道がなされた。しかし、前後の文脈をフォローするならば、プーチン大統領の狙いは、領土問題を棚上げにしての経済協力にあり、それを通じて領土問題を二次的なものとしたうえで、2島以外の帰属交渉を除外し、さらに交渉次第では、主権をロシアに残したまま2島を「引き渡し」て終止符を打つことにあることが窺われる。しかも、「引き渡し」は「返還」ではないから、「引き渡し」後もロシアが主権を維持する形での(例えば、経済開発権や周辺海域での漁業権などに限定した)「引き渡し」もありうる、というのが上記発言の含意である。
また、サハリン州のロシア税関当局は、今年1月末に北方領土を日本の領土と図示する地図が掲載された雑誌をユジノサハリンスク空港に到着した日本人観光客が持ち込んだ際、「日ロの境界線をゆがめた扇動・宣伝図書に当たる」として押収したことを、安倍首相訪露直前の4月23日になって公表した。
これだけ辛辣なメッセージが発信されている以上、プーチン大統領のスタンスが極めて厳しいことは明らかである。会談後の記者会見の場において安倍首相が、長年解決できなかった領土問題を解決する魔法の杖はないし、実際問題、両国の立場は著しくかけ離れている、と述べたように4、安倍首相の訪露を通じてロシアのスタンスが弛められたわけではないのである。
3.日本のジレンマ
むろん、日露関係が領土問題と平和条約のみに収束するわけではないことも確かである。経済面で言えば、日本にとって、福島第一原発事故後の長期的なエネルギー戦略を考える時、ロシアの重要性は増している。原子力発電の将来が不透明である中、今後天然ガスを初めとするロシアの豊富な資源はますます重要となる。欧州における需要の縮小により、天然ガス市場で以前のような強力な立場を喪失しつつあるロシアにとっても、日本という市場を確保しておくことは極めて重要であろう。輸送路の面で、結氷面積の減少もあり、北極海のロシア沿岸部航路の活用が可能になったこともエネルギー分野での日露協力を後押ししている。2012年12月には、「ガスプロム」によるノルウェー産液化天然ガス(LNG)の北極海航路での北九州市戸畑区の港への輸送が実現している5。
また、ロシアにとって、極東部の振興は重要な内政課題である。シベリア・極東は、資源が豊富である一方、居住環境が厳しく生活水準も低いことから多くのロシア人が欧州部に移動しており、人口は減少傾向にある。ソ連崩壊後の20年間で150万人以上の人口減少である。その一方で、ロシア極東部での資源開発や食糧生産に多くの中国人労働者が流入している。その数は短期の出稼ぎ労働者や不法移民を含めると正確には把握できないとされるものの、ロシア極東の人口が連邦全体の4.6%に過ぎないにも関わらず、正規に労働許可をとってロシアで就労している中国人労働者の地域分布で極東連邦管区は25%を占めており6、人口面、経済面で中国依存が高まることには、住民感情としても政治問題としても強い懸念が存在する。ロシアが日本の直接投資を呼び込み、極東部の振興につなげたいと考えるのも無理からぬことである。
今回、首相とともに訪露した北海道銀行頭取は、ロシア極東のアムール州と農業分野での覚書を締結した。このほか、建設会社「日揮」はロシアの天然ガス生産・販売会社「ノバテク」から西シベリアのLNG工場の建設を受注している。医薬品分野では、日本のエーザイ薬品が6月までにロシアでガン治療薬の販売を開始するほか、武田薬品がヤロスラブリの製薬工場で来年から本格生産を開始する計画である。
政治面で言えば、中国の飛躍的な台頭にどう向き合っていくのかは、日本にとっても、ロシアにとっても最重要の戦略課題であり、日露双方とも中国との関係性において、日露協力の意味合いを評価する必要がある。
ロシアにとって、対米関係や対欧関係を見据え、中国と従来どおり「戦略的パートナーシップ」を維持することは既定方針であろうが、東アジアでもっぱら中国にのみ依存を高めることには、むしろ強い懸念を有していると見られる。これは、中国と国境を接する軍管区の強化や、武器輸出の減少に示されている。何らかの形で中国を牽制しようとする時、日本を戦略的に利用できれば好都合であろう。これは日本の側にも言えることである。2012年10月に来日したパトルシェフ安全保障会議書記は、尖閣諸島問題について「我が国がどちらかの側に立つことはしない」と述べ、それまで領土の問題で中国との相互支持を唱ってきたロシアの立場が微妙に変化していることを窺わせた。
このように、日露協力は、政治的にも経済的にもポテンシャルに富んでいる。が、日本にとって最大のジレンマは、こうした協力を進めることが、「日本はロシアを必要としており、平和条約はなくても経済関係の深化は可能」であるとのロシアの認識を裏付けてしまうことである。特に福島第一原発事故後、ロシアは、かかる認識を強めてきたように見受けられる。島の数や面積だけに的を絞って領土問題の価値を計ることは必ずしも適切ではないとしても、安易な勢力均衡論や経済協力の進展は、領土問題での日本の主張を風化させることにつながりかねない。
おわりに
4月29日の共同記者会見で、安倍首相は、訪問の目的について、1.日露関係の将来的可能性を示すこと、2.平和条約交渉(北方領土交渉)の再スタート、3.プーチン大統領との個人的信頼関係の構築、と述べたが、いずれの目標も達成されたという意味で、今回の訪露は成功であり、日露関係に新たな弾みと長期的方向性を与えるものと言える。共同声明全体としては経済関係の比重が大きいとはいえ、日本側としては、平和条約交渉の加速化を日露首脳間の合意とし、次官級ですぐにも交渉に着手する流れに持ち込んだ点は極めて重要な成果であった。
問題は、これからである。上述のように、平和条約、領土問題に関する隔たりは大きいし、相手は手強い。日本としては、平和条約問題を置き去りにして経済協力だけが進展する状況を回避するためにも、今回の成果を梃子にして平和条約問題の解決を強く求めていく以外に道はない。平和条約の解決なくして日露が相互を戦略的に活用する関係にはなれないことをことあるごとに強調し、「領土問題を誠実に解決することで日本との信頼関係を強化することがロシアの利益だ」という認識を植え付ける努力を、平和条約交渉と経済協力の現場で行っていくことが求められている。
1.ロシア大統領HP <http://news.kremlin.ru/ref_notes/1446>
2.ロシア首相HP <http://archive.premier.gov.ru/events/news/18323/>
3.外務省HP <http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/others/russia_20130222.html>
4.ロシア大統領HP < http://www.kremlin.ru/transcripts/18000>
5.朝日新聞デジタル2012年12月6日<http://www.asahi.com/international/update/1206/TKY201212060463.html>
6.堀江典生「ロシア極東地域」吉井昌彦、溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』(ミネルヴァ書房、2011年5月)181頁。