コラム

オバマ政権下の米中関係と東アジア情勢

2012-06-14
高原明生(東京大学教授・日本国際問題研究所客員研究員)
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※本コラムは、当研究所と韓国・外交安保研究所の共催で2012年6月14日に東京にて行われた日韓協議に際し作成したディスカッション・ペーパーである。

1.オバマ政権の対中政策

2008年の大統領選挙中、訪米した汕頭大学報道団とのインタビューに応じたジェフリー・ベーダ―氏は、米中関係について次のように語ったと中国で報じられた。すなわち、協力の中に競争があるのが米中関係だが、その核心は地球規模の問題、例えば核問題、アフガニスタン及びパキスタン国境内のテロリズム、地球温暖化、エネルギー安全保障、対アフリカ関係などであって、貿易や人権は米中関係の主要問題にはならないと述べたという。当時、多忙を極めていたであろうベーダー氏が、中国から来た報道団にわざわざ会って伝えたかったメッセージは、米国はグローバル・パートナーとして中国と協力していきたいということであった。

オバマ政権発足後、国家安全保障会議上級アジア部長の要職についたベーダー氏は、国務副長官に就任したスタインバーグ氏とともに対中政策形成の中心人物となった。そのもとで展開された2009年の米国の対中政策は、まさに前年にベーダー氏が語った通り、人権問題の提起を含んではいなかった。米国は中国との間で戦略・経済対話に乗り出し、11月のオバマ訪中時にはお互いの核心的利益を尊重し合うことに同意するなど、協調姿勢を基本とした。

ところが中国は、年末にコペンハーゲンで開かれたCOP15において、気候変動対策について世界を驚かせたほどの強硬姿勢をとったほか、米国の対台湾武器輸出問題に激しく噛み付き、また南シナ海において近隣諸国とのあつれきを激化させた。グローバル・パートナーとしてのふるまいへの米国側の期待は見事に裏切られたのである。実は南シナ海においては、すでに2009年の春、米海軍調査船の活動を中国の船舶が妨害するという事件が起きていた。同年7月、米国は東南アジア友好協力条約に加盟し、11月には米・ASEAN首脳会議を開催した。米国の戦略的な対中警戒およびそれへの対策としての東南アジア外交の強化は、09年から既に始まっていたと言える。

だが、米国のアジア回帰がよりはっきりした形で現れたのは、2010年7月のARF(アセアン地域フォーラム)でのことであった。その直前のASEAN外相会合で東アジア首脳会議に米国とロシアを招請することが決定されたほか、ARFでは、米国と東南アジア諸国が束になって中国のふるまいを批判したことに中国外相が強い抗議を行った。
その後、米国が次第にアジア回帰政策を明確化してきたことはよく知られており、ここではこれ以上述べない。しかし、その政策が対中封じ込めを意図するものであるか否かについては、米国内でも意見が一致していない。いずれにしても、中国の近隣諸国との連携を強化する方針は明らかだが、では今後の中国との二国間関係をどのように発展させるのかという肝心な点については、まだ明瞭な対中政策が示されていないように思われる。


2.中国の対米姿勢

中国の側では、2009年以来、重要な外交政策上の変化が表れている。それは、国際情勢認識、および自己認識の変化と関係しているように思われる。中国共産党の指導者たちは、2008年の米国発世界金融危機の勃発、そしてそこから中国がいち早く経済の回復に成功したことにより、「新しい情勢」が出現したと判断した。米国の一部に現れた「G2」論に乗るほどの自信はまだないが、米国の衰退は明らかであり、いよいよ中国の時代が来たとする議論も国内に現れたのである。中国が、自らの提唱で設定された2009年7月の日米中三国局長級会合の延期を提案したのも、独立した一極としての自信の増大と関連していたのではないかと思われる。

ここにおいて中国国内に現れたのが、中国モデルの存在の有無と、「韜光養晦」をめぐる二つの論争である。単純化していえば、一方には、米国モデルやワシントン・コンセンサスに代わり、今や中国モデルと北京コンセンサスの時代が来たので、「韜光養晦」、すなわち能力を隠し、低姿勢を保ってしばらくは経済発展に専念すべきという鄧小平の教えはもう時代遅れだとする強硬論がある。他方には、問題山積の中国にそのような実力はまだ備わっておらず、「韜光養晦」を守ってゆくべきだとする穏健な考え方がある。

2009年7月の在外使節会議での胡錦濤の指示は、「堅持韜光養晦、積極有所作為」というもので、論争がある際の中国共産党の常套手段として、玉虫色であった。しかし現実には、積極的に為すべきことを為す、という指示に重きをおいて、いわゆる自己主張の強い外交が展開されたのが2010年末までだったと言えるだろう。その結果、2010年は中国外交にとって“annus horribilis”(ひどい年)となった。2011年初めの胡錦濤訪米より、中国も外交姿勢に修正を加え、穏健な対米外交を基調とすることが明らかになった。だが、中国国内のナショナリズムは相変わらず強く、米国のアジア回帰に対する反発や、対米不信感は相変わらず強い。


3.中国国内における論争の継続

一方における穏健派ないし国際派と、他方における強硬派ないし国粋派との政策論争は続いている。前者にすれば、軍人などが昨今の中国メディアで好戦的な発言を繰り返しているのは、中国のイメージを悪化させるので大変よろしくない。例を挙げればきりがないが、「南シナ海で小さな戦争を起こしたほうがいい」など、激しい言説が2009年あたりから中国メディアで臆面なく展開されるようになったという実態がある。あるいは、2010年に起きた、韓国の哨戒艦の沈没事件であるとか、延坪島砲撃事件など、北朝鮮の問題行動については国際社会と協調し、中国としても厳しく臨むべきではないかという声が一方にはある。

しかし、今の中国では国粋派の主張、あるいは戦前戦中の日本外務省にいたような「革新派」を彷彿させる声が勢いを得てきた。「韜光養晦」を超越しなければならないという意見は勢力を増している。これは、より大きな国際責任を果たすという建設的な議論にもつながりうる。だが目立つのは、リアリズムの観点から、増大する海外権益を自分で守るべく軍事投射能力を強化しなければならないという考え方が、必ずしも軍人だけではなく、外交官や学者の間でも強まっていることである。また、地政学的な発想から、緩衝地帯として北朝鮮は有用であり、支援を強化するべきだという主張もあり、それが数年前より中国の対北朝鮮政策の基礎になっているのではないかと思われる。このように、「韜光養晦」を焦点として、外交方針をめぐる綱引きも相変わらず続いており、その帰趨は世界、なかんずく中国の近隣諸国に大きな影響を及ぼすことになる。

対米関係については、今年の戦略・経済対話では戴秉国国務委員が「C2」を提唱したことが注目された。「C」は協調、協力、共同体を表す英単語(coordination, cooperation, community)の頭文字だということで、対米協調姿勢を変えるものではないが、「C2」という言い方には米国と肩を並べる存在になったという自負を感じさせる。
中国が健全な自信を深めるのは、決して悪いことではない。問題は、米国が包囲網を敷いているだとか、日本もその試みにコミットしているとか、国内の一部で被害者意識が再生産されていることだ。その原因の一つとして挙げられるのは、他国がうらやむ経済の高度成長にもかかわらず、国内の社会矛盾が一向に解消されず、かえって問題が深刻化しているという事実である。つまり、中国人の間で、一方における国力向上による自信の高まりと、他方における社会問題の深刻化による不満や不安の高まりが同時に起きており、その複雑な心理状況が、排他的ナショナリズムの高揚につながっているのではないかと思われる。


4.対応策

以上の分析を踏まえると、「穏やかな巨人」との共生を実現するために、われわれとしては何をすればよいだろうか。ここでは、簡単にアプローチの枠組みを示しておきたい。すなわち、規範、利益、力という三つの梃子の活用である。

(1)国際規範の浸透

富国強兵という価値観からの脱却や自国中心主義の克服は、近代化の過程を経てきた大国がいずれも直面した課題である。たとえば日本は、20世紀前半の戦争と敗北という困難を経て、国際協調主義の忠実な唱道者となった。中国が日本の轍を踏まぬよう、知識交流や留学、中国語による情報発信を活性化することにより、規範の共有化を進めることが重要である。その際、平和、友好、平等、互恵という、これまでに約束された日中関係の基本原則を前面に強く打ち出すことが有用である。

(2)戦略的互恵関係の充実

次に、国際協調によって大きな利益を相互に得ることができるという理解の浸透と、相互利益の実現を促進する協力体制の樹立が必要だ。これを言い換えれば、日中両国が合意している戦略的互恵関係の充実にほかならない。ここでは、経済交流の拡大深化に加え、エネルギーなど非伝統的分野を含む安全保障協力の推進が重要である。東アジア戦略的互恵基金を日韓中の協力で立ち上げ、現在まだ存在し活動している中国国内の援助受け入れ機構を活用して、中国を含む東アジアの持続可能な発展と人間の安全保障の実現を図るべきである。

力の制約と均衡

第三に、「巨人」が穏やかであることを保証する、力の制約と均衡の制度化が肝要である。一方においては、既存の同盟ネットワークによるヘッジングが当面は行われる必要があろう。その上で、多国間枠組みによるバランシングから、信頼醸成の末に戦略的共生を確立することが目標とされるべきだ。

以上の三つの梃子に実効性をもたせるためには、多国間の取り組みが有用である。そして特に日本についていえば、その主張に説得力を持たせるためには、ソフト・パワーの発展による国力の充実と、交渉能力にたけた国際的な人材の養成が必要不可欠な条件となるだろう。