※本コラムは、当研究所と韓国・外交安保研究所の共催で2012年6月14日に東京にて行われた日韓協議に際し作成したディスカッション・ペーパーである。
1.日韓関係を考えるにあたって
私は日本の千葉大学にて、APEC(アジア太平洋経済協力)を中心とした貿易・投資の現状と望ましい将来像について研究し、また学生教育を行っております。2005年にAPECの専門家として韓国の貿易投資の自由化動向を評価するためにソウルを訪問し、またその結果をAPEC公式会議の場で発表するために済州島を訪問するなど、日韓関係を含めたアジア太平洋経済について研究を重ねてきました。
このセッションでは、そのような立場より、アジア太平洋を見据えた日韓経済関係について少し考えてみたいと思います。今日の日韓関係を考えるにあたって、経済問題でキーワードとなるのは、まず「補完性」か「競合性」か、という議論だと思います。これはとても大事なことです。例えば、テレビ生産や半導体メモリーの分野では、韓国の生産・販売実績が非常に顕著で、この分野では日本は「苦戦」を強いられている、と言われます。
つい2週間ほど前にロシアにおけるAPEC研究会合に参加してきたのですが、ロシアで利用した空港やホテルにはLGやサムスン製のテレビばかりが設置されており、ホテルでそのテレビを使ってみると、非常に高画質でした。日本製のテレビは見当たらず、率直に「韓国のテレビ販売の勢いはすごい」と思いました。(余談ですが、サムソンに務めるビジネスマンが効果的なビジネスの方法についての本を出していますが、その中のアドバイス「出張報告書は帰国前に作成せよ」は非常に合理的で、私もAPEC関係の出張報告書を速めに書き終えることにしました。)話を戻しますと、テレビ生産の分野では、「競合性」が日韓経済関係においてみられる、ということです。そして一方の日本は、工作機械などの「資本財」において「お店」の役割を持っているようです。
私は、「補完性」と「競合性」はどちらかといえば日韓という2つの国同士の関係だけに注目した時のキーワードであって、二国間よりも広いアジア太平洋地域を見据えた場合、日韓経済関係にはさらに「共同性」が重要ではないか、ということを次に申し上げたいと思います。
2.日韓経済関係の概観:世界貿易マトリクスから
表1に日本および韓国を含めた主要国・経済グループ単位での貿易マトリクスを示します。日本も韓国も対世界では貿易黒字、日本と韓国間の貿易は日本が貿易黒字となっています。日本は東日本大震災の影響で、2011年には貿易赤字となりましたが、それは海外からの輸入によって、日本国内の人々の生活が支えられた、ととらえるべきだと思います。輸出でお金を稼ぐのは少し休んで力を蓄えてから、という原則は、個人が病気にかかってしまった場合でも同じことだと思っています。まさに、貿易、特に輸入は生活を直接豊かにするのです。表1で網掛けをした十字の部分が中国、韓国、日本および日中韓の輸出および輸入の数字ですが、アジア太平洋および世界における存在感は大きく、十字のうち横棒は日中韓からの輸出により世界が受ける「豊かさ」を、縦棒は日中韓が世界からの輸入によって受けている「豊かさ」を表しているといえます。
アジア経済のある専門家に貿易の理念についてインタビューしたところ、以下のようなコメントをいただきました。「そもそも二国間という部分的な形で行われる貿易は、不均衡であるのが普通です。例えば自分で稼いだお金をお店で使って食料品を買う場合、誰もお店との取引でお金が出ていく一方なので、貧しくなった、とは言わないでしょう。むしろ自分では作ることのできないか、作れても高くなってしまう商品をかなり安く買うことができるので、お店で食料品を買うことは生活を豊かにすることにつながっているのではないでしょうか。日本と韓国の貿易も、それと全く同じことで、それぞれが必要としていて、自国で作れないものをお互いが輸入しあうのです。」
このインタビューに出てきた例えを続けて使うと、韓国が「お店」になる分野と、日本が「お店」になる分野とは異なります。実は同じ産業の内部でも、細かく見ていくと、この違いが見えてきます。これは同一産業内での貿易、つまり「産業内貿易」で、私がこれまで力を入れて研究してきた現象なのですが、数年前に私の学生さん(ちなみに朝鮮系中国人の方)が表2のような計算をしてくれました。彼は日中韓関係がより平和的になっていくことを目的として経済研究を行い、それは熱心に勉強していました。2007年のデータですので、少し前のものですが、私の学生の努力の結晶として、そのまま掲載させていただきます。(2010年のデータで計算しても、実は同様の結果となります。)この表を見ると、日本と韓国の間では、電気機械の貿易すべてにおいて、単価の異なる財同士の貿易構造となっている、ということです。つまり「補完性」に基づく産業内貿易の関係が日韓経済関係の大きな特徴になっているのです。その学生は同様の計算を他のいくつかの国々をペアにして行ってみましたが、日韓関係ほどにはこのような補完性に基づく産業内貿易は観察されませんでした。日韓においては、一方通行的貿易でなく、双方向的な貿易が多くの品目で観察され、しかもそれぞれの方向で貿易単価が異なっている(違ったニーズを補っている)、これは私の学生が指摘してくれた日韓貿易関係の「豊かさ」の重要な事実だと思っております。そして日中韓をあわせた地域でも、アジア太平洋地域でも、日本および韓国からの輸入による豊かさはすでに多く実感されるのです(私のロシアでの経験もこのことの裏づけです)。
また一国だけですべての商品を生産することはますます不可能になってきています。私は大学で工学部電気工学科を最初に卒業したのですが、一口に電気工学といっても、半導体工学から医用電子工学、電気通信関連や電力網の構築関連など多種多様で、さらにその中で細分化された研究が進行しています。同じ電気工学の研究者の間でも、「隣は何をする人ぞ」といった感があります。そしてこの技術的細分化の状況は、技術が商品に体化された場合、「産業内貿易」となって経済面に現れてきます。アジア太平洋地域において日本および韓国が、この産業内貿易を共同して行う枠組みを政府としても整えていくことこそが、日中韓投資協定および将来的な日中韓FTAの役割ではないかと思います。
表2のようなミクロなデータによると、韓国と日本の間の物品貿易では、「単価の異なる産業内貿易」が、非常に盛んなのです。先に触れたテレビという商品は、単価の安いものから液晶プラズマテレビなど単価の高いものまで様々ですが、それらはお互いに違ったニーズに対応した商品といえます。韓国と日本の間は、同じ工業分野でも特定の部材に限れば、違った比較優位が存在している、ということです。そして日韓で経済統合が進むことによって「市場のスケールメリット」が追求できるようになり、今まで一国の市場だけを対象にしていたのでは商売として成り立たないような、いわば「大胆な」、「変わった」商品も、市場のスケールが大きくなれば、成り立つようになります。そのようにして、あらゆる産業分野内で思いもかけないほど多様な商品・サービスが新たに誕生し、それらが日韓で補完的に取引され、それらのうち良いものは成長する、という動態的な利益が望ましい日韓経済関係です。それが実現すれば、まさにわくわくする状況となるでしょう。日韓合同で、どんなハイテク製品が生まれるか、またどんなアイドルグループやアニメが登場してくるのか、そしてそれらがアジア太平洋域をはじめ世界の市場で輸入され、世界全体の「豊かさ」につながる...。そう考えると楽しくなります。
また、より広域を見据えると、ASEANを外交上のハブにするのでもなく、中国・韓国・日本を経済上のハブにするのでもなく、開かれた産業内貿易を実現すべき最も近い隣国同士としての中国・韓国・日本のつながりが重要、と私は考えます。これは決して閉鎖的なつながりであってはなりません。航空輸送技術の発達により空間的な距離が近くなったとはいえ、やはり地理的に一番近い国同士の関係は何にも代えがたい「資産」であるという意味においてのみ、優先されるべきなのだと思います。中韓が協力することと同様、日韓、そして日中も、共同してビジネス環境を整えることにより、この「近い」という「資産」をまずは中国・韓国・日本の間で積極活用し、その上で、アジア太平洋にこの産業内貿易による相互利益のための枠組みを構築していくべきでしょう。「競合性」を低め、「補完性」を生かしていくためには、日韓での「共同性」がまさに必要なのです。
3.終わりに:日中韓投資協定から日中韓FTAへ向けた展望
経済的な豊かさは、お金を稼ぐ瞬間にではなく、おいしい食べ物などを消費する瞬間に感じることができるものだ、ということを上で述べました。やはり日本の寿司や韓国キムチを消費する時に(あるいはこれら2つを合わせて消費してもおいしいです)、経済的な豊かさを感じているのだと思います。私はお金を稼ぐために大学教員としての仕事をしなければならないのですが、お金を稼ぐ時には、それほど「豊かだ」と感じることはありません(笑)。もちろん、どうせ仕事をするのであれば、割と得意でかつやりがいのある仕事に携わるべきで、それがまさに貿易論でいう「比較優位」の考え方です。現在の日韓経済関係は、比較優位構造が一見とても似てきていますが、だからといってどちらか一国だけがすべてをカバーすることができるわけはないのです。そこで「共同性」が相互利益のために必要になってくる、と思われます。
産業分野は、とても広いので、日韓で共同して、差別化された商品への研究開発努力にあたる、ということも必要です。たとえば半導体分野では、脳の神経細胞と同じで、これまでのものと動作原理がまったく異なる「カオス・チップ」の開発は東京大学の生産技術研究所でもこれまで精力的に進めて来ていますが、一方韓国は半導体メモリーの分野で技術を蓄積しています。それらを組み合わせることで、人間のように時々計算間違いをする可能性はあるけれども(!)、その代わり、プログラムされていない新たな局面にも対応可能なコンピュータ、というものが登場するかもしれません。それを使って日韓合同のドラマを再生すると、シナリオが視聴者の期待により変わっていって、製作者にも予想がつかない新たな『冬のソナタ』を見ることができるようになるのかもしれません。
繰り返しになってしまいますが、輸出によってお金を稼ぐことは必要ではありますが、豊かさを直接感じるのは、輸出ではなくむしろ輸入した商品の消費においてなのです。「輸入」のすばらしさをこそ互いに意識することが重要ではないか、そして新たな商品を輸入し合えるように協力することが大切、と思うのです。また「相手国にわれわれの品物を輸入していただくには、それだけのお金を相手に稼いていただかなければならない。そのお金は、われわれが相手国からの品物を輸入して支払いすることで相手国にとって可能になるのでは。すると、日韓で共同して、互いの産業育成に努めるべきではないか。」という考え方は、現実の経済関係でとても重要と思っております。実際、東京の大田区では、「下請け」ならぬ「横請け」といって、部品供給を縦でなく横のつながりで要請しあう共同供給体制が模索されています。できればこれをアジア大での横請けに拡大しようとしているのです。この横請け体制を行うことは、技術水準の近い日韓でこそ、まさに共同で行うべきことでしょう。
また貿易だけでなく、たとえば韓国から日本への直接投資においても、それが今後拡大することで、韓国産の商品、サービス(銀行など)が日本国内で供給されれば、そのことも日本の「豊かさ」につながります。逆の場合も同様でしょう。日中韓投資協定によって、シームレスなビジネス環境が日中韓で整備されると、思いもかけない動態的な利益が得られることと予想されます。そしてそれは日中韓のみならず、アジア太平洋域、ひいては世界経済にもプラスのものとなることが「開かれた」日中韓の関係として望まれます。
日中韓投資協定については、(詳細を論じることはしませんが)、その経済効果が実際に現れてくるのは、直接投資の件数が実際に増加してからのことで、数年後になると思われます。そしてその間にも、日中韓FTAの交渉が進展し、結実することが急務と思われます。ビジネスと政府とがともに経済統合を見据えて努力していくべきでしょうし、その努力がまさに今、日中韓において共同でなされているのだと思います。
そして日韓のさらに深い経済関係を構築していくためには、意識的な「対話の継続」がやはり重要でしょう。表2を努力して作ってくれた私の学生のことを考えると、日中韓の相互の努力を認め合い、相互理解を深めることが、具体的な経済関係を進展させることになるのでしょう。今回お招きいただきました日韓国際問題討論会は、息の長い対話の努力の代表といってよいものです。今後もこの討論の場にて、合意した上で違った意見をぶつけ合いながら、日韓、日中韓、そしてアジア太平洋地域の中での日韓関係につき議論を少しでも深めていくことが、アジア太平洋経済のさらなる発展にとり望ましいのでしょう。<図をクリックすると拡大表示します> |